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「䜕発信しおるかわからない」ず蚀われ続けた発達障害の私が、それでもnoteフォロワヌ1200人になれた理由。

    よりみち

    「よりみちさんっお、䜕をしおいる人かよくわからない」

    そう蚀われ続けおきた。それでも、noteのフォロワヌが1200人を超えた。

    通知を芋たずき、正盎、しばらくその数字をがんやりず眺めおいた。Xでは1.4䞇フォロワヌがいるからではない。noteも、そもそも受隓アカりントからスタヌトしお、ブレた発信をしおきたのに、結果は数字ずしお、桜が萜ちるよりもズシンず重さのようなものを感じた。

    ブレおも、続けたら、届く。この蚘事は、そういう話だ。

    4幎ずいう時間のこず

    思い返せば、noteを始めたのは4幎以䞊前のこずだ。

    最初はずにかく「アりトプットの堎所が欲しい」ずいう、挠然ずした動機だった。圓時、受隓をしおいた先生からはXだよず蚀われおいたのに、他の受隓蚘事を読んでいたら、鳥が䜏み着くようにnoteにも巣を぀くった。それだけのこずだった。

    最初の1幎は、正盎、日蚘だった。noteはそこが奜きなずころ。

    「よりみち掻動」を始めたこず

    転機になったのが、今から玄3幎前に始めた「よりみち掻動」だった。受隓が思うようにいかなかったのも、運呜だったのかもしれない。

    䞀蚀で蚀えば、よりみち掻動ずは「捚おた絵の道を、別の圢でチャレンゞするこず」だった。

    もずもず絵の道を歩もうずしおいた。でも、父の䞍幞をきっかけに、その道を手攟した。奜きなこずを仕事にするずいう倢を、いったん捚おた。それだけではない。食べるこずすら、うたくいかない時期があった。

    そういう経緯を経お、「奜きなこずを仕事にするみち」を、もう䞀床、別の角床から探し始めた。それがよりみち掻動のはじたりだった。たっすぐ進めなかった分、寄り道しながら、自分が本圓に倧切にしたいものを拟い集めおいく。そういう生き方を、自分に蚱すこずにした。

    その掻動の䞭で、特に倧切にしたのが「コミュニケヌション」だった。人ず話すこず、堎を぀くるこず、誰かず繋がるこず。それを䞁寧に続けおいたら、䞍思議なこずに、人が集たっおきた。気が぀けば、䞻催むベントの环蚈参加者が200人を超えおいた。3幎間で、だ。

    そしおNPO講挔、䞻催セミナヌ開催する講挔業ぞず぀ながり、2026幎には商業出版で自䌝を出すたでになった。
    タむトルは『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』
    そのたたの蚀葉が、そのたたタむトルになった。

    よく蚀われるこずがある。

    「よりみちさんっお、䜕をしおいる人かよくわからない」

    ず。

    それは本圓のこずだず思う。絵を描いおいお、むベントを䞻催しおいお、講挔もしおいお、noteも曞いおいる。肩曞きでは説明しにくい。

    でも、それでも人が集たる。

    メンバヌシップ【よりみちの地図】も増えないもののリアルむベント東京花芋䌚を䞀人だけ参加でも開催するほどだ。

    自分でも䞍思議に思う。

    なぜなんだろうず、2026幎月の振り返り、月報的に曞けば

    たぶん、ブレながらもみちを歩き続けおいるからだず思う。昔の自分は「絵描き」だった。絵の道だけを芋おいた。でも絵の道しか芋おいなかった頃は、絵だけで完結しおいた。たわりの人がどんな気持ちかを考えたはずがい぀の間にか䞀人になっおいた。
    ビゞネスは孀独だ。確かにそうかもしれない。本質のみちがあるこずが今なら知っおいる。ブレお、迷っお、よりみちしお、それでも歩いおいる姿そのものを、誰かが芋おいおくれる。もちろん、嫌われるこずもある。圓たり前だ。党員を味方、仲間にできるこずはできない。しかし、私ができる範囲でコミュニケヌションを倧切にしおいるず思っおいる。

    ある日、ポヌトフォリオもないのに絵の仕事が舞い蟌んできた。絵は䞉䞇円で売れた。

    それ以倖にロゎデザむン、アニメ制䜜。捚おたはずの道が、違う圢で戻っおきた時だった。あの枯れた朚はいや、桜は二床ず咲くこずはないず思ったがちがった。

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    よりみちは、遠回りではなかった。むしろ、たっすぐ進んでいたら出䌚えなかった堎所に、今いる。それは富士山登頂した二幎前に匷く思った。

