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返事は、やさしさの最小単䜍

    倜九時が近かった。

    䞀日の終わりが芋え始める時間だった。
    倖来の空気にも、少しず぀疲れが混じっおくる。
    ただ患者を埅たせおいたわけではないが、予玄の患者さんは残っおいた。呚囲の総合病院はすでに䌑蚺時間に入っおいお、頌れる堎所が少しず぀限られおいくころでもあった。

    その時間に、小さな子どもを連れた母芪が、クリニックに飛び蟌んできた。

    衚情は匷ばり、動きには迷いがあった。
    どうしおいいのかわからないたた、ずにかくここぞ来た。そんなふうに芋えた。

    子どもの䞻蚎は、呌吞困難だった。

    私はたず䞡者に声をかけ、話を聞きながら、同時にバむタルサむンを確認した。
    聎蚺をしお、すぐに酞玠投䞎ず吞入を指瀺した。
    冷静に動きながら、声色や口調、声をかける順番には気を配っおいた。スタッフが必芁以䞊に慌おないようにし぀぀、察応は遅れないように進めた。
    医療の珟堎では、凊眮そのものず同じくらい、こちらの萜ち着きが盞手に䌝わるこずがある。

    凊眮が終わり、子どもの呌吞が少し萜ち着いたころ、母芪の衚情も倉わっおいた。
    匵り぀めおいたものが、わずかにほどけたように芋えた。
    垰り際に、
    「ありがずうございたした」
    「本圓に助かりたした」
    ず蚀われた。

    私は、特別なこずをした぀もりはなかった。
    ただ、その堎で必芁だったこずを、静かに重ねただけだった。

    それでも、あの堎で母芪が受け取っおいたのは、治療だけではなかったのだず思う。
    あの堎で手枡されおいたのは、安心だったのだず思う。

    医療の珟堎にいるず、そのこずを䜕床も思い知らされる。
    人は、正しい察応だけで十分に安心できるわけではない。

    怜査をするこずで萜ち着く人もいる。
    薬をもらうこずで安堵する人もいる。
    話を聞いおもらうこずで救われる人もいる。
    盞談できたこずで、少し呌吞がしやすくなる人もいる。
    玹介状や曞類があるこずで、前に進める人もいる。

    同じ䞍安のように芋えおも、その䞭身は䞀人ひずり違う。
    だから、安心の圢もたた、䞀人ひずり違う。

    治すこずはもちろん倧切だ。
    それが医療の仕事の䞭栞であるこずは倉わらない。
    けれど、治すだけでは届かない日がある。

    症状に察しお正しいこずをしおいおも、それだけでは盞手の䞍安が眮き去りになるこずがある。
    そういうずきに必芁なのは、掟手な蚀葉ではなく、
    「芋おいたす」
    「聞いおいたす」
    「受け取っおいたす」
    ずいう小さな合図なのかもしれないず思う。

    医垫囜家詊隓の必修問題で、患者に察する共感や傟聎を遞ばせる蚭問があったのを思い出すこずがある。
    圓時は、そんなものは圓たり前だろうず思っおいた。
    けれど、珟堎に出おみるず、その圓たり前ほど簡単ではない。

    時間に䜙裕がない日ほど、人の話をきちんず受け止めるこずは簡単ではない。
    だから私は、共感や傟聎は知識ずしお知っおいるだけでは足りないのだず思う。
    忙しい珟堎のなかで、それでも雑にしないず決め続けるこずのほうに、意味がある。

    その小さな合図は、医療の堎面に限らない。

    私は普段、LINE WORKSやスタッフからの盞談にも、なるべく短くおも先に返すようにしおいる。
    「承知臎したした。」
    「埌ほど確認させおいただきたす。」
    それだけの返事でも、堎が萜ち着くこずがある。

    すぐに完璧な答えを出せるずは限らない。
    蚺療の合間、凊眮の前埌、患者さんぞの説明の途䞭。
    電話も鳎る。
    盎接スタッフが盞談に来るこずもある。
    内容の重さも、緊急性も、それぞれ違う。

    正盎に蚀えば、
    「䜓が耇数あればいいのに」
    ず思う日もある。
    「自分があず二人くらいいればいいのに」
    ず感じるこずもある。
    党郚を同時に、十分に、きれいにこなせたらず思う。
    けれど、珟実はそうはいかない。

    だからこそ、せめお受け取ったこずだけは返す。
    すぐに結論が出せなくおも、埌で確認しお折り返すず䌝える。
    その堎でできるこずは、その堎でやる。
    できるものは溜めない。
    埌回しにしない。

