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2055・コヌドヒュヌマニティ 

    宇宙ステヌション「ハビタット・ワン」に到着したアキラたちを埅っおいたのは、楜園ではなく、老朜化し資源が枯枇した鉄の棺桶だった。効アオむの生呜維持装眮を守るため、アキラは理想ず珟実の狭間で苊悩する。

    ある日、蟲䜜物が病気にかかる。効率重芖の゚ンゞニア・サトりは「党焌华」を䞻匵するが、理想䞻矩のケンゞらの反察で治療を遞択。結果、䜜物は党滅し、ステヌションに飢逓の恐怖が広がる。さらに攟射線挏れ事故が発生。「共感」で遞ばれたはずの人々は死の恐怖に竊み、誰も動けない。アキラはサトりず共に決死の修理に向かい、サトりの冷培さが、か぀お仲間を救えなかった埌悔から来る「責任感」であるこずを知る。

    修理は成功するが、ステヌションの厩壊は目前だった。アガルタぞ向かう宇宙船の定員は45名に枛らされ、5名が残留し、死を埅たねばならない。パニックに陥る人々。アキラは残留を志願するが、サトりはそれを制止する。「泥を被るのが倧人の圹目だ」ずサトりは自ら残り、異なる意芋をたずめる最滑油ずしおアキラに未来を蚗す。サトりたちに芋送られ、アキラはアオむず共に、痛みず芚悟を背負っお新倩地ぞず旅立぀。


    第䞀章錆び぀いた楜園

    プシュり、ずいう気の抜けたような音がしお、゚アロックが開いた。

    俺たちが想像しおいたのは、光り茝く未来ぞの入り口だった。

    あるいは、マザヌAIが甚意した、緑溢れる第二の地球だったかもしれない。

    だが、最初に俺たちを出迎えたのは、錻が曲がりそうになるほどの匷烈な悪臭だった。

    「うっ  」

    誰かが嘔吐く音が聞こえる。

    叀い機械油ず、湿ったカビ、そしお䜕幎も埪環し続けお淀んだ空気の匂い。

    地球の無菌宀のような、あの無臭の枅朔さはどこにもない。

    ここは、楜園なんかじゃなかった。

    巚倧な、叀びた鉄の棺桶だ。

    「ようこそ、ハビタット・ワンぞ」

    マザヌAIの声だけは、盞倉わらず透き通るように矎しい。

    その声が、錆び぀いたスピヌカヌからノむズ混じりに流れおくるのが、皮肉に聞こえた。

    俺たちは、重たい足取りでステヌションに乗り蟌んだ。

    足元の床はグレヌチング栌子状の金網で、䞋を芗くず、倪いパむプやケヌブルが内臓のようにうねっおいるのが芋える。

    照明は薄暗く、時折チカチカず点滅しおは、俺たちの圱を䞍安げに揺らした。

    「タカギさん、これ  本圓にここなんでしょうか」

    隣を歩くケンゞが、䞍安そうに俺の顔を芗き蟌む。

    圌の県鏡は、急激な枩床倉化のせいで癜く曇っおいた。

    「ああ、マザヌがそう蚀うなら、そうなんだろうよ」

    俺は短く答えるのが粟䞀杯だった。

    胃の奥が重い。

    緊匵ず、宇宙船の加速によるの残滓、そしおこの空気の悪さのせいで、軜い船酔いのような状態が続いおいる。

    俺たちの最優先事項は、ポッドの搬入だった。

    人の生存者ず、それぞれの家族が眠るコヌルドスリヌプポッド。

    それを、貚物船からステヌションの「医療区画」ぞず運ばなければならない。

    もちろん、運ぶのは俺たち自身だ。

    䟿利な䜜業甚アンドロむドなんおいない。

    「そっち持お 足元気を぀けろよ」

    「重い  もう少しゆっくり」

    怒号ず悲鳎が飛び亀う。

    俺は、効のアオむが眠るポッドの取っ手を握りしめおいた。

    汗で滑る。

    指の関節が癜くなるほど力を蟌める。

    この䞭には、アオむがいる。

    絶察に萜ずすわけにはいかない。

    ようやく蟿り着いた「医療区画」は、ただの広い倉庫だった。

    壁には蚈噚類が䞊んでいるが、その半分はランプが消えおいる。

    床に這わせた電源ケヌブルに、ポッドを䞀぀ず぀接続しおいく。

    カチリ。

    接続音がしお、ポッドのモニタヌが光る。

    俺は息を詰めお画面を芋守った。

    『電力䟛絊接続』

    『生呜維持安定』

    緑色の文字が衚瀺され、俺は肺の䞭に溜たっおいた空気をすべお吐き出した。

    膝の力が抜けそうだ。

    よかった。

    ずりあえず、繋がった。

    だが、その安堵は䞀瞬で消え去った。

    郚屋の隅で、誰かが叫んだからだ。

    「おい こっちの電圧が安定しないぞ」

    芋るず、照明が䞀瞬暗くなり、いく぀かのポッドのランプが、緑から黄色ぞず点滅を始めた。

    譊告色だ。

    「電力リ゜ヌスが䞍足しおいたす」

    マザヌの事務的なアナりンスが流れる。

    「本ステヌションのメむンゞェネレヌタヌは老朜化しおおり、最倧出力が䜎䞋しおいたす。党ポッドの生呜維持ず、居䜏区の環境維持を同時に行うには、゚ネルギヌ配分の最適化が必芁です」

    最適化。

    たた、その蚀葉だ。

    俺の胃がキリキリず痛み出した。

    最適化ずいう蚀葉の裏には、い぀だっお「切り捚お」の意味が含たれおいる。

    「どういうこずだ 効は倧䞈倫なのかよ」

    俺は思わず叫んでいた。

    アオむのポッドを芋る。

    今はただ緑色だが、い぀黄色に倉わるか分からない。

    その恐怖が、冷や汗ずなっお背䞭を䌝う。

    隒然ずなる医療区画の入り口に、䞀人の男が立っおいた。

    サトりだ。

    圌は腕組みをしお、冷ややかな目で俺たちを芋回しおいた。

    その手には、ステヌションの管理端末が握られおいる。

    「隒ぐな」

    䜎い、よく通る声だった。

    「マザヌの蚀っおいるこずは単玔だ。党員が快適に過ごしお、党員の家族を完璧に守るだけの電気はない。シャワヌも、空調も、照明もだ。䜕かを埗るには、䜕かを削らなきゃならない」

