なんで私はこんなにも褒められたいの?
私はとにかく人から褒められたい。
だが、自分の50代という年齢を思い出すと、その思いが幼稚すぎて、自分が恥ずかしくて情けなくなる。
きっと、幼少期から、いくら頑張っても親に一度も褒めてもらったことがないからだと自分では分析している。
そして、その満たされない欲望を、今も他の人に求めているのかもしれない。
その私の欲望の矛先は、身近な夫と娘にも向けられている。
最近のエピソードで例を挙げると、こんな感じだ。
「ねぇねぇ!今回のnoteの記事にたくさんスキが付いたんだよ!
フォローしてくれる人も増えたんやで。
私の記事を、自分のマガジンに載せてくれたインフルエンサーの人達もいたんやで!
なあ、すごくない?
ねっ!すごいでしょ!」
と、夫と娘に詰め寄って、なんとか褒め言葉をもらおうとする私。
「すごいやん。」
いつも通り冷静に、ひとこと低い声で真顔で返答する娘。
「へー。すごいやん。おれもnote始めようかな。
あ。アカウント名は『つむぎの裏側』とかにしようかな。
つむぎの本性とか、ほんとの黒歴史を記事に書いて出すとか。
あ、黒じゃなくて、漆黒歴史やな。
いひひひ。」
そう言って、褒めるどころか、私をおちょくってくる夫。
「それ、いいやん。あはははー。」
いつもリアクションの薄い娘も、ちょっと意地悪そうな顔で、夫と2人で大笑いする始末。
挙げ句の果てには、
「ところで、私の記事、読んでくれた?」
と、私に聞かれた夫は、
「あ、ちょっと後で読むわ。
つむぎの記事、長くて読むの疲れるねん。
あれ、もっと短くしたほうがいいわ。」
と言って、スマホで、お気に入りの『猫の癒し動画』を見始めた。
これが、我が家のお決まりの流れだが、その度に私の期待で膨らんだ心は一瞬でしぼんでしまう。
『どうして私の周りには褒め上手な人がいないの?
身近な夫と娘が、私を適当に持ち上げてくれたら、きっと私の承認欲求も少しは満たされるのになあ』
私は正直、いつもそんなふうに思っていた。
そんなある日、私は実家で、両親と一緒にご飯を食べた。
そこで両親は、私の娘が習字で賞をとったことを知ると、満面の笑みを浮かべ、手放しで喜んでいた。
「そんなすごい賞をとるなんて、本当にすごいなあ」
「自慢の孫や」
と言った。
そして次は、彼らの別の孫の話に移った。
「いとこのお兄ちゃんは、あんなにいい大学に入ったのに、大学院中退して、就職浪人やて。どうしたものかな」
と、がっかりした顔でため息をつく両親。
その光景を見た瞬間、私の胸の奥に、言葉にできないもやもやとした感情が湧き上がった。
私は、この感じがずっと嫌だったのだ。
良い結果を出した時だけ、光り輝く部分だけを見て喜ぶ両親。
その裏側で、私がどれだけ苦しんでいても、うまくいかなくて立ち止まっていても、彼らは残念そうな顔をして、私の苦しみには向き合ってくれなかった。
その時、ようやく気がついた。
私が幼い頃からずっと求めていたのは、「すごいね」という賞賛の言葉ではなかった。
何もうまくいかない時も、情けない姿を晒している時も、どんな時も変わらずに、ただそこにいて愛してほしかった。
条件付きの「褒め」ではなく、ありのままの私を丸ごと受け入れてくれる「無条件の愛」を、私はずっと切望していたのだ。
そう思うと、家での夫や娘の態度が、別の意味を持つように思えてきた。
きっと、彼らは、私がnoteで評価されようが、されまいが、そんなことはどうでもいいのだ。
きっと、私が「すごい人」である必要など、一ミリもないのだろう。
私の記事を「長い」と切り捨て、私をおちょくって笑い合う彼らは、私がどんなに格好悪くても、失敗しても、がっかりしたり見捨てたりしないだろう。
私は、彼らと今まで一緒に過ごした日々を振り返ってみた。
そして、いつも彼らは、どんな私も丸ごと受け入れてくれていたことに改めて気づいたのだった。
その遠慮のない、適当に見えるやり取りの中に、私がずっと探し求めていた「無条件の愛」はすでにあった。
私はもう、無理に背伸びをして「すごい自分」を見せつけようとしなくてもいいんだ。
だって、こんなにも情けなくて幼稚な私のまま、二人に愛されているのだから。
そして今日も、
「ちょっとぐらい褒めてよ!」
と詰め寄る私に、同じ熱量で言い返してくる夫。
「そっちこそ、俺のこと全然褒めてくれへんやろ。
昨日も『ぷよぷよ二重アゴ』とか言ってきたやろ」
夫のそんな言葉を聞いて私は、
『そんなことで拗ねるなんて大人気ないよなあ。まったく。』
と、心の中で言い返す。
ああ、だけど、二人とも幼稚だという事だけは、間違いなさそうだ。
おわり。
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