
大失敗した時に触れる人の優しさはひんやりして気持ちいい
先日、財布も定期券も忘れて出勤した日がありました。
バスに乗ろうとして、バッグの中にあるはずの定期券に手を伸ばすも、その手に定期が収まりません。
でも大丈夫。定期券じゃないSuicaが財布にある。
あれ?ない。。。
すでにバスのステップに片足をかけていた私。
とっさに後ろを振り返ります。
たまたま居合わせた幼馴染のお母さんに助けを求める。
「定期も財布も忘れたぁ🥹」
千円を貸してくれました。しかも小銭の状態で。
スマホはあったので、申し訳ないですがPayPayで返金。
この日はその千円を頼りに生きたわけですが、デジタルにアナログが勝つ場面って、意外と多いんだよなぁ、としみじみ思うわけです。
ちなみに、学校でお腹がすいてパン購買エリアでうろちょろ(何しろ手持ちが500円ちょっとなもので)していたら、一人の先生が奢ってくれました。
その日はネタには困りませんでしたし、色んな人の優しさに触れて、素敵に過ごすことができました……
が!!!!!
失敗した時に手を差し伸べてくれる人が優しければ優しいほど、自分の惨めさも自覚しませんか?
この感覚は、夏場に床に寝そべって、肌が床に触れたときのあのひんやり感に似ている!!
触れた瞬間にヒヤッとして心臓がキュッとなり、肌と床がピタッとくっついて、熱平衡して体温に馴染んでふわふわ気持ちいい〜……
これです。
大失敗をフォローされてドキッとし、自分のダメダメさに呆れたり恥ずかしくなったりして。断ろうにも失敗して困っているので優しさを受け入れるしかなく。そして申し訳なさと感謝が混ざって「ひんやり冷たい気持ちよさ」に落ち着く。
大失敗しながら、眉を八の字にしながらこんなことを考えているなんて、ここだけの秘密ね。