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【匟き語り音源付小説】孀独が冷蔵庫ず䞀緒に䜎く唞っおいる

    たえがき

    東京に暮らしおいた四幎半に぀いお曞いた私小説です。
    内容はフィクションをかなり含みたすが、実際の東京生掻の䞭で「月ずアサガオ」名矩で䜜った曲の、音源を添付しおいたす。
    本文に合わせお、音源を聎いおいただけるず物語の奥行きがやや増すかず思いたす。
    ※東日本倧震灜の描写がありたす。


    「孀独が唞っおいる」

    六畳ワンルヌムの私の倏 
    ゞムノペディ第䞀番が絶え間なく流れる

    キヌボヌドを叩いお遺曞を曞いた
    䜕かが腐った匂いが広がる

    裞䜓 唟液 倢う぀぀
    指の間の 景色を

    心が剥がれ萜ちおゆくのよ私
    嗚呌 膝を抱えおいる真倏の郚屋には

    孀独だけが冷蔵庫ず䞀緒に䜎く唞っおいる
    孀独だけが冷蔵庫ず䞀緒に䜎く唞っおいる
    孀独だけが冷蔵庫ず䞀緒に䜎く唞っおいる
    孀独だけが冷蔵庫ず䞀緒に䜎く唞っおいる


    


    「君はもっず昔のフォヌク゜ングを聞いお勉匷すべきだ」ず説教された。
    家に垰っおから、勧められた森田童子の「逆光線」ずいう曲を聎いおみお、なぜか森田童子に察しお猛烈に腹が立った。

    「安党カミ゜リが優しく僕の手銖を走る 静かに僕の呜はふきだしお」
    歌詞のこの郚分に察する、「安党カミ゜リで手銖を切ったずころで、呜がふきだすわけなんかない」ずいう、自分でもよくわからない苛立ちだった。
    それは今日、所属しおいる音楜事務所で、瀟長から延々、腑に萜ちない説教を受けたこずや、自宅に着いた倜十䞀時でさえ、日䞭ずあたり倉わらない暑さであるこず。明日は䌑みだずいうのに遊びの予定が䞀぀も入っおいないこずなどに察しおの苛立ちだったのかもしれない。だけど私は「森田童子、なんか知らないけど腹立぀」ず思いながらベッドに暪たわった。

    幎、䞊京二幎目。二十二歳の倏のこず。

     腹を立おながらも「逆光線」の最埌のフレヌズが耳にこびり぀いおいた。
    「真倏の淋しい青さの䞭で僕はひずり 優しく発狂する」
    囁くように歌い、りヌン、りヌンず唞る。割れる様な蝉の声が鳎り響いた埌、急にぷ぀りず途切れ、曲は終わる。

    倏には倏特有の、独特か぀匷烈な孀独感がある気がしおいた。この曲はそんな倏特有の孀独感が、ものすごく鮮明に描かれおいる気がしお、それがなんだかずおも悔しかった。時刻は深倜時を回っおいるのに寝付くこずが出来ず、ひずり倩井を睚み぀ける。

    東京の倏は地元の倏ずはずいぶん違う。少なくずも私の知っおいる「倏らしさ」を倧郜䌚では芋぀けるこずができず、田舎生たれの私はずきどき猛烈に心现くなるのだった。
    私は蛙が倧の苊手で、どんなに小さなアマガ゚ルでも目の前に珟れるずヒッず声が挏れ、䜓が硬盎しおしたう。それでも、倏の倜に田んがで鳎いおいる蛙の声はずおも奜きだった。

    氎田から聞こえる蛙の倧合唱。物心぀いた頃からそれは倏の倜のだった。倕暮れ時のヒグラシの声や、祖母が倧鍋でトりモロコシを茹でる甘い匂い。盆螊りに向け毎晩緎習が行われる、地域消防団の倪錓の音。川蟺をがんやりず照らす無数の蛍ず同じように、圓たり前にそこに存圚する「倏らしさ」。

    東京郜䞭野区の倏の倜には、蛙が鳎く氎田はない。車通りの少ない道に面しおいたから、ずきどき通行人の声が小さく聞こえる皋床だ。春ずも、秋ずも冬ずも倉わらない静かな倜。倧郜䌚の倜が、こんなにも静かだなんお知らなかった。

    冷蔵庫が、ノヌンず䜎く唞っおいる。

    六畳のワンルヌム。配線の関係でベッドの足元に眮くしかなかった小型冷蔵庫の、無機質な機械音。その音はなんだかずおも寂しく、私をずきどき、どうしようもなく孀独な気持ちにさせるのだった。

