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Photo bytotoo110

負けろ! 映画に遅れるぞ!

    私の一手で、観客がどよめいた。

    高校時代、私は将棋部に所属していた。
    しかし将棋部とは名ばかりで、将棋は指さない事実上の帰宅部だった。顧問はいたが滅多に顔は出さず、のびのびとした環境で、PSPや確率と社会の勉強である「大富豪」をして、いたずらに青春を謳歌した。
    同級生の部員は6人。その内2人が籍だけ置いた、いわゆる幽霊部員で、残りの4人はクラスメイトだった。3年間クラス替えがない特殊なクラスだったため仲が良く、毎日部室に集まった。
    元々3人だったのだが、1人をバレーボール部から引きずり込んだ。バレーを続けるべきか悩んでいた彼に、「怠惰な放課後を送るのは高校生の特権だぞ」と私は言い、彼の背中を押した。

    将棋部は部活動であるから大会に出る必要があった。年に2回の大会を私たちはとても楽しみにしていた。将棋を指せるからではない。都会に行けるからだ。
    大会の会場は政令指定都市にある高校。対して私たちの高校はド田舎にあった。奇跡的にコンビニはあるものの、周囲は山と海に囲まれていて、映画館、カラオケ、マックといった「高校生の放課後3点セット」は皆無だった。
    しかし会場の近くにはそれらがあるのだ。私たちは「映画を観にいこう!」と興奮していた。

    大会は丸一日行われる。
    午前はグループ予選と決勝トーナメントの1回戦。午後はその続きから決勝までといったスケジュール。
    繰り返すが、私たちの目的は映画だ。だから予選か決勝トーナメントの1回戦で敗退すればいい。そうすれば午後は自由の身になれるのだ。
    ただ顧問が来てくれるため、せめて誰か1勝はしようと私たちは決めていた。最も強かったのが「飯田」という男で、彼に勝利を託した。

    私は全敗するつもりでいた。ルールは知っているが戦術は知らず、4人の中で最も弱かったからだ。
    前回大会では、数合わせで来たという背の高いイケメンのバスケ部の野郎に、10分も経たずに敗北した。終わるなり「将棋歴何ヶ月?」と彼に聞かれ、9歳からやっているから8年だったのだが、問われた単位が「月」であり、「96か月」と正直に答えるのも面倒だったため、「まだ半年くらいなんだよね」と苦笑いを浮かべた。「そっか、じゃあここからだね!」と真っ直ぐな瞳で励まされた。


    大会当日の朝、私は自転車で30分かけてバス停まで向かい仲間と合流した。そして1時間バスに揺られて中心地の駅に行き、そこからさらにバスを乗り継いで会場に到着した。
    私たちが住んでいた場所がいかに僻地か伝わっただろう。これは戦後間もない頃の話ではない。スマホが普及し始めた頃の話である。

    「午前で会場を去る」
    この目標を高々と掲げ、私たちは会場に乗り込んだ。

    大会が始まった。
    なんと私は1勝1敗でグループを通過し、決勝トーナメントへ駒を進めた。大会初勝利を収めたのだ。やはり勝つことは嬉しかった。そして飯田も決勝トーナメント進出を決めていた。
    よし、後は負けるだけだ。

    決勝トーナメントの対戦相手は、眼鏡をかけた聡明そうな男子生徒だった。
    よし、負けられる。私は安堵しながら着席した。
    だが開始早々違和感を覚えた。相手が弱い。さらに焦っている。負けようと思っている私の飄々とした雰囲気に気圧されたのか、明らかに動揺している。
    「おい落ち着いてくれ。俺は負けたいんだ」
    私はそう伝えるかのように、適当な一手を打った。すると、それに裏があるのではないかと思ったようで、彼はさらに動揺を強めた。私は頭を抱えた。

    対局は圧倒的に私が有利だった。サッカーで例えるなら、前半終了時点で4対0と大きくリードしているような状況。後半は実況と解説が雑談を始める。

    次第に私たちの周りにはギャラリーが集まってきた。
    飯田も現れ、私に向かってニヤッと笑った。彼は見事負けたようだ。しかし私の盤上を見た瞬間、彼の表情が曇り、私に目を向けた。その顔には「どうすんだよ」と書かれていた。

    「あれ」をやるか、と私は思った。
    前回大会で飯田がやってのけた、「わざとタイマーを押し忘れる」というものだ。
    将棋には持ち時間というものがあり、時間が尽きれば負けになる。一手指すごとにタイマーのボタンを押すと、相手の時計が動き出す。その操作を互いに繰り返しながら、対局は進んでいく。つまりタイマーのボタンを押さなければ、時間切れとなって負けるわけだ。
    なんともみっともない負け方だが、彼は恥ずかしげもなくそれをやり、悔しそうな演技までやり遂げた。立派だった。

    これしかない、と思った私は、一手打った後、タイマーを押さず、ふうっと息を吐いて天を仰いだ。
    すると相手が「ボタン押し忘れていますよ」と、ご親切にご教示してくださった。
    なんでそこは冷静なんだよ!
    言わなければお前は勝てたんだぞ!
    もしかしてお前も負けたいのか?

