ヤモリは家守
家の曇りガラスの外側に、何か白いものがぴたりと張りついているのがちらりと見えた。近づいてみると、それは「ヤモリ」だった。
夜行性のヤモリは、窓から漏れる明かりに引き寄せられてやってくる蚊や蛾、害虫の幼虫などを捕食する。生き物の個体数が深刻な減少傾向にある中で、街中の住宅地にもかかわらず、こうした爬虫類と出会えるのは感動的ですらある。
ヤモリがつるつるしたガラス面に張りつくことができるのは、吸盤があるからではなく、特殊な構造によるものだ。
足の裏に「指下小板」と呼ばれるひだがあり、そこに「繊毛」という長さ数十マイクロメートルの極細の毛が数十万〜数百万本も生えている。
その先端は枝分かれして小さな「ヘラ状」の形をしている。この細かく密生した毛が、ガラス表面の微細な凹凸にぴったり密着することで、物質同士の分子間に働く「ファンデルワールス力」という微弱な引き合いの力が生じる。
この力が数百万本の毛全体で統合され、自身の体重を余裕で支える強力な吸着力となる。
足の角度や毛の傾きを少し変えるだけで簡単に引きはがし、素早く壁やガラスを移動することができる素晴らしい能力なのだ。
話しは飛ぶが、子供時代に家の外で出会う爬虫類といえば、いつもトカゲだった。ヤモリは大人になるまで一度も見たことがなかった。
家にはネズミがいた。冬の夜になると、いつも屋根裏でごそごそと走り回る不気味な音がした。子供の私は部屋に降りてこないかといつも不安で、なかなか寝付けなかった。隣の家に住むおばあちゃんが、ネズミに背中をかじられ、大きな穴が開いているのを見ていたからだ。
ヤモリを初めて見たのは、20代の頃のインド放浪の旅だった。当時のインドは、生き物たちの生命力に溢れていた。都会の街中でも、牛、豚、犬、猿、羊、ヤギ、ロバといった動物が人々と当たり前のように共存していた。
ヘビ使いや猿回しが路上で芸当をし、象が通りを闊歩した。屋台で食事をしていると、牛が乱入してきて、食べ終わった皿の残りを舐めまわすということもあった。
一泊数百円の安宿の壁には、いつもヤモリが何匹も張りついていた。最初、トカゲかと思った。じっとこちらの様子を伺っているような姿は実に不気味だった。何度か追い払おうとしたが、まったく逃げる気配も見せず、じっとしていた。インドのトカゲは大人しいのかもしれないと自分に言い聞かせ、恐る恐る部屋の電気を消して寝た。
しかし旅の途中で知り合った日本人から、それはトカゲの一種でヤモリという奴だと教わった。人に対して攻撃性はなく、虫を捕食するために壁に張りついているだけと知ってほっとした。
その後、ある小さな村の安宿に泊まったときのこと。その部屋にはたくさんのヤモリが壁に張りついていた。その理由がすぐに分かった。部屋には百匹以上もいるかと思うほど、蚊の大群がまるで鳩の集団のように部屋中をブンブンと唸りながら飛び交っていたのだ。しかも、その地方の蚊はものすごくサイズが大きかった。日本の蚊の倍以上もあっただろう。
その蚊の大群を食べにヤモリが部屋に集結していた。その夜宿泊していたのは自分ひとりだけで、電灯を付けていたのはその部屋だけだったからだ。
時々、飛ぶことに疲れた蚊が壁に止まる。するとヤモリが一目散に飛び掛かる。蚊がいつまでも飛び続けているのは、そういう理由があるからかもしれない。
蚊の羽音があまりにもうるさかったので、インドで買った蚊取り線香を小さく折り、キャンプファイヤーの薪のようにやぐらを組んで、下から一気に燃やして部屋中を煙で充満させた。だが、奴らは死ななかった。煙がたちこめる中を楽しそうに飛び回っていた。仕立屋で作ってもらった寝袋のような袋に潜り込み、部屋の明かりをつけ、真夜中になってようやく数時間だけ眠ることができた。
仏陀が初めて説法をした「初転法輪」の地サールナートは、同じ地域にあった。
仏陀はその場所に留まらず、早々に別の場所に移動した。仏伝によれば、仏陀は定住して一箇所にとどまることはなく、教えを広く伝える「遊行」を行うため、サールナートをすぐに離れたとされている。
しかし、本当の理由は「蚊に悩まされていたから」という伝承がある。その地域特有の、あまりにも大きな蚊の襲来に、仏陀でさえ我慢できなかったのではないかと思う。
1983年インドにて
(※アルバムの中で劣化してしまったプリントをAIによって調整を加えた。)

闊歩する牛たち

街の雑踏を歩く子供と羊

放牧中の山羊の群れ

村の沐浴場

村の通りを闊歩するロバ

ダメーク・ストゥーパ(仏塔): 初説法を記念して建てられた高さ約43mの巨大な塔と
その前の広場で瞑想する僧

佛教大学・僧院跡(4~12世紀頃)

宿の庭先で朝食をとっているとヘビ使いがやってきた
笛を吹くとコブラがダンスをした
この後大きなニシキヘビを首にかけてもらった
ひんやりしてずしりと重かった

ガンジスの河岸で喧嘩をする山羊とその様子を見上げている一頭

ガンジスに昇る太陽に向かって瞑想する男

ガンジスの河岸にいた女の子
話をヤモリに戻そう。
ヤモリは漢字で「家守」、あるいは「守宮」と書く。「家守」は家に寄ってくる害虫を食べ、住まいを守ってくれることに由来する。また「守宮」は、古く中国の宮殿にまつわる伝承から名付けられ、宮殿を守る存在とされていた。
どちらも人々の暮らしに寄り添い、家を守る生き物として親しまれてきた証でもある。
動植物や昆虫の絶滅が絶えない今日では、こうして家の窓ガラスに張りついているヤモリの姿でさえ、奇蹟的な光景に見える。
彼らは実際に家を守ってくれる。家まわりの害虫やその幼虫を食べる。人に対して攻撃性がなく、毒もない。白アリのように木材を食い荒らすこともない。それどころか「家運が上がる」とか「金運を呼ぶ」といった伝承すら存在する。昔ながらの自然界の摂理や伝承がこうして現代社会の片隅で辛うじて生き残っていること自体が何よりも尊い。
ヤモリは「自由」だ。
人間社会に依存していながら、そこにどっぷりと浸かっているわけではない。家の明かりに群がる虫たちの習性を巧みに利用し、人間に一定の距離を置きながら、街中で生き永らえている。獲物が向こうから近づいてくるまで、ただじっと待っている。明かりが無ければ、別の家へ静かに移動するだけだ。
そのシンプルな生存の在り方には、現代社会に生きる私たちも見習うべきものがある。
不即不離。
特定の対象(人、物、組織、思想)に深く依存し過ぎたり、取り込まれたりすることなく、つかず離れずの「自立した距離」を保つこと。それこそが、この世に生きる上での究極の自由な在り方ではないか。
人間社会と絶妙な距離感を保ちながら生きているヤモリ。人に寄り添い、人々を見守るように暮らしている「八百万の神」の一柱だと思う。

ヤモリのうた
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