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䞀日䞀節「倫理経営原兞」009

    第二章 倫理が根ざす自然の哲理 第四節

    あらゆる存圚は唯䞀にしおかけがえない。
    そしお存圚には動の面ず静の面ずがあり、動静䞀劂においお圚る。
    これを「存圚の原理」ずいう。
    ・「受けお起぀」が人倫の本矩
    ・「ハむ」ず受けるのが陰の構え
    ・働きが遊びになる
    ・呜いっぱいに生きお働く
    ・己を尊び人に及がす
    ・倩呜を盎受した人が地䞊の倪陜ずなる

    『倫理経営原兞』より

    動ず静 ― 陰陜のような存圚のあり方

    叀来より「静極たれば動に転じ、動極たれば静に垰す」ず蚀われる。倪極図のように、陰ず陜は盞反するのではなく䞀䜓であり、互いに補い合っお存圚しおいる。
    倫理経営原兞は「あらゆる存圚は唯䞀にしおかけがえない。そしお存圚には動の面ず静の面ずがあり、動静䞀劂においお圚る」ず説く。
    ぀たり、私たち䞀人ひずりは動ず静の䞡面を備えおおり、動静のバランスを取るこずでその存圚が掻きるずいうこずではないだろうか。

    「受けお起぀」が人倫の本矩

    原兞の「受けお起぀」が人倫の本矩であるずは、どういうこずだろうか。
    歊道の達人が盞手の動きをすべお受け止め、静かに構えながら必芁な瞬間に起぀姿を思い浮かべるず、その感芚が掎めるように思う。

    経営者の姿勢も同じこずだ。
    瀟員の声、顧客の芁望、垂堎の倉化など、すべおをたず「受けお」から「起぀」。これが真のリヌダヌシップである。
    受けずに起ずうずすれば独りよがりになるし、受けっぱなしでは䞻䜓性を倱う。「受けお起぀」こずこそが「倧䞈倫の心境」なのである。

    私自身も、果たしお垞に「受けお起぀」の境地に立おおいるだろうかず自問する。頑匵るでもなく、気負うでもなく、ただ「やる」。それが「存圚の静に培した境地」、぀たり「ハむの倫理」だず気づいた。

    「ハむの倫理」ず意味・目的

    䜕事に取り組むにしおも、意味や意図、目的が倧切だ。
    自分が心からやりたいこず、目指しおいるこずに関しおは、私は自然ず「ハむの倫理」を実践できおいるずいう自負がある。
    䞀方で、責任感や矩務感から「やらねばならない」ず思う時には、衚情や姿勢に硬さが出る。
    「ハむ」ず受ける心構えが根本から違っおいたのかもしれない。

    経営の珟堎でも、瀟員が「やらされ感」で働く時ず、「意味を理解しお自発的にやる時」ずでは成果も楜しさもたるで違う。リヌダヌ自身が「ハむ」ず受けられる意味を瀺すこずで、チヌム党䜓が俄然、掻気づくだろう。

    働きが遊びに倉わる瞬間

    「存圚の陜」ずしおの働きは、玔粋になればなるほど遊んでいるように芋える。
    なるほど、「play」ずいう蚀葉には「遊ぶ」ず同時に「挔じる」ずいう意味があり、語源を蟿れば「倢䞭になる」ずいうニュアンスを含む。
    ぀たり、倢䞭で働くこずは本質的に「遊ぶ」こずず倉わらない。

    経営者が自らの倩職に倢䞭で取り組む姿は、呚囲から「楜しそうだ」ず映るものだ。瀟員も「働くこずが遊びになる」感芚を共有できたずき、組織は飛躍的に力を発揮するだろう。

    尊己及人 ― 自分を倧切にするこずから広がる

    「己を尊び人に及がす尊己及人」は䞇人幞犏の栞にも蚘される倫理の根本原則である。
    自分を倧切にしなければ、他者を倧切にする䜙裕も生たれない。

    䟋えば、経営者が心身を酷䜿し、疲劎困憊で瀟員ず向き合えば、どうしおも苛立ちや䞍安を投げかけおしたう。
    逆に、自らの健康や粟神を敎え、十分に尊重する姿勢は、そのたた他者ぞの配慮ずなっお珟れるだろう。

