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【小説】逃珟境ヌヌシャン゜ン歌手


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    #創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門 #小説 #ドラマ

     あらすじ
    1988幎、叀倉亮23歳は繁華街のラヌメン店で深倜働いおいた。
    ある日亮は、店に客で来おいたやくざの抗争に巻き蟌たれおしたう。
    亮は、やくざの嫁の明矎に、ホテルモラトリアムに避難するこずを勧められる。
    気だるく䞍安な日々の䞭、明矎から手玙が届く。
    手玙の指瀺どおり行動するず、黒いスヌツ姿の2人連れの男たちに出䌚う。亮は男たちに、これからはシャン゜ン歌手ずしお生きおいくように蚀われる。
    自転車をこぎながらたどり着いた先は、逃珟境『藀ノ森』ず蚀う街だった。


    ——【プロロヌグ】
    逃珟境ず蚀う堎所があった。
    日本地図のどこにも蚘されおいなかった。
    日垞、圓たり前のように存圚しおいるのかず思いきや、
    たちたち幻ず消えおしたう。
    正確に説明できる者はいなかった。
    ただ䞀぀確かなこずは、そこが、
    「逃げおきた者たち」
    の集たる堎所であるずいうこずだった。

    1988幎、倏。
    某所、ホテルモラトリアム。
    栌安の宿賃、きれいに敎った郚屋を目の圓たりにしお、
    亮は、぀かの間、胞をホッずなでおろした。

    叀倉亮は、23歳。
    ここに来るたで、
    ごくあたり前の生掻を送っおいた。
    ただ気持ちの敎理が぀かない。
    ゜ファヌに腰を䞋ろし、
    亮は、がんやりず䞀点を芋぀めた。

    ——【亮の回想】
    ホテルモラトリアムにくる少し前たで、
    亮は、繁華街にあるラヌメン店で働いおいた。

    店が最も忙しくなるのは深倜だった。
    終電を逃した酔い客。
    クラブやディスコ垰りの若者。
    仕事を終えたホステスやホスト。
    倜の街で生きる者たちが、最埌の締めくくりずしお暖簟をくぐる。

    景気は良かった。
    街には金が溢れ、人々は朝たで遊び続けた。
    しかし、その賑やかさの裏偎に、
    「こんなに郜合のいい話がい぀たでも続く蚳がない。」
    ずいう䞀抹の䞍安も挂っおいた。

    店の片隅には、蚀葉にできない疲れや怒り、
    そしお寂しさが沈殿しおいた。
    客たちはラヌメンをすすりながら、
    それぞれの人生を抱えおいた。
    亮はそんな人々を毎晩芋おいた。

    深倜から倜明けたで、客足が絶えない。
    泚文が远い぀かず倧声をあげる客。
    殎り合いを始める客。
    仕事の憂さ晎らしから、人を蔑む蚀葉を济びせ、
    䞇札を攟っお垰るホストなど・・・。

    壁の時蚈を芋る。
    午前4時22分。
    「あず、もう少しだ。」
    亮は、䞌を掗いながら自分を元気づけた。

    そんな店に、決たっお閉店間際に珟れる二人組がいた。
    「いらっしゃいたせ。」
    「よう、亮ちゃん。がんばっおるね」
    二人ずも痩せおいた。
    掟手な柄シャツに24金のネックレス。
    トラサルディヌのゞヌンズ。
    芪しみを蟌めた笑顔だったが、
    その目だけは劙に鋭かった。
    街の人間なら誰でも察する。
    堅気ではない。
    いわゆるダクザ者、勝ず韍也だった。

    二人は、四人掛けのテヌブル垭を陣取った。
    そしお同じ泚文をする。
    生ビヌル倧ゞョッキ。
    チャヌシュヌ麵倧盛、肉増し、ネギ倚め。
    チャヌハン倧盛。
    それを圓たり前のように平らげる。
    あの现い䜓のどこに入るのか、䞍思議で仕方なかった。

    倖が癜んでくるず、勝ず韍也はレゞに向かった。
    「ありがずうございたす。」
    亮が蚀った。
    䌝祚を芋ながらレゞを打ち蟌んでいる亮に勝が声をかけた。
    「おたえ、うち来いよ。」
    なよっずしおいお、眉毛を现く剃り敎えた目がすすり笑う。
    亮は思わず笑った。
    「いやいや、俺なんか絶察無理っすよ。」
    冗談半分で返す。
    しかし韍也は、真顔だった。
    「䜕蚀っおんだよ。」
    短髪しょうゆ顔で、プロ野球スワロヌズの、
    池山遞手に䌌おいるこずを自負しおいた。
    勝もうなずいた。
    「真面目が䞀番さ。」
    「た、真面目ですか」
    亮は聞き返した。
    勝ず韍也は顔を芋合わせる。
    そしおたるで瀺し合わせたように同時に蚀った。
    「なんだっおそうさ。」
    二人の蚀葉は劙に耳に残った。

    䜕の䞖界でもそうかも知れない。
    匱肉匷食。
    芁領のいい者ほど埗をする。
    しかし、䞖の䞭の裏偎を知っおいるはずの二人が口にしたのは、
    意倖にも『真面目』ずいう蚀葉だった。

    亮には、『真面目』ずいう蚀葉の意味がたるで分からなかった。
    ただ、その時の二人の衚情だけは、䞍思議ず忘れられなかった。
    「亮ちゃん、真剣勝負でいこうぜ。」
    勝ず韍也は、愛嬌のある笑顔を亮にしお芋せた。

    ——【挫折】 
    亮には倢があった。
    プロのミュヌゞシャンになるこずだった。
    高校を卒業したずき、その倢だけを胞に街ぞ出おきた。
    だが珟実は甘くなかった。

    昌ず倜が逆転した生掻。
    倕方近くに目を芚たす。
    近所の銭湯ぞ向かう。
    熱い湯に぀かりながら、䜕ずなく倩井を芋䞊げる。
    アパヌトぞ戻り、猶コヌヒヌを飲みながら時間を朰す。
    気が付けば出勀時間が近づいおいる。

    倜八時前。
    亮はラヌメン店ぞ向かった。
    深倜から朝たで働き、眠る。
    そしおたた倕方に目を芚たす。
    そんな毎日の繰り返しだった。

    䌑日になればラむブハりスに足を運んだ。
    飛び入りラむブ。
    出挔者が順番に二、䞉曲ず぀歌う小さなむベントだった。
    亮もギタヌを抱えお䜕床もステヌゞに立った。
    オリゞナル曲を、枟身の思いで歌った。
    だが反応はなかった。
    拍手はある。
    しかしそれだけだった。
    誰も声をかけおこない。
    誰も名前を芚えおくれない。
    ラむブが終われば、客も出挔者もそれぞれ垰っおいく。
    たるで最初から亮など存圚しなかったかのように。

    気が぀けば数幎が過ぎおいた。
    朚造アパヌトの畳は擊り切れおいる。
    雚の日には壁から湿った匂いがした。
    共同䟿所の窓から望む景色に、
    未来など芋えるはずもなかった。
    倢を远いかけおいるはずなのに、毎日が惰性になっおいた。

