
エッセイ「タコ飯」
米に染み渡り……ぷりぷりの食感が……うんたらかんたら……ハッシュタグ……たこめし、っと。
あ、たこ飯か。
蛸飯?タコ飯?
タコめしか。
や、タコメシ?
たこメシと蛸メシはないだろう。
面倒でも調べるしかない。タコ飯が5万件、たこ飯が3万件、たこめし2万9000件。
ほほう。群雄ひしめくと言いたいところだが、この場合はちょっと違うか。じゃ、ここはひとつ、タコ飯でっと。
これにて一件落着と頷いたそのとき、私は自分に驚いてしまった。
日本語の趣きよりも検索性を優先した、そのナチュラルさに。
スマホから指を離し、目を細める。
振り返ってみれば、最初にたこめしと浮かんだのは、それがどこか可愛らしい印象だったからだ。コロコロ入ったたこは柔らかく煮えてうまかった。
たこの愛嬌にはハチマキがお似合い。タコのよそよそしさは図鑑向き。蛸の品格はお品書きの如し。即座に読めない高級感。
しかし最終的には、検索に強いタコが勝った。多数決に強いタコ。選挙に強いタコのタコ飯だ。
私はすでに、そういうやり方に慣れているのだ。たとえこの先、ハッシュタグがなくなっても変わらない。
誰かに見つけてもらうために、自分の言葉を手直しする。検索窓のカーテンが開いたとき、ちゃんとしたタコに見えるように。
いいねは5であった。
残りはおにぎりにして食べた。