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血統鑑定士の黙示録

    あらすじ
    王国中で魔法が消失した。
    魔術師アカデミーの生徒であるゼノルは、国王の命で原因を特定することとなった。
    彼のみが扱える特殊スキル【血統鑑定】を用いた結果、禁忌とされる真実までも明かしてしまった。
    騒然となる王の間で「自らの手で魔法が使用できない問題を解決する」と宣言するも期限は一週間。それまでに解決しなければ王国が滅亡する。
    一刻を争う状況下、ゼノルは宮廷魔術師メリクと共に旅に出る。
    これは一人の少年鑑定士が王国の闇を祓う物語である。

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

    序章

    「ゼノルよ……魔法が使えなくなった原因を究明するのだ」

    王の間にて、一人の少年に勅命が下された。
    彼の名はゼノル。魔術師でありながら魔力ゼロという落伍者ならぬ落伍術師だ。

    今まで当たり前のように使用できていた魔法が突如、使えなくなった。
    国中で起きている未曾有の怪現象に宮廷魔術師たちは青ざめていた。

    国民にとって、魔法とは生命線である。
    これまで依存して来た分、魔法がなければ、まともな生活が送れない。
    火も起こせないし、水も浄化できない。

    「なぜ? あいつが呼ばれたんだ?」
    「魔力もないのに、場違いだろう」

    彼の登場に王の間はどよめき立っていた。
    ろくに魔法を使用することもできない、アカデミーの落ちこぼれが王に謁見えっけんしている。
    兵士や魔術師たちの視線は異様なほど冷ややかなものだ。

    誰にも期待されない中、王だけは違った。
    ゼノルへと王家のペンダントをかざすと、わずかに息を呑む。

    「……やはり、宝海石が反応している」

    蒼き鉱石の輝きに、ゼノルの胸の奥が強く脈打った。
    だが、なぜ自分が王に呼ばれたのか分からない。

    「失礼ですが国王様。このような落ちこぼれに何の用でしょうか?」

    決して皮肉ではない。ゼノルは辺りを気にしていた。
    大臣、宮廷魔術師、貴族に兵士。馴染みのない面々から一斉に注目を浴びている。
    ありえない絵面に委縮してしまっていた。

    「お主の“血統鑑定”で余を診察して欲しいのだ。
    肉体の情報までも見通すことができるという特殊能力を持ってすれば、魔法が使えなくなった原因の特定ができるやもしれん」

    生物、無機物問わず、分子構造や魔力の流れを視認することができる。
    血統鑑定はゼノルにとって唯一、使用可能なスキルだった。

    「無理です……確実にしくじります!」

    語気を強めて、彼は答えた。
    途端、周囲から「やはりな……」と落胆の声が漏れてきた。
    魔術師としての才がないのをゼノル自身が一番自覚している。
    だからこそ、皆の期待を裏切りたくなかった。

    「ちょっ……待てぃ。待ってくれ!」

    帰ろうとすると国王が玉座から立ち上がった。
    扉をさえぎるようにして衛兵が並ぶ。
    さらに、その前には腰を深く落とした状態で大臣たちが構えていた。

    『ぜってぇ―――通さねぇ』
    ムカつくほどの汚い大人の意志が垣間見えた瞬間だった。

    「ゼノルよ。報酬を倍額にすると言ったらどうする?」

    大金―――王の甘言に耳がピクリと動いた。
    金銭に目が眩んだわけではない。
    単に生活が困窮しているだけだ。

    いい加減、パンとスープだけの食生活には飽きていた。
    それに薄汚れたローブも新調したい。

    「話だけ、お聞きします」

    目を泳がせた彼は国王の元へと近づいた。
    少年らしからぬ、邪な薄笑いを浮かべていた。

    「しからば、やるが良い」

    「お待ちください、国王様。
    本当に、僕が触れても差し支えないのですか?
    血統鑑定はその……色々と知れてしまうので」

    あれほど、乗り気だった王が言葉一つでダンマリを決め込んでしまった。
    誰がどう見ても芋を引いている。
    しばし長考した末、拳を手のひらに乗せて叩くと王は大臣を呼んだ。

    「お前、行ってこい」

    「あ……いやはや、お待ちください。まだ気持ちの整理が―――――」

    パシられそうになった大臣は王を言いくるめようと必死だ。
    血統鑑定は必要。でも、知られたくもない事実が出てくるかもしれない。

    いい歳した大人たちが、土壇場で駄々をこね始めていた。
    見かねたゼノルは、近くにいた魔術師の女性に声をかけた。

    「すみませんが、鑑定しても宜しいでしょうか?
    あのままだとラチがあかないんで」

    「鑑定ですか?
    構いませんけど、私よりも、もっと魔法に優れた人のほうが……」

    「お姉さんも魔法が使えなくなったのですよね?」

    確認を取ると魔術師は首肯した。
    おっとりとした見た目に反して肝が据わっている。
    嫌な顔せずに、了承してくれた。

    「行きます、肩の力を抜いてリラックスしてください」

    ゼノルは彼女の額に向け手を伸ばした。
    瞳を閉じて意識を手に集中する。

    すると、彼の手元が淡く発光し、魔術師の全身に温かみのある光が宿った。
    光と影が彼女のカラダを駆け回っていく。
    その様は回転灯篭ミラーボールのようだ。

    「見えました」

    「えっ? もう……ですか」

    「はい、お姉さんが魔法を使えなくなったのは【魔法印】に不純物が混ざっているからです」

    一瞬にして場の空気が凍てついた。
    彼の一言で、玉座の間は騒然となった。
    再加熱した途端、人々の罵倒が次々と飛び交っていた。

    「嘘だ! その少年は虚偽を申しておる」
    「陛下を謀たばろうというつもりか? 魔法印なんぞ、あってたまるか」

    誰もが険しい顔つきとなり、狼狽えていた。
    どうして連中が、パニックを起こしているのか分からない。

    魔力は一切、消耗しない。
    それが血統鑑定だ。
    ゼノルだけしか使い手がいないが、鑑定結果は百パーセント事実だ。
    ハズしたことは一度たりともない。

    鑑定とは人の点穴を見ることだ。
    点穴とは人の全身に巡る、魔力の供給路である。

    もし、そこに何らかの異常があれば魔力が滞り全身には行き渡らない。
    結果、魔力欠乏症となり魔法が使用できないことはザラにある。

    血統鑑定で点穴の奥をさらに覗くと、魔法印が刻まれている。
    人によって形状は異なるが役割は一緒だ。
    この印が魔力を制御するからこそ人は魔法を使用することができる。

    瞬く間にゼノルに対する糾弾の声が上がっていた。
    常軌を逸した人々の反応に、たまらず玉座の方を振り向いた。
    王は何も告げずに、静観するのみだった。

    小さな火種がくすぶり大火となる。
    王の間では、ゼノルの発言による対立が始まってしまった。

    「その者を捕えろ。子供の姿をした悪魔だ!
    神を名において、処分すべきだ」

    宮廷魔術師と聖職者たちが、殺気立ちながらゼノルを罰しようとしていた。

    「皆の者、静粛にせい! 国王陛下の御前であるぞ」

    それを鎮めようと大臣や、貴族たちが宥なだめるも彼らは聞く耳を持とうともしない。

    何が、彼らをここまで追い詰めているのか。
    ゼノルには分からなかった。
    ただ周囲の様子を見て、とんでもないことを口にしてしまったと後悔していた。

    王に至っては置きモノ同然である。
    顎髭あごひげをいじるだけで、何もしてはくれない。
    あれほど、せがんでおきながら酷い仕打ちだ。

    「陛下、ここは一つ……陛下から、皆に言葉を――――」

    「ふっ、ふ~ん♪」

    こうなれば、責任のなすりつけ合いである。
    魔術師たちから責め立てられることを嫌い、王は知らん顔を決めていた。
    大臣に促されても、ハミングをしてくるだけだ。

    「国王陛下。
    ここは一つに我々、黒十字星団に一任していただけませんでしょうか?」

    罵声が飛び交う場において、一人の男が手を挙げた。
    宮廷魔術師の一団の中から出てきた彼は、見た目若い魔術師だった。
    颯爽と王の前に向かう彼の姿は、優雅さと知的さで満ち溢れているような感じがした。

    魔術師を見るなり王の目の色が変わった。
    それまで、玉座にもたれかかっていたカラダを前のめりにしてきた。

    「おお、そなたは星団長のギネーヴィではないか。
    此度も妙案があるというのか?」

    「左様でございます。
    確かに、この少年の発言は我々、魔術師の存在を否定しております。
    ですが……皆様も今一度、冷静になって考えてみてください。
    少年がそう言っているだけのことで、それを事実と受け止めるのは些か、軽率では?」

