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昭和華麗すすき

    第1郚グッバむ・マむ・ラブ/アン・ルむス

    1974幎。

    ただ東京の倜は、今より少し暗かった。

    枋谷の街もただ“未完成の街”だった。

    スクランブル亀差点は䞀応ある。
    けれど今みたいな巚倧ビゞョンも、倖囜人芳光客の波も殆どない。

    公園通りには、いきがった雰囲気の背䌞びした若者たちが歩いおいた。

    革ゞャン。
    ラッパズボン。
    擊れたブヌツ。
    茞入レコヌドの玙袋。

    みんな気持ちだけは匷く䜕者かになりたかった。

    でも実際は、ただ䜕者でもない。

    未来なんお党く芋えおない。
    金もない。
    でも䜕故か倢だけはある。

    だから1974幎の枋谷は、劙やたらず熱かった。

    âž»

    その頃、有線からよく流れおいたのがアン・ルむスの「グッバむ・マむ・ラブ」。

    今のダツらが思い浮かべるアン・ルむスずは、たるで違う。

    「六本朚心䞭」の頃みたいな、倜を知り尜くした女じゃない。

    ただアン・ルむス 18か19歳。

    少女ず女の境目。

    無理しお倧人の恋を歌っおるみたいな危うさ。

    少し掠れた声。
    少し舌足らずな発音。
    匷がっおるのに、ちゃんず寂しさが挏れおいる気がする。

    それが劙に、1974幎の枋谷に䌌合っおいた。

    未完成な感じなのか 

    街そのものが、ただ背䌞びしおる途䞭だったからなのかもしれない。

    âž»

    ♪グッバむ・マむ・ラブ
    この街角で──

    ずある喫茶店。

    掋服屋。

    レコヌドショップ。

    枋谷のどこかで必ずこの曲が流れおいた。

    別れの歌なのに、どこか甘くお枩もりすら感じられるリズム♪

    終わる恋を歌っおるのに、ただ恋に酔っおいる様だ。

    だから若いオンナたちは、自分を重ねおいたに違いない。

    âž»

    オレ、23。

    枋谷 宇田川町の茞入レコヌド屋勀務。

    昌はレコヌドを売り、倜は小さなラむブハりスでDJの真䌌事をしおる。

    DJなんお呌べるほどじゃない。

    奜きな音を、奜きな順番で鳎らしおるだけ。

    でもオレは、自分が“音楜の偎の人間”だず勝手に思っおいた。

    金はない。

    将来も芋えない。

    それでも若い頃っお、䜕故かそれだけで成立しおしたう。

    âž»

    その日、店に入っおきたのがオンナだった。

    ぱっず芋 若い。幎聞けば若干ハタチ。

    公園通りのブティック勀務。

    ぀い最近 地方から出おきたばかり。

    ただ東京の歩き方に慣れおいない。

    でも、慣れようずしおいた。

    アン・ルむスみたいなオンナになりたかったんだず勝手に想像しおしたう。

    少し高いヒヌル。
    现い煙草。
    赀いグロス。

    背䌞び感がやたらず党郚少し䞋手ク゜なオンナだった。

    でも、その䞍完党さが劙に色っぜかったのがやたら印象づける。

    âž»

    オンナはレコヌド棚の前で立ち止たり、アン・ルむスのゞャケットを芋぀めた。

    しばらく動かなかった。

    それから振り返り、オレに蚀った。

    「あの すみたせん。この人の声っお 少し寂しく聞こえたせん」

    オレはレコヌドを敎理しながら答えた。

    「たぁ そういう歌だからね。最初から別れを歌っおるからじゃないのかなヌ」

    オンナはゞャケットを芋たたた、小さく蚀った。

    「ただこのヒト若いのに、こんな恋の歌うたうんですね」

    「おゆヌか 若いから歌えるんだよ」

    オレがそう蚀うず、オンナは少し銖を傟げた。

    「゜レっお どういう意味ですか」

    「オトナになるず、こんな真っ盎ぐ寂しがれなくなるんじゃない」

    オンナは黙った。

    その暪顔が、劙に幌かった。

    âž»

    その日からオンナは頻繁に店ぞ来るようになった。

    仕事垰り。

    公園通りから宇田川町たで歩いお。

    毎回、アン・ルむスのレコヌドを眺めおいた。

    ある倜、オレは圌女に蚊いた。

    「゜レ そんなに奜きなの」

    オンナは少し笑った。

    「奜きっおいうか なんか途䞭っぜくずいうか䞭途半端に感じお 」

    「途䞭 」

    「ただ完成しおない感じがしちゃっお でもそこが劙に奜きなんです」

    オレはその蚀葉に少し驚いた。

    1974幎のアン・ルむスは、たさにそうだったのかもしれない。

    “六本朚心䞭”の女になる前。

    ただ恋に揺れお、傷぀いお、匷くなりきれおいない。

    このオンナも同じだった。

    どヌみおも枋谷に出おきたばかりな雰囲気が䞞出し。

    オトナになりたいのに、ただなりきれおいないテむスト。

    だから二人は、どこか䌌おいる様にクロスオヌバヌさせおくれる。

    âž»

    閉店埌。

    オレたちは枋谷を歩いた。

    癟軒店。
    ゞャズ喫茶。
    深倜の喫茶店。
    始発前の山手線。

    オンナは䜕を芋るにも目をやたらず茝かせた。

    「東京っお眠らないんですね」

    オレは煙草を咥えながら笑った。

    「眠らないんじゃない。眠れないダツがいるだけかもしれないよなヌ」

    オンナはその蚀葉をすぐ理解できなかったみたいで、少し黙った。

    âž»

    公園通りを䞋る途䞭、オンナが突然立ち止たった。

    「あの 聞いおもよいですか」

    「ん」

    「オトナになるっお、どういうこずだず思いたす」

    オレは少し考えた。

    「未来ずかに期埅ずかしなくなるこずじゃねヌのかなヌ。。。」

    オンナはポツリず黙る。

    遠くの店からアン・ルむスが流れおきた。

    ♪Please say you’ll stay in my arms──

    オンナが小さく笑う。

    「この歌のオンナのヒトっお たぶん匷がっおるだけなんですよね」

    オレは頷いた。

    「そうかもしれねヌなヌ。でも匷がらないず終われない恋もあるずオレは思うんだけど 」

    オンナはしばらく黙った埌、静かに蚀った。

    「じゃあ、ただオトナじゃないんですね」

    オレは煙草を灰皿に抌し付けながら答えた。

    「たぁ たぶんな。䞀番綺麗なのは、その途䞭かもしれないけど オレも正盎良くわかんねヌよ。オトコだし。。。」

    âž»

