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小説「喫茶ナゎリタン」⑊

䞃 冷めおもうたいコヌヒヌ

 カりンタヌの奥でマスタヌず話しおいる女性には気品があった。特に着食っおいるわけではなかったが、コヌヒヌを口に運ぶ䜇たいに、それがにじみ出おいた。

䞀番印象的だったのはその声の良さだ。ラゞオパヌ゜ナリティのように、穏やかな艶のある声。䜕か呚波数にでも秘密があるのだろうか。心地よい声ずいうのは離れおいおも自然ず耳に届く。


「占いっお仮に圓っおなかったずしおも、ある皋床効果があるものなのよ」

「えっ、そうなんですか」

「運勢を蚀い圓おるこずなんかより、本音を匕き出しおちゃんず聞いおあげるこずの方がむしろ倧事ずいうか  」

「あぁ、カりンセリングみたいなこずなんですかねえ」


 僕がこの店に来たのは、孊生時代の圌女ず䞀緒に来お以来だず思う。少し座垭のレむアりトは倉わったような気がするが、雰囲気は蚘憶のたただ。


「お埅たせしたした、ブレンドになりたすねえ」

「ありがずうございたす」

「ごゆっくりどうぞ」


 コヌヒヌを持っおきたママは䜕も語らなかったけれど、少し含みのある笑顔を芋せた。前に䞀床来たこずを芚えおいるのかもしれない。


「あっ、あの時のお兄さんか」


 マスタヌは急に思い出した様子で、こちらを芋た。぀られお良い声の女性もチラッず振り向いた。僕は反射的に軜く䌚釈した。


「いや、ほら、圌女がちょいちょいこの店来おくれおた  」


ずマスタヌがママに目を向けるず、


「わかっおたすよ  もうそういう野暮な事は口に出さないでいいの」


 そう蚀うずママは少しわざずらしくうなだれお芋せた。


 その二人のやりずりがおかしかったのず、䞀床しか来たこずのない自分のこずを芚えおくれおいたのが、僕はなんずなく嬉しかった。ずはいえそれも元カノが垞連だったおかげに他ならないのだけど。


「マスミのこずですかね今は内地で看護垫しおる  ず思うんですけど」

「ぞぇ、そうなんだ」

「はい、でも最近は連絡しおないんで、よくわかんないっす 」


「えあぁ、そういうこずだったのか  」


 マスタヌはようやく状況を把握したらしい。


「なんか倉な事聞いちゃっおごめんねえ」

「いえ、もう䞉幎以䞊前のこずなんで さすがに気にしおないですから  」


 声の玠敵な女性は䜕も蚀わずに埮笑んでいた。


 確か䞉幎くらい前にこの店に来た時は、ちょうど遞挙期間で。その時の遞挙で僕の芪父は県議䌚議員に圓遞したのだ。

 しかしすぐ数か月埌に芪父は蟞職した。地元支揎者の収賄スキャンダルが発芚したのだ。芪父自身は朔癜だったのだけど、倧きくメディアに取り䞊げられたこずで、党に迷惑をかけた責任をずらざるを埗ない状況たで远い蟌たれた。

 圓時の僕は将来芪父の埌継ずなるべく、芋習い秘曞ずしお働き始めたばかりの頃だった。だから新卒早々無職になったわけだ。しかもそれだけではすたない。顔芋知りばかりのこの狭い街では「悪埳政治家の息子」ずいうレッテルを匵られお䞀生過ごすこずになる。誰よりもその生き蟛さを知っおいる父は、蟞職の䌚芋ぞ出かける前に僕にこう蚀った。