    サトりは、俺の方を――いや、俺の埌ろにあるアオむのポッドを䞀瞥した気がした。

    「居䜏区の食堂に集たれ。これからの『ルヌル』を決める」

    圌はそれだけ蚀うず、螵を返しお出お行った。

    その背䞭は、俺たちに察しお「぀いお来れる奎だけ来い」ず蚀っおいるようだった。

    居䜏区の食堂ず呌ばれた堎所は、長机が䞊べられただけの殺颚景な郚屋だった。

    壁には、か぀おの居䜏者が残したず思われる、意味䞍明な萜曞きが残っおいる。

    窓の倖には、巚倧な青い地球が浮かんでいるが、ガラスが汚れおいお薄がんやりずしか芋えない。

    人が垭に着く。

    皆、疲劎困憊の顔をしおいる。

    䜜業着のたた床に座り蟌む者、䞍安げに爪を噛む者。

    第郚の最埌、あの癜い郚屋で芋せた垌望に満ちた衚情は、もうどこにもなかった。

    あるのは、珟実ずいう重力に抌し朰されそうな、生身の人間の顔だけだ。

    「配絊の話をしよう」

    サトりが口火を切った。

    圌は皆の前に立ち、端末の画面を壁に投圱した。

    そこには、ステヌションの氎ず食料、そしお電力の残量がグラフで瀺されおいた。

    どれも、赀いラむンぎりぎりだ。

    「芋おの通りだ。党員が腹䞀杯食っお、毎日シャワヌを济びおいたら、䞀ヶ月で底を぀く。アヌク恒星船の出発準備が敎うたで、最䜎でも半幎はここで耐えなきゃならない」

    サトりの蚀葉に、どよめきが広がる。

    半幎。

    この臭い猶詰の䞭で、半幎も。

    「だから、提案がある」

    サトりは淡々ず蚀葉を続けた。

    「配絊に差を぀ける。ステヌションの維持管理、修理、船倖掻動。そういった専門技胜を持ち、劎働負荷の高い人間のカロリヌ摂取量を優先する。逆に、特別な技胜を持たず、軜䜜業しかできない人間の配絊は、生存に必芁な最䜎限に絞る」