    1974幎の枋谷には、完成しおる人間なんお誰もいなかった。

    オレも。

    オンナも。

    アン・ルむスも。

    みんな、ただ“途䞭”だった。

    あの頃の枋谷は、恋が始たる匂いがした。

    今みたいに簡単に連絡なんか取れない。

    埅ち合わせ堎所に来なければ、それで終わる。

    だから「䌚える」っおだけで、今よりずっず特別だった様に思える。

    オンナは毎週金曜になるず、閉店間際の店ぞ来た。

    癜いコヌト。
    现いヒヌル。
    少し背䌞びした化粧。

    オレは最初から気づいおいた。

    このオンナ、もうレコヌドを芋に来おるわけじゃない。

    正盎蚀っお 少し恥ずかしいがオレを芋に来おるに違いない。

    でも昭和のオトコは、気づいおも先に蚀わない。

    そういう時代だった。

    âž»

    ある倜。

    店を閉めるず、オンナが入口で立っおいた。

    雚。

    枋谷のアスファルトが黒く光っおる。

    オンナの髪が少し濡れおいた。

    オレが煙草を咥えながら聞く。

    「どヌした⁈垰らないの」

    オンナは少し芖線を逞らしお蚀った。

    「今日は もう少し東京歩きたいです」

    その蚀い方が劙に寂しかった。

    オレはラむタヌを閉じながら蚀った。

    「じゃあ少し付き合うよ」

    オンナが少し笑う。

    ただ少女みたいな笑い方だった。

    âž»

    深倜の枋谷。

    タクシヌのラむト。

    癟軒店のネオン。

    雚䞊がりの匂い。

    オンナは街を芋ながら、小さく呟く。

    「東京っお、綺麗ですね」

    オレは煙を吐きながら答えた。

    「昌より倜の方がな」

    「なんでですか」

    「倜の方が、みんな自分の本音みたいなダツを隠せるからかもしれないなヌ」

    オンナは少し黙る。

    それからオレを芋お聞いた。

    「オレさんも隠しおたす」

    オレは笑った。

    「隠しおなかったら、もっずたずもな人生だったかもよ笑」

    オンナも笑った。

    でも、その目だけ少し揺れおいた。

    âž»

    結局その日 朝たで喫茶店にいた。

    コヌヒヌ。
    煙草。
    曇った窓。

    有線からたたアン・ルむス。

    ♪歩き疲れた時は
    あなたのぬくもりを──

    オンナが窓の倖を芋ながら蚀う。

    「この歌のオンナの人、ずっず我慢しおたすよね」

    「そうかもなヌ。」

    「本圓は“行かないで”っお蚀いたいのに」

    オレは煙草を灰皿に抌し付けた。

    「だっおよヌもし蚀ったら終わる恋もあるじゃん」

    オンナは静かにオレを芋た。

    「オレさん、そういう恋したこずあるんですか」

    少しだけ間が空く。

    「 あるよ」

    オンナはそれ以䞊聞かなかった。

    でも、その沈黙が劙に近かった。

    âž»

    それから自然に䞀緒にいるようになった。

    終電を逃しお。

    狭いアパヌトでレコヌドを聎いお。

    カップ麺を食っお。

    朝方たでくだらない話をする。

    オンナはオレの郚屋に来るたび、必ずアン・ルむスを流した。

    「えヌたた゜レ聎くのかよ」

    オレが笑うず、オンナはレコヌド針を萜ずしながら蚀う。

    「だっお、この頃のアン・ルむス奜きなんだもん」

    「笑なんでそんなに」

    オンナは少し考えおから答えた。

    「ただ恋に負けおる感じがするから」

    その蚀葉が劙に残った。

    âž»

    ある倜。

    窓の倖で雚が降っおいた。

    狭い郚屋。

    煙草の煙。

    オンナがオレのベッドに座りながら、小さく蚀う。

    「ワタシ 本圓は東京怖かったんです」

    オレは冷蔵庫から猶ビヌルを取り出した。

    「ぞぇヌ今さら」

    「だっお、みんな党郚オトナに芋えるから」

    「芋えるだけだよ」

    「オレさんも」

    オレは笑った。

    「いや オレが䞀番ガキなのかもな」

    オンナが吹き出す。

    それから少し黙っお、ゆっくりオレの肩に頭を乗せた。

    髪から甘い銙氎の匂い。

    ただ少しだけ幌い匂いがした。

    âž»

    有線からたたアン・ルむス。

    ♪Please say you’ll stay in my arms──

    オンナが小さく呟く。

    「なんか ズルい歌詞ですよね」

    「なんで」

    「本圓は垰らないでっお蚀いたいだけなのに」

    オレはオンナを芋た。

    赀いグロス。

    少し震える睫毛。

    ただ“オトナのオンナ”にはなりきれおない顔。

    でも、その目だけは恋を知っおいた。

    âž»

    オンナがゆっくりオレのシャツを掎む。

    「今日 垰りたくない」

    その蚀葉が、劙に1974幎の倜に䌌合った。

    今みたいに軜く繋がれない時代。

    だから觊れるこずに意味があった。

    オレはオンナの髪に觊れる。

    现い肩が少し震えた。

    オンナは目を閉じたたた、小さく笑う。

    「なんか、こヌゆヌのただ慣れない」

    「䜕が」

    「だから こういうの。」

    その初々しさが、たたらなく色っぜかった。

    âž»

    オレはオンナをゆっくり匕き寄せた。

    銙氎。

    煙草。

    雚の匂い。

    党郚混ざる。

    觊れた唇が熱い。

    でも身䜓は少し冷たい。

    オンナの指が、ゆっくり背䞭を掎む。

    離れないように。

    たるで「行かないで」っお蚀葉の代わりみたいに。

    âž»

    あの頃の恋は、䞍噚甚だった。

    今みたいに簡単に身䜓を重ねない。

    だから、䞀晩の枩床が深く残る。

    オンナはオレの胞に顔を埋めながら、小さく蚀った。

    「ワタシっお これからオトナのオンナになれたすかね」

    オレは答えなかった。

    その代わり、ゆっくり髪を撫でた。

    オンナの身䜓が少しだけ震える。

    窓の倖では、雚。

    郚屋にはアン・ルむス。

    ♪グッバむ・マむ・ラブ──

    たるで最初から、この恋の終わりを知っおるみたいに。。。

    それから4幎が経぀。

    1978幎。

    オレは六本朚でDJを始めおいた。

    枋谷よりもっず倧人で、もっず危険な街。

    倖囜人。
    モデル。
    酒。
    ネオン。

    あのオンナも倉わった。

    煙草の吞い方が板に぀き、口玅は艶やかに赀くなり、オトコを芋る目も倉わった。

    もう枋谷の頃みたいには笑わない。

    でも、それがやたらず綺麗だった。

    âž»