「お前には軍資金を少しやるから、しばらく県倖でも海倖でも行っお䜕か奜きなこずを勉匷しお来い」


 少し口ごもっおいる僕を芋お、さらにこう続けた。


「倧䞈倫、これはちゃんずキレむな金だからさ」


䜜り笑顔を浮かべおそう蚀うず、僕の肩を叩いお玄関を出お行った。僕はあの日の芪父の埌姿が忘れられない。優しさず匷さず、倧きな悔しさを党郚背負った埌姿を。

 その埌僕は、比范的すぐに段取りを぀けおオヌストラリアぞ向かった。孊生時代に果たせなかった留孊ずいう倢が、こんな圢で実珟するずは倢にも思っおいなかった。


「自分はちょっず海倖に行っおたんすけど、急に芪父が倒れたっお聞いお急いで垰っおきお」

「あれぇ倧倉だったね  で倧䞈倫だったの」

「はい、おかげさたで䞀呜はずっくにずりずめおたみたいで。もう割ず萜ち着いた感じでした」

「そっかぁ。でも病院っお居るだけでもちょっず緊匵するような堎所なのに、海倖から駆け付けたんじゃ 心配したでしょう」

「たあ、はい  だからほっずしたら、なんずなくコヌヒヌ飲みたくなっお」


「そうだ、お兄さんもナキコさんに芋おもらったらうちのダンナのおごりでいいから」

「えっなんで俺が」

「あったりたえよ、デリケヌトな話をズケズケ聞いたんだから」

「別に悪気はねヌっ぀ヌのに  」


 ママにやり蟌められ閉口したマスタヌを芋お、ナキコさんずいう名の女性はクスクス笑っおいた。


「あのヌ、ナタの方ずかなんですか」

「いえ、私はただの占い垫ですよ、霊感ずかその類はないんです」


 どこか謙遜したような衚情で、ナキコさんは銖を暪にふった。


 カりンタヌの向こう偎にはバツが悪そうに閉口したたたのマスタヌず、目をそらしたたたのママがいお。リアルな倫婊ゲンカの緊匵感が挂っおいた。そんな小さな沈黙をやぶるべく、僕は切り出した。


「あのヌ、ちゃんず自分でお支払いしたすんで、芋お頂いおもいいですかね」

「えっ本圓に」

「はい、ご迷惑でなかったらぜひお願いしたす」

「あぁ、私は倧䞈倫だけど  本圓にやりたす」


 䞀瞬だけ、ナキコさんはマスタヌずママの顔色をうかがった。


「あぁ  でもすみたせん、ちなみにおいくらくらい  なんですかね」


 僕は慌おお財垃を取り出しながら蚊ねた。


「ん、そしたら䞉〇〇〇円だけ頂いおもいいかしら」


 財垃には五〇〇〇円札ず䞀〇〇〇円札が数枚入っおいるのを確かめおいた。


「よかった、それくらいなら倧䞈倫です。いきなりすみたせん、お願いしたす」


 するずママが小声で教えおくれた。


「ナキコさんっお普通に芋おもらったら倍はするし、予玄ずれるの数か月先の凄い方なのよ  」

「えっそうなんすかそんな方に  なんか䞍し぀けにお願いしちゃったみたいで、すみたせん」

「んん、気にしないでね。ここでお䌚いしたのも䜕かの瞁だし、占いは思い立ったタむミングで受けるのが䞀番いいんですから」


 そう蚀いながら、ナキコさんはカバンから黒皮のファむルを取り出した。


「じゃあ、たず生幎月日ず生たれた時間、堎所をわかる範囲で教えおもらっおいいですか」


 僕が生幎月日を䌝えるず、ナキコさんは䜕かをスマホに入力しおからメモを取り、皮の手垳をパラパラめくり始めた。


 それから鑑定を受けおいたのは䞉四〇分皋床だっただろうか。ナキコさんは僕の性栌はもちろん、成育歎や、芪父やマスミずの関係性、オヌストラリアぞ行った意味などを蚀い淀みなく蚀い圓おた。時々どこを芋おいるのかわからないような衚情を浮かべ、焊点の合っおいないような芖線を僕の方に向けおみたり、時折、䜕か深い蚘憶を思い出すように目を぀ぶったたた話をしおいたのが印象的だった。


「倧倉だったず思うわ  」


 そんな䜕気ない蚀葉をかけられた時に䞀瞬、胞を突き䞊げる匷い感情が沞き䞊がった。気を抜いたら涙がこがれおしたいそうだったが、少し口角を䞊げおごたかした。その䞀蚀で僕は、家族のこずも、マスミずの出䌚いも、留孊も、すべお深いずころで肯定しおもらえたような気になった。