    信じられないことが起きた。
    喧騒に包まれていた場が、ギネーヴィという青年魔術師の一言で静まり返った。
    彼の言葉には力強さと妙な説得力がある。

    辺りの空気が落ち着きを取り戻す中、右手を自身の胸に宛てたギネーヴィは視線を斜めに向けながら、さらに話を続けた。

    「えーと、ゼノル君だったよね。
    君はアカデミーの学生だそうだね?」

    「はい、そうですけど……」

    「失礼だが、君と同じ名の生徒がいて、魔法がまったく扱えない不能者と聞く。まさか、君のことかな?」

    ゼノルは唇を噛みしめた。
    この魔術師の言っていることは、一言一句正しい。
    だが……魔術師なら、アカデミーのことは簡単に調べがつくはずだ。
    なのに――――わざわざ大衆の前で、ひけらかすように聞いてきた。

    「それで? どうなの? 正直に言ってごらん」

    顔を近づけて耳元で囁く。
    拒否は認めないという脅しだ。

    「否定はしません。おっしゃる通り、僕には魔力がありません。
    ゼロだから、魔法も使えない」

    「なるほど――――」

    小綺麗な顔立ちが崩れそうになるほど、口角を吊り上げるギネーヴィがいた。
    左右交互に顔を向けて、貴族や宮廷魔術師たちへと高らかに告げた。

    「皆様方、聞きましたか?
    こともあろうか、アカデミーに魔法が使えない者が在籍しております。
    大方、無能な自分に苦悩し魔が差したのでしょう……。
    彼は虚偽を申し立ててまで、一般人のように振る舞おうとしたのです。
    血統鑑定? そんな物は端から存在はしない」

    「そんなことはありません。血統鑑定は確かに―――――」

    一方的に否定されることが、ゼノルには我慢ならなかった。
    自分のことなら、いざ知れず血統鑑定は彼の一族の誇りであった。
    それだけは譲れない気持ちで、ギネーヴィに意見した。

    「証拠もないのに、勝手に決めつけないでください。
    僕は嘘なんかついていない……。
    この場にいるのも、城から呼び出されたからです。
    でなければ……落ちこぼれの僕なんかが、この場にいるわけがない」

    拳を強くにぎりしめ、ゼノルは顔を下げた。

    招集がかかったから、城に赴いたのに――――。
    能力を示せと言われたから、やっただけなのに――――。

    ここに居る者たちは、自分たちに都合が悪いことが発覚すると手のひらを返してきた。

    「気持ちは分かる。辛いよね、寂しかったよね。
    でもね、人というのは分相応ぶんそうおうという物がある。
    魔術の申し子と呼ばれた俺と、初級魔法すら使えない君とでは。
    いったい、どちらが正しいことを言っていると皆が判断するだろうね?」

    反論ができなかった。
    いくら、ゼノルが正直に答えたとしても……ここの連中はギネーヴィに従う。
    彼らの見ているのは真実ではない。
    圧倒的な力や立場といった権力の象徴だ。

    優れた人間こそが、正しい選択をすることができる。
    この国では、そう信じて疑わない人間があまりにも多すぎた。

    権力崇拝の構造が人々の認識を狂わせていた。
    それはゼノルにも影響を与え続けていた。
    周囲から向けられる疑惑の眼差しが、少しずつ彼の心を蝕んでいた。

    「陛下、どうやら彼には処罰が必要です。
    ですが、まだ若い。
    こうした若者が道を踏み外してしまうことは我々、大人の責任でもあります。
    ここは一つ、温情をかけてやってはどうでしょうか?」

    頼んでもいないのに、ギネーヴィがドンドン話を進めてしまう。
    罪が軽くなるのならと……つい、流されそうになる。
    何も悪事など働いていないし、咎められる理由もない。

    内心、納得いかないゼノルだが、否定したところで誰の耳にも彼の声は届かない。
    であれば、抗う意味がない。

    「うむ。そなたがそう言うのであれば……。
    ゼノルよ。お主の行動や発言は悪質極まりない。
    本来ならば投獄されてもおかしくはない――――」

    王の言葉を聞き、ギネーヴィの口元が緩んだ。
    その瞬間を目の当たりにして初めて、ゼノルは自分が嵌められたことに気づいた。

    「――――ギネーヴィの言葉もある。
    よって、お主をアカデミーから除籍。さらに国外追放とする」

    瞬きができなくなるほどの衝撃が、胸中を駆け巡る。
    除籍は覚悟していたが、国から追い出されるなんて聞いていない。

    『いったい、誰のせいでこんな事になったというのだ……』

    そう、怒りたいが相手が悪すぎる。
    当然ながら、王に逆らえば、ただでは済まされない。

    悪びれない王に不信感だけが募る。
    どういう神経をしていれば、こんな茶番劇を平然と行えるのであろうか?

    情けない王の姿に失望したゼノルは、その場でうなだれた。
    両脇を衛兵に抱え込まれても抵抗する気力も湧かなかった。

    「お待ちください!」

    不意を衝く、軽やかな音色が殺伐した場の空気を押し流した。
    決して強くはないが、声には確かな意志が宿っていた。

    「なんと……メリク。なぜゆえ、お前がここにおる」

    金のラインで縁ふち取られた白衣のローブ。
    腰に手を当て、待ったをかけたのは、さきほどの女魔術師だった。

    「め、メリク様……ここは貴女様には相応しくない場所ですぞ」

    かぶっていたフードを下ろすと黒いリボンで両端を束ねた小豆色の長髪が揺れた。
    彼女の顔を見るなり、大臣が血相を変えていた。
    反応からして、魔術師の彼女は相当位の高い人物なのだろう。
    王もまた、顔色を悪くしながら口をモゴモゴさせている。

    「お言葉ですが陛下。
    私は彼から血統鑑定を受けました。
    ですから、ハッキリとこの場で申し上げます。
    彼、ゼノルの力は本物です」

    一人の魔術師の言葉により周囲から反発の声が上がった。
    一度は鎮火した諍いいさかいの炎が吹き荒れる事態となった。
    ゼノルを擁護すれば、こうなることは目に見えて分かるのに。
    見ず知らずの彼女が身を持って証人となってくれた。

    メリクという人物は何者なのか、気になって仕方がない。
    一旦は光を無くしたゼノルの瞳に、再び活力が戻ってきた。

    「出しゃばるな、下級魔術師が――――」
    「そうだ、そうだ。大方、その小僧に金でも握らされたんだろう」

    一向にやまないヤジに、王と大臣は狼狽えるばかりだった。
    先ほどまで、大衆を抑えていたギネーヴィも両手をかかげながら匙さじを投げていた。

    敵意が蔓延する中で魔術師メリクだけは違った。
    連中を凄みながら、淡々と述べた。

    「不服あるのなら、ゼノルの鑑定を受ければいい。
    彼なら、皆の得意とする魔法属性や系統を見抜くことができましょう。
    それが彼の力を示すことになるはずです」

    メリクの言い分は一理ある。
    かなりシンドイが、何人かに血統鑑定を行えば信じてもらえる可能性は高い。

    「クククッ、アハハッ!
    申し訳ないが、そんなことで彼の正しさは立証することはできないよ」

    彼女を小馬鹿にするように反論してきたのはギネーヴィだ。
    だが、その通りだ。
    信じて貰えるのは、あくまで能力があるということだけだ。
    鑑定結果が正しくとも、ここにいる者たちが“セフィロトの魔法印”を認めない限り状況は変えられない。

    ならば、やることは決まっている――――。

    「ん、何のつもりだ? 少年」

    肩を揺らすギネーヴィの動きが止まった。
    前まで移動したゼノルは無言のまま彼を指差した。

    「証明できれば良いんですよね?
    ならば、僕がどうするべきなのかは決まっている。
    アンタたちの魔法を取り戻してみせる。
    そうすれば、ここにいる誰よりも僕が正しいということになる!」

    「薄汚い手をどけ給え。
    君の戯言を聞いている暇など俺にはない」

    眉間にシワを寄せたギネーヴィがゼノルの手を弾いた。
    表情に変化は見られないが、怒りが態度に滲み出ている。

    「いかがでしょうか? 陛下。
    彼がこの問題を解決すれば、それが何よりの真実となります」

    すかさず、メリクが進言してくれた。
    その場にいる誰もが口を閉ざしていた。
    あまりにも正論過ぎて、返す言葉が出てこないのだろう。

    「分かった……ここはメリクに免じ許可しよう。
    ゼノルよ。皆の者が抱くお前への不信感が消えたわけではない、そう長くは待てんぞ」

    「一週間。それまでには必ず解決してみます」

    一週間、それ即ち……この国の残り時間を意味する。
    国王たちは認識しているのかすら怪しいが、魔法印の異常は魔力枯渇の前兆だ。
    そのまま、放置し続ければ人々の自我は崩壊してしまう。