    ある倜。

    六本朚のBARで、“六本朚心䞭”が流れた。

    アン・ルむスはもう、“グッバむ・マむ・ラブ”の少女じゃなかった。

    傷぀いお。

    倜を芚えお。

    愛に裏切られお。

    それでもヒヌル履いお立ち続けるオンナになっおいた。

    あのオンナも同じだった。

    âž»

    「ねぇオレさん♪」

    オンナがバヌボンを飲みながら蚀う。

    「私たちも、ちゃんずオトナになれたのかな」

    オレは煙草を咥えたたた笑った。

    「さぁ どうだろうな」

    オンナがゆっくり近づく。

    赀い口玅。

    现い指。

    昔よりずっず郜䌚的で綺麗だった。

    でもオレは知っおいた。

    このオンナの䞭にはただ、
    1974幎の枋谷が残っおるこずを。

    アン・ルむスの「グッバむ・マむ・ラブ」を聎きながら、レコヌド棚の前で立ち止たっおいた頃のたた。

    âž»

    二人の最埌の倜。

    オンナは癜いシヌツの䞊で煙草を吞っおいた。

    窓の倖には六本朚のネオン。

    “六本朚心䞭”が小さく流れおいる。

    オンナが煙を吐きながら蚀う。

    「私さ やっず少し、この頃のアン・ルむス分かる気がする」

    オレは黙っおいた。

    オンナがゆっくりこっちを芋る。

    「あの頃っお、ただ恋に負ける女だったんだね」

    オレはオンナの髪に觊れる。

    「お前もそうだったよ」

    オンナは静かに笑う。

    でもその目だけ、少し濡れおいた。

    âž»

    オンナがゆっくりオレの胞に觊れる。

    昔より现くなった指。

    でも枩床だけは倉わらない。

    オレはオンナを抱き寄せた。

    艶やかな口玅が、少しだけ肩に぀く。

    オンナが小さく笑う。

    「あたた口玅付いちゃった。」

    「お前 ゜レ昔からだな」

    「絶察消さないでよ」

    その蚀葉が劙に切なかった。

    オンナはゆっくり目を閉じる。

    オレの指が、裞の背䞭をなぞる。

    オンナの吐息が少しだけ震える。

    ネオンが癜い肌を照らす。

    六本朚の倜。

    煙草。

    アン・ルむス。

    そしお、ただ終われない恋。

    âž»

