
0便:「急に具合が悪くなる」と向き合ってきた
いつか急に具合が悪くなるかもしれない。
そのことを、どこかで引き受けながら人に会っている。
緩和ケア外来で出会う患者さんの多くは、
根治は期待できない方たちだ。
だから、
初めてお会いしたときにどんなにお元気に見えていても、
いつか急に具合が悪くなるときが来る。
そのことを、
まだ何も起きていない時間の中で、
どこかで引き受けながら、
私はご挨拶をしている。
2019年に『急に具合が悪くなる』という本が出たとき、
僕がその題名にまずぎょっとしたのは、
たぶんそのためだった。
それは、
きれいな題名としてより先に、
緩和ケアの現場で患者さんと向き合う者にとっての、
切迫した現実として響いた。
しかもそのころの僕は、
厚生労働省から臨床の現場に戻り、
緩和ケアの取り組みを始めたばかりだった。
ちょうどその頃、読売新聞では、
大分県の中津市民病院における緩和ケアの現場が、
「手探りの緩和ケア」として連載されていた。
そこに描かれていたのは、
やさしい理念としての緩和ケアではなかった。
患者さんの願い。
家族の事情。
制度の基準。
病院の現実。
それらのあいだで揺れながら、
それでもなお、
その人の時間を支えようとする現場だった。
そんな時期に、
『急に具合が悪くなる』という題名に出会った。
だから僕にとってこの本は、
単なる話題の本でも、
映画化された原作でもなかった。
もっと切実に、
自分の仕事のただ中に触れてくる本だった。
そこから僕は、
この本をめぐって、
いくつかのことを考え続けるようになった。
病をめぐる言葉は、
人を支えることもあれば、
未来を細くしてしまうこともある。
「その人らしさ」とは何か。
「そばにいる」とは何か。
説明することと、そばにいることは、
どこでつながっているのか。
そして医療者は、
急に具合が悪くなるかもしれない未来の前で、
どんな言葉を差し出せばよいのか。
この連作は、
『急に具合が悪くなる』という一冊を入口にしながら、
その奥で、
僕が緩和ケアの現場で向き合ってきた問いを、
少しずつ書いていくための記録だ。
読書ノートのようでもあり、
臨床の覚え書きのようでもあり、
自分の中に長く残ってきた違和感の輪郭を、
確かめていくための文章でもある。
たぶんこれは、
本について書いているようでいて、
ほんとうは、
本の外側で僕が考え続けてきたことを書いている。
その意味で、
これは感想文というより、
「急に具合が悪くなる」と向き合ってきた
自分自身の記録なのだと思っている。
この連作は、ここから少しずつ続いていきます。
全体の流れは、総目次からご覧ください。
▶ この連作の総目次へ
(準備中)
2019年8月15日 医療大全 読売新聞 【読者会員限定記事】
手探りの緩和ケア(1)目標励みに日々生きる
https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20190808-OYTET50015/