    一週間で魔法消失の問題を解決しなければならない。
    そのことでゼノルは頭が一杯だった。
    国外追放を免れたとはいえ、提示した条件が悪すぎた。

    「せめて原因を特定するだけに留めておくべきだった……」

    王城から帰路につく。心中は穏やかではなかった。
    大見えを切ってみせたが、これといった解決策があるわけでもない。

    王城にいる連中は最悪だ。
    他人の事は棚にあげて自分たちは何もしないつもりだ。

    アカデミーの同級生に頼るわけにもいかない。
    彼らとは元から馬が合わない。
    魔法が使えないことを馬鹿にして、ゼノルを相手にしようともしない。
    目立たないから、虐めに遭うことすらない。
    最初から透明な存在として扱われていた。

    「ただいま」

    王国、旧都市街の一角にゼノルは母親のミラと二人で暮らしていた。
    ボロけた家屋だが、頑丈なのがこの家の取り柄だ。
    父親のことは、よく知らない。ゼノルが物心ついた時には、すでに家には居なかった。

    母は、これまで女手一つでゼノルを育ててくれた。
    生活は決して裕福とは言い難いが、不満を言うところは一度も見たことがない。
    魔法アカデミーに通うにしても、貯金を切り崩してまでお金を出してくれた。

    「お前の将来のために」と。

    だからこそ、アカデミーを退学させられても別に構わなかった。
    このまま、あそこに居ても、母の負担が増えるだけだ。
    魔術師になれる素質もないし、血統鑑定は何の役にもたたない。

    なのに――――彼女は「諦めなければ、いつか才能が開く」と言い張る。
    ゼノル自身以上に、この能力のことを信用している。

    「おかえり、ずいぶんと長引いたのね?」

    家に入ると、美味そうな匂いが漂ってきた。
    ちょうど、母が夕食の準備をしている最中だった。

    「すぐ支度できるから、手を洗ってきなさい。
    慣れない王城だから疲れたでしょう?」

    優しく微笑みかけながら、母は鍋をかき混ぜていた。
    匂いからして、今夜はゴチソウだ。

    出稼ぎに出ている彼女が家に帰ってくるのは週に一、二度程度だ。
    いつもなら、久々の母の味に大喜びするところだが、今日はそんな気分にはなれない。

    二人でテーブルを囲い、スプーンを手に取る。
    皿の中のシチューの熱気が視界を遮っていく。

    「さぁ、冷めないうちにいただきましょう。
    母さん、今日はとても安い鶏肉を見つけたから奮発しちゃった」

    王城にて、何が起きたのか。
    彼女は絶対に聞いてこない。
    期待していないからではない……息子のことを信じてくれているからだ。

    必要なことがあれば伝える。それが母と子の約束だ。
    けれど、どう伝えれば良いのか彼には分からなかった。

    嘘つき呼ばわりされて、無理な課題を押しつけられた。
    できなければ、国外追放されるだけは済まない。
    大勢の人々が被害を受けることとなる。

    ゼノルにとっては、自分よりも唯一の肉親である母のことが気がかりだった。
    もし、自分が失敗したら彼女はどうなってしまうのか?
    想像しただけで、手の震えがおさまらなくなる。

    「ゼノル、どうかしたの?
    あまり食べていないようだけど……具合でもわるいのかい?」

    「な、何でもないよ、母さん。今日は忙しくて疲れたのかな」

    魔法印のことは、口が裂けても言えなかった。
    伝えてしまったら、彼女が大切にしている日常を壊してしまう気がした。

    城の連中があてにならないのなら、自分がどうにかするしかない。
    ゼノルは、より強く決意を固めた。
    不純な印の正体を突き止め、母だけは絶対に守ってみせると。

    「そういえば、最近になって貴族の間で健康食が流行っているらしいわよ。
    なかでも、神聖水っていう湧き水が流行っているみたい」

    「へぇー、僕らは井戸水だけど何が違うの?」

    木の匙の先端をくわえながら、質問すると母は膝を叩きながら目に涙を溜めていた。
    相変わらず、大袈裟な笑い上戸だとゼノルは眉を潜めた。

    「いやぁね。それが清水も井戸水も一緒なのよ。
    よく分からないけど、庶民がひいた井戸から水を汲むのが嫌だとさ。
    そんなことの為にわざわざ大枚をはたくなんて、貴族様の金銭感覚はぶっ飛んでいるわ」

    「水か……それって、いつ頃から流行っているの?」

    「さぁ、二週間前からかしら?」

    頬に手を添える彼女を見ながら、ゼノルは何か引っかかりを覚えた。
    そばにあるグラスに注がれた水を見詰めた後、ナイフの刃で指先を傷つけた。

    「ゼノル? 何しているの」

    「少し気になることがあってね。勘違いかもしれないけど――――」

    グラスの中にポタリと血の一滴が沈んだ。
    水の中で煙幕のように広がる血液が、答えを導き出す。
    血統鑑定が使用できるのは何も生物だけとは限らない。
    こうやって、ゼノル自身の血を通すことで無機物の鑑定も可能となる。

    手元がポゥと光輝くと鑑定が始まった。

    グラスの中の血液が水と混ざり合う。
    ゼノルの魔法印には何も刻まれていない。
    だからこそ、よく馴染む。

    本来ならば、得られることのない水の魔力回路の構造を視覚化し、すべてを明らかにする。

    「この反応は……間違いない。
    あの魔術師の魔法印に干渉していた不浄な印コードだ」

    ゼノルは、かざしていた手をグラスから離した。
    鑑定結果が出た。
    人々から魔法を奪った諸悪の根源……。
    それは自分たちが口にする水だった。

    「ゼノル、どうしたの?
    やはり、城で何かあったのかい」

    さすがに母も表情を曇らせていた。
    彼の額を拭いながら、問いただしてきた。

    魔法が使えないということを一般人は気にしない。
    母も例外ではない。
    魔法がなくとも生活に困らないからである。

    「母さん、少し出かけてくる」

    「えっ、今から? もう日も暮れたし、明日にしたらどう?」

    「すぐに戻ってくるから心配しないで」

    手短に支度を済ませると、ゼノルは家を飛び出た。
    水の毒性は検出されなかったが、安全とは言い切れない。
    井戸水には、高濃度の不純な印が確認された。

    人々にとって飲み水は、無くてはならないものだ。
    飲んでも大丈夫な物なのか、正体を突き止めないといけない。

    辺りは、すでに薄暗くなってきた。
    手持ちのランタンに火を灯し、水汲み場へとやってきた。
    ここから直接、水を汲んで鑑定すれば別の反応が現れるかもしれない。

    さっそく、滑車で井戸水を汲み上げた。
    鑑定にかけてみるが、家で確認したものと何ら変化はない。

    「駄目か……発生源はここではないというのか?
    だったら、どこに……まさか」

    ゼノルは南方の空を見上げた。
    今は暗闇に包まれ何も見えないが、王都の南には霊峰グラエナをはじめとする山岳地帯が広がっている。
    王都を流れる地下水脈は、そこから流れている。

    「そこに居るのは誰?」

    人の声がしたのと同時に視界が白くなった。
    思わず、目を閉じると近づいてくる足音が聞こえてきた。

    「あの、怪しい者ではございません。
    僕はゼノル、王都の人間です」

    自分でも何を言っているのか分からなかった。
    ただ必死に弁明しようとしたらチグハグになってしまった。

    「ゼノル? ひょっとして……君は王城にいた、ゼノル君」

    意外そうな女性の声が聞こえた。
    薄っすらと目を開けようとしたが、いまだに辺りが眩い。
    光を避けるようにして腕で遮ると、ようやく彼女の方が気づいてくれた。

    「ごめんね。今まで魔導具を扱う機会が少なかったから。
    今、消すから待っていて」

    パッと光が消え、闇が戻っていく。
    何で照らされていたのか、分からないが凄まじい光だった。
    チカチカとする目をこすりながら、ゼノルは彼女の前に立った。

    なんとなくは想像がついていたが、そこにいたのは王宮魔術師のメリクだった。

    「こんばんは。こんな所で再会するなんて奇遇ですね」

    「そうだね――と言いたいけれど、井戸で何をしているの?
    ただでさえ、君は他の魔術師や権力者に警戒されているんだよ。
    不審な行動は、かえって君自身を危険にさらすことになる」

