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魂を喜ばす。

    先日、嫁が会社の飲み会に行くというので、
    僕は久々に一人で晩ごはんを食べた。

    子どもがいた頃からの名残りで、
    うちでは夕食時にはテレビを消す。
    (観るのはだいたい録画かサブスクだ)
    その日あったことや、
    ふと気づいたことを話しながら食べるのが
    いつもの形だ。

    その日は話す相手もいないので、
    アレクサ相手に好きな曲を次々リクエストし、
    ビールの酔いも手伝って
    いい感じに出来上がっていた。

    その夜は、なぜか
    自分の“死”について考えていた。

    僕は今際の際にいて、
    (それでもなぜか元気で)
    インタビュアーにマイクを向けられている
    という場面を妄想していた。

    「残すところあとわずかですが、
    いま人生を振り返ってみてどうですか?」

    「あー楽しかった!かな」

    思わず声に出してしまった。
    自分で言いながら
    「えっ、そうなんや」と
    少し驚いた。

    僕はふだん子どもたちに、
    「人生は思ったよりかなり短い。
    だから生きるために生きるな。
    生きることを楽しめ」
    とだけ伝えてきた。

    その言葉が、
    ちゃんと自分の口から出たことが
    少し嬉しかった。

    恋愛もそれなりにしたし、
    田舎育ちだけど東京で暮らした。
    好きな仕事にも就けたし、
    なにより嫁と子どもと
    充実した毎日を過ごせた。

    まだやりたいことはあるけれど、
    明日死んでも悔いはないと思う。
    そう思えたことが、
    また少し嬉しかった。

    僕は宗教家でもないし、
    スピリチュアル擁護派でもない。
    ただ、魂の存在は意識しながら
    生きてきた気がする。

    右に行くのか左に行くのか。
    前に進むのか後ろに下がるのか。
    決断を迫られたとき、
    損得や人の目ではなく、
    「それ、本当に魂が喜ぶのか?」
    と自分の奥の奥に問いかけてきた。

    輪廻転生があるかどうかは
    誰にもわからない。
    それでも人は皆、
    魂を抱えて生まれてきて、
    それを少しでも磨くために
    生きているんじゃないかと思う。

    そうでないなら、
    ただ時間をやり過ごして
    ウンチ作りマシーンとして
    生まれてきたことになる。

    世の中の役に立つとか、
    そんな大それたことでなくていい。
    せめて自分の魂だけでも
    喜ばせてやればいいのだ。

    何もしないほうが楽なことは
    たくさんあるけれど、
    魂はきっと
    ウンチ製造業を望んではいない。

    余命を宣告された人たちに
    人生の一番の後悔を聞くと、
    多くが
    「やらなかったこと」を挙げるという。

    失敗ではなく、
    やりたかったのに
    やらなかったこと。

    それはきっと、
    最後に魂が
    そう言わせているんだと
    僕は思うのだ。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    スーパーで赤いエプロン着けて野菜を売ってる、元コピーライターの親父です。 商品を陳列しているときは、ちょっとしたトランス状態になり、自分の世界に入ります。 その時にアタマに浮かんだ(思い出した)コトを、雑文にしました。 変な親父だなと、笑っていただければ、幸いです。

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