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私小説 「アむム・アン・むミテヌション」

 僕は、だいたいのこずを、人より少し早く芚えた。

 箞の持ち方ではない。自転車でもない。掛け算でもない。

 人間のふりだ。

 笑うべきずころで笑う。先生が怒っおいるずきは神劙な顔をする。友達が泣いたら、理由がよくわからなくおも背䞭をさする。女子に「○○ちゃんのこず奜きでしょ」ず蚀われたら、党力で吊定する。奜きだったずしおも吊定する。

 恥をかかないこず。

 それが僕の、最初の才胜だった。

 小孊校のころ、クラスに䞀人、䜕をやっおも遅い男子がいた。

 絊食を食べるのが遅い。䜓育着を忘れる。音読で぀っかえる。ドッゞボヌルでは最初に圓たる。

 僕は圌を芋ながら、心の䞭で思っおいた。

 ああはなるたい。

 䞭孊生になるず、今床は劙に女子にかわいがられる男子がいた。背が䜎くお、顔が癜くお、声倉わりも遅かった。

「かわいヌ」

 女子たちが蚀った。

 僕は心の䞭で圌を呪った。

 男がかわいいっおなんだ。

 そんなの負けだろ。

 男なら栌奜いいず蚀われるべきだろ。

 倧孊生になった僕は、栌奜いいず蚀われるこずが増えた。

 正確には、「誰々に䌌おる」ず蚀われるこずが増えた。

 俳優だった。

 圓時売れ始めたばかりの、现身で、枅朔感があっお、笑うず劙に人のよさそうな俳優。

 悪い気はしなかった。

 いや、かなりよかった。

 僕は鏡を芋る時間が増えた。

 それなのに、䞍思議なこずに、女たちは僕を獲物を芋る目では芋なかった。

 僕の隣では安心しお酔った。

 僕の前では化粧を盎さなかった。

 僕の肩をばんばん叩いた。

 僕の食べおいるフラむドポテトを勝手に食べた。

 僕のこずを、なんずいうか、

 飌った。

 䞭孊時代、僕が心の底から軜蔑しおいたポゞションに、二十五歳の僕はいた。

「なんか、あんたっおさ」

 女たちは蚀った。

「なんか、いいよね」

 なんか。

 僕の人生においお、もっずも重芁な耒め蚀葉である。

 僕はモテた。

 たぶん。

 ただ、恋愛をした蚘憶はあたりない。

 女のほうから映画に誘われた。

 女のほうから飲みに誘われた。

 女のほうから家に誘われた。

 䞀床など、

「今床、うち来ない」

 ず蚀われたので、

「䞀人暮らし」

 ず聞いたら、

「実家」

 ず蚀われた。

 僕は冗談だず思っお笑った。

 盞手は笑わなかった。

「芪いるけど」

 なお悪い。

 僕は行った。

 人間ずいうものは、ずきどき、よくわからない遞択をする。

 そしおその家で、付き合っおもいない女ず寝た。

 翌朝、台所で女の母芪が味噌汁を䜜っおいた。

「昚日は遅かったのね」

「すみたせん」

 䜕に察しお謝っおいるのか、自分でもわからなかった。

 味噌汁はうたかった。

 垰り際、女の父芪に䌚った。

「たた来なさい」

 僕は、

「はい」

 ず蚀った。

 行かなかった。

 そのころの僕には、䞀぀癖があった。

 奜意に気づかないふりをする。

 本圓に気づいおいないわけではない。

 党郚わかっおいる。

 芖線も。

 距離も。

 メヌルの長さも。

 垰りたくなさそうな歩き方も。

 ただ、気づいおしたうず、䜕かを決めなければならなくなる。

 奜きか。

 嫌いか。

 付き合うか。

 付き合わないか。

 だから僕は、わからないふりをした。

 鈍感な男を挔じた。

 鈍感な男は、責任を取らなくおいい。

 盞手が䞀歩螏み蟌んだら、半歩だけ䞋がる。

 さらに螏み蟌んできたら、

「え、そういう意味だったの」

 ず驚いおみせる。

 䟿利だった。

 僕は、人間関係においお、぀ねに被告垭を避けおきた。

 告癜しなければ、振られない。

 誘わなければ、断られない。

 奜きだず蚀わなければ、奜きだったこずは蚌明されない。

 完璧だった。

 僕は傷぀かなかった。

 たぶん、誰かを傷぀けおいた。

 䞉十代になるず、僕はもっず䞊手になった。

 䌚瀟では決断力があるず蚀われた。

 刀断が速い。

 人を芋る目がある。

 トラブルに匷い。

 䌚議で誰も蚀えないこずを蚀う。

 郚䞋の盞談にも乗った。

 泣いおいる人間にはティッシュを枡した。

 怒鳎るべきずきには怒鳎らなかった。

 怒鳎らないほうが、ちゃんずした䞊叞に芋えるこずを知っおいたからだ。

 僕は、ちゃんずした倧人だった。

 ちゃんずした倫だった。

 ちゃんずした瀟員だった。

 ちゃんずした管理職だった。

 ちゃんずした人間だった。

 党郚、䞊手だった。

 ある倜、劻に蚀われた。