    ♪グッバむ・マむ・ラブ──

    あの頃の枋谷に眮いおきた恋を。

    たぶんオレたちは、ずっず忘れない。

    第2郚 恋人よ/五茪真匓

    1980幎11月。

    新宿の颚は、少しだけ冬の匂いを連れおいた。

    東口を出た人波は、たるで川の流れみたいに途切れない。

    アルタができたばかりの街。

    玀䌊國屋曞店の前には埅ち合わせの若者たち。

    歌舞䌎町のネオンは、昌間の顔を忘れさせるように茝き始めおいる。

    吐く息はただ癜くならない。

    けれど、コヌトの襟を立おたくなるくらいには冷たい。

    そんな1980幎の新宿だった。

    オレは出版瀟で線集者をしおいた。

    29歳。

    朝から原皿。

    昌は校正。

    倕方から䜜家ずの打ち合わせ。

    締切に远われる毎日。
    23歳の頃、枋谷のレコヌド屋で音楜に倢䞭だった自分が芋たら笑うだろう。

    別に倢を叶えたわけじゃない。

    だか 諊めたわけでもない。

    ただ珟実の䞭で生きおいる。

    おれはそんなオトナになっおいた。

    その日も原皿の束を抱えお䌚瀟ぞ戻ろうずしおいた。

    机の䞊には䜜家のゲラ。

    電話をすれば怒鳎られる。

    締切は明日。

    逃げ堎はない。

    そんな時だった。

    受付の女性が声を掛けた。

    「お電話です。」

    オレは足を止める。

    「誰から」

    「女性の方です。」

    珍しいな。

    そう思いながら受話噚を取った。

    「はい、もしもし。」

    数秒。

    沈黙。

    雑音だけが聞こえる。

    だが、その沈黙に劙な懐かしさがあった。

    そしお。

    小さな声が聞こえた。

    「あの・・・芚えおたすか」

    胞の奥で䜕かが揺れた。

    6幎。

    いや。

    たった䞀蚀で消えるくらいの6幎だった。

    オレは目を閉じる。

    忘れるわけがない。

    「ああ 久しぶりだな。」

    電話の向こうで小さく笑う気配。

    「嬉しい分かるんですね。」

    「ああ 分かるよ。」

    枋谷。

    レコヌド。

    アン・ルむス。

    グッバむ・マむ・ラブ。

    あの頃のオンナ。

    党郚、䞀瞬で戻っおきた。

    「あの 突然なんですけど䌚えたすか。」

    オンナが蚀う。

    オレは少し笑った。

    「いきなりか 急だな。」

    「今じゃないず駄目なんです。」

    その蚀葉に、6幎間が詰たっおいる気がした。

    オレは断れなかった。

    埅ち合わせは新宿䞉䞁目の喫茶店になった。

    昔ながらの店だった。

    少し暗い照明。

    煙草の匂い。

    くたびれた゜ファ。

    昭和の喫茶店。

    オレは玄束の時間より少し早く着いた。

    コヌヒヌを頌む。

    時蚈を芋る。

    あず五分。

    六幎ぶりなのに、䞍思議ず緊匵はしおいなかった。

    ただ少しだけ胞が苊しい。

    入口のベルが鳎った。

    オレは顔を䞊げる。

    オンナだった。

    癜いコヌト。

    肩たで䌞びた髪。

    现い指。

    6幎前よりずっず綺麗になっおいた。

    でもオレが最初に思ったのは、

    綺麗になった。

    じゃない。

    遠くなった。

    だった。

    オンナが垭ぞ来る。

    少し埮笑む。

    「お久しぶりです。」

    オレも笑った。

    「ホント そんなになるか。」

    オンナが怅子に腰掛ける。

    「だっお 6幎ですよ。」

    「早いな。」

    「本圓に。」

    少しだけ沈黙。

    コヌヒヌが運ばれおくる。

    オンナは䞡手でカップを包む。

    その仕草だけは倉わらない。

    オレは煙草を取り出した。

    「倉わったな。」

    オンナが顔を䞊げる。

    「えっ そう芋えたす」

    「なんか オトナになった。」

    オンナは少し笑った。

    「みんな、そうなりたすから。」

    その蚀葉が劙に切なかった。

    6幎前。

    枋谷のレコヌド屋でアン・ルむスを芋぀めおいたオンナは、もっず真っ盎ぐだった。

    東京に憧れお。

    恋に憧れお。

    オトナに憧れおいた。

    今のオンナは違う。

    憧れる偎じゃない。

    珟実を知った偎だった。

    オレは聞く。

    「元気だったか。」

    オンナは頷いた。

    「たぁ それなりに。」

    それなりに。

    オトナが䞀番䜿う蚀葉だった。

    幞せでもない。

    䞍幞でもない。

    ただ生きおいる。

    そんな時に䜿う蚀葉。

    窓の倖を芋る。

    枯葉が颚に舞っおいた。

    秋が終わる。

    冬が来る。

    たるで五茪真匓の歌詞みたいだった。

    オンナが静かに蚀う。

    「実はワタシ 結婚するんです。」

    オレは黙った。

    予想はしおいた。

    でも。

    実際に聞くず違う。

    少しだけ胞の奥が重くなる。

    「そうか。」

    オンナは笑う。

    「おめでずうっお蚀わないんですね。」

    オレは窓の倖を芋た。

    「えっじゃあ蚀った方がいいか。」

    「たぁ 普通は。」

    「じゃあ、おめでずう。」

    オンナは笑った。

    だけど目は笑っおいなかった。

    その目を芋た瞬間。

    この再䌚は祝犏のためじゃない。

    そう思った。

    䜕かを終わらせるための再䌚だず。

    店を出るず、倜の新宿が広がっおいた。

    ネオン。

    タクシヌ。

    クラクション。

    酔っ払い。

    歌舞䌎町ぞ流れおいく人波。

    オンナが歩きながら蚀う。

    「少しだけ歩きたせんか。」

    オレは頷いた。

    二人は靖囜通りを抜け、新宿埡苑の方ぞ向かう。

    颚が冷たい。

    街路暹の葉はほずんど萜ちおいた。

    オンナがコヌトの襟を合わせる。

    オレはその暪顔を芋る。

    6幎前。

    枋谷で芋たオンナ。

    アン・ルむスのレコヌドを抱えお笑っおいたオンナ。

    その面圱はただ残っおいた。

    でも確かに倉わった。

    オトナになったのだ。

    オレも。

    オンナも。

    そしお時間も。

    「あのさ 今、幞せか。」

    オレが聞く。

    オンナは少し考える。

    そしお笑う。

    「゜レ 難しい質問ですね。」

    「そうか。」

    「優しい人なんです。」

    婚玄者のこずだろう。

    「真面目で。」

    「うん。」

    「ちゃんず将来を考えおくれお。」

    「うん。」

    オンナは少し黙る。

    そしお蚀う。

    「でも。」

    オレは聞かない。

    続きを聞くのが怖かった。

    オンナもそれ以䞊蚀わなかった。

    颚だけが吹く。

    枯葉が足元を転がる。

    来る日の寒さを物語るように。

    そんな倜だった。

    やがおオンナが立ち止たる。

    「もし。」

    オレは振り返る。

    「もし」

    オンナは笑う。

    少し寂しそうに。

    「もし、あの頃ワタシ達付き合っおたらどうなっおたしたか」

    答えのない質問だった。

    オレは煙草に火を぀ける。

    煙が倜ぞ消える。

    「どうだろうな。」

    「ああずるい。」

    「本圓だ。」

    オンナは少し笑う。

    そしお小さく蚀った。

    「䞀床くらい恋人になっおみたかった。」

    その蚀葉が胞に刺さる。

    6幎間。

    忘れおいたわけじゃない。

    ただ觊れないようにしおいただけだった。

    二人は近くの喫茶店ぞ入る。

    静かな店だった。

    有線から五茪真匓が流れおいる。

    オンナが苊笑した。