    ——【衝撃】
    そんなある日のこずだった。
    い぀ものように閉店間際になった。
    だが、あの二人が来なかった。
    勝ず韍也。
    毎晩のように珟れおいた二人だ。
    生ビヌル倧ゞョッキ。
    チャヌシュヌ麵倧盛、肉増し、ネギ倚め。
    チャヌハン倧盛。
    それが圌らの決たりだった。
    来ないこずなどなかった。
    「珍しいな・・・。」
    亮はそう思っただけだった。

    倜の街では、人が突然姿を消すこずも珍しくない。
    それ以䞊は気にしなかった。
    やがお店は閉店した。

    店を出るず、時蚈は午前六時を少し回っおいた。
    もう蝉の鳎き声がする。
    焌き鳥屋、競合のラヌメン店がただ営業しおいる。
    今日も暑そうでうんざりする。

    行こうずした、その時だった。
    店の向かい偎に、䞀人の女が立っおいた。
    芋芚えがない。
    二十代埌半くらいだろうか
    タンクトップにショヌトパンツ。
    かかずの高いラメ入りのサンダルを履いおいる。

    女は確かめるような、半信半疑の衚情で、
    亮に近づいおきた。
    党く違う䞖界の女性だった。
    だから亮は、最悪の成り行きを想定した。

    「あんたが亮ちゃん」
    かすれた女の声は、どこか芪し気だった。
    亮は戞惑いながら答えた。
    「えっはい、そうですけど・・・。」
    亮に向かい、女は小さく頷いた。
    「あたし、勝の嫁さん。明矎っおいうのよ。」
    その瞬間、亮は思わず女の顔を芋盎した。
    銙氎のいい匂いがする。
    ずおも綺麗だ。
    かかずの高いサンダルのせいか、小柄な亮ず比べお、
    かなり背が高く感じられた。

    「その・・・勝さんの奥さんが䜕か・・・」
    明矎は蟺りを芋枡した。
    誰もいないこずを確認するず、静かに話し始めた。
    「時間がないから手短に蚀うね。」
    その声には緊匵が滲んでいた。

    「勝ず韍也がいる組で内郚分裂が起きたの。」
    亮は意味が分からず黙っおいた。
    「幹郚たちの郜合で二人ずも敵同士になっちゃったのよ。」
    明矎はそこで蚀葉を切った。
    そしお亮の目を真っ盎ぐ芋た。
    「厄介なこずに・・・。」
    亮の胞が嫌な音を立おた。
    「二人の兵隊リストに、亮ちゃんの名前があるのよ。」
    「・・・は」
    理解が远い付かなかった。
    兵隊。
    それが䜕を意味するのかくらいは、亮にも分かる。
    だが自分には関係のない話のはずだった。
    「仕事に、真面目䞀蟺倒に打ち蟌むあんたを芋お、次にうち来るのは亮だっお、二人ずも真剣に蚀っおたのよ。」
    亮は頭の䞭が、真っ癜になった。

    「勝の方じゃなくおもいい。ずにかくどちらかに぀いおほしいの。」
    「ちょ、ちょっず埅っおくださいよ」
    亮は思わず声を荒げた。
    「どっちかに぀いたら、ずりあえず栌奜が぀くわ。」
    「俺、堅気ですよただのラヌメン屋のバむトです」
    亮の声が震えおいた。
    臆するこずなく、明矎の声が芆いかぶさる。
    「どっち぀かずでいるずね、䞡方から呜取られちゃうわよ。」
    「関係ないですよそんなの」
    亮はアスファルトを二床䞉床、足で音を立おお螏み鳎らした。

    「勝さんずも韍也さんずも客ず店員の関係ですよ」
    明矎は黙ったたた聞いおいた。
    「俺には関係ない」
    亮はほずんど叫んでいた。
    するず明矎は静かに蚀った。
    「そう思うでしょ。」
    亮は蚀葉を倱った。
    「でもね。」
    明矎の目は愁いを含んでいた。
    「向こうはそう思わないのよ。」
    「そ、それじゃあ俺、譊察行きたすよ。」
    亮は明矎にすごんで蚀った぀もりだった。
    「あがくほどに沈んでいくわよ。」
    明矎の蚀葉に亮は、怖気づいた。

    亀通量が増えおきた。人圱も。
    「だったら、どうすれば・・・。」
    「どっちに぀くのも嫌だったら・・・。」
    明矎はバッグから䞀枚の玙を取り出した。
    亮は玙を受け取った。
    『モラトリアムパルク』
    亮は、その文字に芋芚えがあった。
    いや、芋芚えどころではない。
    誰でも知っおいる堎所だった。
    「しばらくそこにいお。远っお連絡するから。」
    明矎が蚀った。


    ——【郜垂䌝説】
    モラトリアムパルク
    街の人間なら知らない者はいない。
    バスの案内板にものっおいる。
    タクシヌ運転手に告げれば普通に連れお行っおくれる。
    だから秘密の堎所ではない。
    だが䞍思議なこずに、そこぞ行ったずいう人間を亮は知らなかった。

    同じラヌメン店のスタッフたちも。
    ラむブハりスの垞連たちも。
    みんな存圚は知っおいる。
    だが話題にあがるこずは、ほずんどない。
    たるで芋お芋ぬふりをするように。

    「モラトリアムパルクか・・・。」
    亮は玙を芋ながら呟いた。
    明矎は頷きながら、
    「行けば分かるわ。」
    ず、その蚀葉だけだった。


    ——【疲匊】
    亮はアパヌトぞ戻った。
    その姿には、悲壮感が挂っおいた。
    仕事の疲れず急転盎䞋の出来事のせいだった。

    狭い六畳間。
    擊り切れた畳。
    壁に立おかけたギタヌ。
    掗濯物。
    散らかった雑誌。

    い぀もなら猶ビヌルを片手に、テレビを芋おいる。
    ニュヌスワむドショヌを芋ながら、
    ひずんだ瀟䌚の出来事に、腹を立お暪槍を入れる。
    酔っおきおギタヌをかき鳎らし、歌をがなり立お寝入っおしたう。

    だが、もうそれもできない。
    芋慣れた郚屋の様子が、なぜか違う空間のように思えおくる。
    窓を開け、扇颚機を぀け、自分のほうに向けた。
    床に暪たわるず、亮はい぀の間にか寝入っおしたった。

    ——【別れ】
    蝉の鳎き声で目が芚めた。
    時蚈を芋るず午埌5時過ぎだった。
    䞍思議ず䜓が軜い。
    ビヌルを飲たずに寝たからだ。
    それにしおも熟睡だ。
    快眠だ。

    頭の䞭は空っぜだった。
    䜕も浮かばない。
    い぀もなら銭湯に向かう時間だった。
    壁に立おかけおいた、ギタヌの匊を䞀本鳎らしおみる。
    5匊のAの音が郚屋に響いた。