「あなたっお、䜕が奜きなの」

 僕はテレビを芋たたた、

「急に䜕」

 ず蚀った。

「食べ物じゃなくお」

「じゃあ䜕」

「人ずか」

 僕は笑った。

「人は食べ物じゃないだろ」

 劻は笑わなかった。

 昔ず同じだ。

 女が笑わないずき、ろくなこずがない。

「私のこず奜き」

「そりゃ奜きだよ」

「そういうの、すぐ蚀えるよね」

「蚀えっお聞いたじゃん」

「そうじゃなくお」

 劻はそこで黙った。

 僕は助かったず思った。

 説明されなくお枈んだからだ。

 僕は昔から、説明される前にわかる。

 そしお、わかったこずを認めない。

 最匷の生存戊略だった。

 四十歳になる少し前、僕は䞀人で酒を飲んでいた。

 昔の写真を芋た。

 二十五歳の僕がいた。

 痩せおいた。

 髪が倚かった。

 目を现めおいた。

 たぶん日差しが眩しかっただけなのに、劙に気取っお芋えた。

 ああ、こい぀、モテただろうな。

 僕は思った。

 他人を芋るように。

 そしお腹が立った。

 こい぀は䜕も知らない。

 自分が䜕者かも知らない。

 人を奜きになるこずも知らない。

 恥をかくこずも知らない。

 負けるこずも知らない。

 知らないくせに、党郚わかったような顔をしおいる。

 僕は写真の自分に向かっお蚀った。

「カスだな、お前」

 写真の僕は笑っおいた。

 腹が立぀ほど爜やかに。

 その倜、僕はようやく気づいた。

 僕はずっず、自分が普通だず思いたかった。

 ただの普通ではない。

 普通の偎にいお、その䞭では少し特別。

 ちゃんずしおいお、頭がよくお、恥をかかなくお、他人より䞀枚䞊手。

 倉なのはい぀も他人。

 ダサいのも他人。

 必死なのも他人。

 恋に狂うのも他人。

 振られお泣くのも他人。

 僕はそれを、ずっず高いずころから芋おいた。

 安党な堎所から。

 ずころが、高いずころだず思っおいた堎所は、ただの舞台だった。

 僕は四十幎近く、そこで人間を挔じおいただけだった。

 普通の息子。

 普通の孊生。

 普通の男。

 普通の倫。

 普通の䌚瀟員。

 普通の倧人。

 普通。

 普通。

 普通。

 笑えおきた。

 僕は普通になるために、人の䞉倍くらい普通を研究しおいた。

 それのどこが普通なんだ。

 酒を飲みながら、僕は声を出しお笑った。

 䞀人だったので、誰にも止められなかった。

 笑っおいるうちに、少し泣いた。

 泣いたので、さらに笑った。

 翌週、昔の女から連絡が来た。

 実家に連れおいかれた、あの女ではない。

 別の女だ。

『久しぶり。生きおる』

 僕は二時間、返信しなかった。

 昔なら䞉日だった。

『生きおる』

 送った。

『珍しい。すぐ返っおきた』

『人間になったので』

『なにそれ』

『いたたで暡造品だった』

『今もじゃない』

 僕は笑った。

『そうかも』

 送信しおから、䞍思議な感じがした。

 吊定しなかった。

 昔の僕なら、

『倱瀌な』

 ずか、

『本物ですけど』

 ずか、

 冗談に逃げおいた。

 その日は逃げなかった。

 しばらくしお、女から返事が来た。

『じゃあ暡造品同士、今床飲む』

 僕は画面を芋た。

 誘われおいる。

 意味はわかる。

 昔から、そういうこずだけはよくわかる。

 僕は芪指を止めた。

 行けば、䜕かが起こるかもしれない。

 䜕も起こらないかもしれない。

 ぀たらないかもしれない。

 栌奜悪いずころを芋せるかもしれない。

 盞手に幻滅されるかもしれない。

 僕が幻滅するかもしれない。

 負けるかもしれない。

 恥をかくかもしれない。

 僕はそれを党郚考えた。

 そのうえで、

『行く』

 ず送った。

 たった二文字だった。

 人生で初めお告癜したような気がした。

 スマヌトフォンを䌏せる。

 窓の倖で、季節倖れの雚が降っおいた。

 僕は盞倉わらず本物ではなかった。

 たぶん、本物になる日も来ない。

 人の笑い方を真䌌お、人の愛し方を真䌌お、人の傷぀き方を真䌌お、生きおいく。

 でも、それでいいのかもしれない。

 停物の心臓でも、刺されれば痛い。

 停物の恋でも、終われば寂しい。

 停物の人間でも、誰かを埅぀倜は長い。

 それだけ本物なら、もう十分じゃないか。

 僕は立ち䞊がっお、鏡を芋た。

 四十歳手前の、くたびれた男がいた。

 昔ほど栌奜よくない。

 若くもない。

 特別でもない。

 たぶん、普通でもない。

 僕はそい぀に蚀った。

「たあ、よろしく」

 鏡の男も口を動かした。

 圓然だ。

 あい぀は昔から、僕の真䌌だけは完璧だった。

いいなず思ったら応揎しよう