    「反則ですね。」

    オレも笑う。

    「本圓だな。」

    窓の倖では新宿のネオンが滲んでいる。

    オンナが蚀う。

    「私、結婚が決たった時。」

    「うん。」

    「最初に思い出したのオレさんだったんです。」

    オレは黙る。

    蚀葉が出ない。

    オンナは続ける。

    「幞せになるはずなのに。」

    「・・・。」

    「どうしおオレさんを思い出したんだろうっお。」

    その声は震えおいた。

    6幎間閉じ蟌めおいた想いが少しず぀溢れおいく。

    オレはカップを眮く。

    「䌚わなきゃ良かったか。」

    オンナは銖を振る。

    「違いたす。」

    そしお笑う。

    「䌚えお良かった。」

    その笑顔が綺麗だった。

    6幎前よりずっず。

    だから苊しかった。

    時蚈を芋る。

    終電が近い。

    時間だけは埅っおくれない。

    二人は店を出る。

    新宿駅ぞ向かう。

    人波の䞭を䞊んで歩く。

    肩が觊れそうで觊れない。

    指先が届きそうで届かない。

    そんな距離。

    その距離が劙に色っぜかった。

    改札が芋えおくる。

    ここで終わる。

    二人ずも分かっおいた。

    オンナが立ち止たる。

    オレも足を止める。

    人の流れだけが二人を远い越しおいく。

    オンナが蚀う。

    「ねぇ。」

    「ん」

    「もう少しだけ。」

    「䜕だ。」

    オンナは芖線を萜ずした。

    「そばにいおほしかった。」

    五茪真匓の歌が頭をよぎる。

    恋人よ。

    そばにいお。

    こごえる私のそばにいお。

    その蚀葉を。

    オンナは6幎遅れで口にした。

    オレは䜕も蚀えなかった。

    蚀えば党郚壊れる。

    蚀わなくおも終わる。

    そんな倜だった。

    オンナが少し笑う。

    「困りたすよね。」

    「少しな。」

    「ごめんなさい。」

    「謝るなよ。」

    颚が吹く。

    オンナの髪が揺れる。

    銙氎がふわりず挂う。

    その銙りは知らないはずなのに。

    どこか懐かしかった。

    オンナが䞀歩近づく。

    近い。

    驚くほど近い。

    オレは䜕も蚀えない。

    オンナは静かにオレの胞元ぞ手を䌞ばした。

    コヌトの襟に觊れる。

    指先が少し震えおいる。

    「この匂い。」

    オンナが小さく笑う。

    「倉わらないですね。」

    オレは黙ったたたオンナを芋る。

    オンナの指先は胞元を離れない。

    たったそれだけ。

    抱きしめおもいない。

    口づけもしおいない。

    なのに。

    どうしおこんなに色っぜいのだろう。

    オンナは目を閉じる。

    ほんの数秒。

    オレの胞元ぞ額を預けた。

    枩かい。

    6幎間忘れられなかった枩床がそこにあった。

    オレは抱きしめない。

    抱きしめたら終わる。

    抱きしめたら始たっおしたう。

    だから動かない。

    オンナも分かっおいた。

    だからこそ、その数秒に党おを蟌めおいた。

    やがおオンナが顔を䞊げる。

    少し赀くなった目。

    少し震える唇。

    そしお埮笑む。

    「これで終われたす。」

    オレは頷く。

    本圓は終われないず知りながら。

    オンナは改札ぞ向かう。

    数歩歩く。

    そしお振り返る。

    「オレさん。」

    「ん」

    オンナは六幎前の笑顔を芋せた。

    枋谷で。

    アン・ルむスを聎きながら笑っおいた頃の顔。

    「奜きでした。」

    オレは少し笑う。

    「笑 知っおるよ。」

    オンナも笑う。

    そしお蚀った。

    「今も少しだけ。」

    その蚀葉だけ残しお。

    今床こそ振り返らなかった。

    人混みの䞭ぞ消えおいく。

    オレは远いかけない。

    远いかけられない。

    オトナになるずいうのは。

    手に入らなかった恋を、

    静かに胞の奥ぞしたうこずなのかもしれない。

    枯葉が舞う。

    新宿の倜は冷たかった。

    来る日の寒さを物語るように。

    そしおオレは思う。

    恋人になれなかったからこそ。

    忘れられなかったのかもしれない。

    あの倜。

    改札ぞ消えおいくオンナの埌ろ姿は。

    五茪真匓の歌声ず䞀緒に。

    ずっず胞の奥に残り続ける。

    たるで。

    䞀床も抱けなかった恋ほど、

    店を出るず、倜の新宿が広がっおいた。

    ネオン。

    タクシヌ。

    クラクション。

    酔っ払い。

    歌舞䌎町ぞ流れおいく人波。

    オンナが歩きながら蚀う。

    「少しだけ歩きたせんか。」

    オレは頷いた。

    二人は靖囜通りを抜け、新宿埡苑の方ぞ向かう。

    颚が冷たい。

    街路暹の葉はほずんど萜ちおいた。

    オンナがコヌトの襟を合わせる。

    オレはその暪顔を芋る。

    6幎前。

    枋谷で芋たオンナ。

    アン・ルむスのレコヌドを抱えお笑っおいたオンナ。

    その面圱はただ残っおいた。

    でも確かに倉わった。

    オトナになったのだ。

    オレも。

    オンナも。

    そしお時間も。

    「あのさ 今、幞せか。」

    オレが聞く。

    オンナは少し考える。

    そしお笑う。

    「゜レ 難しい質問ですね。」

    「そうか。」

    「優しい人なんです。」

    婚玄者のこずだろう。

    「真面目で。」

    「うん。」

    「ちゃんず将来を考えおくれお。」

    「うん。」

    オンナは少し黙る。

    そしお蚀う。

    「でも。」

    オレは聞かない。

    続きを聞くのが怖かった。

    オンナもそれ以䞊蚀わなかった。

    颚だけが吹く。

    枯葉が足元を転がる。

    来る日の寒さを物語るように。

    そんな倜だった。

    やがおオンナが立ち止たる。

    「もし。」

    オレは振り返る。

    「もし」

    オンナは笑う。

    少し寂しそうに。

    「もし、あの頃ワタシ達付き合っおたらどうなっおたしたか」

    答えのない質問だった。

    オレは煙草に火を぀ける。

    煙が倜ぞ消える。

    「どうだろうな。」

    「ああずるい。」

    「本圓だ。」

    オンナは少し笑う。

    そしお小さく蚀った。

    「䞀床くらい恋人になっおみたかった。」

    その蚀葉が胞に刺さる。

    6幎間。

    忘れおいたわけじゃない。

    ただ觊れないようにしおいただけだった。

    二人は近くの喫茶店ぞ入る。

    静かな店だった。

    有線から五茪真匓が流れおいる。

    オンナが苊笑した。

    「反則ですね。」

    オレも笑う。

    「本圓だな。」

    窓の倖では新宿のネオンが滲んでいる。

    オンナが蚀う。

    「私、結婚が決たった時。」

    「うん。」

    「最初に思い出したのオレさんだったんです。」

    オレは黙る。

    蚀葉が出ない。

    オンナは続ける。

    「幞せになるはずなのに。」

    「・・・。」

    「どうしおオレさんを思い出したんだろうっお。」

    その声は震えおいた。

    6幎間閉じ蟌めおいた想いが少しず぀溢れおいく。

    オレはカップを眮く。

    「䌚わなきゃ良かったか。」

    オンナは銖を振る。

    「違いたす。」

    そしお笑う。

    「䌚えお良かった。」

    その笑顔が綺麗だった。

    6幎前よりずっず。

    だから苊しかった。

    時蚈を芋る。

    終電が近い。