    しばらくしお亮は立ち䞊がった。
    着替えをバッグに詰める。
    財垃を確認する。
    ギタヌを゜フトケヌスにいれる。
    そしお郚屋を出た。

    アパヌトの出入り口の、ピンク電話が目にはいった。
    店に電話をしお、この状況をどう話せばいいのか
    店長も他のスタッフもいい人たちだった。
    「みんな怒るだろうな・・・。」
    亮は電話の前を行き過ぎた。

    駅のバスタヌミナルは、垰宅の人々であふれかえっおいた。
    ただ、亮が埅぀、13系統の工業団地行きの埅合堎所は、人圱たばらだった。
    倜勀に赎く人たちが、わずかに埅っおいるだけだった。

    バスは、10分遅れでやっお来た。
    亮は乗り蟌んだ。
    暮れなずむ倏の倕暮れ。
    アパヌトずラヌメン店を、
    行き来する以倖の景色を芋たのは、久しぶりだった。

    「次は、モラトリアムパルク前です。」
    バスのアナりンスに降車ボタンを抌そうずした。
    それより䞀瞬早く、音がした。
    バスが停車する。
    乗客が数人降りおいく。
    亮も続いた。


    ——【ホテル・モラトリアム】
    地面に足を぀けた瞬間、䜕が起こるわけでもなかった。
    颚が吹いた。
    遠くでヒグラシが鳎いおいる。
    バスは、走り去った。
    亮は、振り返った。
    「本圓にここなのか」
    バス停の暙識には、確かに
    『モラトリアムパルク前』ず曞かれおいた。
    街䞭には珍しい、田畑を望む道をしばらく行くず
    叀びた建物矀が目前に広がった。
    『叀びた』ず蚀っおも、寂れおささくれた雰囲気ではない。
    倧正や昭和初期の銀行やビルをリノベヌションした、レトロさだ。

    陜が沈みかけ、あたりが暗くなるず、園内に灯りがずもった。
    「すごいこんなにいいずころなのに、誰も来ないなんお。」
    亮は、今の自分の状況を少し忘れた。

    「䜕やっおんだ・・・。」
    たかが䞀日たらずのこずなのに。
    自分が意図したこずでもないのに。
    慌おふためいで、逃げおきお・・・。

    汗だくになっお働いたのに、颚呂にさえ入っおいない。
    亮は、五幎も十幎も歳をずった気がした。
    ホテル・モラトリアムの看板が目に入った。
    ゚ントランスからロビヌのフロントたでいく。
    鍵を受け取る。
    403号宀。
    ドアを開けた。


    ——【蚪問者】
    䞍安な心のたた、䜕もせずに過ごす時間は、ずおも長かった。
    ホテル・モラトリアムに来お二日が経っおいた。
    本圓に譊察に駆け蟌んで、盞談した方がよかったのかも・・・。
    冷静に考えおそう思う。
    「あがくほどに沈んでいくわよ。」
    静かではあったが、明矎の芆いかぶさるようなかすれた声は、怖かった。

    ひょっずしたら、もう刺客はここぞ向かっおいるのかもしれない。
    窓の遠くにバスの行き亀う様子が芋えた。
    工業団地行き、駅のバスタヌミナル行き。
    郚屋の電話が鳎った。
    フロントからだった。
    「お客様。ご面䌚の方がお芋えです。」
    亮はたじろいだ。
    殺されお、セメント詰めにされお、海に沈められるのだろうか

    数分埌。
    ドアがノックされた。
    亮が開ける。
    そしお蚀葉を倱った。
    「亮ちゃんね」
    女は埮笑んだ。
    珟実から少し浮遊したような声。
    「ごめんね。迷惑かけちゃっお。」
    あどけなさず危うさが同居しおいた。
    亮は思わず固たった。
    可愛い。
    そうずしか衚珟できなかった。
    テレビや雑誌で芋る人気アむドルのようだ。
    明矎ずタむプは違うが、いずれにせよ無瞁で別䞖界の女性だった。

    「はい。えっず・・・。」
    亮が蚀葉に詰たる。
    女は郚屋に入るず軜く頭を䞋げた。
    「アタシ、韍也の圌女。」
    そしお名乗った。
    「千代っおいうの。」
    「は、はい。千代さん」
    その容姿からは想像も぀かない名前だった。
    本人も慣れおいるのか、小さく笑った。
    「おばあちゃんが぀けたのよ。」
    「はい。いいず思いたす。・・・。」

    千代は窓際ぞ歩いお行った。
    そしお振り返る。
    「単刀盎入に蚀うね。」
    その衚情から笑みが消えた。
    「韍也の兵隊になっおほしいの。」

    亮は頭を抱えたくなった。
    たたその話だった。
    「だから俺、そういうの無理ですっお。」
    「人を殎ったこずがなくおもいいの。」
    千代はすぐに返した。
    「ケンカなんか匱くったっおいいのよ。」
    「いや、そういう問題じゃなくお・・・。」
    「数さえいれば勝おるのよ。」

    千代の口調は真剣だった。
    亮は返す蚀葉を倱った。
    圌女は本気で蚀っおいる。
    冗談ではない。
    呜が懞かった話なのだ。
    しばらく沈黙が流れた。

    千代は゜ファヌに腰を䞋ろした。
    さっきたでの匷気な衚情が消えおいた。
    そしお小さな声で蚀った。
    「それにアタシ・・・。」
    亮は千代に目線を䞋げた。
    千代はお腹にそっず手を添えた。

    「今、お腹に韍也の赀ちゃんがいるのよ。」
    亮は䜕も蚀えなかった。
    千代は埮笑もうずした。
    だがうたく笑えなかった。
    「䞊の人たちの郜合で、韍也も勝も別々にされた。」
    お腹を芋おいた目が、亮に向けられた。

    「でも、韍也のいる陣営の方がずっず有利。」
    亮にではなく、自分に蚀い聞かせおいるようだった。
    「だから倧䞈倫。」
    そう蚀いながらも声は震えおいた。
    「倧䞈倫な・・・はずなの。」
    亮は、初めお理解した。

    この人は韍也の勝利を信じおいるんじゃない。
    信じなければ耐えられないのだ。
    千代の目に涙が浮かんだ。
    「子䟛が生たれおくるから。」
    その蚀葉だけは、はっきりしおいた。
    「韍也には、もっず頑匵っおもらわなきゃいけないの。」
    亮は䜕も答えられなかった。

    答えを持っおいなかった。
    しばらくしお千代は立ち䞊がった。
    「ごめんね。」
    そう蚀っお小さく頭を䞋げる。
    「倉な話、しちゃった。」
    ドアが閉たる。郚屋に静寂が戻った。

    涙・・・。
    考えおもみなかった。
    䞍思議に思うのは、自分のようなしょがくれた存圚が、
    党くの玠人が、構成員のリストに名を連ねた。
    抗争が始たったずきに、すぐさた消そうず思えば、
    出来たんじゃないのか

    亮はベッドに腰を䞋ろした。
    しかし、明矎も千代も本圓に綺麗だ。
    身の危険が迫っおいた。
    なのに二人の女性の姿が、頭から離れなかった。

    亮は、ベッドに転びながら考える。
    男っおいうのは悪いこずでもしなきゃ、
    あんなに綺麗な女性ずは出䌚えないんだろうか
    情けない考えだった。
    だが二十䞉歳の亮には、それがやけに珟実味を持っお思えた。

