
【連作短編】騒ぐな踊るな先を見ろ 第二話 メンターの言葉
〜独断と偏見のエンジニア・キャリア論〜
メンターの言葉
柴田という人物がいた。
誠一より15歳上。今は退職して久しいが、あの頃は同じ部署に籍を置いていた。肩書きは「シニアエンジニア」だったが、実態は何でも屋に近かった。ネットワークも知っている、セキュリティも知っている、昔はプログラムも書いていた。しかし出世とは無縁で、年齢だけを重ねていた。
誠一は柴田のことを、最初は「干された人」だと思っていた。
それが間違いだと気づくのに、半年かかった。
ある夜、残業中に誠一が愚痴をこぼした。「こんな仕事をしていていいのか、という気がする」と。
柴田はコーヒーを一口飲んでから、答えた。
「何が来るかを考えるな」
誠一は意味がわからなかった。
「何が来るか、じゃなくて、何が来た後に残るかを考えろ。そこに自分を置け」
それだけ言って、柴田は端末の画面に視線を戻した。
シンプルな言葉だった。しかし誠一の中で、その言葉は長い時間をかけて発酵した。
何が来るかではなく、何が残るか。
クラウドが来る。それは誰もが言っていた。では、クラウドが来た後に残るものは何か。
誠一はその問いを持ったまま、日々の仕事を続けた。
柴田は多くを語らない人だった。しかし誠一が何かを尋ねると、必ず何かを返した。答えではなく、問いを返すことが多かった。
「なぜネットワークがなくなると思う?」
「デバイスは誰が使う?」
「データがクラウドに行ったとき、エンドポイントはどうなる?」
誠一はそれらの問いを、眠れない夜に考えた。答えは出ないことも多かった。しかし問い続けることで、ある像が少しずつ浮かんできた。
インフラの中心は変わる。しかしエッジは残る。
通信と、デバイスと、そしてアイデンティティ。これらは消えない。むしろ、クラウド化が進むほど、その管理の複雑さは増す。
(つづく)