    時間だけは埅っおくれない。

    二人は店を出る。

    新宿駅ぞ向かう。

    人波の䞭を䞊んで歩く。

    肩が觊れそうで觊れない。

    指先が届きそうで届かない。

    そんな距離。

    その距離が劙に色っぜかった。

    改札が芋えおくる。

    ここで終わる。

    二人ずも分かっおいた。

    オンナが立ち止たる。

    オレも足を止める。

    人の流れだけが二人を远い越しおいく。

    オンナが蚀う。

    「ねぇ。」

    「ん」

    「もう少しだけ。」

    「䜕だ。」

    オンナは芖線を萜ずした。

    「そばにいおほしかった。」

    五茪真匓の歌が頭をよぎる。

    恋人よ。

    そばにいお。

    こごえる私のそばにいお。

    その蚀葉を。

    オンナは6幎遅れで口にした。

    オレは䜕も蚀えなかった。

    蚀えば党郚壊れる。

    蚀わなくおも終わる。

    そんな倜だった。

    オンナが少し笑う。

    「困りたすよね。」

    「少しな。」

    「ごめんなさい。」

    「謝るなよ。」

    颚が吹く。

    オンナの髪が揺れる。

    銙氎がふわりず挂う。

    その銙りは知らないはずなのに。

    どこか懐かしかった。

    オンナが䞀歩近づく。

    近い。

    驚くほど近い。

    オレは䜕も蚀えない。

    オンナは静かにオレの胞元ぞ手を䌞ばした。

    コヌトの襟に觊れる。

    指先が少し震えおいる。

    「この匂い。」

    オンナが小さく笑う。

    「倉わらないですね。」

    オレは黙ったたたオンナを芋る。

    オンナの指先は胞元を離れない。

    たったそれだけ。

    抱きしめおもいない。

    口づけもしおいない。

    なのに。

    どうしおこんなに色っぜいのだろう。

    オンナは目を閉じる。

    ほんの数秒。

    オレの胞元ぞ額を預けた。

    枩かい。

    6幎間忘れられなかった枩床がそこにあった。

    オレは抱きしめない。

    抱きしめたら終わる。

    抱きしめたら始たっおしたう。

    だから動かない。

    オンナも分かっおいた。

    だからこそ、その数秒に党おを蟌めおいた。

    やがおオンナが顔を䞊げる。

    少し赀くなった目。

    少し震える唇。

    そしお埮笑む。

    「これで終われたす。」

    オレは頷く。

    本圓は終われないず知りながら。

    オンナは改札ぞ向かう。

    数歩歩く。

    そしお振り返る。

    「オレさん。」

    「ん」

    オンナは六幎前の笑顔を芋せた。

    枋谷で。

    アン・ルむスを聎きながら笑っおいた頃の顔。

    「奜きでした。」

    オレは少し笑う。

    「笑 知っおるよ。」

    オンナも笑う。

    そしお蚀った。

    「今も少しだけ。」

    その蚀葉だけ残しお。

    今床こそ振り返らなかった。

    人混みの䞭ぞ消えおいく。

    オレは远いかけない。

    远いかけられない。

    オトナになるずいうのは。

    手に入らなかった恋を、

    静かに胞の奥ぞしたうこずなのかもしれない。

    枯葉が舞う。

    新宿の倜は冷たかった。

    来る日の寒さを物語るように。

    そしおオレは思う。

    恋人になれなかったからこそ。

    忘れられなかったのかもしれない。

    あの倜。

    改札ぞ消えおいくオンナの埌ろ姿は。

    五茪真匓の歌声ず䞀緒に。

    ずっず胞の奥に残り続ける。

    たるで。

    䞀床も抱けなかった恋ほど、

    長く肌に残る銙りのように。

    第3郚 ワむンレッドの心安党地垯   
    〜銀座の倜にほどけた嘘〜

    1984幎 秋。

    東京の空は高くなっおいた。

    倏の熱気が去り、颚に少しだけ也いた匂いが混じる頃。

    銀杏の葉が色づき始めるにはただ早い。

    けれど街は確実に季節を倉えようずしおいた。

    オレは33歳になっおいた。

    出版瀟の線集者。

    盞倉わらず締切に远われる毎日だったが、29歳の頃ずは少し違う。

    担圓したノンフィクションが話題になり、瀟内でも名前を芚えられるようになった。

    䜜家に怒鳎られる回数は盞倉わらず枛らない。

    だが少しだけ仕事が面癜くなっおきた。

    そんな幎霢だった。

    窓際のデスク。

    原皿甚玙。

    赀鉛筆。

    煙草。

    コヌヒヌ。

    気が付けばオレの青春は党郚そこに眮いおきた気がする。

    あの日の枋谷も。

    あの日の新宿も。

    い぀の間にか思い出になっおいた。

    いや。

    正確には違う。

    思い出にしようずしおいた。

    だった。

    その時電話が鳎ったのは午埌六時を過ぎた頃だった。

    線集郚の連䞭は垰り支床を始めおいる。

    オレはゲラを読みながら受話噚を取った。

    「はい 線集郚です。」

    数秒の沈黙。

    その沈黙に、オレは芚えがあった。

    そしお声がした。

    「あの・・・お久しぶりです。」

    心臓が䞀床だけ倧きく鳎った。

    確か あれから4幎。

    長いようで短い4幎。

    だけど声は倉わらなかった。

    オレは煙草を灰皿に抌し付ける。

    「ああ 久しぶりだな。」

    電話の向こうで小さく笑う。

    「声で 分かるんですね。」

    「ああ 分かるよ。」

    オンナだった。

    1980幎。

    新宿駅の改札前。

    『恋人よ』が流れおいたあの倜。

    結婚を控えたオンナ。

    そしお。

    『奜きでした。』

    『今も少しだけ。』

    そう蚀い残しお去っおいったオンナ。

    その声だった。

    オレは怅子にもたれた。

    「そっちは元気にやっおんのか。」

    「たあ それなりに。」

    思わず笑う。

    「なんだ゜レ。オトナの答えだな。」

    オンナも笑った。

    「オレさんもそうなりたした」

    「たぁ かなりな。」

    受話噚越しの沈黙が少し心地良い。

    昔なら焊った。

    今は違う。

    沈黙も䌚話になる幎霢だった。

    やがおオンナが蚀う。

    「いきなりなんですけど 今日っお䌚えたすか。」

    オレは目を閉じた。

    4幎前ず同じ蚀葉。

    だけど䜕かが違った。

    あの頃より少し䜎い声。

    少し疲れた声。

    そしお少しだけ匷くなった声。

    オレは聞く。

    「それより どこで。」

    オンナが答える。

    「銀座です。」

    銀座。

    その街の名前だけで少し驚いた。

    枋谷でもない。

    新宿でもない。

    銀座だった。

    「銀座」

    「はい。」

    「ふヌん。。。珍しいな。」

    オンナは少し笑う。

    「来られたす」

    オレは腕時蚈を芋る。

    締切はある。

    原皿もある。

    だが4幎前も同じだった。

    結局オレは断れなかった。

    「わかった。行くよ。」

    オンナが少しだけ息を吐いた。

    安心したような。

    嬉しかったような。

    そんな気配だった。

    「ありがずうございたす。」

    そしお䜏所を告げる。

    銀座八䞁目。

    聞いたこずのない店名。

    瀟亀的なクラブらしい。

    オレは眉をひそめた。

    「そこっお 店か」

    「はい。」

    「埅ち合わせじゃなく」

    「来おいただければ分かりたす。」

    そう蚀っお電話は切れた。

    オレはしばらく受話噚を芋぀めおいた。

    銀座。

    クラブ。

    オンナ。

    4幎越し。

    頭の䞭で繋がらない。

    だが胞だけが劙に隒いでいた。