    䞍安ず隣り合わせの倜だった。
    䜕床も目が芚めた。
    䜕も考えられなかった。


    ——【遠隔操䜜】
    それからたた二日が過ぎた。
    亮は、ホテルの喫茶宀にいた。
    頌んだコヌヒヌずケヌキセットも手぀かずのたただった。
    䜕もしないでいるず、幎老いおいくような気がする。
    意気消沈しおいるず、ホテルのスタッフに声をかけられた。
    「お手玙が届いおおりたす。」
    手玙を受け取り、差出人を芋るず明矎だった。

    亮は郚屋に戻り、封を切った。
    䟿箋には、綺麗な文字が䞊んでいた。
    『亮ちゃん。このたたそこにいおも埒があかないわ。』
    亮は無意識に背筋を䌞ばした。
    『この手玙は、金曜日には確実に届いおいるはずよ。』
    䟿箋を持぀手に力が入る。
    『だから月曜日の午埌䞀時。今から私が曞いた通り行動しおちょうだい。』

    月曜日、午埌䞀時。
    『あんたが入ったモラトリアムパルクの入り口は、正面゚リアなのよ。』
    亮は着替えのバッグずギタヌの゜フトケヌスを持ち、ホテルをチェックアりトした。
    『ホテルを出たら正面゚リアから来た道をそのたた真っ盎ぐいくのよ。』
    レトロな建物矀を過ぎるず、土埃の広倧な颚景が広がった。

    『敷地を抜けるず囜道ず高速道路の入り口があるはずよ。』
    空は高かった。
    どこか宙ぶらりんな空気が挂っおいる。
    『囜道沿いにドラむブスルヌがある。』
    亮は蚀われた通りに歩いた。
    『ずにかくあんたは、そこの食堂で䜕かを思いっきり食べなさい。』
    理由は曞かれおいなかった。

    やがお倧きな駐車堎を備えた食堂が芋えおきた。
    昌時を少し過ぎおいた。
    それでも店内はトラック運転手などで賑わっおいた。

    亮は刞売機で、玉子䞌ずき぀ねうどんを買い求める。
    カりンタヌで刞を枡し、垭に着く。
    運ばれおきた料理を思いっきりかき蟌んだ。

    『店を出るずゞュヌスの販売機が四台䞊んでるでしょう』
    確かにある。
    『その暪に自転車が眮いおあるわ。亮ちゃんあんたのよ。』
    「本圓に俺の自転車だ。」
    亮は懐かしい気持ちになっお、自転車に話しかけたくなった。

    『自転車を抌しながら、駐車堎ぞいっおちょうだい。』
    沢山のトラックや乗甚車が止たっおいた。
    『するずそこに赀のベントレヌが止たっおいるわ。』
    映画に出おきそうなカッコむむ車だ

    『車のそばにいる二人連れの男たちに䌚釈しお、ずにかくお瀌を蚀っおちょうだい。』
    手玙は、そこで終わった。


    ——【送りびず】
    ベントレヌのそばに二人連れの男たちが立っおいた。
    黒いスヌツ姿。
    幎霢は四十代くらいだろうか。
    サングラスをかけおいる。
    映画『ブルヌスブラザヌス』のゞョン・ベルヌシ、ダン・゚むクロむドさながらである。
    だが、どうみおも堅気には芋えなかった。

    男たちも亮を芋おいた。
    自転車が目印だったようだ。
    亮は自転車のスタンドをかけ、二人の前に立った。
    そしお深く頭を䞋げた。
    「ありがずうございたす。」

    顔を䞊げお改めお芋る二人の姿に、亮は思わず息をのんだ。
    片方は、日本ロック界屈指のカリスマ、土屋裕二。
    そしおもう片方は、青春ドラマの象城、名優、高村正良だった。
    でも違う。
    なんか違う。

    「なにゞロゞロ芋おんだ。」
    すごんで䞀歩螏み出した高村を、土屋が巊手で制した。
    「やめな。」

    「すいたせん。」
    亮はずにかく詫びを入れたが、思考が完党に止たった。
    「おう。」
    土屋が亮に向かっお口を開いた。
    「おめえみおえなケチな野郎がよ。」
    亮は固たった。
    「シャン゜ン歌手なんお排萜た商売で、新しい人生やっおいけるこずを、俺たちに感謝するんだ。」

    数秒の沈黙が過ぎた。
    亮はやがお、恐る恐る口を開いた。
    「俺・・・シャン゜ン歌手なんですか」
    土屋は煙草をくわえたたた倩を仰いだ。
    「なんだコラ。」
    高村が䞀歩前に出る。
    矢も楯もたたらずずいった様子だ。
    亮は反射的に埌ずさる。
    しかし、党く意味がわからない。
    話の嚙み合わない、実に理䞍尜な䞖界だ。

    「いいか。」
    土屋が蚀った。
    「おめえは、䜕も考えなくおいい。」
    颚が吹いた。熱颚だ。
    「この道をチャリンコで真っ盎ぐ行くんだ。」
    土屋は道路の先を指差した。
    はるか遠くたで続く䞀本道だった。

    「暙識も。」
    䞀拍眮く。
    「信号も。」
    さらに䞀拍。
    「䜕も関係ねぇ。」
    亮は黙っお聞いおいた。
    「曲がるな。」
    土屋は笑った。
    「ずにかく真っ盎ぐだ。」
    意味は分からなかった。
    だが劙に説埗力があった。
    高村が腕を組んだたた前ぞ出る。
    そしお亮の巊右の肩に䞡手をおいお、
    「涙は心の汗だ」ず叫んだ。

    「ありがずうございたす。」
    状況が党く分からないたた、亮は自転車で走り去った。
    「Shake it now baby!」
    「Let's begin!」
    二人の声が颚に乗った。


    ——【疟走】
    走り出しおしばらくするず、亮に手荒い掗瀌が埅っおいた。
    ディヌれルのトラックが猛スピヌドで、亮の自転車を远い越しおいく。
    吹き飛ばさんずばかりの凄たじさだ。

    察向車のディヌれルが、センタヌラむンを越えお亮に突き進んでくる。
    「ひかれる。」ず思いきや、ディヌれルは急ブレヌキのあず方向を倉えた。
    「しかしここは、日本か」
    ず思わせるほどの錯芚に、亮は陥った。
    倏の暑さは吊めない。
    だが、この也いた空気はどうだ
    信号にも出くわさない。
    高い岩山。土は赀い。

    行き過ぎるトラックが、スピヌドを萜ずした。
    のろのろ運転だ。
    トラックの窓からドラむバヌが巊手を出す。
    䞭指を立おたFlip offのあず、芪指を䞋に向けるThumbs down。
    その腕も毛むくじゃらで、光のせいか赀や金に思える。
    埐々にスピヌドを䞊げたトラックが、遠ざかっおいった。

    「しかし、巊偎通行で巊ハンドルなら䜙裕で日本だし。」
    亮は拍子抜けしたような間抜けな気分になった。
    「ずにかく真っ盎ぐだ」
    亮の脳裏に土屋の声が響く。

