Big Beatとは ~音楽ジャンルとしての定義~
Big Beatとは、一体どのような音楽を指すのだろうか。曲を聴けば、自分の中で「これはBig Beatだ」「これは違う」という区別はつく。しかし、それを言語化したことはこれまでなかった。Big Beatをより深く掘り下げるために、まずはこのジャンルの定義について考えてみたい。
前回も紹介した世界で唯一のBig Beatの解説本、Rory Hoy氏の「The Little Big Beat Box」にジャンルの説明がこう書いてある。
「Big Beat」というタグを付けられたレコードの98%に共通する要素は、実はたった一つしかない。それは、大きくシンコペーションの効いたドラムビート――通常は「ブレイクビート」からサンプリングされたもの――が含まれていることだ(ブレイクビートについては次章で詳しく述べる!)。ビッグビートとされる楽曲で、単調な「4つ打ち(フォー・オン・ザ・フロア)」のビートが使われることは極めて稀である。
(中略)
Big Beatには、すべての曲に一貫して使われる特定の楽器というものはない。だが、もし一つ挙げるとすれば、それは有名な「Roland TB-303」ベース・シンセサイザーだろう。これはアシッド・ハウスの象徴的なサウンドの土台となったマシンでもある。その独特の「スクエルチ(うねるような)」サウンドは、多くのビッグビートの名曲のテンプレートとなった。ファットボーイ・スリムの『Everybody Needs a 303』はその代表例だ。
時折挿入されるボーカルの断片やループ(通常はオールドスクールや黄金期のヒップホップ・レコードから引用される)を除けば、ビッグビートは主にインストゥルメンタル(歌のない楽器演奏)のジャンルである。だからこそ、言語や文化の壁を超えて響くのである。
「シンコペーションの効いたドラムビート」という説明は、音楽理論に詳しくない人に対しても的確な表現に思える。バスドラムとスネアが不規則に入り乱れるブレイクビート特有のサウンドが特徴であり、その名の通り、ドラムの音が他のジャンルよりも大きく、圧倒的な存在感を放っている。この点が最大の特徴であるという意見には、私も全面的に同意する。また、「4つ打ちのビートが使われることは稀」という点もおおむね同意できる。The Chemical Brothersの『Hey Boy Hey Girl』(1999年)や、Basement Jaxxの『Jump’N Shout』(1999年)、Groove Armadaの『SuperStylin’』(2001年)といった楽曲は、広義にはBig Beatに含まれるだろうが、ジャンルの「ど真ん中」ではない。これらがBig Beatとして扱われるのは、ケミカル・ブラザーズやファットボーイ・スリムといったレジェンドたちの楽曲であったり、DJセットの中で違和感なくプレイされたりすることが理由だろう。
一方で、「ビッグビートは主にインストのジャンルである」という点には疑問が残る。例えば、Fatboy Slimが本名のNorman Cook名義でリミックスしたCornershopの『Brimful of Asha』(1998年)は、イギリスを代表するロックアンセムの一つだ。また、2002年FIFAワールドカップのCMソングとして世界的にヒットした、エルヴィス・プレスリーの『A Little Less Conversation (Junkie XL Remix)』(2002年)も忘れてはならない。こうした「歌もの」のBig Beatの名曲は数多く存在する。
この反論を踏まえて、自分なりにBig Beatの構成要素を整理してみると次の4つになった。
1. 「ブレイクビート」を土台にしたリズム
最大の音楽的特徴は、ハウスのような単調な「4つ打ち」ではなく、跳ねるようなグルーヴ感のある力強いドラムサウンドだ。1960年代〜70年代のロックやソウルなどのレコードからサンプリングされた「Breakbeat」が、Big Beatという音楽の骨子となっている。
2. サンプリングによる「継ぎはぎ」の美学
特定のジャンルに縛られず、ありとあらゆる音楽を「継ぎはぎ」して構築されている。ロックのギターリフ、ヒップホップのアカペラやスクラッチ、ラテンやソウルのパーカッション、さらには映画やCMのセリフや効果音まで、その素材は多岐にわたる。これらをダンスフロア向けに強引かつ巧みにマッシュアップ(融合)させている。一方で、この継ぎはぎによりBig Beatは様々な顔を持っており、ジャンル特定を難しくさせている要因でもある。