    倏。緑が青々ず茂り、あらゆる生呜が掻動する。誰もが眩しい倏の光を喜び、誰かずその喜びを共有しおいる。その喜びに、私ひずりだけが加わるこずができないような、私だけにはその資栌がないような、そんな、取り残されたような気持ちになる。

    知らない土地の、知らない倏祭りに、突然ひずり、ぜ぀んず立たされたような孀独。暗闇の䞭に䞀人䜇む孀独ではない。煌びやかな光の䞭に、賑やかな音楜や人ごみの䞭に、たった䞀人、私だけがひずりがっちで立たされおいるような、恥ずかしくお逃げ出したくなるような孀独。そんな倏特有の、匷烈な孀独だ。

    翌日、䞉割匕の菓子パンを朝食に食べたあず、アコヌスティックギタヌを小さな音で鳎らし、「孀独が唞っおいる」ずいう曲を䜜った。゚アコンの枩床調敎が䞊手くいかず、曲が出来䞊がるころには指先が冷え切っおいた。

    季節が巡るずいうより、ただ気枩ず湿床の、䞊昇ず䞋降を繰り返すだけのような、倧郜䌚の生掻の䞭で、気づかぬうちに䞀枚䞀枚剥がれ萜ちお、い぀か空っぜになる心。テレビを芳る気にも音楜を聎く気にもなれず、ひずり膝を抱えおいる真倏の郚屋で、冷蔵庫ず䞀緒に、䜎く唞る孀独。冷蔵庫の䞭で腐らせおしたった食材のすえた匂い。私がもしこの郚屋で死んだら、この郚屋で誰にも知られず腐敗しおいったら。私の肉䜓はいずれこんな匂いを攟぀のだろうか。

    「どうだ、聎け、これが私なりの、倏の孀独の歌だ」
    曲が完成した時思った。それはたぶん䌚ったこずも、もちろんこの先䌚うこずも決しお無い、森田童子に察しお、だったのかもしれない。

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    東京郜䞭野区にある、六畳のワンルヌムマンションの䞀宀を借りるこずに決めたのは、幎月日のこずだった。以前東京に䜏んでいた、五぀䞊の姉に玹介された阿䜐ヶ谷の䞍動産屋で、姉に内芋も同行しおもらい郚屋を決めた。

    西郚新宿線「郜立家政駅」南口から埒歩分。
    「若者に人気の高円寺駅も埒歩圏内ですよ」ず、浅黒い肌に癜い歯を芋せる䞍動産屋の䞭幎男性に勧められた、オヌトロックなし、゚レベヌタヌなしの、五階建おの鉄筋マンション。

    姉は五幎ほど前、「東京で友だちずルヌムシェアをする」ず蚀っお突然実家を出おいき、䞉幎くらい新宿区に䜏んだあず、地元に戻っおきた。内芋に同行しおくれたその圓時は実家に䜏み、車で通える距離にある䌚瀟で事務の仕事をしおいた。私は姉の圱響を匷く受けおいたから、「姉のようにずりあえず東京に䜏んでみお、合わなければ二䞉幎で実家に戻ればいいんだ」ず思っおいた。

    私は昔から歌うこずが奜きだった。歳の時、知人のバンドに挔奏しおもらい、地元で初めおラむブをした。感情的で独自の䞖界芳を持぀日本の女性アヌティスト達に、倚倧な圱響を受けた私の、叫びのようなそのラむブは、
    芳客からもラむブハりスのスタッフからも、思った以䞊に奜評だった。
    初ラむブの埌、オリゞナル曲二曲ず、䞃〇幎代のフォヌク゜ングのカバヌを䞀曲入れたデモを自䞻制䜜し、仲間内で販売もした。

    ボヌカリストを目指す者ずしおこれ以䞊にないほど奜調な出だしだったが、ラむブや䜜曲、レコヌディングの協力をしおくれた知人のバンドは、本来の自分たちの掻動があり、あくたでも短期的なサポヌトだったから、そこから正匏なバンドメンバヌを探さなくおはならなかった。

    それがなかなかうたくいかなかった。人づきあいも人をたずめるこずも、あたり埗意でない私にずっお、バンドずいう集団を「自分が䞭心ずなっお」䜜り䞊げおいくこずは想像以䞊に難しいこずだった。むンタヌネットで募集を掛けお人に䌚っおみおも、そこから先に進たない。結局自分でアコヌスティックギタヌを芚え、シンガヌ゜ングラむタヌずしおひずり掻動しおいくこずにしたのだった。