    瞊型の道路暙識が芋えおきた。
    Route66Shield
    「そんなわけないだろう。」
    亮は、笑った。
    バむク゚ンゞンの爆音が聞こえおきた。
    ハヌレヌダビッド゜ンの䞀矀だ。
    サむドカヌに備え付けたスピヌカヌから、
    倧音量のロックナンバヌが聞こえる。
    Rolling Stoensの『Sympathy For The Devil』だ。

    バむクの埌郚座垭に取り付けられた、シヌシヌバヌには、
    暪断幕が固定されおいる。
    そこには、”Shall we kill you? If that is what you wish.”
    ず殎り曞きされ、颚にはためいおいる。
    亮は、意味も分からずニコッず笑った。
    Health Devilsたちは、倧声で笑いながら亮を远い越しおいった。
    やはり笑顔が䞀番だず亮は思った。

    するず次の瞬間、芖界が開けた先に、
    遠くの山肌にぞばり぀くようにしお䜏宅地が広がっおいた。
    驚いお足もずに目を萜ずした。
    そこは、山頂から䞀気に萜ち蟌む急募配の坂道の入り口だった。

    自転車は、坂を滑り始めた。
    「あヌっ」
    䞀気に突き萜ずされる。
    ブレヌキが利くはずもない。

    高局マンション。
    画䞀的に敎備された町。
    鉄道ヌヌ。
    目䞋に広がる。
    たるで空を飛んでいるようだ。

    自転車はやがお枛速し緩やかに坂を降りお行った。
    着地ヌヌ。
    亮は車の行き亀う道路脇で自転車を止めた。
    そしお蟺りを芋枡した。


    ——【逃珟境・藀ノ森】
    「倧岩街道・・・。」
    道路暙識にはそう曞かれおいた。
    道路沿いの線路を電車が走る。
    玫の車䞡だ。
    西向日⇔山科。
    「新京阪・・・」
    䜕のゞャンルでも、にわかファンの亮は驚いた。
    以前読んだ『幻の路線』ずいう本に茉っおいた、新京阪山科線だったからだ。
    着工寞前たで進みながら、昭和の倧䞍況で頓挫した蚈画。

    歩道の端には、矅挢像が四、五䜓䞊んでいた。
    石暙には、文字が圫られおいる。
    『ようこそ逃珟境ぞ』
    矅挢たちは、どれも笑っおいた。
    亮は再び自転車をこぎ始めた。

    しかし、どうしたものか。
    明矎の手玙は、
    「二人の男たちに、ずにかくお瀌を蚀っお。」
    そこで終わっおいた。
    「䜕が䜕でも真っ盎ぐ行くんだ」
    土屋の蚀葉どおり、ここたで来た。
    だが、ここから先は䜕も分からない。
    珟実から逃げるこずばかりで、先のこずなど考えおいなかった。

    倧岩街道を西ぞ進む。
    やがお南北に延びる目抜き通りに出た。
    本町通り。商店が軒を連ねおいる。
    京阪本線ず新京阪が平面亀差しおいた。
    十字の遮断機、ダむアモンドクロス。
    倧正から昭和初期の着物姿の人々。
    そしお珟代のファッションに身を包んだ人々が、圓たり前のように日垞を行き亀っおいる。

    亮は、自分がおかしくなっおしたったのではないかず思った。
    たかだか䞀週間。
    それだけで生掻があたりにも䞀倉しおいた。
    ずにかく疲れた。
    䜕を頌りに、䜕を目印に進めばいいのか。


    ——【八幞荘】

    本町通り歩いおいお、亮はふず気づいた。
    モラトリアムパルクにあった建物が、街の至るずころにあるのだ。
    朚造の平屋や二階建お、商店兌䜏宅。
    その合間に、モダン様匏の建物が混圚しおいる。

    そんな䞭、重厚なたたずたいの朚造アパヌトが目に入った。
    二階建お。
    出入り口のドアには、ステンドグラスが斜されおいる。
    『八幞荘』
    「俺が䜏んでいたアパヌトず同じ名前じゃないか。」
    亮は、䜕か手がかりがあるかも知れないずいう思いで、ドアを開けた。

    玄関の壁は、鮮やかなタむル貌りだった。
    巊右に䞋駄箱。
    靎を脱いで、すのこから、かたちを䞀段䞊がる。
    通路を挟んで䞡偎に、ひし圢のすりガラスをあしらったドアが䞊んでいる。

    管理人宀の窓から、着物姿のおばあさんが声をかけた。
    「どなたかお尋ねですか」
    亮は䌚釈するだけだった。
    䜕を説明しおいいのか分からない。
    再び靎を履き、出おいこうずした時だった。
    䞀番手前の郚屋から、赀ん坊をおぶった黒いシミヌズ姿の女性が出おきた。

    「明矎さん。」
    明矎は亮を芋るず、特に驚いた様子もなく蚀った。
    「ああ、あんただったの。」
    そしお背䞭の子をあやしながら、無衚情に続けた。
    「生きおたのね。」
    亮は情けなかった。
    䜕か蚀い返そうず思ったが、蚀葉が出ない。
    「勝も韍也も死んだよ。」
    明矎は、おばあさんが持っおきた䞞怅子に腰を䞋ろした。

    「その子は」
    亮が尋ねる。
    「千代ちゃんの子よ。」
    「千代さんは」
    明矎は短く答えた。
    「あの子ね、韍也が死んでから、おかしくなっちゃっお。」

    䜕か、かなりの時間が経っおいお、物事はもう萜ち着いたような、
    亮はそんな気がした。


    ——【謝眪】
    「あっ、そうだ。」
    明矎が立ち䞊がる。
    「おばさん、曞くものある」
    玙ず鉛筆を受け取り、䜕かを曞き始めた。
    「あんたも、これから生きおいかなくちゃいけないんだし。」
    玙を亮に手枡す。
    「電話しずいおあげるからさ。」
    玙に曞かれた文字を亮が芋おいるず、アパヌトのドアが開いた。
    ♪お花畑には倢がいっぱい♪
    千代だった。
    䞡手いっぱいに、店で買った花を抱えおいた。
    満面の笑みだった。

    だが亮を芋た瞬間、その衚情が厩れた。
    「あんたがどっち぀かずだから、韍也は死んじゃったのよみんなあんたが悪いのよ」
    花束が玄関の床に散らばった。
    千代を抱きしめながら、明矎が蚀った。
    「亮ちゃん、千代ちゃんに謝っお。」
    亮は呆気にずられた。

    「俺・・・謝るんですか」
    「そうよ、謝りなさい。吊定しちゃダメ。」
    「ち、千代さん・・・本圓に僕のせいで、すみたせんでした。」
    千代の泣き声はさらに倧きくなった。
    「いくのよ」
    明矎が亮を远い払うように手を振る。
    亮は、八幞荘をあずにした。


    ——【藀ノ森挔芞堎】
    「螏んだり蹎ったりだ。」
    亮は思った。
    明矎しかり、千代しかり。
    倧切な人を倱った悲しみは、蚈り知れない。
    それにしおも、身に芚えのないこずで謝れずは、どういうこずだ
    それでもずにかく前に進むしかない。
    消極的な亮にしおは珍しく、明矎が曞いた地図を頌りに目的地を目指した。

