「自信がついたら挑戦する」それって、いつ?|その言葉が私を止めていた
「もう少し自信がついたら、やってみよう」
私は、何度この言葉を自分に言ってきただろう。
もう少し勉強してから。
もう少し準備してから。
もう少し、自分に自信が持てるようになってから。
そうやって私は、やりたいことを何度も「いつか」の向こう側へ置いてきた。
今思えば、私はずっと、
「できる自分」になってから何かを始めようとしていたのだと思う。
失敗するのが嫌だった。
笑われるのも嫌だった。
「やっぱり私には無理だった」と思うのが嫌だった。
だから、挑戦しなければいい。
やらなければ、失敗もしない。
そのほうがラクだった。
そして私は、挑戦しない理由を「足」のせいにしていた時期もあった。
もちろん、体のことでできないことはある。
諦めざるを得ないこともある。
でも、今振り返ると、
「できなかった」のではなく、
「怖くて、やらなかった」
そんなことも、きっとあった。
そう思うと、少し悔しい。
「私、やってみてもいなかったんだ」
そう気づいたから。
挑戦しなければ、失敗はしない。
でも、成功することもない。
何も変わらない。
そしていつの間にか、
「やってみたかったこと」が
「やらなかったこと」に変わっていく。
それが、私は嫌だった。
だから、少しずつ考え方を変えていった。
「自信がついたらやる」ではなく、
「やってみたら、自信がつくかもしれない」
そう思ってみることにした。
最初から完璧じゃないかもしれない。
うまくできないかもしれない。
やってみて、
「意外とできた」と思う日もあれば、
「これは難しかったな」と思う日もある。
それでもいい。
一度やってみると、
次にどうすればいいのかが少し見えてくる。
その繰り返しの中で、
「私にもできるかもしれない」
という小さな気持ちが生まれてくる。
それは、最初から持っていた自信とは違う。
実際に動いた自分を見て、
「私、思っていたよりやれるかも」
と、少しずつ自分を信じられるようになる。
私は、自信というものを、
ずっと「自分を強くするもの」だと思っていた。
でも、本当は、もっと小さな積み重ねなのかもしれない。
不安でも、ほんの少し動いてみる。
できなかったら、また考える。
失敗したら、そこからやり直す。
そんな経験が、ひとつ、またひとつと積み重なって、
いつの間にか、
「前より怖くない自分」になっている。
今でも、新しいことを始めるときは不安になる。
「私にできるかな」と思ってしまう。
それでも昔のように、
「できるようになってから始めよう」
とは思わなくなった。
できない自分のまま、始めてみる。
今の私には、それでいい。
振り返れば、人生の中で「自信がついた瞬間」なんて、はっきりとは覚えていない。
ただ、不安なままでも一歩動いた日があって。
その一歩の先に、もう一歩があって。
気づけば、以前の自分より少しだけ遠くまで来ていた。
だから今は思う。
自信は、歩き出す前に完成しているものじゃない。
歩きながら、少しずつ育っていくもの。
「ここまで来られた」
そんな小さな実感が、少しずつ自分を信じる力に変わっていく。
あの頃の私は、自信がなかったから動けなかった。
今の私は、自信がなくても動いてみる。
その違いだけで、見える景色は少し変わっていった。
一歩踏み出した先でしか、見えない景色がある。
だから
「もう少し自信がついてから」ではなく、
「とりあえず、やってみよう」
を選んでいきたい。
「こんな足だし、何もできないから」
「足に力が入らないから」
そんな言葉を、自分の理由にするのはやめようと思う。
挑戦することは、
足が悪いとか、そういうことだけで決まるものじゃない。
ときには、
「足が悪い私が挑戦しても、かっこ悪いだけ」
そう思う日もある。
それでも、やってみたいと思った気持ちまで、諦めたくない。
かっこ悪くてもいい。
私には、私の歩き方がある。
自信は、
歩いたあとに、静かについてくるものだから…。
道のりは遠い…。
それでも、一歩一歩の積み重ね…。