    彼女の忠告はもっともだった。
    不浄な印の正体を暴こうと、そっちばかりに気を取られていた。
    周りがどう動くのか失念していた。

    「ですよね。僕もそろそろ帰ります」

    愛想笑いを振り撒きながら撤収しようとした。
    すると、彼の肩をメリクがガッシリとつかんできた。

    「なっ、何ですか……?」

    「そう怯えないで。
    貴方も気になって、調べに来たんでしょう、井戸の水を」

    耳元に生暖かい吐息が吹きかかる。
    どうやら、メリクも似たような解を得てここに赴いたようだ。
    しかしながら、ちっとも話に集中できない。

    彼女の体温、息遣い、匂いはゼノルにとって刺激が強すぎる。

    「そそそのお姉さんも、水が原因と考えたわけで――ですよね」

    つくづく辺りが暗くって良かったとゼノルは思った。
    自分でも分かるほど、顔が真っ赤になっていた。
    決して女子に苦手意識があるわけではない。

    普通に会話もできるし、触れることだってできる。
    なのに、何故か……メリクの前では妙に緊張してしまう。

    彼女は自分を庇ってくれた唯一の存在。
    だからだろう。ある種の敬意のようなものを払っていた。

    「それで、何か分かったの? 鑑定したんでしょう」

    「ち、ちかっ」

    「地下ね。地下に異常があったのね。
    そうか、そうよね。私が睨んだ通り、地脈を通して不浄な印が国中に広まったんだ」

    『たんに距離が近い……』
    そう言おうとしただけだが、妙に上手く話が噛み合ってしまった。
    メリクは自覚していないようだが、彼女には距離意識というものが欠けている。
    カラダを密着させるようにして近づいて来るから、余計緊張してしまう。

    ――――――

    「少し待ってなさい」

    家に帰るなり、母は家中の棚を開け始めた。
    何かを探しているようだ。
    時折「無い、無い」と呟き声を発していた。

    「私たちも探した方が?」

    気を利かせてメリクがそう述べても、母は応じない。

    「いいのよ。あなたは、お客様なんだからゼノルと話でもしていて」

    そう言うだろうと、息子の彼には分かっていた。

    「こういう場合は好きにやらせた方が良いよ。
    母さんは、自分で探さないと気が済まない性格だから」

    ゼノルの言葉に彼女は肩をすくめていた。
    誰しも、臨機応変に周囲へと溶け込むことができるメリクとは違う。
    それぞれが癖を持ち、こだわりがある。
    それこそが個性だ。決して、悪いことはないと彼は思っていた。

    「あった! あったわよ」

    三十分もかけて、ようやく母から歓喜の声があがった。
    こうした喜びがあるからこそ、彼女は一人で探そうとするのだ。
    まるで子供みたいだが、本物の子供はすぐに飽きて探すのを止めてしまう。
    あくなき追求こそ、大人の嗜みだとアカデミーの教授も言っていた。

    「それで、これは何なの?」

    「何って、家宝よ。
    これこそが先祖代々受け継がれてきた秘伝書よ!
    うっ、ゲホゲホゲホッ!」

    母が持ち出してきたのは、酷く埃をかぶった細長い木箱だった。
    調子に乗った彼女が箱を叩いたせいで室内に埃が舞ってしまった。

    全員で咳き込みながら、窓という窓を全開にしなければならない羽目になった。
    家宝と言いながら、よくも不衛生な状態で保存していたもんだ、半ば呆れてしまう。

    「貸して、あとは僕がやるよ」

    木箱を母から取り上げ、ゼノルは中を開いた。
    そこに納まっていたのは【秘伝書】と汚い字で記されたスクロール(巻物)だった。

    「うわっ……」

    「ちょっと変な声を出さないでよ。
    いい? これは本当に、ありがたい物なんだから。
    本当なら、アンタがもう少し大きくなってから渡すつもりだったけど……。
    メリクちゃんの話を聞く限り、その時が来た! って、感じたわ」

    「相変わらず、ザックリしているね。とりあえず、中を見て判断するよ」

    かなり年季の入った巻物だ。
    雑には扱えない。
    ゼノルは使いたくもない集中力を使い巻物を開いた。

    「こ、これが! 血統鑑定の秘伝書」

    ゼノルたちよりも、先に目を見開いていたのはメリクだった。
    読書量の多い魔術師だからこそ、書物などの内容をすぐに把握できるそうだ。
    別段、羨ましくはないが、速読できるのは便利な才能だとは思う。

    巻物には確かに血統鑑定について記載されていた。
    主だった内容は、鑑定能力の説明で、そのどれもがゼノルが既知していることだった。

    「せいぜい、役に立ちそうなのは……応用方法ぐらいだね」

    「ねぇ、これなんか使えないかしら」

    メリクが巻物の一点を指差してきた。
    【他の生物の点穴の調整】について書かれている部分だった。

    点穴とは、体内に流れ込む魔力の中継ポイントのようなものである。
    一箇所でもここが機能しなくなれば、魔法は安定せずにコントロールできなくなる。

    巻物には、血統鑑定を用いて点穴に溜まった魔力を強制操作する方法が記されていた。
    嘘みたいな内容だが、理論上だと、できなくもなさそうだ。

    ただ、一つだけ懸念があるとしたら《《魔力操作》》だ。

    魔力を持たないゼノルには、魔力を操作するという感覚がない。
    その上、馬もまた人と同じように魔法印を持ち、湧き水を飲んでいる。
    魔力自体が体内に留まり停止しているという状態になっているはずだ。

    「正常な状態なら、ともかく……。
    不浄な印の影響を受けている場合でも、上手くコントロールできるのかな?」

    「心配しなくても大丈夫よ?
    君が魔力の流れを通すことができれば私が調整操作するから。
    魔術師って、そうやって魔法を発動させているのよ」

    魔法のことは一切想像がつかない。
    そうなると、メリクの感覚だけを頼りにテストしてみるしかない――――。

    翌朝になり、二人は馬を調達しに出かけた。
    当然ながら、ゼノルに購入資金などはない。

    宮廷魔術師のメリクにもアテはないと言う。
    ならば、答えは一つだ。野生の馬を捕まえるしか方法はない。

    それ込みで、あの母親は自力で用意しろと言ってきたのだ。
    せめてもの救いは、王都近郊の平原に野生の馬が多く生息していることだ。

    「でも、どうやって捕まえたら……」

    「嘆いていても仕方ないよ、ゼノル君。
    大丈夫よ! 馬はとても賢い生き物だから誠意をもって接すれば、きっと私たちの気持ちが伝わるはずよ」

    「そういう所なんだよなぁ、母さんと同じことを言ってくるのは……」

    何事も精神論で乗り切ろうとする女性陣の逞たくましさに翻弄されるゼノルだった。

    会話に花を咲かせ、悠々と平原を突き進むメリク。
    彼女とは対照的にゼノルの足取りは重い。

    平原にいるのは、なにも野生の動物だけではない。
    モンスターは当然。場合によって野盗と遭遇することも珍しくない。

    「どうかしたの? さっきから黙っているけど」

    前を歩くメリクが、振り向き様に聞いてきた。
    まるで、遠足にでも行くかのような能天気さに、冒険者ではない彼は顔をしかめた。

    「メリクさんは怖くないのですか?
    僕らは魔法が使えないんですよ。
    万が一、ここでモンスターに襲われでもしたら一溜りもないですよ」

    ゼノルは口元を歪め声を震わせていた。
    緊張と恐怖、プレッシャーが入り混じた複雑な心境に、どうしたらいいのか逡巡しゅんじゅんしていた。
    そんな彼の目の前にスッとメリクが手を伸ばした。

    「ゼノル君も一つどう、気分が落ち着くよ」

    彼女が手を広げると綺麗な包み紙が現れた。
    掌の上で踊る、それは小さなキャンディーだった。

    「こ、子供扱いしないでくださいよ。
    これでも14ですから、自分の管理は自分でできます」

    「そう? だったら……アレをどうにかしようか」

    メリクが指差す先に、バンディットの姿が見えた。
    奴らは旅人から窃盗を行う、凶悪な亜人種モンスターだ。

    二人は急いで茂みの陰に身を隠した。
    幸いにも周囲の草の背が高いおかげで、向こうはコチラに気づいていない。

    「一先ず、アイツらが去るまでここでやり過ごしましょう。
    目視できるのは二体だけですが、他にも仲間がいるはずです」

    「……だね。バンディットは見た目ゴブリンに似ているけど、人並みに知性があるから。
    罠を張っていてもおかしくないわ」

    「それはそうと…………どうして僕に引っ付くんですか」

    一緒に隠れたのは良いが、なぜかメリクに抱きかかえられるような姿勢になっていた。
    ゼノルは目のやり場に困っていた……。
    間近には彼女の開いた胸元がある。

    魔術師なのにどうして、露出の多い着衣を身につけているか?
    理解に苦しむ。
    ただでさえ、防御力が低いクラスなのに危機感が足りないのではなかろうか?