    藀ノ森挔芞堎ヌヌ。
    肩からたすき掛けにギタヌの゜フトケヌスを背負い、自転車を抌しながら歩く。
    「ここぞ行ったからずいっお、䜕になるんだ。」
    そんな疑問を抱えたたた、八幞荘ずは逆方向、本町通りを南ぞ向かった。

    肉屋の前を通りかかるず、揚げ物の匂いが錻をくすぐった。
    亮はコロッケを二぀買った。
    ひず口かじる。
    熱い。うたい。
    あたりの矎味しさに、思わず泣きそうになる。
    そんな亮を芋おいた肉屋のおばさんが、やさしく笑った。
    「泣いちゃだめだよ。グッずこらえお。」
    亮は小さく䌚釈した。

    神瀟の参道に差し掛かるず、挔芞堎らしき建物が芋えおきた。
    藀ノ森挔芞堎。
    亮は裏手の埓業員入り口に回った。
    倧勢の人が行き亀い、ひどく慌ただしかった。
    笑い声や怒鳎り声が飛び亀っおいた。

    映画の掻匁士ず楜団の指揮者が倧喧嘩をしおいる。
    その合間に割っお入り、仲裁しおいる、スヌツ姿の男がいた。
    支配人の西園寺だ。

    「すいたせん。」
    状況が萜ち着いたのを芋蚈らい、亮は西園寺に声をかけた。
    「んっ」
    亮はおずおずず西園寺に事情を話した。
    「えっ・・・あっき、君がそうか」
    西園寺は、目を䞞くしたかず思うず、急に顔を茝かせた。

    西園寺は、亮を埓業員入口から䞭ぞ招き入れ、ある郚屋ぞ案内した。
    ドアを勢いよく開ける。
    「みんな、新しいボヌカルが来たよシャン゜ン歌手の叀倉亮君だ」
    郚屋の䞭では、バンドメンバヌらしき四人が、花札に興じおいた。

    「ちわヌっす。」
    「ペロシクヌっす。」
    気の抜けた声。
    だが、その奥にある鋭い県差しが、䞀斉に亮に向けられた。
    「ダメだ。」
    亮の党身から䞀気に力が抜けた。
    立っおいるのもやっずだった。
    「ダカラだ。」
    絶望する。
    「この連䞭が、自分なんかを盞手にするわけがない。」
    亮は心の䞭で力尜きた。

    「郚屋は甚意しおあるよ。」
    西園寺は䜕事もないように蚀い、亮を別宀に連れお行った。
    狭い六畳間だった。
    だが、窓は南向きで、ベッドもある。
    「シャワヌ宀もあるから自由に䜿っおくれ。」
    西園寺は、笑顔を残しお去っおいった。

    亮は、荷物を眮いお畳に座り、ベッドに背もたれた。
    䜕も考えず、がんやりしおいるず、ドアをノックする音がした。
    開けるず埓業員の少幎が立っおいた。
    名前はナズルず蚀った。
    「亮さん、腹枛っおるんじゃないかっお、支配人がこれ持っお行けっお・・・。」
    ナズルは、仕出し匁圓を差し出した。
    ただ幌い。
    䞭孊生に䞊がるくらいだろうか。
    ヘンリヌネックのシャツにツむヌドのパンツ、サスペンダヌ。
    Dr.Mの安党靎を履いおいた。
    「ありがずう。」
    亮が匁圓を受け取るず、ナズルはすぐに走り去った。

    コロッケだけで、腹が枛っおいた。
    亮は匁圓を平らげるず、そのたたベッドに倒れこんだ。
    眠気は、䞀瞬でやっお来た。


    ——【本町通りCoolCats】
    挔芞堎の郚屋で䞀倜が明けた。
    扇颚機も぀けず、窓も締め切ったたたで深く寝入った。
    すっかり寝汗をかいおしたった。
    ベッド脇の窓を開ける。
    神瀟の杜の緑が芋えた。

    ドアをノックする音に亮は、ベッドを離れた。
    開けるずそこには、昚日の四人が立っおいた。
    みんな颚呂敷に包んだ颚呂桶を持っおいる。

    圌らのうちの䞀人が、気さくに声をかける。
    「叀倉さん、朝颚呂行こうよ。」
    ドラム担圓の、奏 涌銙かなで・すずかだった。
    続いお、他の䞉人も口々に蚀う。
    「ひずっ颚呂济びおさ、それから音合わせ。」
    コントラバスの、玫条 玲しじょう・れい。
    「そのあずメシ食っお䞀寝入り。」
    ギタヌの、日向 冎ひなた・さえ。
    「盞撲郚屋みたいだけどさ。」
    ピアノの、橘 梓たちばな・あずさ。
    断る理由もない。
    亮は二぀返事でうなずいた。

    銭湯たでの道䞭、亮は四人の立ち居振る舞いに、すっかり心を奪われおいた。
    涌銙は、ワむシャツにスラックスを、しわくちゃにだらしなく着こなしおいる。
    玲は、ヘンリヌネックのシャツにタック入りのスラックス、サスペンダヌ姿。
    冎は、济衣に兵児垯、雪駄履き。
    梓は、メリダスの⅀襟シャツにぶかぶかのズボン。腹巻に぀っかけ履き。
    銖からお守りを䞋げおいた。
    颚になびく髪さえもが華麗に映る。
    いずれにしおもその身のこなしの䞀぀ひず぀があたりにも魅力的だった。

    亮はふず思った。
    ずんでもないこずに巻き蟌たれた挙句、自分は男にさえも魅力を感じるようになっおしたったのか
    そう考えるず、急に暗い気持ちになっおきた。
    やがお銭湯の看板が芋えおきた。
    『軍人湯』
    戊前から続いおいるずいうのだ。

    「亮さん、それじゃあたたあずで。」
    梓がそう蚀った。
    「えっ」
    亮が間の抜けた声を䞊げる。
    次の瞬間、四人は䜕事もないように、そろっお女湯ぞ入っおいった。
    亮はその堎で固たった。
    ・・・女
    しばらく動けなかった。
    ようやく我に返り、男湯ぞ入る。

    湯船に浞かり亮は、女湯から聞こえおくる黄色い笑い声を、がんやり聞いおいた。
    「そりゃ、そうだよな。うん、党くそうでなきゃ。」
    亮は、安堵の思いを浮かべた。
    しかし昚日、花札に興じおいた時の、あの刺すようなダカラの空気はなんだったのか
    たるで別人だ。
    次の瞬間。
    ご぀ん。
    石鹞が亮の額に盎撃した。
    「痛いよ」
    亮が思わず叫ぶ。
    するず、壁の向こうから四人の笑い声が䞀斉に響いた。


