
命を削りながら、書く。
やめられない
最近、記事を一本書くのに、ビールを一本空けている気がする。
気がする、というのは、数えていないからだ。気づくと、机の上に空き缶が積み上がっている。それが俺の、書いた本数の記録みたいになっている。
ビールを流し込みながら、今度は思考を加速させたくてコーヒーを飲む。上げて、沈めて、また上げる。体に悪いことくらい、わかっている。でも今、創作をするとき、この形がいちばん筆が進むのだ。
書いているとき、俺は体を置いていく。
音も、光も、体の感覚も、全部そこに置き去りにして、文章の中にどっぷり潜る。何も感じずに、ただ言葉だけを書いている。その感覚が、気持ちいい。
たぶんこれは、麻酔だ。
酒とコーヒーで体の感覚を鈍らせて、痛いところまで潜っていく。素面のままじゃ、あんな深いところは書けない。潜るために、俺は毎回、体を捨てている。
問題は、書き終えた瞬間に起きる。
特に、苦しい話を書いたとき。書いている間は麻酔で何も感じないのに、最後の一文を置いた瞬間、その苦しさが一気に、現実の俺の体に流れ込んでくる。
震えが来る。呼吸が浅くなる。
置き去りにしたはずの体が、書き終えた瞬間に、俺に追いついてくるのだ。麻酔が切れて、潜っている間の分の痛みが、まとめて請求される。
だから毎回、書き終わったあと一時間くらいは、布団にくるまって、震えながら落ち着くのを待つ。
ここまで来て、わかるだろうか。
俺にとって何かに夢中になるというのは、命を削ることと、ほとんど同じなのだ。
体という感覚を置いて、没頭する。その反動が、書き終えた瞬間に来る。そして一人で、震える。
だからだと思う。最近、空き缶が増えるスピードが、明らかに速い。
俺は本来、酒に弱い。一日一本が限界だ。なのに、飲んでいる感覚すら忘れながら、口に運んでいる自分がいる。
わかっている。
酒を控えた方がいいことも。コーヒーを流し込み続けるのをやめた方がいいことも。ちゃんと飯を食った方がいいことも。冷静になれば、全部わかる。
でも、俺が俺を許してくれない。
うるさい頭に支配された俺は、書けと思ったら、書き終えるまでやめられない。しかも、その瞬間に投稿しなければ、次の日の俺が、それを消してしまう。
だから、その瞬間の感覚のまま、書きなぶるしかない。冷める前に、外に出すしかない。
僕は、これをやめる気がない。
削っているのを知りながら、それでも書いてしまう。麻酔が切れたあとの震えを知りながら、また次の缶を開ける。
やめた方がいいと、わかっている。わかっていて、やめない。
その矛盾を、今ここで、綺麗に解こうとは思わない。解けないから、こうして書いている。
ただ、少しだけ。
こんなふうにしか夢中になれない自分のことを、今夜は、ほんの少し、心配している。