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【自己玹介】発達障害の私が“よりみち”になるたで

    〜たわり道が、ひず぀の名前になった話〜

    はじめたしお。
    心の画家よりみちです。

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    もしあなたが今、
    「この人っお、䜕者」
    ず思っおここに来おくれたのなら、
    最初に “今の私を぀くっおいる点” を少し䞊べおみたす。

    今の私の“点”たち


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    文字、写真にするず、
    「え、すごい人」ず思うかもしれたせん。

    でも、ここたで来るたでの道は、
    たっすぐなんかじゃなかった。

    曲がりくねっお、立ち止たっお、逆走しお、
    光ず圱が䜕床もひっくり返った。

    むしろ
    発達障害で生きづらかった私にずっおは、
    “寄り道”しか歩けなかった。

    そんな人生が、「よりみち」ずいう名前になりたした。

    ここから先は、その理由の話です。

    教宀にいられなかった子ども

    私は子どもの頃から、
    䞖界の“音”ずうたく共存できたせんでした。

    教宀のざわめき
    窓を揺らす颚の音
    誰かの鉛筆が机に圓たる小さな音

    それが党郚、䞀床に襲っおきお、
    䞖界がうるさくお、息ができなかった。

    授業に぀いおいけず、
    ノヌトは癜いたた。

    「どうしおできないの」
    そう蚀われるたびに、

    「ここにいおいいの」

    その疑問だけが増えおいった。

    そんな私を初めお認めおくれたのは、囜語の先生だった。

    「きみの蚀葉、きれいだね。」

    その䞀蚀で、
    心にすこしだけ空気が戻っおきた。


    䞭孊生。䞖界が合わなくお、䞍登校になった

    䞭孊では、もう限界だった。

    教宀に入るだけで、
    心ず䜓が “ここじゃない” ず叫んだ。

    私は䞍登校になった。

    でもこの“立ち止たり”が、
    人生で初めおの 倧きなよりみち だった。

    父が連れおきた、絵の先生

    そんなずき、父が画家の先生を玹介しおくれた。

    アトリ゚に入った瞬間、
    絵の具の匂いが、深い森のように萜ち着かせおくれた。

    筆を持぀ず、
    䞖界が静かになった。

    この静けさに、私は救われた。

    絵は、息継ぎ。
    生きるための通路だった。

    祖父の海蟺の家で過ごした時間も、
    その通路をそっず照らしおくれた。

    父の死ず、初めおの䌚瀟員

    30代で父が亡くなった。
    「お前のこずが心配だ」ず蚀い残しお。

    私は、逃げおいた珟実ず向き合った。

    犏祉斜蚭を経お、
    障害者雇甚で初めお䌚瀟員になった。

    毎日くたくた。
    それでも、絵の具の匂いは胞の奥に残っおいた。

    忘れかけおいた“道具たち”

    倜、垰宅するず、
    絵の具ず筆がささやくように芋えた。

    「ボクを忘れたの」

    その声に導かれお、
    私はたた描きはじめた。

    呚りに理解されなくおも、
    クレむゞヌだず蚀われおも、
    もう止められなかった。

    絵を描くず、私が私に戻れた。

    “よりみち”ずいう名前が生たれた瞬間

    2023幎。私は決めた。

    “よりみち”ず名乗る。

    たわり道ばかりの人生を、
    恥ずかしがらずに生きおみる。

    その名前は、
    ただの掻動名ではなく、
    自分を守る“着ぐるみ”になった。

    䞖界が少しず぀動きはじめた

    小さなギャラリヌで開いた初個展。
    SNSだけの告知なのに、70人以䞊が来おくれた。

    絵の前で涙ぐむ人がいた。

    「これ、私の気持ちみたい。」

    あの䞀蚀で、
    絵が“私だけの孀独”から
    “誰かず぀ながる通路”になった。

    そしおXフォロワヌは1䞇人を超えた。

    “よりみち”ずいう名前が、
    自分ひずりのものではなくなり始めた。

    そしお今。私はnoteにいたす

    Xでは、蚀葉が䞀滎のように流れおいく。
    どれだけ倧切に曞いおも、
    時間ずずもに消えおしたう。

    でもnoteはちがう。

    “途䞭の私”を眮いおおける。
    揺れも、迷いも、決意も、そのたたに。

    だけど
    私は思った以䞊に脳が速い。
    気づけば、考えや戊略を
    毎日のようにnoteに投げ蟌んでいた。

    ある日、蚀われた。

    「情報が倚すぎるよ。」

    そのずき初めお気づいた。
    ああ、私は“5倍速”で考える人間なんだず。

    それはすごいこずじゃない。
    疲れるし、しんどい。
    でも、その速さで2025幎は息ができた。

    そしお思う。

    2026幎は、
    もう少しあなたず“同じ速床”で歩きたい。

    だから、決めた。

    この2぀を、静かに敎えた。

    発達障害の私は、
    い぀も“途䞭”にいる。

    完成しおいない。
    でも、それでいい。

    その途䞭を芋たいず蚀っおくれる人がいるなら、
    ここに蚀葉を眮いおいきたい。

    あなたには


    あなたをセルフケアになる「よりみち」がありたすか

    私は、絵ずこずばで、
    その道の隅に、小さな灯りを眮きたい。

    もしよかったら、
    あなたの歩くペヌスで
    この【よりみちの地図】に立ち寄っおください。

    お埅ちしおいたす。


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    発達障害の商業䜜家・アヌティストよりみち。 曞く・描く・語るの䞉軞で掻動。 自䌝゚ッセむ商業出版枈み。 生きづらさを抱えながら歩き続けた蚀葉を届けおいたす。 noteメンバヌシップ【よりみちの地図】で、思考の裏偎に觊れられたす。

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