
私の返し、何番目?
「今日さ」
夫は毎日よく喋る。
仕事であったこと。
友達のこと。
見たニュースのこと。
私は相槌を打つ。
「マジで?」
「ホントに?」
「それでどうなったの?」
夫は満足そうに話を続ける。
私は昔から人の話を聞くのが嫌いじゃない。
面白い話なら一緒に笑う。
腹が立つ話なら一緒に怒る。
落ち込んでいるなら励ます。
夫婦なんだから当たり前だと思っていた。
だから私も、同じようにしてもらえると思っていた。
私が話し始めたら、
「マジで?」
「ホントに?」
と言ってもらえると思っていた。
だけど現実は違う。
私が仕事の話をしても、
バレーの話をしても、
今日あった出来事を話しても、
返ってくるのは
「ふーん」
「へぇ」
「そうなんだ」
くらいだ。
別に正解なんていらない。
解決策もいらない。
ただ一緒に驚いてほしいだけなのだ。
私が見た景色を、一瞬だけ共有してほしいだけなのだ。
そんなある日、私は知った。
夫は私だけではなく、他の女性にも同じように話をしていた。
仕事の愚痴。
悩み。
報告。
今日あった出来事。
そしてきっと、その女性たちも言うのだろう。
「大変だったね」
「頑張ったね」
「それはひどいね」
と。
その時、私の頭に浮かんだのは怒りではなかった。
「え?」
だった。
そして次に思った。
私の返し、何番目?
毎日聞いて、
毎日共感して、
毎日励まして、
毎日リアクションして。
私は夫専属の芸人だったのだろうか。
私の「マジで?」は何位だったのだろう。
金メダル?
銀メダル?
参加賞?
考えてみると笑えてくる。
夫の不倫を知ったのは一度ではない。
気付けばオリンピックより高い頻度で開催されるようになっていた。
四年に一度ならまだ待てる。
こちらは忘れた頃ではなく、忘れる前にやってくる。
最初は泣いた。
次は怒った。
その次は問い詰めた。
そして今は、
「またか」
と思う。
人間、慣れたくないことにも慣れるらしい。
悲しいというより呆れる。
腹が立つというよりアホらしい。
もちろん傷つかなかったわけではない。
傷はちゃんとある。
ただ、その傷だけを抱えて座り込んでいる暇がないのだ。
仕事もある。
家事もある。
娘のこともある。
体調のこともある。
次から次へと現実がやってくる。
だから私は傷を抱えたまま生活する。
忘れたわけじゃない。
許したわけでもない。
ただ棚の上に置いてあるだけだ。
たまに思い出して、
「あれは本当に腹が立ったな」
と思う。
でもそのあと洗濯物をたたむ。
夕飯を作る。
翌日は仕事に行く。
金曜日はバレーに行く。
人生は意外と忙しい。
なぜ私はこんなに話を聞いてほしいのだろう。
考えたことがある。
認めてほしいわけじゃない。
褒めてほしいわけでもない。
ただ、
「マジで?」
「ホントに?」
その一言でいいのだ。
私が面白いと思ったことを一緒に面白がってほしい。
私がムカついたことに一緒に腹を立ててほしい。
それだけなのだ。
夫は今日も元気に喋っている。
私は今日も、
「マジで?」
と言っている。
もしかしたら私は聞き上手なのかもしれない。
もしかしたら芸人としての腕も悪くないのかもしれない。
だけど、たまには私にも言ってほしい。
私が話し始めた時くらい、
スマホから顔を上げて、
「ホントに?」
と。
私は今日も、その一言を待っている。