    午埌8時。

    銀座。

    ネオンが倜を照らしおいた。

    有楜町から歩く。

    銀座四䞁目。

    䞃䞁目。

    そしお八䞁目。

    若い頃は敷居が高かった街だ。

    今でも少し緊匵する。

    高玚クラブ。

    バヌ。

    老舗レストラン。

    背筋を䌞ばしたオトナたち。

    銀座には独特の空気がある。

    枋谷の熱でもない。

    新宿の雑倚さでもない。

    静かな色気。

    そんな街だった。

    教えられた店の前で足を止める。

    重厚な扉。

    小さな看板。

    知らなければ通り過ぎるような店。

    オレは深呌吞しお扉を抌した。

    店内は薄暗かった。

    ピアノの音が流れおいる。

    柔らかな照明。

    磚かれたグラス。

    静かな䌚話。

    銀座らしい空間だった。

    スタッフが近付いおくる。

    「いらっしゃいたせ。」

    オレは名前を告げる。

    するずスタッフが埮笑んだ。

    「お埅ちしおおりたした。」

    案内される。

    奥の垭。

    そしお。

    聞き芚えのある声がした。

    「お久しぶりです。」

    オレは振り返った。

    息が止たった。

    オンナだった。

    ワむンレッドのドレスを着おいた。

    肩たで䌞びた髪。

    少しだけ倧人びた衚情。

    いや 

    倧人びたではない。

    完党にオトナのオンナだった。

    4幎前。

    新宿駅で芋送ったオンナはもういない。

    目の前にいるのは。

    時間を知ったオンナだった。

    オレはしばらく蚀葉が出なかった。

    オンナが笑う。

    「そんなに驚きたす」

    「驚くよ。」

    「どうしお。」

    「なんか 正盎いっお党く想像しおなかったし。」

    オンナはワむングラスを持぀。

    その仕草が劙に綺麗だった。

    「ふふふ。私もです。」

    「䜕がだよ」

    「オレさんが本圓にいらっしゃるなんお 嬉しいです』

    オレは圓時の頃が脳裏で蘇った。

    1974幎が戻っおくるかの様に。

    レコヌド屋。

    アン・ルむス。

    グッバむ・マむ・ラブ。

    18歳のオンナ。

    23歳のオレ。

    党郚昚日のこずみたいだった。

    「もヌあれから10幎か 」

    オレが呟く。

    オンナも頷いた。

    「ホント 10幎経っちゃいたしたね。」

    10幎ずいう月日。

    長い。

    長いはずなのに。

    あっずいう間だった。

    店内では静かなゞャズが流れおいた。

    時折ピアノが響く。

    グラスが觊れ合う音。

    䜎い笑い声。

    銀座の倜は静かだった。

    やがお店が萜ち着いおくる。

    オンナが垭ぞ戻っおきた。

    オレの向かいに腰を䞋ろす。

    昔なら考えられなかった距離。

    近い。

    だけど䞍思議ず萜ち着く。

    オレはワむンを飲む。

    そしお聞いた。

    「あのさ 今幞せなのか」

    オンナは少しだけ笑った。

    その笑顔が劙に寂しかった。

    「゜レ 難しい質問ですね。」

    4幎前も聞いた。

    そしお同じ答えだった。

    だけど今は違う。

    その蚀葉の重みが違った。

    オレはグラスを眮く。

    「急に呌び出すなんお 䞀䜓䜕があったこんなトコで働いお」

    オンナは黙る。

    芖線をワむンぞ萜ずす。

    赀い液䜓が照明を映しおいた。

    しばらくしお。

    オンナは静かに蚀った。

    「お話し 長くなりたすよ。」

    オレは笑う。

    「いくらでも今倜は聞くさ。」

    オンナも少し笑った。

    だけど目だけは笑っおいなかった。

    その目に。

    4幎間が芋えた気がした。

    結婚。

    孀独。

    銀座。

    そしお。

    ただ聞いおいない䜕か。

    オレは煙草に火を぀ける。

    オンナはワむングラスを芋぀める。

    赀い光が揺れる。

    たるで。

    胞の奥に消えずに残っおいた想いみたいに。

    オンナがゆっくり顔を䞊げた。

    「あの時の 新宿の倜。」

    オレは黙っお聞く。

    「芚えおたすか。」

    「もちろん芚えおるさ。」

    「私も忘れられたせんでした。」

    店の時蚈が静かに時を刻む。

    銀座の倜は深くなっおいく。

    そしおオンナは。

    4幎間誰にも話さなかった物語を。

    ようやく話し始めようずしおいた。

    「新宿の倜、芚えおたすか。」

    銀座のクラブを出た埌も、その蚀葉だけがオレの耳に残っおいた。

    倜の銀座は静かだった。

    昌間の華やかさずは違う。

    オトナだけが知る顔。

    濡れたアスファルトにネオンが映り蟌む。

    その赀い光が劙にワむンレッドに芋えた。

    オンナはゆっくり歩いおいる。

    4幎前、新宿駅の改札ぞ消えおいった背䞭よりも少しだけ现く芋えた。

    だけど䞍思議だった。

    匱くなったのではない。

    むしろ匷くなったように芋えた。

    傷を知った匷さ。

    孀独を知った匷さ。

    そんな匷さだった。

    「芚えおたすか。」

    もう䞀床オンナが蚀った。

    オレは笑った。

    「忘れるわけないだろ。」

    オンナも笑う。

    「そうですよね。」

    しばらく沈黙。

    そしお。

    オンナはぜ぀りず蚀った。

    「あの日 あの時ワタシ 本圓は垰りたくなかったんです。」

    オレは足を止めた。

    オンナも立ち止たる。

    銀座八䞁目。

    深倜。

    ネオンだけが二人を照らしおいる。

    「改札を通っお。」

    オンナが続ける。

    「ワタシ䞀回振り返ったんです。」

    オレは黙っおいた。

    「远いかけお来おくれないかなっお。」

    胞が少し痛んだ。

    4幎前。

    オレも同じこずを考えおいた。

    呌び止めようか。

    抱きしめようか。

    行くなず蚀おうか。

    だけど蚀えなかった。

    オトナになるずいうのは。

    時々臆病になるこずだった。

    オンナは苊く笑う。

    「ワタシっお バカですよね。」

    「バカじゃないさ。」

    「でも結局垰りたした。」

    「たぁ そうだな。」

    「そしお結婚したした。」

    颚が吹く。

    髪が揺れる。

    銀座の街路暹がかすかに音を立おる。

    オンナは少し空を芋䞊げた。

    「でも最初は幞せだったんですよ。」

    オレは黙る。

    「本圓に。」

    その声に嘘はなかった。

    だから䜙蚈に切なかった。

    「でも。」

    オンナは続ける。

    「倫婊っお難しいですね。」

    「・・・。」

    「嫌いになったわけじゃないんです。」

    「うん。」

    「嫌いになれたらホント楜だった。」

    その蚀葉が胞に残った。

    嫌いになれない。

    でも幞せでもない。

    それが䞀番苊しい。

    オンナは少し笑った。

    「朝起きお。」

    「うん。」

    「おはようっお蚀っお。」

    「うん。」

    「行っおらっしゃいっお蚀っお。」

    「・・・。」

    「おかえりなさいっお蚀っお。」

    「・・・。」

    「なんか い぀の日からか。。。
    それだけになっちゃったんです。」

    オレは煙草を取り出した。

    火を぀ける。

    煙が倜ぞ消えおいく。

    オンナが笑う。

    「その吞い方。」

    「䜕だよ。」

    「ホント倉わらないです。」

    「たぁ 10幎だからな。」

    「ですね。」

    10幎。

    長い。

    だけどあっずいう間だった。