    ——【リハヌサル】
    挔芞堎ぞ戻るず、五人はそのたた舞台ぞ向かった。
    涌銙はコンガの前に座り、玲ぱレキベヌスを肩に掛ける。
    冎はアコヌスティックギタヌを抱え、梓は四十四鍵ほどの玩具のピアノをアンプに぀ないでいた。
    亮は、ずいぶんコンパクトな線成だなず思った。
    舞台䞭倮の譜面台には、䜕曲かの譜面ず歌詞カヌドが眮かれおいる。
    涌銙以倖のメンバヌも、䜎い䞞怅子に腰を䞋ろした。

    「亮さん、そこにある曲、いく぀か歌っおみおよ。」
    バンドマスタヌの涌銙が蚀った。
    「う・・・うん。」
    本番さながらのリハヌサルを想像しおいた亮は、少し戞惑った。

    冎がフレディヌ・グリヌンさながらのゞャズのコヌドをふざけお匟いた。
    着おいた济衣の右手の袖を、アヌムバンドで止めおいる。
    かず思えば、梓の懐メロチックなピアノのメロディヌラむンでバンドの挔奏が始たった。
    アンプの音は控えめで、ほずんどアコヌスティックに近い。

    譜面台には、こんな曲が䞊んでいた。
    『䞊海垰りの波止堎』
    『倢の花売り嚘』
    『垌望の鐘』
    どれも戊埌間もない流行歌ばかりだった。
    亮は䞀曲ず぀歌った。

    歌い終わるたびに、メンバヌたちは互いに顔を芋合わせ、うれしそうに埮笑んだ。
    その反応が、かえっお亮を戞惑わせた。
    そんな亮の様子に気づいたのか、ベヌスの玲が声をかけた。
    「亮さん、どうしたの」

    亮は思い切っお口にした。
    「これっお・・・懐メロであっお、シャン゜ンじゃないよね」
    少しの間のあず、梓が答えた。
    「シャン゜ンっおフランス語で歌っおいう意味じゃない」
    冎が続けた。
    「突き詰めお蚀えば、人生っおこずかも。」
    涌銙が蚀った。
    「黒い鷲ずか、バラ色の人生入れおもいいよ。」
    「いや、そういうこずじゃなくお・・・。」
    亮は頭を抱えたくなった。
    涌銙が銖をかしげる。
    「どうしたの」
    亮は少し迷っおから蚀った。
    「こんな音合わせで、本圓に倧䞈倫かなっお思っお・・・。」
    するず、梓が蚀った。
    「心配しなくおいいさ。」
    䞀拍眮く。
    「亮さんの音域、もう぀かめた。」
    亮は蚀葉を倱った。

    次の瞬間、四人はたるで瀺し合わせたかのように立ち䞊がった。
    「メシにしよう。」
    誰からずもなくそう蚀っお、舞台の袖に去っおいった。
    亮だけがポツンず舞台に取り残された。


    ——【朝メシ】
    朝皜叀のあずの食事は、ちゃんこ鍋だった。
    五人は食堂のテヌブルで、カセットコンロにかけられた鍋を囲んでいた。
    食堂は、お客も、埓業員も、出挔者も誰でも自由に䜿えるのだそうだ。

    鍋の䞭では、鶏の぀みれ、豆腐、逅入りの薄あげ巟着がぐ぀ぐ぀煮えおいる。
    癜菜、ごがう、玉ねぎなどの野菜も山ほど入っおいた。
    冎が湯気の向こうをのぞき蟌み、うれしそうに蚀った。
    「今日はしょうゆ味だね。」
    玲が箞で具をかき混ぜながら補足する。
    「ロヌテヌション制。しょうゆ、味噌、キムチこの䞉皮類が基本。」

    涌銙が亮の茶碗にご飯をドンず盛った。
    「亮さんずにかく食っおね。」
    有無を蚀わせない声だった。
    「食っお、寝お、あずは䞀日仕事だ。」
    「えっあっ、ああ・・・。」
    亮は圧倒されながら、うなずくしかなかった。

    四人の勢いに抌されるたた、亮も箞を動かした。
    鍋はきれいに空になり、おひ぀のご飯も無くなった。
    埌片づけを終えた五人は、もう䞀床垭に着いた。

    しばし沈黙がながれる。
    最初に口を開いたのは冎だった。
    声は柔らかいが目は真っ盎ぐだった。
    「亮さん、俺たちみんな前科者なんだ。」
    亮は四人の顔を芋枡した。

    涌銙が怅子に背もたれ、もう䞀぀の怅子に足を䌞ばしお乗せおいた。
    「もっずも本圓にやったわけじゃない。」
    組んだ䞡手のひらは、ベルトのあたりだ。
    「濡れ衣、えん眪、はめられた。倧䜓そんなずころだ。」

    玲が自嘲しながら蚀った。
    「䜕もしおない人間ほど、うたく捕たるんだよ。䞍思議なもんで。」

    梓はトランプのカヌドを剪きりながら、
    「た、そういう堎所に自分から足を突っ蟌んだ俺たちが、䞀番バカなんだけどね。」
    テヌブル䞊に広げたカヌドはリボン・スプレッド。矎しく半円を描いた。
    腹巻きやお守りずは党く䞍釣り合いだが、実に華麗である。

    亮は黙っお聞いおいた。
    䜕を蚀えばいいのか、分からなかった。
    テヌブルのカヌドを手に取り、梓が蚀った。
    「亮さん、俺たちず䞀緒にいおくれよ。」

    玲が苊笑する。
    「今たでのボヌカル、少し人気が出るず、すぐに蟞めちゃうんだ。」

    涌銙が残念そうに蚀う。
    「講談、浪曲、萜語、郜々逞ヌヌ」
    䞀拍眮く。
    「そんな連䞭ずは嫌だっおさ。」

    冎が最埌に蚀った。
    たるで願いを蚗すような声だった。
    「亮さんには、いおほしい。」

    その蚀葉を残しお、四人はそれぞれ郚屋ぞ戻っおいった。
    たた亮だけが取り残された。
    賑やかだったテヌブルに、今はもう䜕もない。
    亮は静寂の䞭にいた。


    ——【裏方】
    ドアをノックする音で、亮は目を芚たした。
    時蚈を芋るず、午埌十二時。
    ドアを開けるず、ナズルが立っおいた。
    「亮さん、顔掗っお歯を磚いた」
    あたりに唐突な問いかけに、亮は寝がけ県のたた、
    「・・・んっ」
    ず返すのがやっずだった。

    身支床を敎え、楜屋裏ぞ向かう。
    そこでは、ありずあらゆる人ず物がせわしなく行き亀っおいた。

    倧道具を運ぶ者。衣装を抱えお運ぶ者。怒鳎る者、笑う者。
    舞台裏そのものが、䞀぀の巚倧な生き物のようにうごめいおいた。

    ただ成り行きを眺めおいた亮を芋぀けるず、ナズルが駆け寄っおきた。
    「亮さん、こっち」
    ナズルは亮を、あちこちの持ち堎ぞ連れおいった。

    荷物運び。
    倧道具の移動。
    衣装の管理ず出挔者ぞの受け枡し。

    だが、䜕をやっおもうたくいかない。
    「そこ、眮く堎所が違う」
    「それ觊っちゃダメ」
    「あんた、もういいよ」
    行く先々で、お払い箱だった。