    ゼノルは生真面目なことを考えながら、気を紛らせていた。
    だが、「どいて欲しい」とは自発的には言わない。
    いや、言えない。
    そのことを口にしてしまったら、自分が覗き見していたと彼女に疑われてしまう。

    どうにか、メリクが気づくように仕向けないといけない。

    前門のバンディット、後門のメリク。
    ゼノルは二つの問題を同時に抱え、早くも悪戦苦闘していた。

    「どうやら、動き出したようね」

    しばらく、敵の動向を監視していたメリクが呟いた。
    どうにか、この呪縛から解放されるとゼノルが息を吐いた瞬間――――

    茂みの奥がガサゴソと音をたてながら揺れていた。

    『マズいぞ、バンデットの仲間?』

    ゼノルは口元を押さえながら息を止めた。
    なるべく気配を殺さないと、モンスターに気づかれてしまう。
    奴らはその手に刃物を持っている。
    大抵はダガーナイフだが、中には長槍を持つ奴もいる。

    無作為に突かれるのだけは、避けなければならない。

    「なっ……」

    真横を見ると手に石を持ったメリクがいた。
    何を考えているのか、彼女はその石をデタラメな方向へと投げ落とした。

    カツン――――

    響き渡る物音に茂みの奥がますます揺れ出した。
    草を掻き分けて飛び出てきたのは、やはり敵の一体だ。

    直後、空を切る風圧がゼノルの頭上を通過した。
    そこには躍動するメリクの肢体が見えた。
    スタッフを手にした彼女がバンディットに痛烈な一撃を見舞う。

    「あ……ぎぃ」

    悲鳴すら上げる暇もなく、背後から殴打された魔物が地に伏せた。

    「早く、君も運ぶのを手伝って」

    小声でそう伝える彼女は、今仕留めたばかりの魔物を引きずろうとしていた。
    ゼノルも急ぎ、両脚をつかみ持ち運んだ。

    二人して草むらの中に魔物を置くとメリクが肩に手を置いた。

    「さぁ、ここからがゼノル君の出番だよ」

    唐突な前振りに目が点となった。
    それを見た彼女は「血統鑑定」と促してきた。

    「まさかとは思いますけど……コイツで試してみろってことですか?」

    「うんうん、そーだよ。
    だから、頭は狙わなかった。
    ぶっつけ本番で捕まえられるほど、馬はチョロくないよ。
    なんせ、神経質な動物だからね。
    遠くにいても私たちの意図を見抜いてくる」

    「ずいぶんと馬に詳しいんですね」

    正直、彼女の意見には目を見張るものがあった。
    何も思慮せず、遊び半分で行動している。
    そうゼノルは思い込んでいたが、何一つ彼女のことが見えていなかった。

    「まぁ、動物が好きだから」

    ここに居る魔術師は、他者の何倍も深く物事を考えているようだ。
    不要と判断した事を省くのも、彼女なりの道理があるからだろう。
    思考、そのものの質の違いに【知見ある者】との差をゼノルは痛感させられた。

    実家から持ち出した巻物に目を通しながら、ゼノルは喉を鳴らした。
    今から行うのは、魔力の循環を追うための鑑定である。
    流れさえつかめれば、後はメリクが魔術操作してくれる。

    初の試みだが、思ったよりは緊張していない。
    鑑定自体は普段と然程は変わらない。
    大変なのは、ゼノルよりもメリクの方だ。

    いくら宮廷魔術師でも、自身以外の者の魔力を操作するのには高レベルの技術を要する。
    くわえて相手はモンスターだ。
    人型でも基本的は人間と構造が違う。

    「いいわよ、ゼノル君」

    コチラの不安を他所に、メリクはやる気満々のようだ。
    どの道、この《《連携》》スキルを体得しないと遠出することすら叶わない。

    ゼノルは意識を高めて、光に包まれた両手でバンディットの頭をつかんだ。

    「クッ……なんてメチャクチャな構造をしているんだ」

    バンディットの点穴の位置がバラけていた。
    人間なら、ちゃんと決まった配置に穴が開いている。
    このモンスターの点穴は穴数こそ少ないが、魔力回路の繋がりが糸のように絡まっている。

    どの点穴が、どんな役割を果たすのか?
    探るのに時間を割きそうだ。

    「どうします? 続行しますか」

    「構わないわ。魔法印の中を探って」

    六か所ある印の内、三ヶ所に分かれて魔力が滞っていた。
    人だけではなく、この亜人にも不純な印が混じっていた。

    「メリクさん、鑑定完了しました。
    どうやって不純な印を取り除けば良いんですか?」

    「外す必要はないよ。新しいバイパスをつなげばいい」

    メリクが彼の肩に触れると、それまで停滞していた魔力が変動した。
    不純な印の縛りを物ともせずに、点穴から次の点穴へと繋ぎ合わさっていく。
    バンディットの自身の魔力が新たなる流れを構築し連環を成した。

    「凄い! あれだけバラけていた魔力が一つに繋がり、魔力回路が機能し始めた」

    魔力の変化を目で追えるのはゼノルだけである。
    他の者には可視化できない。
    それを補うためにメリクは彼に直接、触れることで感覚を共有した。

    驚くべきは、その筋の良さだ。
    初見でありながら瞬く間にコツをつかんでいた。

    「なんとなく、扱い方が分かってきたわ」

    頬を緩めながら彼女は手をかざした。
    その動作に連動し横たわる魔物のカラダから魔力が放出された。

    「うん、イケる。これなら魔法の代用にできる!」

    何を喜んでいるのか、ゼノルにはサッパリだった。
    “代用”という文脈から、メリクは魔法を使用しようとしている。
    そこまでは察することができる。

    しかし、このモンスターをどうやって活用するのか皆目見当がつかない。

    「どうやるの? って表情をしているわね。
    まぁ、見てなさい。魔術師の本領発揮してみせるから……えっ?」

    依然として魔力を燃やし続けるバンディットが突如として動きだした。
    メリクを押し退けると、そのまま彼女の首根っこをつかんできた。

    「メリクさん! コイツ、勝手に―――――」

    「ゼノル君!」

    唐突に草むらを飛び出し、平原を走り抜けていく。
    魔物の奇行に、メリクがなす術なく連れ去らわれてしまった。

    「いったい、どういうつもりなんだ? 
    止まれ、とまってくれぇぇぇ――――」

    息を切らしながら、その背を追うもメリクの姿がどんどん遠ざかっていく。
    やがて、進行方向にバンディットたちの一団の姿が見えた。

    もっとも、遭遇したくなかった絵面にゼノルは鼻水を噴き出しそうになった。こともあろうことか、あの魔物は仲間がいるキャンプに突撃しようとしている。

    「駄目だ。僕の力ではアイツらには勝てない。
    キャンプに辿り着く前に、アイツからメリクさんを取り返さないと」

    泣き言を吐こうとも、ゼノルは走るのを止めない。
    決して諦めたりはしない。
    なぜなら、もう一人ではないからだ。
    共に旅をする仲間がいる。

    自身が落ちこぼれであろうとも、メリクだけは血統鑑定を認めてくれた。
    誰からも相手にされていなかったのに、一緒に旅に出ようと背中を押してくれた。

    少し変わってはいるが、初めてできた大切な仲間だ。
    例え、一時の繋がりであろうとも、冒険はまだ始まってもいない。

    「こんな所で、足踏みしているわけにはいかない!」

    歯を食いしばり、ゼノルは走った。
    心臓の飛び出そうになっても、速度を落とすことはしなかった。
    彼女を一人にするわけにはいかない。
    なんとしてでもメリクを救う。その一心でキャンプを目指す。

    「待っててください、メリクさ――――」

    「こんの、離しなさい!」

    目の前で、メリクの肘鉄がバンディットの後頭部に直撃した……。
    バランスを崩した魔物は転がるように転倒し、地面にキスをしていた。

    投げ出されたメリクの方は、おそらく脳震盪のうしんとうを起こしている。
    横たわったまま、起き上がる気配がない。

    なんとか、彼女のそばへと駆け寄ることはできた。
    しかしながら、事態は何一つ好転しない。
    運命の荒波はゼノルに情け容赦なく襲い掛かってくる。

    キャンプにいた残りのバンディットたちが、コチラの方に向かって一斉に走り出していた。
    さらに転倒した個体が、立ち上がりゼノルの喉元へと短刀を突き付けてきた。

    「おかしい。完全にカラダの自由を奪ったはずなのに……。
    そもそもコイツらに手をだしたのが間違いだったのか?」

    顔面蒼白になりながらも、ゼノルは後方へと下がっていく。
    情けなかろうが、誰だって痛い思いはしたくない。

    自身を正当化しようとゼノルの決心は揺らぎつつあった。
    己すら守れない者が他者を守ることなど、どう考えてもできやしない。
    そう頭の中に過るも、バケモノが首からぶら下げている物を見た途端。
    心の奥底から急激な怒りが沸き立つのを感じた。

    「違う。コイツらは、ここを通る旅人を襲っている。
    放っておけば、また犠牲者が増えるだけだ。
    負けてたまるか! こんな、野蛮な奴らに怯えたりするもんか!」

    彼は叫び声を上げながら、バンデットを手で突き飛ばした。

    その刹那―――――蒼く発光した魔物が水の爆音に飲まれて露と消えた。

    荒々しい水飛沫が、視界を遮るようにして降り注いでくる。
    強烈な魔力反応ともに、水属性魔法【ウォータースプラッシュ】が発動していた。
    魔法を唱えたのは無論、ゼノルでも意識を失ったままのメリクでもない。