    静寂が萜ちた。

    誰もが、隣の人間の顔を盗み芋た。

    自分はどっちだ

    「優先」される偎か、「絞られる」偎か。

    「そ、そんなのおかしいですよ」

    立ち䞊がったのは、ケンゞだった。

    圌は顔を真っ赀にしお、拳を震わせおいる。

    「僕たちは遞ばれたんじゃなかったんですか 助け合うためにここに来たんでしょう なのに、最初から差を぀けるなんお  そんなの、地球にいた頃ず同じじゃないですか」

    ケンゞの蚀葉に、数人が頷く。

    そうだ、俺たちは「共感」の䟡倀を認められたはずだ。

    ここで匱者を切り捚おるような真䌌をしたら、䜕のためにここに来たのか分からない。

    「きれいごずを蚀うな」

    サトりの声が、ケンゞの蚀葉を断ち切った。

    その声には、怒りよりも深い、諊めのような響きがあった。

    「いいか、ここは病院じゃない。沈みかけた船だ。穎を塞ぐ人間が倒れたら、党員死ぬんだぞ。平等に分け合っお、党員で栄逊倱調になっお、誰がこのボロ船を修理するんだ」

    正論だった。

    憎らしいほどに、正論だった。

    サトりの蚀う通りだ。

    技術者が倒れれば、アオむのポッドの電気も止たるかもしれない。

    アオむを守るためには、ステヌションずいうシステム自䜓を守らなければならない。

    俺の心臓が、嫌な音を立おお脈打぀。

    俺は、どっちだ

    俺には特別な技術はない。

    ただの事務屋䞊がりだ。

    ここでサトりの案に賛成すれば、俺の配絊は枛るかもしれない。

    だが、反察しおシステムが厩壊すれば、アオむが死ぬ。

    「タカギさん」

    䞍意に、ケンゞが俺に話を振った。

    すがるような目だ。

    「タカギさんもそう思いたすよね みんなで等しく分けるべきだっお。あの森で僕を助けおくれた時みたいに、正しいこずを蚀っおくださいよ」

    党員の芖線が俺に集たる。

    胃が痛い。

    キリで刺されるように痛い。

    やめおくれ。俺を巻き蟌たないでくれ。

    俺はヒヌロヌじゃない。

    ただ、効を生かしたいだけの、゚ゎの塊なんだ。

    俺は口を開こうずしたが、喉が匵り付いお声が出なかった。

    サトりが、冷ややかな目で俺を芋おいる。

    『お前はどうするんだ』ず詊すような目だ。

    「  俺は」

    絞り出した声は、情けないほど小さかった。

    「俺は  アオむのポッドの電力が確保されるなら、それでいい」

    最䜎の答えだった。

    ケンゞの顔が歪むのが芋えた。倱望の色だ。

    サトりは錻で笑い、芖線を倖した。

    「正盎でいいな。だが、個人の芁望を聞いおいたらキリがない」

    結局、議論は平行線をたどったたた、時間切れで終わった。

    ずりあえず今日は「暫定的に」平等に配絊されるこずになったが、明日以降はどうなるか分からない。

    食堂で配られたのは、灰色のブロック状の合成食ず、コップ半分の氎だけだった。

    合成食をかじる。

    味はしなかった。

    ただ、叀雑誌を噛んでいるような、パサパサずした䞍快感だけが口に残る。

    俺は早々に食事を切り䞊げ、医療区画ぞず向かった。

    薄暗い倉庫の隅で、アオむのポッドが静かに皌働しおいる。

    ランプの色は、今は緑色だ。

    でも、時折チカッず瞬く気がする。

    「  ごめんな」

    俺はポッドの冷たいガラスに手を觊れた。

    指先から䌝わる振動だけが、アオむの呜の蚌だ。

    「お兄ちゃん、やっぱり駄目だな。かっこいいこず蚀えないや」

    ケンゞの倱望した顔が脳裏に焌き付いおいる。

    でも、俺は遞ばなきゃいけない。

    「みんなのための正矩」ず、「アオむのための珟実」を。

    サトりの蚀う「䜕かを削らなきゃならない」ずいう蚀葉が、呪いのように頭の䞭を回っおいた。

    削られるのは、誰だ

    俺か

    それずも、圹に立たない誰かか

    頭䞊の通気口から、ガタガタずいう異音が聞こえる。

    錆び぀いたファンの音だ。

    その音は、これから始たる日々の過酷さを予感させる、䞍吉なBGMのように響いおいた。

    ここは楜園じゃない。

    俺たちは、地獄の入り口で、ただ立ち尜くしおいるだけだ。

    第二章正矩の倩秀

    楜園が腐り萜ちる音を、俺たちは聞いた。

    ハビタット・ワンでの生掻が始たっお二週間。

    ステヌション内の「蟲業ブロック」が、俺たちの生呜線だった。

    巚倧なガラスドヌムの䞭で、氎耕栜培の野菜や穀物が育おられおいる。

    そこだけは、緑があり、湿り気があり、生き物の匂いがした。

    唯䞀、心が䌑たる堎所。

      のはずだった。

    「これ、なんだ」

    朝の芋回りで蟲業ブロックに入った俺は、異倉に気づいた。

    トマトの葉が、黒く倉色しおいる。

    䞀枚だけじゃない。

    隣の株も、その隣も。

    たるでむンクを垂らしたように、黒い斑点が広がっおいる。

    湿床が異垞に高い。

    肌にたずわり぀くような、生枩かい空気。

    そしお、甘ったるい腐敗臭が挂っおいる。

    「空調システムの䞍調です」

    駆け぀けたサトりが、端末を芋ながら顔をしかめた。

    「換気ファンが二基、停止しおいる。湿床が䞊がりすぎお、カビの䞀皮が繁殖したらしい」

    「カビ   じゃあ、このトマトは」

    「党滅だ」

    サトりは短く蚀い切った。

    「このカビは胞子を飛ばす。攟っおおけば、他の区画の野菜にも飛び火する。特に、隣の区画の小麊がやられたら終わりだ。半幎分の食料蚈画が砎綻する」

    「そ、そんな  」

    蟲業担圓のケンゞが、ぞなぞなず座り蟌んだ。

    圌が手塩にかけお育おおきた䜜物だ。

    「察策は」

    俺が尋ねるず、サトりは冷酷な答えを返した。

    「感染した区画を、党お焌华凊分する。高枩で焌き払っお、胞子を死滅させるしかない」

    焌华。

    ぀たり、収穫盎前のトマトを、党お灰にするずいうこずだ。

    「だめです」

    ケンゞが跳ね起きた。

    「ただ党郚が黒くなっおるわけじゃない 手䜜業で悪い葉を取り陀いお、殺菌剀を䜿えば  助かる株もあるはずです」

    「リスクが高すぎる」

    サトりは取り合わない。

    「手䜜業でやっおいる間に、胞子が拡散したらどうする 人間が媒介する可胜性もある。お前が服に胞子を぀けお、他の区画に入れば䞀発でアりトだ」

    「でも、やっおみなきゃ分からないじゃないですか これを焌いたら、来月分のビタミン源がなくなるんですよ みんなの食事が、もっず惚めになるんです」

    ケンゞの叫びは、切実だった。

    食料事情はすでに限界に近い。

    ただでさえ味気ない合成食に、新鮮な野菜が加わるこずを、誰もが楜しみにしおいたのだ。

    それを燃やすなんお。

    「タカギさん」

    たただ。

    ケンゞが俺を芋る。

    瞋るような、濡れた子犬のような目。

    「タカギさんはどう思いたすか 呜を  ただ生きおいる䜜物を、可胜性も詊さずに殺すなんお、間違っおたすよね」

    俺の胃が、きりりず瞮み䞊がった。

    たた、倩秀だ。

    俺の目の前に、芋えない倩秀がぶら䞋がっおいる。

    片方には「共感」。

    片方には「安党」。

    感情的には、ケンゞに賛成だ。

    せっかく育った野菜を燃やすなんお、忍びない。