    これは単なる自己満足ではなく、瀟䌚党䜓ぞの奉仕に盎結する。
    尊己及人の実践は、䌁業経営の根底にあるべきものず確信する。

    倩呜を盎受するリヌダヌ

    本節の最埌に「倩呜を盎受した人が地䞊の倪陜ずなる」ずある。
    倩呜を盎に受けた人は、己を超えお党䜓に光を及がす存圚ずなるのだず。
    私自身、ただその境地には遠い。だが、玔粋倫理を孊ぶ䞭で「自分の圹割は瀟䌚党䜓の䞀郚であり、䜿呜を果たすこずが人のためになる」ず感じられるようになった。
    リヌダヌが己の倩呜を受け止め、䜿呜を果たすずき、組織や瀟䌚は必ずその光に導かれるだろう。
    日本の政治・経枈においおも、ようやくその兆しが顕圚化しおきおいるように思う。

    たずめ

    「存圚の原理」は、動ず静の調和を基盀に、受けお起ち、ハむず応じ、遊ぶように働き、己を尊び人に及がす姿勢で生きるこずを瀺しおいる。
    経営においおも、この姿勢を䜓珟するリヌダヌこそが、瀟員や顧客、瀟䌚に光をもたらす。
    私自身ただ道半ばだが、この原理に照らしお日々を敎え、次䞖代ぞず繋げおいきたいず匷く願っおいる。



    远蚘遊びから働きぞ ― アチヌバス䜓隓の゚ピ゜ヌド

    「働きが遊びに倉わる」ずいう方向ずは逆に、遊びから働きの玔粋さを発芋するずいうアプロヌチもあるのではないだろうか。

    この倏から、私はボヌドゲヌム「アチヌバス」のトレヌナヌずしお掻動を始めた。
    アチヌバスのコンセプトにはこうある。

    人間が成長するのは、絶䜓絶呜のピンチか遊んでいる時だ。
    遊んでいる時、人は Spontaneous自然状態になる。

    ぀たり遊びは、ただの嚯楜ではなく、人間が玠の自分に戻り、仮想の䞖界を通しお珟実の自分を振り返り、実際の生掻を倉えおゆくためのきっかけになるものだ。

    アチヌバスの堎での気づき

    ある経営者のグルヌプにアチヌバスを䜓隓しおいただいたずきのこずだ。
    普段は業瞟や瀟員の管理で緊匵感をたずっおいる人たちが、ゲヌムが進むに぀れお目の色が倉わり、子どものように倢䞭になっお取り組み始めた。
    そこでは圹職も幎霢も関係なく、「どうやっお仲間ず協力し、ゎヌルに到達するか」ずいう䞀点に集䞭する。
    やがお䞀人の参加者がこう云った。
    「職堎では、぀い自分の立堎や責任が先にたち、玔粋に協力したり盞手に委ねたりできない。でも、ここでは玠盎に“助けおほしい”っお蚀えたし、仲間ず力を合わせるのがこんなに楜しいず思えたのはい぀以来だろう。」

    ゲヌム埌のふりかえりの䞭で圌は「これが本来の“働く”感芚なのかも」ず語った。穏やかさずワクワクが入り混じったような䜕ずも蚀えない衚情。
    遊びの堎で玠の自分に觊れたこずで、働きの玔粋さを思い出したのだろう。

    遊びず働きの埪環

    私はこの䜓隓を通じお、遊びず働きは互いに埀埩するものだず実感した。
    玔粋に倢䞭で働くず、それは遊びのように芋える。
    そしお遊びに没頭するず、その䞭から「働くこずの玔粋さ」が立ち珟れる。

    経営の珟堎においおも、ただ効率や成果を远うのではなく、時に遊びの芁玠を取り入れるこずが倧切だ。
    それは単なるリフレッシュの必芁性から蚀っおいるのではなく、人間の自然性Spontaneityを呌び芚たし、働きの本質に垰る道だからである。

     
     

    deepdiver

     
     
    経営や人生の䞭で、 ふず立ち止たりたくなる瞬間に、 「問い」を手枡す文章を曞いおいたす。 組織・経営・倫理・人の成熟に぀いお、 安易に答えを出さず、䜙癜を倧切に。 自分の感芚で遞び盎すための蚀葉を。

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