    まずい、このままでは勝ってしまうではないか。私は部員を見た。表情や仕草から苛立ちが伺えた。
    「負けろ! 映画に遅れるぞ!」
    彼らの無言が脳内に響いた。
    悩んだ末に私は決断した。

    王を、動かした。

    その瞬間、ギャラリーがどよめいた。
    それもそのはず、あり得ない一手だったからだ。取られたら負けの「王」を、敵の陣地へと動かした。またしてもサッカーで例えるが、キーパーを攻撃参加させ、ゴールをがら空きにさせるようなものだった。
    「うわミスった」と私は小声で呟き、焦るふりをした。ミスという2文字では片付けられないほど酷い手だった。ギャラリーの困惑した声や、「どういうこと?」という呟きが聞こえた。
    しかしこれをきっかけに相手は調子を上げ始めた。主導権が逆転した。いや、逆転させた。もう後は簡単だった。私は取るべき駒を取らず、逃げるべき所へ逃げず、ゴールをがら空きにさせた。

    「参りました」
    私はそう言い、負けが確定した。いや、勝った。勝ったのだ。大勝利だ。これで映画が観られるぞ! 気が付けば私たちを取り囲むギャラリーは大勢いて、世紀の逆転劇に皆が驚いていた。
    私は湧き上がる喜びを隠すため、悔しそうに表情をゆがめ、長く深い溜息をつき、俯いた。あれができる役者はどれほどいるだろうか。

    「あそこから負けることある?」
    対局後、困惑の表情を浮かべた何も知らない顧問に向かって「実力不足でした」と頭を下げた。「実力っていうか……」という顧問の言葉を、「本日はありがとうございました! お疲れ様でした!」と私たちは遮り、颯爽と街へ繰り出した。

    「よく負けた!」
    「いくらなんでも強引だった、もっと早めに負けられた」
    「いや、あれは相手が悪かった」

    そんな言葉を掛けられながら、私たちは美味しい豚骨ラーメンを食べてから、映画館に向かった。
    正直、観たい映画はなかった。映画館で映画を観る、という体験をしたかったのだ。
    選んだのは『42 世界を変えた男』という映画だった。史上初の黒人メジャーリーガー「ジャッキー・ロビンソン」の半生を描いた物語。差別や誹謗中傷に立ち向かいながら、伝説のプレイヤーへと成長を遂げる話は感動的だったが、主人公と真逆の戦いをした私は、自分自身が情けなくなった。

    将棋部の活動は平日だけだった。だから、映画に行こうと思えばいつでも行けた。でも、休日に彼らと遊んだことは3年間で一度たりともなかった。遊ぶ場所がなかったと言ってしまえばそれまでだが、誰かの家に集まるということもなかった。
    今になって思うが、私たちは背徳感を味わいたかったのだろう。
    「大会で勝つ」という「常識」に背くことに悦びを感じ、それを全うする馬鹿馬鹿しさに酔いしれていた。

    愚かだ。
    交通費を出してくれた親と、わざわざ応援に来てくれた顧問に申し訳なさが募る。
    情けない。情けないのだが、どうしてもあの日が美しく思えてしまう。


    卒業から約10年が経った昨年の夏、久しぶりに4人で集まった。
    皆、日々懸命に働いている立派な社会人になっていた。映画館はいつでも行けるし、豚骨ラーメンは胃がもたれるようになった。
    実を言うと、会う前私は少し緊張していた。何を話せばいいのだろう、と不安になっていた。あの頃何を話していたのか、全く思い出せなかったのだ。しかしそれは杞憂に終わった。
    集まった瞬間、その空間は部室になった。昨日も会ったかのように会話が始まった。くだらない話でひたすら盛り上がった。
    私たちは「社会」から外れ、「常識」を捨てた。

    私たちは高校生になった。
    馬鹿で幼い、眩しい高校生になった。


     
     
    読書記録と日常を綴ってます。 本を読むか、映画を観るか、ラジオを聴くか、書店に行くか。 小川洋子さん、津村記久子さん、平野啓一郎さん、伊坂幸太郎さんが好き。 哲学対話と読書会に参加したい。 好きだから書いてます。お腹が弱いです。

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