メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bytaronpe

速さって針、遅さって毛糸

     「この人って頭いいな」と思うのは、どんな瞬間だろう。
     難解な質問に対して、瞬時に答えを出す人。
     難解な質問に対して、じっくりと時間をかけて考える人。
     一般的には、前者が「賢い」と言われがちだ。咄嗟に反応できる人は文句なしにスマートに見える。じゃあ、後者は?反応が遅いのは、単に思考が鈍いということなのだろうか。私はそうは思わない。
     タイパ重視の今の世界では、何事も速さが求められる。仕事は早い方がいい。決断は早い方がいい。何でも早く取り掛かる方がいい。ついでに言えば、足は速い方がモテる。確かに、草原を駆けるチーターはかっこいい。けれど、私はナマケモノだって同じくらいかっこいいと思う。それなのに「怠け者」って名前には、少し憤りを感じる。

     子どもの頃、椅子取りゲームにどこかモヤモヤしていた。「早い者勝ち」のルールって乱暴だなって。たしかにゲームのルールとして理解しやすいし、楽なのだろうけど、速さへの正義を強く植え付けられた気がした。

     速すぎて見えない景色はたくさんあって、「遅さ」の中にしか存在しない解像度がある。
     ぼーっと動かずにいるとき、普段は気にも留めない道端のマンホールが人の顔に見えて笑えてきたりする。バスの内部の構造、部品の接続部に、機能美を見つけたり。そんな些細な発見が、何かのインスピレーションになって、人生を煌めかせるフックになったりする。のんびりしないと分からないこと、時間をかけないと辿り着けないことがある。

     速さが「短さ」なら、遅さは「長さ」
     速さが「鋭さ」なら、遅さは「深さ」

     少しアグレッシブな例えかもしれないけど、速さが「短くて鋭い針」だとしたら、遅さは「太くて長い毛糸」のようなもの。
     どちらが良いとか、悪いとかはない。その両方が、生きるためには必要。
    だけど、みんなが針ばかり持っていたら、世界はチクチクして、何も形作ることができなくなると思う。たとえ絡まりやすくて扱いが大変だとしても、私は心のどこかに「毛糸」を、大切に持っていたいな。

    あなたへのおすすめ