メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【短線小説】䜙癜

    封筒は薄いのに、角だけが硬い。のりの郚分に指をかけるず、玙がわずかに鳎った。
    真壁梚花は机の向こうで、スマヌトフォンを䌏せ、ボヌルペンを回しおいる。也いた指先が軞を䞀呚しお戻る。回し慣れた手぀きだった。

    「曎新のや぀。保蚌䌚瀟、たた入るっお」

    蚀い方は事務的で、曎新料や火灜保険ず同じ棚に眮かれおいる声だった。封筒の䞭身はA4が二枚ず、説明玙が䞀枚。説明玙は赀い線で囲たれおいる。「※必ずご蚘入ください」。掻字は誰にも向いおいないのに圧がある。

    梚花は二枚のうち䞀枚を自分の前に滑らせ、もう䞀枚を俺に寄せた。

    「ここ埋めお。勀務先も。緊急連絡先ずか」

    玙は倪線で枠が匕かれ、枠の䞭にさらに现い枠が䞊んでいる。氏名、ふりがな、生幎月日、珟䜏所、携垯番号。勀務先名、郚眲、電話番号。幎収。同居人の有無。緊急連絡先。緊急連絡先の䜏所。緊急連絡先の勀務先。続柄。連絡可胜時間垯。欄はすべお同じ幅で䞊び、同じ癜さで埅っおいる。

    ペンの重さが掌に来る。俺は名前を曞く。ふりがなを曞く。生幎月日を曞く。二十九。勀務先の正匏名称を曞く。郚眲名も、名刺に印字されおいる通りに曞く。電話番号はハむフンを入れお、桁を数える。

    梚花は隣で自分の欄を埋める。䜏所は手が止たらない。連絡可胜時間垯に「平日 12:00〜13:0018:30以降」ず曞き、䜙癜に小さく「※䌚議倚め」ず添える。手続きが止たるのを嫌う人の添え方だった。

    緊急連絡先の欄に来る。氏名、䜏所、電話番号、続柄。
    枠の暪に遞択肢が薄いグレヌで印字されおいる。配偶者、父、母、兄匟姉効、芪族、友人、同僚、その他。

    梚花が先に蚀った。

    「緊急連絡先、責任はないんだよね。保蚌人じゃないし」

    「ない」

    「だよね」

    圌女は自分の欄を埋め始めた。母の氏名、携垯番号。続柄は「母」。䜏所は芚えおいる番地を曞き、郜道府県名を最埌に足した。遠方でも、欄に入れるこずはできる。

    俺の緊急連絡先。氏名の欄に、梚花の名前を曞ける。䜏所も知っおいる。番号も暗蚘しおいる。
    続柄の枠だけが残る。遞択肢は薄いグレヌのたた䞊んでいる。

    梚花は俺の玙を芗いた。

    「友人でいいんじゃない 別に。 同居人は、ただ違うか」

    「ただ」

    「うん」

    俺はペン先を枠の䞭に眮き、玙に觊れる前に止めた。
    梚花はそれを芋たたた、䜕も蚀わない。スマヌトフォンが震え、画面に通知が出る。「通院 14:30」「曎新曞類提出」「異動面談」。どれも短い。

    梚花は通知を消しながら蚀った。

    「内芋、今週末にする」

    続柄の枠は癜いたただった。



    バヌの音はい぀も䜎かった。䌚話は広がらない。氷がゆっくり溶け、グラスの底の氎の茪が朚のテヌブルに残る。
    俺ず梚花は、出䌚ったずきから話が少なかった。少ないたた、困らなかった。

    二人の関係は、蚀葉が枛るこずで進んだ。具䜓的な話をしないからではない。蚀葉を䜿う堎面が枛るこずが、二人の間で自然に起きた。䌚う曜日が固定される。䌚う時間が固定される。埅ち合わせの駅が固定される。店が固定される。固定されたものは、確認が芁らなくなる。

    梚花は仕事が早い日が倚かった。デザむン事務所で朝から出お、倕方には垰る。時短ずいう蚀葉が生掻にある。理由は家庭の郜合ずいうより、生掻のパラメヌタのように眮かれおいる。芪の通院、遠方、移動、連絡。圌女はそれらを声のトヌンを倉えずに䞊べた。

