
【温泉ファンタジー】Sa・Ga3 温泉の覇者 第25話 イエティの住処
イエティの影が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
白く厚い毛に覆われた巨大な身体。長い腕。重い肩。黒い爪。顔は獣のようでありながら、どこか知性を感じさせる。お雪さんの着ぐるみとは、どこをどう見ても別物だった。
スパ子
「全然違うじゃない!」
雪
「はい。だいぶ違います。」
イエティ
「ウゴオ……。」
低い声が、雪原の空気を震わせた。
スパロウ
「よし、話してみようぜ。」
スパ子
「その前向きさ、少しは凍らないの?」
お雪さんが、あわてて一歩前に出た。
雪
「待ってください。通じるか、やってみます。」
スパロウ
「頼んだ。」
お雪さんは両手を少し上げ、イエティに向かって声を出した。
雪
「ウゴ。ウゴゴ、ウゴ。」
スパ子
「……本当にウゴなのね。」
パー美
「お雪さんのウゴ、かわいい〜。」
ぺーすけ
「音韻体系として興味深いですね。」
スパ子
「今は研究しないで。」
イエティは、お雪さんの言葉を聞くと、じっと一行を見下ろした。
白いイエティ着ぐるみのスパロウ。麦わら帽子に、着ぐるみの上から青いパレオをマントのように羽織ったスパ子。イエティギャルのパー美。眼鏡だけ妙に目立つぺーすけ。
どう考えても本物とは違う。
スパ子は身構えた。
スパ子
「……ばれてるわよね。」
雪
「たぶん。」
スパ子
「そのたぶんは、もう信用してないわよ。」
イエティは、しばらく一行を見ていた。
それから、お雪さんに向かって短く鳴いた。
イエティ
「ウゴ。」
お雪さんは少し首を傾げ、それから振り返った。
雪
「ついて来ていいそうです。」
スパ子
「えっ。」
スパロウ
「いいのか。」
パー美
「まじかよって感じ〜。」
ぺーすけ
「想定より寛容ですね。」
スパ子
「寛容っていうか、気にしてないの?」
イエティは、もう一度スパ子たちを見た。
それから特に驚く様子もなく、岩場の奥へ歩き出した。
スパ子
「……本当に気にしてない。」
雪
「違うとは分かっていると思います。」
スパ子
「じゃあ、なんで通してくれるのよ。」
雪
「白くて厚いものを着ていて、敵意を見せていないからだと思います。それに……寒そうなので。」
スパ子
「最後の理由、妙に強いわね。」
雪
「ここでは大事です。」
スパロウ
「寒いから着てるって分かってくれたわけか。」
雪
「たぶん。」
スパ子
「便利ね、イエティ。」
通信端末から、ざらついた音とともにメカの声が入った。
メカ
「報告シマス。敵対反応ハ低下シテイマス。」
スパ子
「メカ、聞こえてるの?」
メカ
「通信状態ハ不安定デス。」
パー美
「メカ、今こっち着ぐるみだよ〜。」
メカ
「偽装率ハ既ニ低評価デス。」
スパ子
「遠くからでも余計なこと言うわね。」
雪
「では、ついてきてください。急に走ったり、大きな声を出したりしなければ大丈夫だと思います。」
スパロウ
「わかった。」
スパ子
「今の、あんたに言ってるのよ。」
スパロウ
「わかってるって。」
スパ子
「絶対わかってない顔ね。」
一行は、イエティの後を追って岩場の奥へ進んだ。
黒い岩壁の間に、洞窟の入口が見えてくる。外から見ると暗い裂け目のようだったが、中へ近づくにつれて、奥から低い息づかいのような音が聞こえ始めた。
スパ子
「……何の音?」
雪
「イエティたちです。」
パー美
「たち?」
雪
「はい。たくさんいます。」
スパ子
「たくさんって、どのくらい?」
お雪さんは少し考えた。
雪
「たくさんです。」
スパ子
「答えになってないわよ。」
洞窟の中へ入ると、風の音が急に遠くなった。
代わりに、別の音が満ちていた。
低い呼吸。毛皮がこすれる音。時々聞こえる、短い「ウゴ」。
そして、白い塊。
洞窟の中には、イエティがぎっしり詰まっていた。
奥にも、手前にも、壁際にも、中央にも。巨大な白い身体が寄り集まり、肩と肩をくっつけ、背中を丸め、互いに押し合うように座っている。道らしい道は、ほとんどない。
スパロウ
「……多いな。」
パー美
「ぎゅうぎゅうじゃん。」
ぺーすけ
「密度が高いですね。」
スパ子
