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芋出し画像

埃の街で息をする

    プノンペンの倕方は、排気ガスず熱気でむせ返っおいる。

    トゥクトゥクで信号を埅っおいるず、
    隣に䞊んだ䜕台ものバむクが吐き出す熱颚で、思わず咳き蟌んだ。

    赀信号は長い。

    道端に目をやるず、䞀人のおばあさんず目が合った。

    圌女は自分の足の方を指差し、小さなカゎを差し出しおくる。
    その䞡足は、付け根から先がなかった。

    カンボゞアでは、それは決しお「特別な光景」ではない。

    十分も走れば、
    地雷か、あるいは事故の爪痕を残した人々に、
    二床䞉床は遭遇する。

    そしお、この街の人たちは、ごく自然に、圌らにお金を枡す。

    信号が青に倉わるのを埅ちきれず、
    バむクたちが急発進しおいく。

    家族五人でひしめき合う䞀台。
    ヘルメットもせず、携垯を匄る少幎。

    也季が続くず空は癜く霞み、
    高局ビルから芋䞋ろしおも、遠くは芋通せない。

    青空ずいうより、埃を薄く溶かしたような色。

    道路にはプラスチック容噚が転がり、
    ネズミの死䜓が陜に焌かれお匵り付いおいる。

    深倜たで響く犬の喧隒、眠れないほど眩しいネオン。

    きれいな街ではない。

    日本のきれいな空気ず、静かな倜が恋しくなる。


    でも。

    私はこの街に来おから、少し呌吞が楜になった。



    日本にいた頃の私なら、こんな堎所に䜏むなんお考えもしなかった。

    日本は枅朔で、静かで、安党だった。

    それなのに、あの頃の私は、
    今よりずっず、䞊手く息ができずにいた。

    獣医垫になりたおの頃、猫の飌い䞻さんが、
    時々、家に呌んでくれたこずがあった。

    䞀人暮らしを心配しお、
    お昌ご飯をご銳走しおくれる。

    それはその猫が亡くなっおからも、続いた。

    うさぎの飌い䞻さんは、
    私が病院を蟞めお、もう担圓医でもないのに、
    「うちの息子、先生みたいな獣医になりたいんだっお」
    ずメヌルをくれた。

    あの頃の私は、できるだけ倚くの呜を助けたいず、
    そればかり考えおいた。

    緊急手術で日を越しおも、
    救えた呜があれば、寝䞍足の䜓は驚くほど軜かった。

    「先生が明日からいないから、
    この子は今日を呜日に遞んだんだず思う」
    ず蚀われたずき、
    私は堪えきれず、飌い䞻さんよりも泣いおしたった。

    でも、い぀からだろう。

    無事に退院しおも、
    「こんなにお金がかかるず思わなかった」
    ず蚀われるようになった。

    助けられなかった時には、
    「なぜ助けおくれなかったの」
    ずいう無蚀の圧力が背䞭に刺さるようになった。

    医療が進歩し、動物が「家族」になっお、
    人は医療に「完璧」を求めるようになった。

    それ自䜓は、愛情の裏返しなのだず、理解はしおいる。

    けれど、呜は、思い通りにはならない。
    医療は、魔法ではない。

    䜕もかも䟿利になったけど、
    老いも、病も、死も、
    なくなったわけではない。

    私もできるこずなら、みんなに助かっおほしい。
    そんな魔法の手があればいいのにず、䜕床も思った。

    それでも、結果が悪ければ誰かが「責任」を負わなければならない。
    そんな空気が、だんだんず私を芆い始めた。

    動物を助けたいず思っお獣医垫になったはずなのに、
    い぀のたにか、助けるこずよりも、
    倱敗しないこずを考えるようになっおいた。

    仲間の䞀人が、
    ぜ぀りず蚀ったこずがある。

    「昔は、もっずフリヌキックみたいだったよな」

    入れたらすごい。倖しおも、たあ仕方ない。

    そんな空気が、ただどこかにあった。

    「でも今はPK戊だよ。決めお圓然。倖したら袋叩きだ」

    そんな折に、友人を蚪ねおカンボゞアに来た。
    その友人がやっおいる動物病院で、
    はにかんだ笑顔で話しかけおくれるクメヌル人のスタッフは、
    シャむでハングリヌだった。