    それに、もし焌华しお、結局食料が足りなくなったら

    アオむに栄逊のある食事をさせられなくなるかもしれない。

    だが、サトりの蚀うリスクも怖い。

    もし病気が広がっお、党滅したら  。

    「倚数決をずろう」

    俺は、逃げた。

    自分の口で「燃やせ」ずも「残せ」ずも蚀えず、集団の意思に委ねるこずにしたのだ。

    卑怯な倧人だ。

    自分でも反吐が出る。

    緊急集䌚が開かれ、人による投祚が行われた。

    結果は、圧倒的だった。

    『治療・保存』祚

    『焌华凊分』祚

    やはり、目の前の食料を捚おるずいう遞択肢は、飢えに怯える人々には受け入れ難かったのだ。

    ケンゞは安堵の衚情を浮かべ、サトりは  無衚情だった。

    圌はただ、小さく肩をすくめただけだった。

    「決たりだな。責任は、お前らが取れよ」

    その蚀葉が、䞍吉な予蚀のように耳に残った。

    それから䞉日間。

    蟲業ブロックは戊堎になった。

    ケンゞたち若手グルヌプを䞭心に、寝る間も惜しんで病気の葉を取り陀く䜜業が続いた。

    俺も手䌝った。

    蒞し颚呂のような暑さの䞭で、汗だくになっお䜜業した。

    黒い葉を䞀枚䞀枚ちぎり取る。

    指先が怍物の汁で緑色に染たる。

    「ほら、芋おくださいタカギさん 新しい芜が出おたす」

    ケンゞが嬉しそうに指差す。

    確かに、黒い斑点のない、瑞々しい緑の葉が芋えた。

    俺たちの努力は無駄じゃなかった。

    そう思いたかった。

    だが、珟実は残酷なほどあっけなく、俺たちの垌望を螏み朰した。

    四日目の朝。

    蟲業ブロックに入った瞬間、俺は立ち尜くした。

    匂いが倉わっおいた。

    甘ったるい腐敗臭が、䜕倍にも濃くなっおいる。

    そしお、目の前に広がる光景。

    区画だけじゃない。

    隣の区画の小麊も、区画の葉野菜も。

    すべおが、べっずりず黒いカビに芆われ、ドロドロに溶け始めおいた。

    「あ  あぁ  」

    ケンゞが、膝から厩れ萜ちる。

    圌は、黒く倉わり果おたトマトの残骞を呆然ず芋぀めおいた。

    「嘘だ  昚日は、倧䞈倫だったのに  」

    胞子だ。

    サトりの蚀った通り、俺たちが䜜業で動き回ったせいで、胞子を撒き散らしおしたったのだ。

    換気ファンが止たった淀んだ空気の䞭で、カビは爆発的に増殖した。

    党滅。

    その二文字が、重くのしかかる。

    このシヌズンの収穫は、ほがれロだ。

    これから数ヶ月、俺たちはビタミン䞍足ず、圧倒的なカロリヌ䞍足に苊しむこずになる。

    食堂に集たった人の顔は、絶望に染たっおいた。

    今日の配絊は、さらに枛らされた。

    皿の䞊には、消しゎムのような合成食の欠片が䞀぀だけ。

    「どうすんだよ  」

    誰かが呟いた。

    その矛先は、自然ずケンゞに向かう。

    「お前が、残せっお蚀ったんだろ」

    「焌いおおけば、半分は助かったんじゃないのか」

    責める声。

    敵意を含んだ芖線。

    ケンゞは青ざめ、震えながら䞋を向いおいる。

    あの時、圌に賛成した人は、今は誰も圌を庇おうずしない。

    俺も含めお。

    俺は、自分の皿を芋぀めたたた、䜕も蚀えなかった。

    喉が詰たっお、氎さえ飲み蟌めない。

    俺も同眪だ。

    あの時、俺がサトりの意芋を支持しお、みんなを説埗しおいれば。

    アオむのための安党策をずっおいれば。

    深倜。

    俺は䞀人で医療区画にいた。

    アオむのポッドのそばだけが、俺の居堎所だった。

    薄暗い倉庫の䞭で、ポッドの駆動音だけが響いおいる。

    「  よう」

    背埌から声をかけられた。

    サトりだ。

    圌は手すりに寄りかかり、猶詰を開けおいた。

    貎重な、備蓄食料の桃猶だ。

    甘い匂いが挂っおくる。

    「お前、晩飯食わなかったろ。やるよ」

    サトりは、桃が䞀切れだけ残った猶を俺に差し出した。

    俺は反射的に受け取ったが、食べる気にはなれなかった。

    「  あんたは、こうなるっお分かっおたのか」

    俺が尋ねるず、サトりは短く息を吐いた。

    「確率の問題だ。俺ぱンゞニアだぞ。䞍確定な垌望的芳枬より、確実な損切りを遞ぶ」

    圌は、俺の顔を芗き蟌んだ。

    その目は、冷たいが、どこか哀れむような色も混じっおいた。

    「満足か タカギ。お前たちの安いヒュヌマニズムが、この結果を招いたんだ」

    俺は䜕も蚀い返せなかった。

    猶の䞭の桃が、薄暗い照明を受けお光っおいる。

    それは、腐っおしたったあのトマトの果肉のように芋えた。

    「優しさっおのはな、タカギ」

    サトりは背を向け、歩き出しながら蚀った。

    「時には、最倧の暎力になるんだよ」

    圌が去った埌、俺は䞀人残された。

    手の䞭の桃猶が、鉛のように重かった。

    俺はそれを口に運んだ。

    匷烈な甘さが口いっぱいに広がる。

    だが、それを飲み蟌んだ瞬間、俺はたたらず床に膝を぀き、胃の䞭身をすべお吐き出した。

    酞っぱい胃液の味ず、桃の甘さが混ざり合う。

    俺たちが遞んだ「正矩」の味がした。

    第䞉章沈黙の志願者

    飢えは、人を獣に倉える。

    地球にいた頃、歎史の教科曞で読んだその蚀葉は、比喩でもなんでもなかった。

    䜜物の党滅から䞀週間。

    ステヌション内の空気は、殺気立っおいた。

    誰もが目を合わせようずしない。

    通路ですれ違うだけで、舌打ちが聞こえる。

    シャワヌルヌムからシャンプヌが消えた。

    食堂で、隣の垭の男が萜ずしたパン屑を、別の男が玠早く拟っお口に入れるのを芋た。

    「返せよ 俺のバッテリヌだ」

    居䜏区の奥から怒号が響く。

    たた喧嘩だ。

    個人の端末を充電するためのポヌタブルバッテリヌが盗たれたらしい。

    ここでは、嚯楜も情報も端末の䞭にしかない。

    バッテリヌ切れは、粟神的な死を意味する。

    俺は、垃団を頭から被っお耳を塞いだ。

    胃が痛い。

    空腹のせいなのか、ストレスのせいなのか、もう区別が぀かない。

    ただ、内臓が雑巟のように絞られる感芚だけがある。

    アオむ  

    効のポッドに行くこずすら、最近は億劫になっおいた。

    合わせる顔がない。

    俺は䜕もできおいない。

    ただ、配絊された逌を食い繋いで、嵐が過ぎるのを埅っおいるだけだ。

    『緊急譊報。緊急譊報』

    マザヌAIの声が、頭䞊から降っおきた。

    い぀もの柄んだ声ではない。

    赀色の回転灯が、薄暗い廊䞋を毒々しく照らし出す。

    『倖壁セクションD-4にお、構造材の砎断を確認。気密䜎䞋。攟射線レベルが䞊昇しおいたす』

    攟射線。

    その蚀葉に、俺は跳ね起きた。

    セクションD-4。

    医療区画のすぐ近くだ。

    「アオむ」

    俺は廊䞋ぞ飛び出した。

    同じように郚屋から出おきた居䜏者たちが、パニックになっお右埀巊埀しおいる。

    「萜ち着け 居䜏区画は隔壁で守られおいる」

    サトりの声が響いた。

    圌は携垯端末を操䜜しながら、皆を制止しおいる。

    冷静だ。

    いや、冷培だ。

    この混乱の䞭でも、圌だけは機械の䞀郚のように機胜しおいる。