「高いどころじゃないわよ。これ、どうやって奥へ行くの?」
お雪さんは、どこかしみじみとした声で言った。
雪
「ああやって密集して暖を取っているのです。切ないですね。」

スパ子
「イエティでしょ!?」
雪
「イエティでも寒いものは寒いのです。」
スパ子
「あなたの理論、全部そこに戻るわね。」
雪
「私も、端の方に混ぜてもらったことがあります。」
スパ子
「混ざれるの!?」
パー美
「ちょっと羨ましいかも〜。もこもこだし。」
ぺーすけ
「圧迫される危険があります。」
パー美
「おにぃ、現実的〜。」
スパロウは洞窟の奥を見ようとした。
だが、見えるのはイエティの背中ばかりだった。白い毛皮の壁が、何層にも重なっている。
スパロウ
「強行突破できるレベルじゃねぇぞ!」
ぺーすけ
「物理的に通れませんね。」
スパ子
「倒す倒さない以前の問題ね。」
スパロウ
「倒すなんて言ってねぇだろ。」
スパ子
「顔が言ってたのよ。」
お雪さんは洞窟のさらに奥を見た。
雪
「奥に、外から来た者が勝手に入ってはいけない場所があるそうです。」
スパ子
「それが、温泉羅針盤のある場所?」
雪
「メカさんの反応が正しければ、たぶん。」
スパ子
「また、たぶん。」
メカの通信が、また少しだけ入った。
メカ
「温泉羅針盤ノ反応、洞窟奥部ニ集中。現在位置ヨリ前方……通信不安定……」
声はそこで途切れた。
スパ子
「大事なところで切れたわね。」
パー美
「メカ、外で待機だもんね〜。」
ぺーすけ
「岩盤と雪の影響でしょう。」
スパロウ
「つまり、奥へ行くしかないってことだな。」
スパ子
「どうやってよ。」
雪
「勝手に進むのは無理です。奥へ行くには、長の許しが必要だと聞いています。」
スパロウ
「長?」
雪
「この住処のまとめ役……だと思います。」
スパ子
「だと思う?」
雪
「私も、直接お話ししたことはありません。」
スパ子
「急に不安になったわ。」
パー美
「リーダーイエティと初対面なんだ〜。」
雪
「はい。」
スパ子
「その状態で頼めるの?」
雪
「頼むことはできます。」
スパ子
「許してもらえるかは?」
雪
「たぶん。」
スパ子
「もう慣れたけど、やっぱり不安だわ。」
お雪さんは、近くにいたイエティに声をかけた。
雪
「ウゴ、ウゴゴ。ウゴ。」
その声は、さっきより少しだけ慎重だった。
近くのイエティは、お雪さんを見下ろし、それから短くうなずくように鳴いた。
イエティ
「ウゴ。」
すると、洞窟の奥の方で少しずつ動きが広がった。
ぎゅうぎゅうに詰まっていたイエティたちが、身体をずらし始める。だが数が多すぎて、すぐには道にならない。白い毛皮の塊が押し合い、もぞもぞと波のように揺れる。
スパ子
「……道を作ってるの?」
雪
「長を呼んでくれています。」
スパ子
「呼ぶだけでこんなに大変なのね。」
ぺーすけ
「人口密度ならぬ、イエティ密度の問題ですね。」
パー美
「イエティ密度、語感かわい〜。」
洞窟の奥から、低い声が響いた。
それまで聞こえていたウゴとは違う。さらに重く、太く、洞窟の天井から雪が落ちそうなほどの声だった。
イエティの長
「ウゴオオ……。」
イエティたちが、少しずつ身を寄せ合いながら道を空けていく。
奥の暗がりから、ひときわ大きな白い影が現れた。他のイエティよりも一回り大きい。肩は分厚く、腕は長く、白い毛の一部が灰色に変わっている。ゆっくり歩くだけで、周囲のイエティたちが自然に身を引いた。
パー美
「でっか。」
スパロウ
「おお、こいつが長か。」
ぺーすけ
「明らかに群れの中心個体ですね。」
スパ子は、お雪さんを見た。
スパ子
「お雪さん。」
雪
「はい。」
スパ子
「これも少し大きいって言うつもり?」
雪
「いえ。」
スパ子
「そこは違うのね。」
雪
「これは、だいぶ大きいです。」
スパ子
「でしょうね!」
長のイエティは、一行の前で立ち止まった。
白い着ぐるみ姿の四人と、その先頭で小さく身を固くするお雪さん。そして、白い洞窟いっぱいの本物イエティ。
その差は、もう吹雪の中でも誤魔化せそうになかった。
イエティの長
「ウゴオ……。」
洞窟の奥で、低い声が重く響いた。
お雪さんは小さく息を吸い、長に向かって一歩前へ出た。