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【連作短編】騒ぐな踊るな先を見ろ 第一話 目立たない場所

    〜独断と偏見のエンジニア・キャリア論〜

    目立たない場所

    2013年、誠一は28歳だった。

    同期の田中は、基幹システムの刷新プロジェクトにアサインされていた。朝から晩まで仕様書と格闘し、深夜にタクシーで帰る。疲弊しながらも目が輝いていた。「俺たちが会社の根幹を作るんだ」という言葉を、田中は酒の席で何度も繰り返した。

    誠一の仕事は地味だった。

    社内の3000台のPCを管理すること。ネットワークのセグメント設計を維持すること。VPNの接続トラブルに対応すること。ヘルプデスクと連携して、「マウスが動かない」という電話に答えることもあった。

    上司の木村は、誠一に対してときどきこんなことを言った。

    「橘、お前は要領が悪いな」

    悪意はなかった。ただの事実の確認だった。木村自身も、この部署が社内でどう見られているかをよく知っていた。縁の下、黒子、インフラ。そういう言葉で括られ、予算は削られ続け、人員は増えなかった。

    誠一はその状況を呪ったことがある。しかし呪うのにも飽きた。
    飽きたあとに残ったのは、奇妙な自由だった。

    評価されないということは、評価のために動かなくていいということでもある。

    田中は四半期ごとの評価面談のたびに、いかに自分の貢献を可視化するかに神経を使っていた。プロジェクトの成果を数字で示し、上司に印象づけ、人事に覚えてもらう。それは立派な能力だし、誠一にはその能力が欠けていた。

    しかし誠一には別のものがあった。
    時間と、視野だった。

    仕事の隙間に、誠一は業界の動向を読んだ。米国のITニュースを英語で読んだ。最初はほとんど理解できなかったが、毎日続けるうちに、輪郭が見えてきた。

    クラウドが来る、ということは誰もが言っていた。
    しかし誠一が気になったのは、その先だった。
    クラウドが来たとき、何がなくなるのか。何が残るのか。

    (つづく)


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