
わたしが神戸に向かう時
“山”が現れる。
電車に乗って『大阪から神戸』に向かう時の話だ。
尼崎を過ぎたくらいから、
車窓に小さく山が見えはじめ、
神戸に入る頃には存在感を放っている。
私は小学2年生〜二十歳までを西宮で過ごしたので、山のある景色に馴染みがある。
東西南北の北を『山側』、南を『海側』なんて呼ぶことが子供の頃からの常識だったので、大阪の“山が見えない土地”に身を置くと方角が分からなくなる。『山が無いから覚えられないのっ!』と駄々をこねたくなる。(多様性)
20年以上も前、そんな西宮の地を離れた。
そこから神戸、尼崎、大阪と転々と移動してきた。それぞれの町でも二、三箇所ずつ移動してるから、年齢の割に引越しは多い方かと思う。
理由はご想像にお任せします笑
先日、前職の上司と同僚の3人で三宮に集まり呑んできた。
いつも通り三宮行きに乗車する。
視界に山が入り込む頃、私は何とも言えない気持ちに包まれる。
『エモいなぁ』
本当は忘れた記憶もずいぶん多い。
それでも、離れて、時を経て、思い出の地に帰る時の独特な感覚。地方出身の方が地元に帰る時の想いはことさらじゃないか。
退職してから15年も経つというのに、
とっくに全員おっさんだっていうのに、
今でも年に1〜2回は集まっている。
こないだなんて昼から開始して、7軒?とかハシゴしちゃって、楽しいだけの酒を呑んでいる。
おっさんだっていうのに、、、
おっさんだっていうのに、、、?
違う。
そうじゃない。
汗水垂らしたあの頃を、
その後の15年を目一杯生きたからこそ、
いつだって楽しい酒に成れるのだ。
20年、25年ときっとこの会は続いていく。
歳を重ねていくことの楽しさは1つじゃないことを毎度気付かせてくれる。
神戸に向かうとき、私は幸せな顔をしてヘベレケでいることだろう。