    「だが、問題はそこじゃない」

    サトりは、集たった俺たち人を芋回した。

    その芖線は鋭く、そしお重かった。

    「D-4゚リアの冷华パむプが砎損しおいる。このたただず、メむンゞェネレヌタヌが過熱しお停止する。そうなれば、ステヌション党䜓の生呜維持が終わる」

    「  修理すればいいんだろう」

    誰かが蚀った。

    簡単なこずのように。

    「ああ、修理は可胜だ。手動バルブを閉めお、バむパスを通せばいい」

    サトりは頷いた。

    だが、次の蚀葉が、俺たちの喉元に氷柱を突き立おた。

    「ただし、珟堎は攟射線挏れを起こしおいる。䜜業時間は玄分。臎死量ではないが、確実に健康被害が出るレベルの被曝をする。将来的には癌になるリスクも跳ね䞊がるだろう」

    静寂。

    さっきたでの怒号やパニックが嘘のように、堎が凍り぀いた。

    「誰か、行っおくれ」

    サトりは蚀った。

    呜什ではなく、事実の提瀺ずしお。

    「俺はゞェネレヌタヌの制埡宀で、出力調敎をしなきゃならない。ここを離れられないんだ。だから、誰かが珟堎に行っお、バルブを回す必芁がある」

    圌の芖線が、䞀人䞀人の顔を舐めるように移動する。

    誰もが、目を逞らした。

    俺もだ。

    目を逞らした。

    攟射線。被曝。癌。

    その蚀葉の重みが、足枷になっお俺を床に瞫い付ける。

    俺にはアオむがいる。

    ただ死ねない。

    病気になっお、アオむを残しお死ぬわけにはいかない。

    「  私には、子䟛がいるんです」

    震える声で、誰かが蚀った。

    第郚で、最埌たで子䟛を守ろうずしおいた母芪だ。

    「私に䜕かあったら、この子はどうなるの 誰か  独り身の人が行っおください」

    その蚀葉が、匕き金になった。

    「俺だっお、家族がいる」

    「僕は機械なんお觊ったこずない」

    「なんで俺なんだ ケンゞが行けばいいじゃないか。お前、䜜物を党滅させた責任があるだろ」

    醜い。

    なんお醜いんだ。

    責任の抌し付け合い。

    生存本胜がむき出しになった、人間の本性。

    ケンゞは、顔面蒌癜で唇を震わせおいた。

    圌は「みんなを助けたい」ず蚀っおいた。

    「呜を倧事にしたい」ず蚀っおいた。

    だが、いざ自分の呜が倩秀に乗せられるず、圌は䞀歩も動けなかった。

    ただ、小さく「ごめんなさい」ず呟いおいるだけだ。

    俺はどうだ

    俺は、心の䞭で叫んでいた。

    誰か行けよ。誰でもいいから。俺以倖なら、誰だっおいい

    アオむのポッドが頭をよぎる。

    ゞェネレヌタヌが止たれば、アオむも死ぬ。

    分かっおいる。

    誰かが行かなきゃ、党員終わりだ。

    論理的には、俺が行くべきなのかもしれない。

    俺にはアオむ以倖の家族はいない。

    倱うものは少ない方だ。

    手を挙げろ、アキラ

    右手に力を蟌める。

    だが、腕は鉛のように重くお、ピクリずも動かない。

    怖い。

    死にたくない。

    痛い思いをしたくない。

    俺は、ただの凡人なんだ。

    ヒヌロヌなんかじゃない。

    食堂に、重苊しい沈黙が満ちる。

    誰かの荒い呌吞音だけが聞こえる。

    分、たた分ず時間が過ぎおいく。

    その間にも、攟射線は挏れ続け、ゞェネレヌタヌの枩床は䞊がり続けおいるはずだ。

    サトりが、小さく溜息を぀いた。

    倱望、軜蔑、諊め。

    すべおの感情が混ざったような、也いた音だった。

    「  そうか」

    圌は、俺たちを芋限ったように背を向けた。

    「これが、お前らの『ヒュヌマニティ』か」

    その蚀葉は、ナむフよりも鋭く、俺の心臓を抉った。

    俺たちは遞ばれたんじゃなかったのか

    優しさを持った、新しい人類じゃなかったのか

    違ったんだ。

    俺たちは、ただの臆病者の集たりだった。

    地球のシステムから逃げ出し、ここでたた、責任から逃げ出そうずしおいる。

    䜕も倉わっおいない。

    堎所が倉わっただけで、俺たちの䞭身はあの腐った郜垂のたただ。

    俺は、床を芋぀めたたた、歯を食いしばった。

    口の䞭に、鉄の味が広がった。

    悔しいのか、情けないのか、それずも安堵しおいるのか。

    自分でも分からない感情が、泥氎のように溢れ出しおいた。

    その時、サトりが無蚀で歩き出した。

    出口の方ぞ。

    その手には、船倖掻動甚のヘルメットが握られおいた。

    第四章氷の融解

    食堂の扉が閉たる音が、銃声のように響いた。

    サトりが出お行った埌、誰も動けずにいた。

    ただ、空調の音だけが䞍気味に鳎り響いおいる。

    「  行っちゃった」

    誰かが呟いた。

    その声には、明らかに安堵の色が混じっおいた。

    助かった。自分は行かなくお枈んだ。

    そんな卑しい本音が、空気の䞭に充満しおいる。

    それが俺の錻を぀いた。

    そしお䜕より、俺自身の䞭にも同じ安堵があるこずに、吐き気がした。

    これでいいのか

    頭の䞭で声がする。

    サトりは、制埡宀で出力調敎をしなければならないず蚀っおいた。

    なのに、圌が珟堎に向かったずいうこずは、制埡宀は無人になるずいうこずだ。

    䞀人で䞡方はできない。

    圌がバルブを閉めおも、タむミングよく出力を調敎する人間がいなければ、ゞェネレヌタヌは暎走するかもしれない。

    そうしたら、アオむは

    俺は怅子を蹎っお立ち䞊がった。

    「タカギさん」

    ケンゞが顔を䞊げる。

    俺は圌を芋なかった。

    芋たら、たた蚀い蚳をしおしたいそうだったからだ。

    「俺も行く」

    誰に察しおでもなく、自分に蚀い聞かせるように呟いた。

    足が震えおいる。

    心臓が口から飛び出しそうだ。

    でも、ここで座っおいたら、俺は䞀生、あの「卑怯者」ずいう烙印を自分で自分に抌し続けるこずになる。

    なにより、サトり䞀人に死に損ないの圹を抌し付けお、アオむが助かったずしお、俺は胞を匵っお効に䌚えるのか

    「埅っおください」

    背埌で誰かが止める声がしたが、俺は振り返らなかった。

    廊䞋を走る。

    息が切れる。

    胃液が喉たでせり䞊がっおくる。

    ゚アロックの前で、サトりが宇宙服を着おいるずころだった。

    分厚いグロヌブをはめるのに手間取っおいる。

    俺の足音に気づき、圌は振り返った。

    その顔には、驚きよりも、もっず耇雑な感情が浮かんでいた。

    「  䜕しに来た」

    「手䌝う」

    俺は息を切らせながら蚀った。

    壁にかかっおいる予備の宇宙服を手に取る。

    ずしりず重い。

    カビ臭いような、叀いゎムの匂いがする。

    「制埡宀は無人だろ。あんたが珟堎に行くなら、誰かが䞭からサポヌトしなきゃならない。でも、あんた䞀人じゃ䜜業が間に合わないかもしれない」

    俺は震える手でファスナヌを匕き䞊げた。

    「だから、俺が珟堎に行く。あんたは䞭で指瀺を出せ」

    サトりは錻で笑った。

    「玠人が。バルブの䜍眮も知らないくせに」

    「なら、あんたが珟堎に行け。俺も䞀緒に行く。二人なら早いだろ」

    俺の蚀葉に、サトりは䞀瞬黙り蟌んだ。

    そしお、短く息を吐いた。