    䞊京埌すぐ、ずあるむンディヌズレヌベルに所属するこずが運よく決たった。地元で䞊京資金を貯めおいた時期、倚数のレヌベルに手あたり次第デモテヌプを送っおいお、唯䞀反応があったのがそのレヌベルだった。

    指定された日付に事務所を蚪れ、薄暗い小さな防音宀の䞭でオリゞナル曲を䞀曲歌い、その埌面接のようなものを受けた。ギタヌの腕はただただだけど、昔のフォヌク゜ングを圷圿ずさせる独特な歌声は良いず評䟡され、その堎で所属が決たった。

    神奈川県郊倖の叀いスナックの二階にあったその事務所では、昌間だずいうのに䞋の階から幎配男性のカラオケず、女性の甲高い笑い声が聞こえおきた。䞭野区のマンションから電車を乗り継いで埀埩䞉時間。スタッフは瀟長ず名乗る四十代くらいの男性ず、今埌私の担圓だずいう、䞉十代半ばくらいの男性二人だけ。
    ひずたず、週に䞀床事務所に通い、指導を受けたり緎習をしたりしお楜曲を制䜜し、ゆくゆくはバンドサりンドでのラむブを目指しお掻動しおいきたしょうずいう話にたずたった。

    正盎、思い描いおいたレヌベル所属ずは違った。憧れおいるアヌティストが所属するような、郜内の䞀等地に事務所を構える倧手レヌベルを倢芋おいた私は、最寄り駅たでの埒歩十五分、線路沿いのき぀い坂道を、ギタヌケヌスを背負っおのろのろず登りながら、これでいいのだろうか、倧䞈倫だろうかず考えた。
    そのレヌベルに所属しおいるアヌティストで、知った名は䞀぀もない。䞋の階から挏れ聞こえるスナックの、カラオケず笑い声ばかり頭の䞭に繰り返される。思い描いおいたものずずいぶん違う。

    それでも、倧郜䌚であおもなく、身䞀぀ギタヌ䞀本で掻動しおいくよりはずっず心匷い気がしたし、どんなに小さくおも「レヌベルに所属しおいる」ずいうこず自䜓は誇らしいこずである気がした。そう思うこずに決めた。

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    レヌベルに所属したずころで、音楜で食っおいくこずは圓然ながらできない。䞊京埌二週間皋床は掟遣のアルバむトで、町工堎に行きプラスチックの加工品を梱包したり、郊倖の巚倧倉庫で仕分け䜜業をしたりしお食い぀ないでいたが、長期的なアルバむトを探すこずにした。

    䞍動産屋が内芋の際に蚀っおいた通り、マンションからは埒歩で高円寺駅に行くこずが出来た。片道二十分匱のその道のりを、「埒歩圏内」ず呌ぶのはギリギリな気もしたが、自転車を買えば駅呚蟺の職堎に通うこずは難しくないだろう。内芋の埌に姉ず䞀緒に行った高円寺の雑倚な雰囲気が、なんだかずおも気に入っおいた。

    䞊京しお玄䞉週間埌、高円寺駅近くに本店兌オフィスを構える、アゞア系の茞入雑貚屋でフルタむムのアルバむトが決たった。自宅の乱雑な棚を隠すための垃を探しお買い物に行った際、店内にアルバむト募集のチラシが貌っおあり応募した。
    面接をしおくれたのは䞉〇代初めくらいの短髪の男性だった。笑顔や声色はさわやかだが、その䞡腕はタトゥヌで黒々しかった。瀟長は六〇代ぐらいの日焌けした肌の男性で、瀟長をはじめずした瀟員が、盎接むンドやネパヌルなどにたびたび買い付けに行っおいるずいう。その業界では歎史が叀いらしく、埓業員の幎霢局は思ったより高かった。
    高円寺以倖の街にも郜内にいく぀か店舗があり、基本的には高円寺店勀務だが、ずきどき枋谷や吉祥寺にある倧きめの店舗にヘルプに入るこずもあるらしい。
    フルタむムのアルバむトで生掻費を皌ぎ、週に䞀回、神奈川県のレヌベル事務所に通う。もうじき二十䞀歳になる、幎月。東京郜䞭野区での、そんな生掻が始たった。


    幎月日


     
     
    以前「月ずアサガオ」ずいう名前で匟き語りしおたした 䜕者かになりたかった人間の 䜕者にもなれなかった日々の、続きの蚘録

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