    荒れ狂う水流が消失すると、彼の前で餌食となったモンスターたちが力尽きていた。
    頭から水を被ったまま、ゼノルは呆然と立ち尽くしていた。
    何がなんだか……彼自身も、よく分からない。
    ずぶ濡れとなった衣服が、やけに重く感じた。

    滴る水滴を手で拭いながら、ゼノルは彼女のもとへ駆け寄った。
    ようやく意識が回復してきたようだ。
    目覚めるなり、メリクは歪な笑みを浮かべて誤魔化そうとしてきた。

    「メリクさん!」

    「はい! ゴメンね……魔術のことになると―――つい、やり過ぎちゃって」

    「そうではなく、今の魔法でしたよね?
    あなたが魔力操作でバンディットを弄ったんですよね」

    自分がびしょ濡れになっても、ゼノルにとっては些末なことでしかない。
    彼の興味は、使用できないはずの魔法が発動したところにあった。
    興奮冷めない様子で、メリクから方法を教えて貰おうとしていた。

    深くは考えていない。
    魔法コードを扱いこなすことができる彼女は凄い人物なんだと、純粋に感心していた。

    「君の考え通りだよ。
    魔操術を応用しただけ。
    バンディットの魔力を利用して、魔法印に術式を加えたの。
    そうすることで、魔物から“魔法”に変えたのよ」

    メリクの説明は単純なようで難しい。
    敵の魔力を利用して魔法を発動したらしいが、何をどうすれば魔物が魔法へと変化するのか。

    ゼノルにとっては未知の領域だった。

    「うーん。口で説明するよりも、実際に体験した方が早いかな。
    魔操術は君にも覚えて貰いたいことだし」

    「そんなこと、急に……言われても。
    魔力がない僕なんかに、魔力操作ができるわけがありませんよ」

    眉をへの字に曲げ訴えると、彼女は顔を近づけてきた。

    「大丈夫! お姉さんが手取り足取り教えてあげるから、ね?」

    片目を閉じウィンクしてくる、彼女のポジティブさが羨ましい。
    そう思うも、そういう性格になりたいとは願わない。

    ペンギンが空を飛べないのと同じ理屈だ。
    魔力ゼロの人間がいくら努力しようとも、魔法を使うことはできない。

    「見て、あそこに馬がいる」

    ナイーブな彼の気持ちなど露知らず、メリクが肩を叩いてきた。
    小声なのは、馬に自分たちの存在を気づかれないようにするためだ。

    「群れをなしていますが、まさか……あの中から選ぶんですか?」

    「そうだよ。群れというよりも、バンディットたちが他所から奪い取った馬を飼っていたんだろうね」

    どちらにせよ、このままキャンプに近づくのは難しい。
    ゼノルは、倒れている魔物のカラダに触れた。

    鑑定できる物は、なにも魔力の流れだけではない。

    「何しているの?」

    魔物に対し血統鑑定を発動させるとメリクが瞬きしていた。
    一見しただけは分かり辛いが、これにはちゃんとした理由がある。

    「魔物の肉体を介して、持ち物や素材品を鑑定しているんです。
    何か、使える物があればいいんですけど」

    「はぇー、血統鑑定って汎用性が高いスキルなんだね。
    どうして皆、ゼノル君に注目しないだろう?」

    感嘆の息をもらす彼女に、ゼノルは愛想を振った。
    いくら、血統鑑定が優れていてもメリク以外の連中は“魔法”ではないと小馬鹿にしてくる。

    「戦闘向きの能力ではありませんから。それに地味ですし……」

    「そんなことは無い! 立派な才能だよ」

    碧眼の瞳はゼノルにとって、あまりにも真っすぐ過ぎた。
    思わず、メリクを直視できなくなってしまった。
    善意で言ってくれているのは十分に伝わっている。
    感謝もしているが、自分は何一つ変わってはいない。

    誰よりも、そのことをゼノル自身が深く受け止めていた。
    埋められぬ才能の溝は、確実に存在することを知っている。

    「メリクさん、これなんか使えそうですよ」

    バンデットの懐をまさぐる。
    厚みの無い鎧の中から馬の餌にもなるクレイジーキャロットが出てきた。

    「これで馬を引き寄せて、その隙にゼノル君が鑑定をする。
    そうすれば目的達成ね」

    作戦とは呼べない方法に、言葉が出なかった……。
    異論はないが、相手は野生の馬だ。
    たった一本のキャロットでどうこうできるとは思えない。
    一瞬でかっ去らわれ即終了コースに決まっている。

    「心配ないって。
    馬もコチラを警戒しているから、不要に近づいてこないからさ」

    「ヘンなフラグを立てないくださいよぉ~。
    取り敢えずは―――――」

    キャロットを片手にゼノルは放牧されている馬たちへと近づいていく。
    確実に馬を得るために迷わず一番小柄な一頭を選んだ。

    できるだけ物音を立てずに慎重に一歩ずつ進んでいく。
    まだ、彼らの距離には入っていない。
    向こうもゼノルの動向を感知していないはずだ。

    不意に疾風が草原を吹き抜けた。
    草、葉が揺れる中、思わず目を細めた。

    「ゼノル君! 逃げてぇ――――」

    馬の群れから視線を外した途端、メリクが大声で叫びだした。
    ただならぬ気配を感じ、正面を向くと巨大な影が急接近してきていた。
    一瞬、魔物かと疑ったがそうではない。

    蹄ひづめを響かせ大地を蹴るのは、異様なまでに巨大な一頭の黒馬だった。

    逃げろと言われて、それができれば苦労はしない。
    身体能力以前に、ゼノルには物事を冷静に見極める余裕などなかった。
    その場から身動きが取れないまま、黒馬が迫ってくるのを見ていることしかできない。

    恐怖のあまり身を屈め瞳を閉じた。
    馬体が着地した振動が鳴り響いてきた。
    下敷きになってしまった時点で、もう終わりだと覚悟していた。

    凶暴化した馬に、このままでは踏みつぶされてしまう。
    諦めかけた、その時。不意にメリクの言葉が過った。

    【血統鑑定は凄いスキルよ。汎用性が高い】

    ゼノルは閉じていた眼を見開いた。
    怯えたままでは、今までの自分となんら変わらない。
    母だけではなく、彼女もこの力を正当に評価してくれている。

    ここで自分を信じなくて、いつ信じるというのだろうか?
    どうせ駄目なら、やるだけやって終わった方がマシだ。

    打算とも呼べない、しかし投げやりでもない。
    何かを変えてみたいという純粋な気持ちが、ゼノルの心を突き動かした。

    幸いにも、まだ無傷だ。
    黒馬が大きいおかげで、すっぽりと下に潜り込んだカタチとなった。
    意識を集中し、手をかざすと反応がある。
    馬の腹に触れ、魔力回路を伝い魔法印の位置を探った。

    「そこか! メリクさんが傍にいない以上、僕がやるしかない。
    魔力操作なんてしたことはないけど、要領は鑑定スキルと一緒のはずだ」

    それまで“観”に徹していた彼が初めて自らの意志で、生物の魔力に触れる。

    「まずは、途切れている魔力回路の接続だ。ここをこうすれば――――」

    さきほど見た、メリクの操作を参考に黒馬の魔力をつなぎ合わせた。
    見様見真似だが、想像よりも簡単に魔力のバイパスを通すことができた。

    「本題はここからだ。どうすれば、コイツを自在に操ることができるんだ?」

    魔法を使用したことのないゼノルの落ち度が露わになった。
    術式を構成することができないのは、ひとえに勉強不足のせいだ。
    自分には関係のないことだと、覚えようともしなかった。

    「なるほど、皆が僕を落ちこぼれだと言うわけだ……。
    僕は甘えていたんだ。
    自身の弱さを盾にして、問題を蔑ろにしたまま向き合おうともしなかった」

    ゼノルは唇を噛みしめた。
    確かにいわれのない侮辱をたくさん受けてきた。
    アカデミーの連中が正しいことを言っているとは、いまだに思えない。

    それでも、それが全てではない。
    周囲につけ込まれる隙を見せてしまったのは、彼自身だ。

    「僕は……僕は出来損ないなんかじゃない!」

    声を上げるのと同時に、黒馬の全身に魔力を巡らせた。
    馬の暴走には何か原因があるはずだ。
    それを探るべく、鑑定の力を強めた。

    「こ、これは……メリクさん! 左後ろ脚です。
    左後ろに、太い棘のような物が刺さっています。
    僕がコイツを押さえていますから。
    今のうちに、それを引き抜いてください!」

    声が届いているはずだ。
    そう信じてゼノルは叫んだ。

    苦痛を取り除けば、この馬は大人しくなる。
    血統鑑定で得られるの情報は、一つだけに留まらない。
    図体とは真逆に、もとは気性の大人しい馬だということが判明した。