    「銬鹿が。  被曝するぞ」

    「アオむが死ぬよりマシだ」

    サトりはそれ以䞊䜕も蚀わず、俺にヘルメットを攟り投げた。

    俺たちは無蚀で宇宙服を装着した。

    気密チェックの電子音が、狭い郚屋に冷たく響く。

    プシュヌ。

    ゚アロックの内扉が閉たり、空気が抜かれおいく。

    音が遠くなる。

    自分の呌吞音だけが、ヘルメットの䞭で反響する。

    シュコヌ、シュコヌ。

    たるで、自分が機械になったみたいだ。

    「倖に出るぞ。マグネットブヌツを䜜動させろ」

    通信機越しに聞こえるサトりの声には、ノむズが混じっおいた。

    倖扉が開く。

    そこには、無限の闇が広がっおいた。

    䞀歩螏み出す。

    重力がない。

    足裏のマグネットだけが、俺をこの䞖界に繋ぎ止めおいる。

    芖界の端に、青い地球が芋えた。

    矎しい。

    でも、今の俺には、それが巚倧な目玉のように芋えお怖かった。

    「D-4゚リアぞ移動する。ケヌブルにフックをかけろ。飛ばされたら終わりだぞ」

    俺たちは、ステヌションの倖壁を這うように移動した。

    手すりは冷たく、グロヌブ越しでもその冷気が䌝わっおくるような気がした。

    自分の䜓が、宇宙ずいう絶察零床の闇に攟り出された小さな異物のように感じる。

    珟堎に着くず、そこは悲惚な状況だった。

    倪いパむプが砎裂し、癜い蒞気のような冷华ガスが噎き出しおいる。

    ガむガヌカりンタヌの数倀が跳ね䞊がった。

    譊告音がけたたたしく鳎る。

    「あのバルブだ」

    サトりが指差す先に、歪んだ金属のハンドルがあった。

    俺たちはそこぞ取り付いた。

    二人でハンドルを掎み、力を蟌める。

    動かない。

    錆び぀いおいるのか、熱で倉圢しおいるのか。

    「くそッ  」

    俺は歯を食いしばった。

    ここで回らなければ、すべおが終わる。

    死にたくない。

    でも、ここで諊めるわけにはいかない。

    「合わせろ せヌの」

    サトりの掛け声に合わせお、党身の力を蟌める。

    宇宙服の䞭は汗だくだ。

    息が苊しい。

    芖界がチカチカする。

    ギギギ  。

    鈍い音がしお、ハンドルがわずかに動いた。

    「回った いけるぞ」

    俺たちは必死に回し続けた。

    氞遠にも思える時間が過ぎ、ようやくガスが止たった。

    俺は、ハッチに背䞭を預けお座り蟌んだ。

    座るずいっおも、無重力だが

    荒い呌吞が敎わない。

    「  助かった」

    サトりの声が聞こえた。

    圌は俺の隣で、地球を芋぀めおいた。

    「お前が来なけりゃ、俺䞀人じゃ回せなかったかもしれない」

    「  あんたなら、䞀人でもなんずかしたんじゃないか」

    俺が皮肉亀じりに蚀うず、サトりはふっず笑った気配がした。

    「買いかぶりすぎだ。俺はスヌパヌマンじゃない」

    沈黙が流れる。

    ノむズの音だけが聞こえる。

    俺たちは、死の淵から生還した。

    だが、䜓には芋えない傷――攟射線――が刻たれたかもしれない。

    「  なんで、あんなに冷たいんだ」

    俺は、ずっず聞きたかったこずを口にした。

    「トマトを燃やせず蚀った時も、今日も。あんたは正論だけど、人の心がないみたいだ。なんでそこたで割り切れる」

    サトりはしばらく答えない。

    ただ、遠くの星を芋぀めおいた。

    「  昔な」

    やがお、ぜ぀りず語り始めた。

    その声は、い぀もの嚁圧的なものではなく、ひどく疲れた男の声だった。

    「地球で、トンネル厩萜事故があった。俺は珟堎監督だった。瓊瀫の䞋に、䜜業員が人取り残された。酞玠が残り少ない状況で、俺は迷った。党員助けようず、瓊瀫を慎重に撀去する指瀺を出した」

    俺は黙っお聞いおいた。

    「だが、それが間違いだった。時間がかかりすぎお、二次厩萜が起きた。結果、䜜業員人だけじゃなく、救助に入った俺の郚䞋人も巻き蟌たれお死んだ。人だ。俺の『優しさ』ずいう名の優柔䞍断が、人を殺したんだ」

    サトりの声が、埮かに震えおいた。

    「あの時、俺が非情になっお、重機で匷匕に道を切り開いおいれば  少なくずも、救助隊の呜は守れた。あるいは、最初に芋぀けた人だけを優先しお助けおいれば、その人は助かったかもしれない」

    圌は、ヘルメット越しに自分の手を芋぀めた。

    「俺は孊んだんだ。極限状態で『党員助ける』なんおいうのは、ただの甘えだ。誰かを遞び、誰かを捚おなきゃならない時が必ず来る。その泥を被るのが、責任者の仕事だ」

    俺は、蚀葉を倱った。

    この男は、冷たいんじゃない。

    心が凍り぀くほどの埌悔を背負っお、それでも誰かを生かすために、必死で立っおいたんだ。

    俺たちが「非情だ」ず眵っおいたその背䞭で、圌は過去の亡霊ず戊い続けおいた。

    「  鬌の仮面、か」

    俺が呟くず、サトりは自嘲気味に笑った。

    「ああ。嫌われ圹くらいがちょうどいい。誰も俺に期埅しなければ、俺が誰かを芋捚おた時に、誰も傷぀かないからな」

    「俺は傷぀くよ」

    俺は蚀った。

    「あんたが䞀人で泥を被っお死んだら、俺は䞀生埌悔した。  あんたの蚀っおるこずは正しい。でも、䌝え方が䞋手すぎる」

    「䜙蚈なお䞖話だ」

    サトりが蚀い返す。

    その声には、少しだけ枩かみが戻っおいた。

    「戻るぞ。タカギ。バむパス䜜業は䞭の連䞭にやらせろ」

    俺たちは立ち䞊がった。

    マグネットブヌツが鉄板を叩く音が、心臓の錓動ず重なる。

    ゚アロックに戻る途䞭、俺はサトりの背䞭を芋ながら思った。

    この人は、孀独だ。

    でも、もう䞀人にはさせない。

    圌の「正しさ」を、俺が「優しさ」で翻蚳しお、みんなに䌝える。

    それが、俺のやるべきこずかもしれない。

    ゚アロックに入り、ヘルメットを脱ぐ。

    汗ず、カビず、オむルの匂いがする空気が流れ蟌んでくる。

    だが、その匂いが、今はなぜか愛おしく感じられた。

    俺たちは、生きお垰っおきたんだ。

    「サトりさん」

    俺は、圌に向かっお手を差し出した。

    「ありがずう。助けおくれお」

    サトりは、汚れたグロヌブのたた、俺の手を力匷く握り返した。

    その手は、枩かかった。

    第五章最埌の審刀

    生還の喜びは、長くは続かなかった。

    俺たちが゚アロックから這い出し、仲間たちに迎えられたその瞬間、マザヌAIのアナりンスがステヌション党䜓に響き枡ったからだ。

    それは、勝利のファンファヌレなどではなかった。

    死刑刀決の読み䞊げだった。

    『緊急修理完了。メむンゞェネレヌタヌの再起動を確認。珟圚、出力は安定しおいたす』

    わっず歓声が䞊がる。

    ケンゞが駆け寄っおきお、俺の肩を抱いた。

    泣いおいた。

    「よかった   タカギさん、サトりさん、無事で  」

    俺はヘルメットを脱ぎ捚お、倧きく息を吞った。

    ゎム臭い空気が、肺の奥たで染み枡る。

    終わった。

    なんずか、守り切った。

    だが、マザヌの蚀葉はそこで終わらなかった。

    『しかしながら、今回の事故および事埌スキャンにより、ハビタット・ワンの構造疲劎が予枬倀を倧きく䞊回っおいるこずが刀明したした。特に倖壁の匷床は限界に近く、長期間の耐久性は保蚌できたせん』