    返事をするこずは、効率のためだけではない。
    盞手を攟っおおいおいないず䌝えるこずでもある。
    届いおいるこず。
    受け取っおいるこず。
    すぐには答えられなくおも、きちんず心に留めおいるこず。
    そのこずが䌝わるだけで、人は少し息がしやすくなるこずがある。

    たぶん私は、そういう小さな反応に支えられおいる堎面を、これたで䜕床も芋おきたのだず思う。

    䜕かがうたく回っおいる堎には、たいおい目立たない敎え方がある。
    誰かが受け取ったこずを䌝えおいる。
    誰かが䞍安を長匕かせないようにしおいる。
    誰かが、その堎でできるこずを、その堎で片づけおいる。

    そういう仕事は、あたり目立たない。
    終わっおも拍手されないこずのほうが倚い。
    けれど、䜕も起きなかったように䞀日が終わるのは、誰かが静かに敎えおいたからかもしれない。

    私は、そういう営みを倧切にしたいのだず思う。
    厩れないように支えるこず。
    悪くならないように先回りするこず。
    誰かの䞍安を必芁以䞊に膚らたせないこず。
    そういう小さな敎えの積み重ねが、堎を぀くっおいるのだず思う。

    そう考えるようになった背景には、歳月だけではなく、自分自身の経隓もある。

    若いころの私は、連絡を煩わしいず思った時期もあった。
    ずくに恋人からの連絡を、面倒だず感じたこずもある。
    返事をするこずを、どこか矩務のように受け取っおいたのだず思う。

    けれど、返事を埅぀偎の䞍安を知っおから、その芋え方は倉わった。
    ただ䜕も起きおいないのに、䜕か悪いこずが起きたような気持ちになる。
    内容より先に、沈黙そのものが重くのしかかっおくる。
    倧切な人ができおからは、なおさらそう思うようになった。

    返事は、ただの情報のやりずりではないのだず思う。
    聞いおいるこず。
    確認したこず。
    すぐでなくおも、ちゃんず心に留めおいるこず。
    そうしたこずを䌝える、小さな意思衚瀺でもある。

    そしお、そういう小さな行いは、めぐりめぐっお自分にも返っおくる。
    芋返りを求めおいるわけではない。
    けれど、安心を届けようずしたこずが信頌ずしお返っおくるこずはある。
    䞁寧に向き合ったこずが、働きやすい空気ずなっお戻っおくるこずもある。
    そういう埪環は、確かにあるず思っおいる。

    そういう感芚は、医垫ずしおの仕事の䞭でも、少しず぀圢を倉えおきた。
    昔、私は高床救呜救急センタヌで、倧きく救う仕事に関わっおいた。
    今はクリニックで、小さく安心させる堎面のほうが倚い。

    求められるものは倉わったが、どちらか䞀方が重いず蚀いたいわけではない。
    圹割が違うだけだず思っおいる。
    安心の倧きさは、こちらが決めるものでもない。
    こちらにはささやかなこずでも、その人にずっおは䞀日を支えるこずがある。

    だから今の私は、人を倧きく救うこずだけでなく、䞍安を少し増やさずに枈たせるこずもたた、倧切な仕事のひず぀だず思っおいる。

    そう思うからこそ、今の私は、日々の小さな応答を雑にしないようにしおいる。
    すぐ返せなくおも、受け取ったこずだけは返す。
    できるものは溜めない。
    やるべきこずを埌回しにしない。
    その堎でできるこずは、その堎でやる。

    それは、すごい工倫ではない。
    掟手な芪切でもない。
    けれど、誰かを少し安心させるために、自分にできる小さな基準ではある。

    たぶん、そういう小さな基準は、いちばん身近な関係の䞭でこそ詊されるのだず思う。
    身近な人に小さな安心を届けられたらいい。
    返事でもいい。
    声かけでもいい。
    毎日の電話でも、毎日の抱擁でもいい。
    その人が、自分は攟っおおかれおいないず思える䜕かがあれば、それで十分な日もある。

    結局、そういう安心は、ほんの小さな合図から始たるのだず思う。
    返事は、そのための小さな行為だ。
    小さいけれど、軜くはない。

    — Dr Hakun

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門 #医垫の蚀葉
    #心を敎える #小さな安心

     
     

    Dr Hakun

     
     
    医垫・クリニック院長。 日々の蚺療ず運営のなかで感じたこずを綎っおいたす。 誠実な医療、続けられる働き方、品のあるクリニック経営に぀いお。 掟手さより本質を、理想だけでなく持続可胜性も倧切にしおいたす。

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