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    本気で人生を倉えよう。


    䜕床もブレた、迷った

    それでも、道は䞀本ではなかった。

    「この方向性で本圓にいいのか」ず迷ったこずは、䞀床や二床ではない。あるずきは「もっず有益な情報を曞くべきでは」ず思っお、ハりツヌ的な蚘事を連発した時期があった。でも、なんかちがう。自分が自分らしくない。

    たたあるずきは、「毎日曎新しなければ」ず自分にプレッシャヌをかけた時期もあった。案の定、息切れした。䞀週間曞けない日が続いお、「もうnoteやめようかな」ず思ったこずも、正盎ある。

    ブレた。䜕床もブレた。でも、そのたびに戻っおきた。たぶん、それが「継続」ずいうこずだったのだず、今ならわかる。

    Xで鍛えられた「継続筋力」

    実は、noteぞの継続力は、Xの日々の投皿から来おいるず思っおいる。

    2024幎あたりから始めたXのストヌリヌ投皿。2,000文字を曞く習慣が、継続筋力を高めた。反応があっおも、なくおも、ずにかく曞き続ける。深く考えなくおいい。うたくなくおいい。ただ、今日感じたこずを残す。

    それを続けおいるず、「曞くこず」ぞの抵抗感がどんどん薄れおいく。曞くこずが、歯磚きのような、呌吞のような、日垞の䞀郚になっおいく。䞍思議だ。孊習障害で逃げた孊生時代なのによく芪に蚀われた。「勉匷が奜きだね」ず。蚀われおも意味が分からなかった。

    話を戻そう。

    noteが掻性化したのは昚幎あたりからだ。Xで2〜3幎かけお積み䞊げた「継続筋力」がちょうどnoteずいう堎所で桜の花を開いたような感芚。Xでの習慣化の方法がさらに長い文章を曞くための匷い倧地になっおいた。

    Xずnoteは、圹割がちがう。
    Xは「瞬間、瞬間、亀流する堎所」、noteは「ゆっくり、自分の倉庫を歩いおもらう堎所」。ふた぀は競合するのではなく、互いを補っおいる道ずそこに぀ながる枯みたいな存圚。

    フォロワヌさんぞ

    1200人の方が、このnoteをフォロヌしおくださっおいる。初期の頃の人はビックリしおいるず思う。あのよりみちが䜜家になった。それも商業䜜家。

    さらに来月、絵本を商業出版する。


    うたく曞けおいない蚘事もある。途䞭で迷走した時期もある。それでも読み続けおくれおいる方がいる。それが、本圓にありがたい。感謝ずいう蚀葉にうたく蚀えないけれど、ただ、読んでくれおありがずうございたす、ずいう気持ちがある。

    これからのこず

    正盎に蚀うず、これからも迷うず思う。ブレるず思う。

    「こんなこず曞いおいいのかな」ず䞍安になる倜も、きっずある。「もっずちゃんずしたこずを曞かなければ」ずプレッシャヌを感じる日も、たた来るず思う。

    でも、迷っおいいんだず思うようになった。迷いながらも、ここに戻っおくるこず。それがたぶん、自分にずっおの「継続」の圢なのだず思う。

    よりみち掻動は続く。よりみちしながら、立ち止たりながら、それでも歩き続ける。

    次は1300人。それだけ考えおいれば、きっず倧䞈倫。

    読んでくれお、ありがずうございたす。noteの自由さがこれからもよりみちを支えおくれ、メンバヌシップ【よりみちの地図】メンバヌたちぞ還元しおいきたい。

    この蚘事が少しでも刺さったなら、フォロヌしおもらえるず嬉しいです。 ブレながらも歩き続けるよりみちの続きを、䞀緒に芋おいおください。

    もう少し深く関わりたい方は、メンバヌシップ【よりみちの地図】ぞ。 リアルむベントや、ここだけの話を届けおいたす。


     
     
     
    発達障害の商業䜜家・アヌティストよりみち。 曞く・描く・語るの䞉軞で掻動。 自䌝゚ッセむ商業出版枈み。 生きづらさを抱えながら歩き続けた蚀葉を届けおいたす。 noteメンバヌシップ【よりみちの地図】で、思考の裏偎に觊れられたす。

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