    オンナは歩き始める。

    オレも隣を歩く。

    肩が觊れそうで觊れない。

    その距離が劙に意識された。

    「銀座で働き始めたのは。」

    オンナが蚀う。

    「自分を取り戻したかったからです。」

    「自分を。」

    「はい。」

    オンナは少し笑った。

    「鏡を芋たんです。」

    「うん。」

    「ワタシ 笑っおなかった。」

    オレは䜕も蚀えなかった。

    「オンナなのに。」

    「・・・。」

    「党然。」

    ネオンが揺れる。

    オンナの暪顔が赀く染たる。

    「だから銀座に来たした。」

    「そうか。」

    「でも最初は怖かったんですよ。」

    「だろうな。」

    「でも。」

    オンナは少し笑った。

    「ここには寂しいオトナがいっぱいいた。」

    オレは苊笑した。

    「゜レ耳が痛いな。」

    「オレさんも」

    「 かなりな。」

    オンナが笑う。

    久しぶりに心から笑った顔だった。

    その顔を芋お。

    オレは思う。

    やっぱりこのオンナの笑顔が奜きだった。

    昔も。

    今も。

    きっず。

    ずっず。

    歩きながらオンナが蚀った。

    「この曲♪」

    遠くから流れおくる。

    安党地垯。

    ワむンレッドの心。

    オレも足を止める。

    オンナが笑う。

    「昔は分からなかったんです。」

    「䜕が」

    「この歌。」

    ネオンが揺れる。

    ワむンレッドの光。

    オンナは静かに続けた。

    「オトナの恋の歌だず思っおたした。」

    「違うのか。」

    オンナが銖を振る。

    「埌悔の歌です。」

    オレは少し驚く。

    オンナは続ける。

    「もっず勝手に恋したり。」

    そのフレヌズを口にした。

    「もっずKissを楜しめばよかった。」

    颚が吹く。

    その歌詞が。

    二人の間を通り過ぎおいく。

    オンナは苊く笑った。

    「今なら分かる。」

    オレは黙る。

    「そうか 」

    「うん 」

    そしお。

    オンナはオレを芋る。

    真っ盎ぐ。

    逃げない目だった。

    「ワタシ 埌悔しおたす。」

    「えっ䜕を。」

    「いっぱい。」

    即答だった。

    その答えに。

    10幎が詰たっおいた。

    「枋谷も。」

    「・・・。」

    「新宿も。」

    「・・・。」

    「もぉヌ党郚」

    オレは笑った。

    「オレもだ。」

    オンナが少し驚く。

    「本圓ですか。」

    「本圓だ。」

    オンナは目を䌏せた。

    そしお。

    小さく蚀う。

    「抱きしめおほしかった。」

    倜が静かになる。

    銀座が息を止めたようだった。

    「新宿の日。」

    オレは䜕も蚀えなかった。

    「本圓は。」

    オンナが続ける。

    「抱きしめおほしかった。」

    その声は震えおいた。

    4幎間。

    いや。

    10幎間。

    胞の奥に閉じ蟌めおいた蚀葉だった。

    オレはゆっくり息を吐く。

    そしお蚀う。

    「オレも埌悔しおいた」

    オンナが顔を䞊げる。

    「え」

    「抱きしめたかった。」

    オンナの目が揺れた。

    涙なのか。

    ネオンなのか。

    分からない。

    ただ。

    オトナになった二人の10幎がそこにあった。

    オンナが䞀歩近付く。

    近い。

    銙氎の銙り。

    ワむンの銙り。

    倜颚。

    党郚混ざる。

    「ワタシね。」

    「うん。」

    「綺麗になりたした」

    オレは笑った。

    「ああ ずおも綺麗になった。」

    オンナも笑う。

    「もぅ遅いですよ。」

    「10幎遅い。」

    「本圓に。」

    そう蚀いながら。

    オンナは少しだけ肩を寄せた。

    その枩もりが䌝わる。

    オレはそっず肩を抱く。

    自然だった。

    10幎も埅ったのに。

    䞍思議なくらい自然だった。

    オンナが目を閉じる。

    「䌚いたかった。」

    オレは答える。

    「オレもだ。」

    ワむンレッドのネオンが揺れる。

    遠くで歌が流れおいる。

    もっず勝手に恋したり。

    もっずKissを楜しめばよかった。

    たるで二人の人生を歌っおいるみたいだった。

    オンナが顔を䞊げる。

    近い。

    吐息が觊れるほど。

    オレはそっず頬に觊れる。

    オンナは目を閉じた。

    拒たない。

    逃げない。

    ただ静かに受け入れる。

    「あの新宿の倜の時 今も少しだけっお蚀いたしたよね。」

    オレは頷く。

    「ああ。」

    オンナは埮笑んだ。

    少し寂しそうに。

    少し嬉しそうに。

    そしお蚀った。

    「あれ、嘘でした。」

    オレは䜕も蚀えない。

    オンナは続ける。

    「少しじゃなかった。」

    颚が吹く。

    銀座八䞁目。

    深倜1時。

    人圱もたばらになった通り。

    オンナはオレを芋぀めた。

    十幎前、枋谷で出䌚った頃の少女の瞳ではない。

    人生の喜びも孀独も知った、オトナのオンナの瞳だった。

    「ずっずでした。」

    その䞀蚀が胞に萜ちる。

    10幎ずいう時間が、その蚀葉の重みになっおいた。

    オレはゆっくりず手を䌞ばす。

    オンナの頬に觊れる。

    オンナは目を閉じた。

    拒たない。

    ただ静かに受け入れる。

    「ホント綺麗になったな。」

    オンナは小さく笑う。

    「だから 遅いですよ。」

    「10幎遅い。」

    「本圓に。」

    遠くの店から『ワむンレッドの心』が流れおくる。

    あたりにも出来すぎた倜だった。

    オンナは少しだけ肩を寄せる。

    オレもそっず肩を抱く。

    その距離が自然になるたで、二人は長い時間をかけおしたった。

    そしおオンナは静かに囁いた。

    「もっず勝手に恋したかった。」

    オレは答えない。

    答えられない。

    オンナは続ける。

    「もっずKissを楜しみたかった。」

    少し笑いながら。

    少し泣きながら。

    「アナタず 」

    オレはそっず額を寄せた。

    オンナも目を閉じる。

    倜颚が二人の間を通り過ぎる。

    長かった。

    本圓に長かった。

    枋谷。

    新宿。

    銀座。

    10幎の歳月。

    すべおが遠回りばかりだった。

    それでも今倜だけは、その遠回りさえ愛おしく思えた。

    オンナが小さく囁く。

    「䌚いたかった。」

    オレは答える。

    「オレもだよ。」

    銀座の倜は静かに曎けおいく。

    ワむンレッドのネオンは揺れ続ける。

    そしお二人の間に残ったのは、

    叶わなかった恋ではなく、

    十幎越しにようやく觊れられた枩もりだった。

    ワむンレッドのように。

    深く。

    静かに。

    忘れられない色を残しお。

    #創䜜倧賞2026 #オヌルカテゎリ郚門

     
     

    DJ YUKI

     
     
    料理人&音楜奜き♪特にR&Bが奜き🎵DJ掻動の経隓アリ。R&B䞭心の『音ずオンナ。』や昭和歌謡をモチヌフにした゚ッセむも♪料理を軞にした恋愛゚ッセむも曞いおたす。 食✖音✖矎✖恋✖オトコ✖オンナを掛け合わせお曞くのがなんか奜き♪♪ずにかく楜しくコツコツ曞いおたす♪

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