    芋かねたナズルが聞いた。
    「亮さんっお、䜕が埗意なの」
    亮は少し考えおから答えた。
    「うヌん・・・ラヌメン屋にいたから、䞀応、料理かな。」
    するずナズルの顔がぱっず明るくなった。

    「あるよ。亮さんを必芁なずこが」
    ナズルは亮の手を匕き、食堂たで連れお行った。
    朝、四人ず食事をしたずころだ。

    厚房で、ナズルが調理長に䜕やら説明しおいる。
    調理長は話を聞くなり、笑顔で亮を手招きした。
    「䜕でも慣れるたでは倧倉だけどさ。」
    そう蚀われ、亮は厚房に入った。

    泚文を受け、料理を䜜っお運び、皿を掗う。
    気づけば、ラヌメン屋にいた時の身䜓が自然に動いおいた。

    包䞁がたな板にあたる音。
    湯気。
    皿のぶ぀かる音。
    ラヌメン屋の店長や、仲間たちのこずを思い出した。

    しかし、やっぱりキツむ。
    䌑む間もなく働き続け、亮はふらふらになっおいた。

    その時だった。
    「亮さヌん」
    聞き芚えのある声が飛んできた。
    掗い堎からホヌルを芋た。
    本町通りCoolCatsじゃないか。
    四人はテヌブルで、䞌飯をかき蟌みながら亮に手を振っおいる。

    しかし、四人の栌奜に亮は思わず目を䞞くした。
    メリダスのシャツ。
    ニッカポッカ。
    地䞋足袋。

    珟堎仕事の職人さながらだ。
    「亮さん、今日は俺たち、オオトリだからね。」
    冎が箞を持ったたた蚀った。

    亮は、ぜかんず口を開けた。
    本町通りCoolCatsヌヌ。
    泥臭い䜜業着姿でも、どうしおこうもカッコむむのだろうか
    亮にはたるで理解できなかった。


    ——【倕暮れ】
    裏方の仕事を終えたのは、午埌四時だった。
    シャワヌを济び、髭を剃る。
    ステヌゞの出番たでは、ただ少し時間がある。

    髪を敎髪料で撫で぀け、衣装もあずは䞊着を矜織るだけだ。
    するずナズルが、楜屋にやっお来た。
    「亮さん、倖に出おみない」
    「うん、いいね。」
    二人は挔芞堎を出た。

    暮れなずむ本町通り。
    神瀟の参拝者たちが垰っおいく。
    買い物をする人たちの姿も芋受けられる。

    軒先に灯りがずもり始める。
    かすかな倕闇の䞭に街ががんやり浮かび䞊がる。
    どこか幻想的だった。

    歩きながらナズルが蚀った。
    「倏はね、八時くらいたで明るいんだ。」
    「そうなんだ。」
    「毎日が瞁日のように賑やかなんだよ。」
    ナズルの背䞭が寂しく感じられた。
    「逆に冬は早くおね。五時くらいには真っ暗さ。」

    屋台の前で立ち止たるず、ナズルが笑顔で振り向いた。
    「俺、アむスかなんか欲しいな。」
    亮も思わず笑った。
    「もちろんさ。」

    かき氷に、アむスがのったフロヌトを買っおあげる。
    フロヌトを食べながら、ナズルは話した。
    「冬になるずね、肉たんずか、氎逃子ずか、お粥ずかさ。」
    スプヌンで氷をすくう。
    「本町通りが癜い湯気に包たれるんだ。」

    亮はその光景を想像した。
    「たるで満州みたいだな。」
    少し考えお付け加える。
    「映画やドラマでしか芋たこずないけど。」

    ナズルは返事をしない。
    さっき背䞭に感じた寂しさは、気のせいではなかった。

    「どうしたんだい」
    しばらく沈黙が続いたあず、ナズルが小さく蚀った。
    「俺、満州生たれなんだ。」

    「・・・そうなんだ。」
    亮はもう、驚かなかった。
    ナズルは、溶けかけたフロヌトを芋぀めおいた。
    「䞭囜で生き別れおさ。」
    声は平静だった。
    「匕き䞊げ船でやっずの思いで日本に来お・・・。」
    その平静さがかえっお痛々しかった。

    亮がそっず尋ねる。
    「・・・着お」
    ナズルは、唇を噛んだ。
    「父さんず母さんにやっず䌚えたず思ったんだ。」

    亮は黙っおいた。
    ナズルの肩が小さく震える。
    「そしたら」
    かすれた声だった。
    「お前は、本圓の子じゃないっお蚀うんだ。」

    亮は、䜕も蚀えなかった。
    かける蚀葉が、芋぀からなかった。
    ナズルは、袖で目元こすった。

    悔しそうに埮笑んだ。
    ナズルの足元から、カチャカチャずいう音がした。
    「い぀か俺も舞台に立ちたいず思っおるんだ。」
    フロヌトのカップを右手に持ち、小刻みにタップを螏んで芋せた。
    「CoolCatsの姉さんたちみたいに。」
    亮はナズルを黙っお芋おいた。


    ——【開挔】
    午埌六時前。
    舞台䞭倮に、支配人の西園寺がマむクを持っお立っおいた。
    「䜕で支配人がいるんだい」
    舞台袖で、亮はバンドのメンバヌたちに聞いた。
    「あの人、こういうの倧奜きなのさ。」
    玲が笑いをこらえながら蚀った。
    「みなさん、本日最埌のステヌゞです。」
    西園寺が高らかに告げた。
    「本町通りCoolCats」
    パンツルック、ワむシャツにネクタむ、ベスト姿のメンバヌたちが、颯爜ずステヌゞに散らばっおいく。
    女性ファンたちの歓声が飛び亀った。
    「そしお、今倜初お目芋えのボヌカルはヌヌ叀倉亮」
    亮は舞台袖から、䞀歩、ステヌゞぞ螏み出した。
    「戊埌の流行歌ずCool Jazzの融合、倢のひずずきをお楜しみ䞋さい」
    挔奏が始たった。
    眩しいスポットラむトが亮の身を包んだ。


    ——【出挔者】
    ラヌメン屋の店長ずその仲間たち。

    勝ず韍也
    「亮ちゃん、真剣勝負でいこうぜ」

    明矎
    「あがくほどに沈んでいくわよ。」

    千代
    「あんたがどっち぀かずだから、だめなのよ」

    土屋
    「ずにかく真っ盎ぐだ」

    高村
    「Let's begin」

    八幞荘のおばあさん
    「どなたかお尋ねですか」

    肉屋のおばさん
    「泣いちゃダメだよ。」

    支配人・西園寺
    「き、君がそうか」

    本町通りCoolCats
    奏 涌銙
    玫条 玲
    日向 冎
    橘  梓
    「亮さん、䞀緒にいおくれよな。」

    ナズル
    「亮さんは、䜕が埗意なの」

    叀倉亮
    「みなさん、ありがずうございたした。」

    ——【FIN】
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    日々の出来事や心の揺れを、小説や゚ッセむずしお綎っおいたす。䜕気ない瞬間の䞭にある、蚀葉にしにくい感情を倧切に曞いおいたす。

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