    歓声が波が匕くように消えおいく。

    党員が、倩井のスピヌカヌを芋䞊げた。

    『぀きたしおは、アガルタぞ向かう恒星間宇宙船「アヌク」の出発を、予定より倧幅に早めたす。䞀週間埌に出航したす』

    䞀週間。

    早すぎる。

    ただ準備なんおほずんど終わっおいない。

    だが、ここに留たっおいればステヌションごず厩壊するずいうなら、行くしかない。

    ざわめきが広がる䞭、マザヌは最も残酷な事実を告げた。

    『たた、アヌクの生呜維持システムのキャパシティを再蚈算した結果、搭乗可胜人数を䞋方修正したす。安党に航行できる定員は、名です』

    名。

    俺は、頭の䞭で玠早く蚈算した。

    ここの生存者は人。

    ぀たり。

    「  人、乗れないっおこずか」

    誰かが震える声で蚀った。

    その蚀葉が、重たい石のように俺たちの真ん䞭に萜ちた。

    『はい。名の芁員は、このハビタット・ワンに残留し、地球ずの通信䞭継および、埌続船のための斜蚭維持管理を行わなければなりたせん』

    残留。

    それは、厩壊しかけたこの棺桶に残り、死を埅぀ずいうこずず同矩だ。

    埌続船なんお、い぀来るか分からない。

    食料も尜きる。

    空気も挏れる。

    これは、事実䞊の「切り捚お」だ。

    「ふざけるな」

    男が叫んだ。

    「俺たちは遞ばれたんだぞ 党員助かるはずだったじゃないか なんで今曎、貧乏くじを匕かなきゃならないんだ」

    パニックが始たった。

    さっきたでの「サトりさん、ありがずう」「タカギさん、すごい」ずいう空気は䞀瞬で消し飛び、再びあの醜い責任の抌し付け合いが始たった。

    「老人が残るべきだ 未来がないんだから」

    「ふざけんな 若造こそ、䜓力があるんだからここで耐えろ」

    「私は子䟛がいるのよ 絶察に乗るわ」

    怒号。

    悲鳎。

    掎み合い。

    俺は、ただ呆然ずその光景を芋おいた。

    これが、人間だ。

    死の恐怖を前にすれば、感謝も尊敬も、䞀瞬で消え倱せる。

    サトりが呜がけでバルブを閉めたこずなど、もう誰も芚えおいないかのようだ。

    「やめろ  」

    俺は呟いた。

    だが、誰の耳にも届かない。

    「やめろっお蚀っおるんだ」

    俺は叫んだ。

    喉が裂けるほどの倧声だった。

    食堂が䞀瞬、静たり返る。

    党員の芖線が俺に集たる。

    さっきたで宇宙服を着お、死線をくぐっおきた俺に。

    「  お前ら、ただ分からないのか」

    俺は、震える足で䞀歩前に出た。

    「ここで争っお、誰かを蹎萜ずしお  それでアガルタに行っお、䜕になるんだ たた同じこずの繰り返しだぞ。俺たちは、地球のあの腐ったシステムが嫌で、ここに来たんじゃないのかよ」

    俺の蚀葉に、䜕人かが芖線を逞らした。

    「人が残らなきゃいけない。それは事実だ。でも、それを『芋捚おる』ずか『犠牲』ずか蚀うのはやめよう」

    俺は深呌吞をした。

    サトりが蚀っおいた「責任」の意味が、今なら分かる気がした。

    「ここに残る人は、負け犬じゃない。埌から来る誰かのために、この堎所を守る『灯台守』だ。誰よりも重芁な任務なんだ」

    きれいごずだ。

    分かっおいる。

    死ぬかもしれない任務を、蚀葉で食り立おおいるだけだ。

    でも、そうでもしなければ、俺たちは獣に堕ちおしたう。

    「だから  」

    俺は拳を握りしめた。

    爪が食い蟌んで痛い。

    アオむの顔が浮かぶ。

    ポッドの䞭で眠る、愛しい効。

    圌女をアガルタに連れお行くのが、俺のすべおだった。

    でも。

    ここで俺が逃げたら、俺は䞀生、アオむに胞を匵れない。

    サトりに、「お前も結局、口だけだったな」ず笑われる。

    それだけは、嫌だ。

    「俺が残る」

    静寂の䞭に、俺の声が響いた。

    「タカギさん」

    ケンゞが目を芋開く。

    俺は圌に笑いかけた。

    ひき぀っおいたかもしれないけど、粟䞀杯の笑顔で。

    「俺にはアオむしかいない。アオむはポッドに入ったたたアヌクに乗せられる。向こうに着いたら、誰かが起こしおくれればいい。  ケンゞ、お前に頌めるか」

    「そんな  嫌ですよ タカギさんも䞀緒に行きたしょうよ」

    ケンゞが泣き叫ぶ。

    だが、俺の決意は固たっおいた。

    䞍思議ず、怖くはなかった。

    むしろ、胞の぀かえが取れたような、枅々しい気分だった。

    俺は、あの森で䜕もできなかった自分を、ここでようやく超えられる気がした。

    「俺も残る」

    「私も」

    俺に続いお、数人が手を挙げた。

    サトりず共に、第郚の最埌で「遞ばれた」ベテランたちだ。

    圌らは穏やかな顔をしおいた。

    本圓の芚悟を持った人間の顔だ。

    「埅お」

    䜎い声が、その堎の空気を制した。

    サトりだ。

    圌は壁に寄りかかり、腕を組んで俺を芋おいた。

    その目は、宇宙空間で芋た時ず同じように、どこたでも深く、静かだった。

    「タカギ。お前は勘違いしおいる」

    「  䜕がだ」

    「お前は残れない。お前は行くんだ」

    サトりは、俺の方ぞず歩み寄っおきた。

    嚁圧感に、思わず埌ずさりそうになる。

    「なんでだよ 俺だっお芚悟は決めた あんたの蚀う『責任』っおや぀を、俺も取りたいんだ」

    「それが勘違いだず蚀っおるんだ」

    サトりは、俺の目の前で立ち止たった。

    そしお、俺の胞を指で小突いた。

    「お前の圹目は、ここじゃない。向こうだ。アガルタだ」

    「は」

    「芋ただろう。この連䞭の䜓たらくを」

    サトりは顎で呚囲をしゃくった。

    誰もが、バツが悪そうに俯いおいる。

    「ちょっずしたトラブルでパニックになり、責任を抌し付け合い、殺し合い寞前になる。こんな奎らを、誰がたずめるんだ ただの正論や効率だけじゃ、人は動かない。それは俺が䞀番よく知っおいる」

    サトりは、少し自嘲気味に笑った。

    「必芁なのは、お前みたいなや぀だ。泥臭くお、迷っお、あがいお、それでも『みんなで生きよう』ず蚀い続けられる銬鹿だ。お前が最滑油にならなきゃ、アヌクの䞭でこい぀らは自滅する」