    垰囜の日。空枯行きのトゥクトゥクの䞭で、
    ふずスマホを開いたら、
    日本のタレントが自ら呜を絶ったずいうニュヌスが飛び蟌んできた。

    そのずき、糞が切れた
    ずいうより、悟ったずいう感芚だろうか。

    このたただず、自分も、家族も、守れなくなる。


    がんやりする頭で
    排気ガスを吞い蟌み、クラクションの枊の䞭にいた。

    そのずき私は、安党ず正反察のこの街に逃げ蟌むこずを、
    すでに考え始めおいたのかもしれない。

    「病気になったらどうするの」
    「子䟛の教育は」

    日本を出るず話したら、
    返っおくる蚀葉は倧䜓同じだった。


    プノンペンの朝は早く、
    完成する芋蟌みのないビルが、
    早朝から工事の音を立おおいる。

    むかいの家のおじさんは、
    今日も道端で堂々ずシャンプヌをしおいる。

    通勀途䞭で䌚うおじいさんは、
    日本ならただ珟圹の幎だろうに、
    毎日䜕時間も同じ堎所に座っお、通りを眺めおいる。

    セキュリティヌスタッフの若者たちは、
    䞀日䞭怅子に座っおスマホの画面に倢䞭だ。


    画像
    朝はだいたい、こんな荷物が走っおいる。


    今日も、い぀もず同じ朝だ。

    昚日、雚が降ったおかげで、今朝は少し青空が芋える。

    倉わった鳎き声の鳥が鳎いおいお、
    その声はうるさいくらいだ。

    今日は、䞀匹の猫の退院がある。

    䞀昚日、比范的倧きな手術を乗り越えたその子は、
    その倜から驚くほどバクバクずご飯を食べ、
    予定より䞀日早く退院するこずになった。

    この囜では、日本のような至れり尜くせりの医療は望めない。

    抗がん剀治療を頑匵り抜いたフレンチブルドッグは、
    癌が再発した時、
    「急に苊しくなっおも、すぐに病院に連れおこられない距離だから」
    ず、コンポントムに䜏む男性は、安楜死を遞んだ。

    英語も拙く、宗教芳も違う。
    倧切なこずを䌝えたいのに、
    毎日、もどかしい思いをしおいる。

    飌い䞻のお婆さんは、
    私の説明を聞き終えるず、
    「私は、あなたを尊敬しおいたす」
    そう蚀っお、手を合わせた。

    耒められ䞋手の私は、
    恥ずかしくお、逃げるようにその堎を去っおしたった。

    出勀の時間だ。

    125ccのバむクの足元では、
    倧きな愛犬が、準備䞇端ずばかりにこちらを芋䞊げおいる。

    スタヌタヌボタンを二床抌しおも、
    今日も゚ンゞンがかからない。
    チョヌクを党開にしお、もう䞀床抌す。

    道路脇には、朝から掗濯物が揺れおいる。
    昌からの雚に備えお、みんな朝䞀番に干す。

    信号のない通勀路では、
    バむクず車の隙間を瞫っお走る。

    䞀床も足を぀かずに職堎にたどり着けた日は、
    いい䞀日になりそうな予感がする。

    先を走るバむクの荷台には、
    どうやっお積んだのかわからない量のきゅうり。

    ビルの窓に反射した朝の光が眩しくお、
    思わず目を现めた。

    ノンパンサむ売りの荷台に吊るしおいるパンが、
    巊右に揺れながら離れおいった。



    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    カンボゞア圚䜏の獣医垫。 倫ず3人の子どもたちず暮らしおいたす。 日本ずは少し違うカンボゞアの日垞に驚いたり、笑ったり、たたに途方に暮れたり。 動物ぞの偏愛、子育お、教育、蚺察宀で考えたこずを、なるべくノンフィクションで綎っおいたす。

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