3. ダンサブルなシンセサイザー
サンプリング主体のサウンドに、アシッド・ハウスの象徴であるベース・シンセサイザー「Roland TB-303」特有のうねるような電子音(スクエルチ・サウンド)が加えられることが多い。この電子音が加わることで、単なるサンプルの羅列に留まらない、ダンスミュージックとしての狂騒感と一体感が維持されている。
4. 徹底した「反・エリート主義」と楽しさ
Big Beatの成立過程についてはおいおい掘り下げていきたいが、このジャンルは1990年代後半、ダンスミュージック(特にハウス)が「高尚でストイック」になりつつあった状況へのアンチテーゼとして誕生した側面がある。小難しいメッセージ性よりも「ただ楽しむこと」を追求しており、専門知識がなくても自然に体が動く「親しみやすさ(アクセシビリティ)」が重視された。だからこそ、ゲームやCM、映画のサントラとしても広く重宝されているのだ
この4つを全て兼ね備えているのがBig Beatの定番ソングだと思う。最もわかりやすい例を挙げれば、Fatboy Slimのセカンドアルバム『You've Come a Long Way, Baby』(1998年)、The Wiseguysの『Antidote』(1998年)、Mint Royaleの『On the Rope』(1999年)などが当てはまる。一方で、この4つのうち2個ほどを兼ね備えている曲も、広義の意味でBig Beatというジャンルに含まれるだろう。先述のBasement JaxxやGroove Armadaもそうだし、U2の『Discotheque』(1997年)、Madonnaの『Beautiful Stranger』(1999年)、Beckの『Sexx Laws』(1999年)といったPop/Rockアーティストの曲も、Big Beatの構成要素を半分ほど持っているからこそ、それらしく聞こえるのではないだろうか(実際に、これらの曲は当時のBig Beat人気を経て、意図的にその要素を組み込んだ曲だと言える)。
ちなみに日本だと、ビッグビートは「デジタルロック(またはデジロック)」と呼ばれることもあるが、これは日本独自の呼び名である。おそらく、The ProdigyやPrimal Scream、日本だとBOOM BOOM SATELLITESやTHE MAD CAPSULE MARKETS辺りの、「ロックにダンスミュージックの要素を融合させたアーティスト」のサウンドを、一部の音楽雑誌やレコードショップが呼称し始めたのが始まりだったと思う。今ではロックともダンスミュージックとも言えるサウンドが当たり前になったため、デジタルロックという呼び方は完全に消滅したように思える。海外だとBig BeatというジャンルはBreakbeatと同義で語られることも多いが、Trip Hop、Leftfield、Electronicaに含まれていることも多々ある。
長々と書いたが、一言でBig Beatという音楽ジャンルを言い表すならば、「おバカ(Foolish)なブレイクビーツ」だ。ここでいうバカとは良い意味であり、かの有名なスティーブ・ジョブズの名言「Stay Hungry, Stay Foolish」と同じで、現状に満足せず常に飢え続け、常識や他人の意見にとらわれずバカでいられる音楽のことだ。ミニマルなダンスミュージックの既成概念を打ち破り、ロックやパンク好きをもダンスフロアに導き、みんなをハッピーな笑顔にできる音楽。それがBig Beatではないかと思う。
最後に、Fatboy Slimこと本名Norman Cook大先生による、Big Beatの本質を突いた印象的な名言で締めくくりたい。
“The best thing about big beat was the idea that we broke all sorts of musical rules and yet made it sound accessible to people who found house music boring.”
「ビッグビートの最高の功績は、ありとあらゆる音楽のルールをぶち壊しながらも、ハウス・ミュージックを退屈だと感じていた人たちにまで受け入れられるサウンドを作り上げたことだ」