
ショートショート「サウナ・オン・ザ・ロード」
昼の2時。
アスファルトが、もうほとんど焼き物みたいに光っている。
普通の人は走らない時間だ。
でも、彼は走る。
最初の1kmは、ただ地獄だ。
肺は乾き、汗はまだ出ない。
体のどこかが「今日はやめろ」と言っている。
2km。
ようやく汗が出る。
3km。
Tシャツが背中に貼りつく。
4km。
ここで、来る。
世界の音が、少し遠くなる。
蝉の声が、遠い工場のモーターみたいに均一になる。
5km。
汗がもう限界まで出て、
体の中の水分が、外へ外へ押し出されていく。
すると、
頭の奥のスイッチが、
カチッと入る。
暑い。
苦しい。
でも、
なぜか笑えてくる。
体の中の回路が、
「これは苦痛ではない」
と判断を変える。
むしろ——
気持ちいい。
サウナの、あの瞬間。
もう出てもいいのに、
なぜかもう少し座っていたくなる、あの感じ。
6km。
もう暑さは敵じゃない。
ただの環境だ。
7km。
自分の体が、
巨大な蒸気機関みたいに動いている。
8km。
思う。
人間はきっと、
どこか壊れている。
普通の生き物は、
こんな日に走ったりしない。
でも人間は、
わざわざサウナに入り、
わざわざ走り、
わざわざ苦しいことをする。
そして、
それを
「最高だ」
とか言う。
9km。
彼は笑う。
この快感を知らない人が、
世の中にはまだたくさんいる。
10km。
帰宅。
玄関で倒れ込む。
体温はたぶん危険域だ。
天井を見ながら、彼は思う。
「また明日、走ろう」
そしてスマホを見る。
気温。
36℃。
彼は満足そうにうなずいた。
——今日は、よく”ととのえ”そうだ。