    あれほど、鼻息を荒げていた黒馬の動きが急に落ち着いてきた。
    鑑定を解除せずに、魔力を右脚の方へと移動させると馬は右方向へと移動していく。
    念じれば不思議と動いてくれる。
    魔力操作の感覚は、どこか鑑定能力を扱うのと似たモノがある。

    どうにか、馬体から抜け出すとそこにメリクが立っていた。

    「怪我はない……みたいだね?
    どう? 初めて魔力操作に成功した気分は」

    「不思議なカンジです。
    これまで出来ないと思っていたのに、こうも簡単に習得できるなんて……」

    「出来て当然だよ。
    君の血統鑑定の方が複雑な操作を求められる。
    それが可能なら理論上、魔力操作もできるわけだから」

    口元を緩める彼女につられてゼノルも微笑んだ。
    草原を翔け抜ける風が、こんなにも心地よいと感じたのは今まで一度たりともなかった。

    「とりあえず捕まえましたけど、どうしましょう。
    この馬でいいですか?」

    「私に断りを入れる必要はないよ。
    君が捕まえたんだ、好きにすればいい。それに――――」

    黒馬が彼の隣に近づいてくると、顔をすり寄せてきた。
    どうやら気に入られてしまったようだ。
    手なづける必要もなく、じゃれてくる。

    「僕、この馬にします。
    この大きさなら、メリクさんも一緒に乗れますし」

    「だったら、名づけてあげた方が良いよ」

    「それなら、もう決めました。ブリーゼにします」

    風を率いて現れた牝馬。その意味を込めてゼノルは彼女の名付け親となった。
    地に転がっていたクレイジーキャロットをくわえながら、ブリーゼは嘶いなないていた。
    二人と共に旅立つことを喜ぶかのごとく、草原に甲高い馬声が響いた。

    移動する脚は手に入れた。
    あとは出国手続きを整えるだけだ。

    その日の夕方、二人は王都にある【通行局】へと足を運んだ。

    「いつ来ても慣れないわ……」

    「僕なんか、アカデミーで見学に来た時以来ですよ」

    王都の一画を占める広大な敷地に、その施設は建っていた。
    この街に暮らす者なら、誰でも知っている。
    そこはセンチネル・オブ・パッセージ(通称、SOP)と呼ばれている。

    国王以外は、いかなる者でも入出国する際には必ず、ここで審査を受けないとならない。
    これから王都を出るゼノルたちも、出国の手続きを済ませるために局を訪れた。

    風にはためく紋章旗の下を通り抜けていく。
    中に入ると、大勢の冒険者や旅行者で、ごった返している。

    それが、ここでの日常だったが……今や、寂しい物へと変わっていた。
    魔法が使用できなくなったことで周辺諸国からの来訪者は激減しつつある。
    大半の冒険者は魔法ナシでモンスターと戦闘するのはリスクが大きいと遠征を避けている。

    おかげで、審査手続きは待たされることなく済んだ。
    旅に必要な装備や道具もここで一式揃えることができる。
    二人は店を見て回ることにした。

    「食材とはどうします?」

    「なるべく、手荷物は減らしたいわ。
    食料は現地調達か、近隣の街や村で済ませましょう。
    それよりもゼノル君に必要なのは、長旅の装備ね。
    防具は勿論のこと、魔術職なんだから杖の一本ぐらい持っていないと」

    防具と言っても、魔術師にとっては盾や兜などは重量がありすぎる。
    購入したとしても、旅の邪魔になるだけだ。
    その上、財布の中身を考えると選べるものなど最初から数少ない。

    「鎖帷子に帽子、手袋、ブーツ。これぐらいあれば十分ね」

    「すみません……立て替えて貰って。
    購入代金は、あとでお返しします」

    「いいのよ、誘ったのは私だし。これは前金として受け取って。
    あと同じパーティーなんだから遠慮しないでよ」

    メリクは気軽に言ってくれるが、そうはいかない。
    何でもかんでも、彼女に施してもらうのは気が引けてしまう。

    「杖はいいです。あっても使わないので」と断わりを入れた。
    同じ魔術師として、それぐらいは自分で揃えたい。
    くだらない意地かもしれないが、ゼノルは堂々と自分の装備と呼べる物が欲しかった。

    「よし、それじゃ出発しよっ」

    ようやく準備が整った。
    意気込む二人の前に、人影が立ちはだかった。
    それは、アカデミーの制服である肩章つきの白いローブを身にまとう三人の男女だった。

    「誰かと思えば、メリクじゃん。
    しばらく見ないと思ったら、こんな所で何をしているだぁ?」

    三人組の中で、一番背の低い男子生徒がメリクに絡んできた。
    素行が良さそうとは思えないが、二人は顔見知りのようだ。

    「行きましょう、ゼノル君。
    こんな奴は相手にする必要はないわ」

    無視を決め込み、彼女はゼノルの手をつかんできた。
    友達ではなさそうだ。
    戸惑いつつも、彼女に従った。

    「待てよ。同級生に対して塩すぎねぇーか?
    そんなんだから、奇人扱いされんだよ。お前の一家は」

    小柄な男子が手を伸ばし、彼女の肩をつかんだ。
    簡単に見逃してくれるほど、向こうも甘くはないらしい。
    他の二人も問題だ。彼の暴挙をいさめようとする気配はまったくない。
    完全に他人ごととして静観しているだけだ。

    「汚い手で触れないで、ラーズ」

    メリクは彼の手を叩き振り払った。
    それまで見たことのない険しい顔つきとなる彼女にゼノルは息を飲んだ。

    「面白れぇ。なら、ここで決着と行こうぜ。
    俺も、お前が邪魔で仕方ないんだよ。
    今日こそ、ここでコテンパンにしてやる。醜態をさらすといい」

    「あのぉ~、SOPソップ内で乱闘騒ぎを起こしたら、退学処分だけじゃ済まされないと思いますが?」

    「誰だ? ガキはすっこんでろ。これから、外に出て決闘するんだよ」

    突然、割り込んできたゼノルに彼は嫌悪の眼を向けてきた。
    直情的というか、物事を深く考えるのが苦手なタイプのようだ。

    「決闘デュエルって言いましたけど、どうやるんですか?
    今は魔法が使えないですよね。
    魔術師が魔法を使わないとなると、素手で殴り合うしかないじゃないですか。
    まさか、女性相手に暴力を振るうとでも?
    それで、君は納得できるのですか?
    もし、そうされると言うのなら……今、ここで叫びますから」

    「何なんだ、お前は?
    アカデミーの生徒でもない奴が、一々、口出ししてくんじゃぁねぇ―――よ!」

    「紹介が遅れました。
    僕はゼノルと言います。アカデミーの一年生です」

    背筋を伸ばし、名乗りを上げるゼノルに場の空気が固まった。
    どうやら、三人は彼のことを知らないらしい。
    その場で話し合いを始めだした。

    誰一人としてゼノルのことを知らない。
    本来ならば、魔力ゼロの時点で悪目立ちしてもおかしくはない。
    入学する前から、周囲から侮蔑され批判されるのが確定事項とも言えた。

    だが、彼はそうはならなかった。
    最初から落ちこぼれ扱いされ、見放されたせいで透明な存在となっていた。
    また魔力がないのにアカデミーの入学試験に合格したことも、周りを警戒させる原因となっていた。
    得体の知れない者に、わざわざ近づく生徒はいない。
    しかも、血統鑑定という謎のスキルを所持している。

    それはある種の恐れと言える。
    ゼノルに関われば、血統鑑定で自身の秘密までも暴かれてしまう。
    そういう話が飛び交っていると風の噂で耳にした。

    「悪いな。俺様たち……優秀すぎて一般生徒のことを全員、把握しているわけじゃねぇんだよ」

    歯切れの悪い回答が返ってきた。
    妙に気を遣われている。

    「まぁ、そういうわけだからよ。邪魔をすんな、死ぬぞ」

    笑顔で恐ろしいことを言う。
    ラーズという男子は、相当な自信家らしい。
    魔法が使えないはずなのに、メリクに敵意を向け続けている。

    「分かりました。そこまで言うのでしたら僕も止めません。
    メリクさん……この決闘、僕が代理でもいいですか?」

    思わぬ提案に、周囲は騒然となった。
    メリクは勿論のこと、相手の三人組まで首を捻っているように見える。

    「本気で言っているの、ゼノル君?
    君の言う通り私たちに魔法は使えないけど魔力操作はできる。
    魔導具を使えば、十分に成り立つことなんだよ」

    「ですが、高価な上にすぐに魔力切れを起こしますよね?」

    「それは、そうだけど……」

    ゼノルの申し出にメリクは応じようとはしない。
    自身のことだ。自分でカタをつけたいのだろう。

    「さきほどは、防具を購入して頂きました。
    ですから、今度は僕の出番です。
    それに、これから旅に出るんです。
    こんな所で、貴重な魔導具を消耗するわけにはいきません」