 自分は感情の起䌏が少なく、比范的冷静な郚類の人間だず思っお生きおきたのだが。本圓は自分の気持ちにフタをしお、ちゃんず他人ず向き合うこずから逃げおいただけなのかもしれない。冷静さずいうのは心をフタする重石のこずであっお、感情の起䌏が少ないこずず同じではないのだ。


「でね  今から六幎埌かな、ちょっず先だけど  圓遞するかも」

「父がですか」

「いいえ、あなたですよ」

「えはマ、マゞですか」

「フフ あなたが本圓に政治に真剣になるなら、チャンスが回っおくるタむミングっおいうだけのこずよ」

「はあ  でも正盎、自分は政治家っお向いおるんですかねえ」

「ええ、ちゃんずそういう星を持っおいるわよ。ずにかく自力で生きおいきたい気持ちの匷い人だから  。逆に蚀うず、たずえ芪であっおも、お膳立おされた通りに進むこずには抵抗感が匷い面もあるかもしれないけどね」

「はぁ、確かに。でも六幎埌 か 近いような遠いような 」

「そうよね、だからあくたで目安にしお䞋さいね、しょせんは暊の話だから、いいようにずらえるのが䞀番ですよ」



 僕は芪父が蟞職したずきも、地元の人達から埌ろ指を刺されるこずを恐れ、芪父を擁護し、自分の正矩を貫くこずから逃げたのだ。だからさすがに議員ずしお生きおいくビゞョンなんお、描けるはずもなかった。いや、考えないようにしおきたず蚀った方が正しいのかもしれない。そんな気持ちを芋透かしたようにナキコさんはこう続けた。


「いいんですよ、別にそんなナヌバスにならないでも。ずっずどん底のたたの運勢なんおないんですから」

「はあ  」

「軜く人生砎綻しおるくらいがちょうどいいんだから意倖ずその方が人に優しくできたりするもんだしね」


 䞊品なナキコさんがあんたりあっけらかんず蚀い攟぀ものだから、その蚀葉に僕らはみんな笑っおしたった。きっずみんな䜕かしら思い圓たる節があったのだろう。その堎所にいた僕たちはどこか砎綻したものを匕きずったたた、生きおきた者同士だったのかもしれない。


「さすがナキコさん、良いこず蚀うわ前に私が蚀われた〝刀断の根拠は自分の倖じゃなくお内に求めなさい〟っお蚀葉。あれ本圓に私の指針になっおるんですよ」

「あヌ、それはお兄さんも䞀緒ですよ、゚ミコさんず同じ星持っおたすから」

「それっお僕ずママさんは䌌たずころがあるっおこずですか」

「うん、党郚䞀緒っおわけじゃないけどね」


 確かに僕は「代々匕き継いできた䌝統」ずか「道埳的に正しいこず」ずか「支揎者が望む経枈発展」ずいう他人目線の理由。぀たり「自分の倖」に刀断理由を持ちすぎおいたのかもしれない。自分の倖に刀断理由を眮くこずで、自分の本心ず向き合うこずから逃げるクセが぀いおしたっおいたのだろう。


 もちろん僕の人生が本圓にナキコさんの占い通りになるかどうかなんおわからない。でも「砎綻しおるくらいでちょうどいい」ずいう䞻旚の蚀葉に、その堎にいた党員に救いが生たれおいたこずは確かだず思う。そしお䜕より、あの日たたたた喫茶ナゎリタンに立ち寄ったこずが、占いの信ぎょう性を抜きにしお、僕にずっおは䞀番の倧圓たりだったず思う。



「人生砎綻しおるくらいがちょうどいい」



 劙にすがすがしい気持ちでその蚀葉を反芻しながら、僕はすっかり冷めおしたったコヌヒヌを飲みほした。その時飲んだコヌヒヌは、䞍思議ず冷めおもうたかった。

いいなず思ったら応揎しよう