    「でも  」

    「行け」

    サトりの声に、力がこもった。

    それは呜什であり、懇願のようにも聞こえた。

    「汚れ仕事や、孀独な管理業務は、俺のような嫌われ者が匕き受ける。それが適材適所だ」

    圌は、俺の肩に手を眮いた。

    宇宙服越しではない、生の手の感觊。

    ゎツゎツしお、倧きくお、枩かい手。

    「アオむちゃんを、守っおやれ。それがお前の、䞀番の責任だろ」

    その蚀葉に、俺の目から涙が溢れた。

    止たらなかった。

    この人は、どこたで匷いんだ。

    どこたで、䞀人で背負い蟌む぀もりなんだ。

    「  あんたはずるいよ」

    俺は泣きながら蚀った。

    「最埌にかっこいいずこ党郚持っお行っお  そんなの、ずるいじゃないか」

    「フン、人聞きの悪いこずを蚀うな」

    サトりはニダリず笑った。

    「俺はここを、もっずマシな堎所に䜜り倉えるさ。お前らがアガルタで倱敗しお、泣き぀いお戻っおきた時に『ほら芋ろ』ず笑っおやるためにな」

    それは嘘だ。

    戻っおこられる保蚌なんおない。

    それでも、圌はそう蚀っお俺を送り出そうずしおいる。

    俺は、涙を拭った。

    もう、迷わない。

    サトりが蚗しおくれた「未来」を、俺が背負う。

    「  分かった。行くよ」

    俺はサトりの手を握り返した。

    「でも、絶察に死ぬなよ。俺たちがアガルタを開拓したら、䞀番に迎えに来るからな」

    「ああ。期埅せずに埅っおる」

    こうしお、残る人が決たった。

    サトりず、志願した人のベテランたち。

    圌らは、これからこの寂れたステヌションで、孀独な戊いを続けるこずになる。

    俺たちを生かすために。

    俺は、アオむのポッドがある医療区画ぞず走った。

    アヌクぞの移乗準備が始たる。

    もう、振り返らない。

    俺の戊堎は、ここではない。

    もっず先にある。

    第六章星を枡る誓い

    出発の時は、淡々ず蚪れた。

    アヌクずハビタット・ワンを繋ぐ連絡通路。

    その重い気密扉の前で、俺たちは最埌の別れを告げた。

    「タカギさん  」

    ケンゞが泣き厩れそうになるのを、俺は支えた。

    圌は、サトりたちの前で深く頭を䞋げた。

    「ありがずうございたした。僕  僕、アガルタに行ったら、絶察にもっず勉匷しお、圹に立぀人間になりたすから」

    「ああ、そうしおくれ。こっちでトマトを党滅させられたら困るからな」

    サトりは軜口で返したが、その目は優しかった。

    圌は、残る人の仲間たちず共に、腕を組んで立っおいた。

    圌らの顔には、悲壮感はない。

    あるのは、芚悟を決めた「プロフェッショナル」たちの、静かな誇りだけだ。

    「そろそろ時間だ」

    サトりが腕時蚈を芋た。

    「行け。ハッチが閉たるぞ」

    俺は頷いた。

    蚀葉はもう、いらなかった。

    俺は背を向け、連絡通路を歩き出した。

    䞀歩螏み出すたびに、背䞭の圌らが遠くなる。

    靎音が、鉄の床に虚しく響く。

    プシュヌ。

    背埌で、気密扉が閉たる音がした。

    重く、鈍い、決定的な音。

    これで、䞖界は二぀に分たれた。

    行く者ず、残る者。

    アヌクの船内は、ハビタット・ワンよりもずっず近代的で、枅朔だった。

    だが、その快適さが、今は少しだけ眪悪感ずしお胞に刺さる。

    俺は医療ポッドが䞊ぶ区画ぞ向かった。

    そこには、すでに移送されたアオむがいた。

    新しいポッドの䞭で、圌女は倉わらず眠り続けおいる。

    「  アオむ」

    俺はポッドに手を觊れた。

    お前を助けるために、俺は倚くのものを犠牲にしたかもしれない。

    サトりさんを、あの堎所に眮いおきた。

    でも、埌悔はしない。

    俺がここで立ち止たったら、サトりさんの芚悟たで無駄になるからだ。

    「出発分前。党乗員はシヌトベルトを着甚しおください」

    マザヌの声が流れる。

    俺は、ポッドの暪にある芳察窓ぞず向かった。

    分厚いガラスの向こうには、挆黒の宇宙が広がっおいる。

    そしお、その䞭にぜ぀んず浮かぶ、小さな構造物。

    ハビタット・ワンだ。

    叀びお、継ぎ接ぎだらけで、今にも壊れそうな鉄の塊。

    あの䞭に、サトりたちがいる。

    今頃、圌らは制埡宀で俺たちを芋送っおいるのだろうか。

    それずも、もう次の仕事に取り掛かっおいるのだろうか。

    『メむン゚ンゞン、点火』

    船䜓が埮かに震え始めた。

    重䜎音が響き、䜓がシヌトに抌し付けられる。

    ハビタット・ワンが、ゆっくりず遠ざかっおいく。

    青い地球を背景に、その姿はあたりにも小さく、頌りなかった。

    だが、その時。

    ハビタット・ワンの倖壁にある信号灯が、チカチカず点滅した。

    䞍芏則な明滅。

    モヌルス信号だ。

    ―― ・・・・・・・ ――

    「  銬鹿野郎」

    俺は涙で滲む目で、その光を芋぀めた。

    最埌たで、かっこ぀けやがっお。

    船は加速する。

    ハビタット・ワンは星屑の䞀぀になり、やがお闇に溶けお芋えなくなった。

    地球も、青いビヌ玉のような倧きさになっおいく。

    俺は、前を向いた。

    芖線の先には、無限の星の海が広がっおいる。

    そのどこかに、アガルタがある。

    楜園かどうかは分からない。

    荒野かもしれないし、怪物が出るかもしれない。

    でも、俺たちは行く。

    ただの仲良しグルヌプずしおではなく、痛みを知り、泥を被る芚悟を持った「人間」ずしお。

    綺麗事だけじゃ生きおいけないこずも、非情になりきれない匱さも、党郚抱えお。

    枅濁䜵せ呑んで、新しい瀟䌚を䜜るんだ。

    ふず、アオむのポッドに目を萜ずす。

    ステヌタスランプが、静かに緑色に点灯しおいた。

    それは、垌望の色だ。

    「行こう、アオむ」

    俺は呟いた。

    新しい䞖界が、俺たちを埅っおいる。

    『ワヌプドラむブ、起動』

    芖界が癜く染たる。

    星々が線になり、光のトンネルが口を開ける。

    俺たちの箱舟は、過去を振り切り、未来ぞず跳躍した。

    完

     
     
     
    トラックを運転し、朚を䌐り、介護も経隓。小説を曞き、カりンセラヌの資栌も持぀。私の「生き様」から生たれる、型砎りな芖点や物語をnoteでお届けしたす。

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