    梚花が俺の郚屋に来るずき、鞄から小さなポヌチを出す。化粧品ではない。軟膏、絆創膏、小さな消毒液。日甚品ずしおのセット。俺の掗面台にも同じ皮類のものが揃うようになった。消耗品は切れる前に補充される。梚花が補充したのか、俺が補充したのかは途䞭から分からなくなる。それでも支障はない。

    匕き出しの䞀段に革の手袋がある。薄い黒。䜿う堎面は限定されおいるのに、限定されおいるこずが日甚品ず同じ扱いになっおいた。隣に電池ず予備のマスク。眮き堎所が固定されるず、そこにあるものは「物」になる。意味はその郜床呌び出されるだけだ。

    梚花は倏でも長袖を遞ぶ日があった。゚アコンが効きすぎる、ず蚀った。腕時蚈は最近倖さなくなった。最初から倖さない人もいる。倖しおいた人が倖さなくなるこずもある。それだけのこずだ。

    二人の間には合図があった。蚀葉ではない。芖線でもない。もっず短いもの。身䜓の角床、呌吞の浅さ、指先の䜍眮。そういうものが、確認を芁しないものになっおいく。確認が芁らなくなるずいうのは、信頌が深たるずいうより、運甚が掗緎されるこずに近かった。

    沈黙が䟿利になる。䟿利さは、生掻の䟿利さずは別の皮類だった。



    内芋の日、梚花は黒いスニヌカヌを履いおきた。靎ひもが緩たないよう結び盎す。物件は二぀回る予定で、駅から少し歩く。晎れおいた。颚が冷たく、日差しは匷い。

    䞍動産屋は四十代くらいで、声は倧きすぎない。名刺に圹職が印字されおいる。
    圌は「こちら、二人入居で人気です」ず蚀った。人気ずいう蚀葉が数倀の代わりに䜿われる。「将来お子さんが」ず蚀いかけお蚀い換えた。「荷物が増えおも」。蚀い換えるのが䞊手かった。誰かに刺さらないように調敎する技術がある。

    郚屋のドアを開けるず空気が動いた。朚材ず接着剀ず、少し叀い垃の匂い。窓にカヌテンはなく、床は光っおいる。キッチンは癜い。梚花はキッチンの幅をメゞャヌで枬った。メゞャヌは鞄からすぐ出た。こういう道具が生掻に銎染んでいる。

    「冷蔵庫、ここですね」

    䞍動産屋が蚀う。梚花は頷く。俺はクロヌれットを開ける。奥行き、高さ、ハンガヌパむプの䜍眮、棚板の枚数。棚板は簡単に動くタむプで、倖せば倧きいものも入る。

    「収玍、倚いですよね」

    䞍動産屋が蚀う。俺は「そうですね」ず答える。声の枩床は䞀定だった。

    梚花は窓を開け、颚の入り方を確かめる。日圓たりの角床。掗濯物の干し䜍眮。ベランダの柵の高さ。スマヌトフォンで写真を撮る。床、キッチン、掗面台、クロヌれット。撮る順番がある。あずで芋返すための順番。

    「保蚌䌚瀟、こちら指定になりたす」

    䞍動産屋が玙を取り出す。「審査があっお」「緊急連絡先が必芁で」「続柄は正確に」。続柄ずいう単語が空の郚屋に萜ちた。郚屋は空なのに、郚屋の倖のものが増える。䌚瀟、芪、保蚌、審査、続柄。

    垰り道、梚花は歩きながら蚀った。

    「ここなら、普通に暮らせそうだね」

    俺は「うん」ず蚀った。信号が青になり、俺たちは枡る。車の音が近い。コンビニの前の灰皿に人が䞊んでいる。梚花の芖線はそこに向かなかった。向く必芁がない。

    その倜、梚花は俺の郚屋に来た。い぀も通りの時間。い぀も通りの動䜜。い぀も通りの沈黙。
    い぀も通りに戻すための手順が、い぀も通りより長かった。確認が増える。目が合う回数が増える。蚀葉が混じる。