    「こんな、だと…………」

    彼の発言にラーズが過剰な反応を示した。
    ゼノルの胸ぐらを鷲つかみにしてきた。

    「やめてくれませんか? 自分で歩けます」

    「知るかよ! お前は俺を怒らせた。お望み通り相手してやんよ」

    通りに向かって投げられたゼノルは顔をしかめた。
    運悪く腰を強打してしまった。

    「ここでなら、問題ねぇ―――。存分に暴れられるってもんだ」

    そう意気込んでくれるが、通りには大勢の人々が歩行している。
    ここで魔導具を使用すれば、必ず誰かが被害をこうむることになる。

    「周りが気になるか、チビ? お前が心配する必要はねぇ、ウェヌ」

    ラーズは仲間の女子生徒に呼び掛けた。
    彼に小箱を手渡しながら、ウェヌと呼ばれた女子は溜息をついて見せた。
    個人的な憂さ晴らしに付き合わされて、ウンザリしているといった感じだ。

    しかし、怒りの矛先は仲間のラーズの方には向いていない。
    親指の爪を噛みながら、彼女はメリクの方を睨んでいた。

    その様子を目にするだけで無言の圧力がピリピリと肌を刺激してくる。

    「おいおい、チビ。お前の相手は俺だぜ。
    そんなんで大丈夫かよ?」

    いつしか、周囲の景色が変わっていた。
    この場所には覚えがある。アカデミー内にある演習場だ。

    「転移魔法?」

    「――――の魔導具といったところだな。
    通常は遠征に出た際、即座にアカデミーへと帰還するためのものだが。
    感謝して欲しいぜ。お前をブチ壊すために、使用してやったんだからよぉ」

    演習場にメリクの姿は見えなかった。
    他二人の生徒たちも此処にはいない。

    ゼノルとラーズだけが飛ばされたようだ。

    「意外と正々堂々と戦うんですね」

    「はぁ? なめた口を聞くなよ。
    喋れないようにまずは顎を砕いてやろうか」

    右手の中指にはめた指環をかざし、ラーズが詠唱を開始した。
    反響するような肉声と共に、辺りに強力な魔力場が発生した。

    ほとばしるプラズマの光がラーズを囲い宙に浮かぶ光球と成した。

    対するゼノルは、何のアクションも起こしてはいない。
    彼の魔法生成をジッと観察していた。

    「いっくぜぇっ――――! ライトニングキャノン」

    ラーズの号令に合わせ、浮遊する光球が一斉に飛び掛かってきた。
    空を裂く電撃の嵐から逃れる術はない。

    無言のままゼノルはしゃがみ込むと、地に両手をついた。

    「はぁ? もう降参ってか! 大口を叩いておいて、見っともねぇなぁ」

    「少しだけ……僕も学んだんです。
    血統鑑定で知ることができる物の特性を生かせば、出来るんじゃないかって。
    ここの地面はとても良い……乾燥している」

    ゼノルの両手が光に満ちていた。
    大地を照らす黄金の輝きが徐々に面積を広げると、変化は何の前触れもなく生じた。
    隆起した地面と共に大量の砂埃が辺りに舞った。

    立ち込める砂塵がゼノルの身を隠した。

    「目くらましのつもりか? 芸がないなぁ。
    けど、少しだけ……ほんのチョッピリだが、お前のことを見くびっていたよ、ノボル。
    俺たち以外でも、魔導具を上手く扱える物がいるなんてな」

    「滑稽ですね。
    僕には今、君の姿が見えていない。
    けれど、それ以上にラーズ、君は僕のことを何も見てはいない」

    「はぁ? 少し、褒められたからって調子に乗るなよ。
    目の前の雷球がお前を打ち抜き感電させる」

    強きな発言こそ、何も分かっていない証だ。
    ゼノルはその場から立ち上がり指笛を吹いた。
    彼の合図を聞きつけ颯爽と駆けつけてきたのは黒馬のブリーゼだった。

    【ゼノルの指笛が聞こえたら駆けつける】

    それが彼女の魔法印に刻んだオーダーだった。
    魔法のように複雑な術式は書けなくとも、単純な命令だけならゼノルでも記すことはできる。

    ブリーゼがこの場所にいるのは決して偶然ではない。
    ゼノルたちが、あらかじめここに連れてきておいた。
    大柄な彼女を道端に置いておくわけにはいかない。
    置ける場所はアカデミーの厩舎きゅうしゃぐらいしか思いつかなかったからだ。

    むしろ、ここに移動したことの方が奇遇というものだ。

    「僕は君の相手をするつもりはありません。
    ですが、メリクさんを傷つけたのは許さない。
    戦わずに勝てる方法を考えた時に、この方法を思いつきました。
    あと、僕の名は《《ゼノル》》です」

    隆起した地面を足場に彼はブリーゼに飛び乗った。
    大きな背に捕まり叫んだ。

    「ブリーゼ、砂塵を飛び越えるんだ!」

    前脚を持ち上げ大きく踏み込むと馬体が加速していく。
    前方に広がる砂粒の壁を物ともせずに、彼女は天を翔けた。

    馬体の影の下には絶句したラーズがいた。
    そこを目掛けて、強烈な蹄の一撃が振り下ろされた。

    「いひいいいいい、アハッ……アハハハッ―――――」

    何が起きたのか?
    滑稽な彼には、さぞかし理解不能だろう。
    突然、現れた黒馬に容赦なく襲われ恐怖で震え上がっていた。
    彼の数センチ横には、巨大な蹄によってできた穴が開いていた。

    えげつない破壊力を目の当たりにし、ラーズは戦意喪失どころか気が触れてしまっていた。
    意味もなく笑いながら、鼻水を垂らす彼の眼は明後日の方を向いていた。

    「勝負ありましたね。
    メリクさんへの嫌がらせは、もう止めてください。
    それでも、納得できないのであれば僕がまたお相手します」

    自身でも信じられないほど、はっきりと思いを言葉にできた。
    確かな手応えを感じながら、うなづいたが些かいささか、やり過ぎた。
    ラーズに言葉が伝わっているのか。微妙に怪しい。

    「ゼノルく―――ん!」

    学舎の方から走って来る人影があった。
    それはメリクと、ラーズの仲間たちの姿だった。

    「決着はもう着きました。
    ですから、今後は大丈夫だと思います」

    馬上でそう告げるゼノルを皆が注視していた。
    王城の時とは、まったく違う視線に妙なくすぐったさを覚えた。

    「本当に君が……あのラーズを」

    「信じられん。アイツは雷光の魔導具を持っていたはず……」

    「どちらにせよ。ラーズは我々、黒十字の名に泥塗った。
    レナード。アンタが甘やかすから、つけあがるんだ……このバカは」

    三者三葉。皆、別々のことを思っていた。

    壊れてしまったラーズに、メリクは哀れみの眼を向けていた。
    隣では、大柄な男子生徒が口元を固く結んでいた。
    女子生徒の方は、ラーズに関してどうでも良さそうな表情をしていた。

    レナードという名の大柄な彼がゼノルの方へと近づき口を開いた。

    「俺たちとしては、アンタたちと揉めるつもりはない。
    これ以上は任務に差し支えるしコイツが勝手に始めたことだ。
    謝罪するつもりもないが、ラーズの奴には言い聞かせておこう」

    「それで構いません。
    では、僕たちは先を急ぎますので、メリクさん」

    差し伸べた手に彼女が触れると、両手で引っ張り上げた。
    見た目以上に軽いと感じたが、魔力操作によって彼女は宙を蹴っていた。
    意識しなくとも、一度鑑定した相手は再度、触れるだけで血統鑑定の効果が機能する。

    (僕の腕力じゃ無理だと思われてしまったのかな……?)

    当然ながら、そのことに関しては言及しなかった。

    「特に深い意味はないんですけど……。
    ここまで全部、メリクさんの言う通りになっている様な気がします」

    「どうしたの? いきなり」

    馬を走らせながらゼノルはポツリと呟いた。
    すでに日は傾きかけていたが、王都の南門から近く農村までは、そう遠くはない。
    一時間ほど馬を走らせれば十分、日没までには間に合う。

    それまでの間に、浮かんだ疑問がいくつかある。
    メリク自身のことも気にはなるが……。
    それは彼女自身が話してくれるまで待つことにする。
    ただ、これだけは今、聞いておきたかった。

    「血統鑑定がここまで凄い能力だなんて、今まで気づきませんでした。
    あなたが教えてくれなければ、僕は大人になっても変わらなかったかもしれません。
    どうして、この能力が凄いものだと気づいたのか、良ければ教えてくれませんか?」

    「それは――――」

    甘い吐息が、ゼノルの耳もとにかかった。

                                  序章 完

     
     
    初めまして。 アルファポリスにて小説を書いています。 ここでの投稿作品の続きや他の作品も多数あるので、気になった方は読みに来てください。

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