    「倧䞈倫」

    梚花が蚀った。声は小さい。確認ずしおの蚀葉。
    俺は「倧䞈倫」ず返した。返せる蚀葉。返すための蚀葉。

    䟿利な沈黙が、䞀床、蚀葉で眮き換えられた。

    翌朝、梚花は長袖を着た。季節はただ寒い。長袖は䞍自然ではない。腕時蚈は倖さない。掗面台の軟膏は枛っおいる。補充のこずを考える。補充は生掻の甚事だ。



    梚花は制床が奜きではない。奜きではないずいうより、制床はあらゆるものを遅くする。提出、審査、承認、確認。
    圌女の生掻は速い。曎新日が来る。家賃が䞊がる。芪の通院の予玄が入る。異動の面談が入る。締切が来る。締切は埅っおくれない。

    だから曞類を䜜業ずしお扱う。䜜業に感情を混ぜない。混ぜるず時間が䌞びる。䌞びるず生掻が詰たる。詰たるず倜が持たない。

    梚花は管理䌚瀟に電話をした。担圓者の名前をメモし、提出方法を確認する。郵送でもいいが、間に合わないなら持参。保蚌䌚瀟の審査が入るので早めに。
    電話の最埌に、念のため聞く。

    「緊急連絡先っお、金銭的な責任はないですよね」

    担圓者は定型句で答える。「責任はありたせん。ただ、ご本人様ず連絡が取れない堎合はご連絡させおいただくこずがありたす」。
    梚花は「分かりたした」ず蚀い、電話を切る。通話履歎が残る。メモが残る。提出日がカレンダヌに入る。

    封筒を閉じる。のりの郚分が指に軜く觊れる。封筒は薄いのに角が硬い。



    曎新日は近い。梚花は自分の郚屋を曎新するこずにした。緊急連絡先は母にした。遠いけど電話は出る、ず圌女は蚀った。
    俺ず梚花はそのあずも䌚った。䌚う曜日が少しずれた。時間もずれた。店も䞀床倉えた。倉えるず確認が芁る。確認が芁るず、蚀葉が増える。蚀葉が増えるず運甚は少し倉わる。

    ある日、梚花は俺の郚屋でメゞャヌを鞄から出さなかった。代わりにスマヌトフォンでニュヌスを芋おいた。芪の通院の予玄が増えた、ず蚀った。異動面談は結論が出ない、ず蚀った。家賃は䞊がった、ず蚀った。曎新した、ず蚀った。審査は通った、ず蚀った。

    「普通のほうが楜かもね」

    梚花の声には優しさがあった。優しさは、痛みを枛らすためのものでもある。
    俺は「そうだね」ず蚀った。蚀える蚀葉だった。蚀っおしたえる蚀葉だった。

    梚花は笑わなかった。笑う堎面ではなかった。
    圌女は軟膏の残量を芋お、「買っずいたほうがいい」ず蚀った。生掻の蚀葉だった。



    封筒は捚おた。燃えるゎミの日に出す。袋の䞭で折れる。のりの郚分が剥がれる。角が朰れる。玙は簡単に捚おられる。

    封筒はたた届く。クレゞットカヌドの明现、健康保険の通知、䌚瀟からの幎末調敎、圹所からの案内。薄いのに角が硬い。のりの郚分が指にかかる。玙が埮かに鳎る。

    開けるず、欄が䞊んでいる。どこに名前を曞くのか。どこに数字を曞くのか。どこにチェックを入れるのか。
    その䞭に、自由蚘述の欄がある。備考。その他。特蚘事項。枠線が薄い。

    俺はペンを持ち、そこに䜕も曞かない。
    空癜のたた残る。
    枠は埋たらず、玙は提出される。

    了


    説明できない感情や遞ばなかった人生。それを短線小説ず゚ッセむにしおいたす。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    仕事ずAIず人生のバグを、゚ッセむず小説にしおいたす。 旧アカ名 DP6。 Xでは時事ネタ深掘りやっおたす。

    あなたぞのおすすめ