
【エッセイ】あなたのスマホは、ゲーム音楽の作法で鳴っている
朝、枕元のスマホが小さく鳴る。シャワーを浴びながらBGMを流す。仕事中はカフェの作業用ジャズを延々とループさせる。
何気なく繰り返しているこれらの作法。もとをたどると、行きあたる人たちがいる。
80年代、ファミコンの中の限られた音で遊びと感情を演出していた、日本のゲーム音楽の作曲家たちだ。
彼らが手探りで磨いたものは、ゲーム機を遠く離れ、いまや私たちの一日の輪郭に静かに重なっている。
朝、あなたのスマホは音で語りかける
充電ケーブルを挿した時の、あの短い「ピロン」。Slackで誰かが話しかけてきた合図のポップ音。Apple Watchで目標歩数を達成した時の、弾むようなチャイム。
一日のうちに、私たちはおそらく何十回も「機械が状況を音で教えてくれる」体験をしている。それは情報伝達というより、ささやかな感情の演出だ。
通知音が短く澄んでいれば、緊張しない。達成音が上昇音型なら、誇らしい気分になる。私たちはもう、音の設計に感情の手綱を預けている。
この「行動に応答して鳴る音」を、まじめに発明として磨き上げた人たちがいる。任天堂の近藤浩治をはじめとする、80年代の日本のゲーム音楽の作曲家たちだ。
『スーパーマリオブラザーズ』(1985) を思い出してほしい。残り時間表示が100になると、まず短い警告のファンファーレが鳴り、続いて地上BGMの加速版が走り出す。効果音と楽曲が連結して、楽曲そのものが「焦れ」という感情に化ける装置になっている。プレイヤーは指示されなくても、音だけで「急がねば」と分かる。
水中ステージに入ると、音楽はワルツに切り替わる。3拍子の浮遊感と、フルートに似た丸い音色。「ここは陸ではない」と、台詞ひとつなく身体で理解させる。
13年後の『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(1998) になると、もう一段先へ進む。フィールドを歩いている平和なBGMが、敵を見つけた瞬間、緊張感のある編成へと曲の流れを断ち切らずに切り替わる。
近藤浩治は後年のインタビューでこう語っている。
戦闘の曲も8小節のパターンにして、敵に近づくにしたがって、スムーズに戦闘の曲に変わっていくような仕組みにしたんです
8小節の最後は、どの"部品"にもうまくつながるようなコードにして、それをランダムに流しても、自然に聴けるようにしました
"部品"——その言い方が示しているように、曲は完成された一塊ではなく、状況に応じて差し替えられる構成単位の集合だった。音楽が止まって戦闘音楽が「始まる」のではなく、音楽が生き物のように、状況に合わせて変身する。
これが「インタラクティブ音楽」と呼ばれる発想の原型だ。再生されるのではなく、応答する音楽。
ここまで読んで、もう気づかれただろうか。Slackの通知も、Apple Watchの達成チャイムも、同じ哲学で設計されている。「あなたの状況が変わった、だからこの音が鳴る」。音は状況の鏡であり、行動の伴奏者だ。
私たちが朝、スマホの何気ない一音で「今日が始まった」と無意識に感じるとき、その感覚の源流は、40年前のファミコンのカートリッジの中にある。
作業BGMの永遠ループは、1980年代に発明された
なぜ私たちは、ある種の音楽を何時間流し続けても飽きないのだろう。テレビCMの15秒は3回聞けば飽きるのに、作業用のLo-fi hip hopは平気で半日流していられる。両者の違いはどこから来るのか。
答えのひとつは「ループ前提で書かれているかどうか」にある。
数秒から十数秒の短いフレーズが繰り返される構造を、私たちは無意識に「いつ終わるか分からない」もの、つまり時間軸の外側にあるものとして聴いている。始まりと終わりがある音楽は、繰り返すほど擦り切れていく。最初から終わりを持たない音楽は、家具のように景色に溶ける。
この「景色に溶ける反復」を実用上の標準的語法にしたのは、1980年代の日本のゲーム音楽の作曲家たちだ。
ファミコンのカートリッジに入る音楽データの容量は限られていた。長い曲を一度だけ流すより、短いパターンを綺麗に回し続ける方が、容量も、演奏も、プレイヤーの体験も成立する。彼らは、4小節や8小節で完結し、頭に戻った瞬間にも違和感のない曲を、毎日のように書き続けた。
古代祐三は、PC-88やメガドライブ——80年代後半から90年代初頭のパソコンとゲーム機——に積まれたFM音源で、弦楽器のような揺らぎや、ドラムマシンのような打音を、限られたチャンネルから絞り出した。『イース』や『ベア・ナックル』のメロディは、何時間プレイしていても耳が疲れない密度に整えられている。
田中宏和は、『メトロイド』(1986) で意図的に「明るく親しみやすい音楽」の真逆を選んだ。本人の語によれば、音楽と効果音の境目を曖昧にし、何かが生きている気配だけを耳に残す——そういう設計だった。聴き続けても「曲を聴いている」感覚にならない、最初期の環境音楽の試みでもある。
これらの仕事のあと、40年近くが経った。
YouTubeの「lofi hip hop radio」を象徴するLofi Girlのチャンネルは、24時間止まらないLo-fi beatsを流し続け、世界中の作業机のBGMになった。Spotifyの「Deep Focus」や「lofi beats」プレイリストは、それぞれ約500万人にフォローされている。歌詞の少ない、薄く回り続けるトラック——その作法を、私たちはどこかで聞き覚えがあるはずだ。
短い反復で、景色に溶ける。家具のように耳の傍に居続ける。
当時、ファミコンの中で「画面の中で景色になるための音」だったループは、40年後、音が四方から押し寄せる現代で「机の脇で景色になるための音」になっている。同じ作法が、違う制約に応答している。
TikTok 15秒は、ファミコン3音の再来
80年代ゲーム音楽の制約は、シンプルだった。「容量が足りない」「同時に出せる音が少ない」。近藤浩治は後年こう振り返っている。
ファミコンで使えたのは3音だけでしたので、そのときはとても苦労したんですけど・・・
技術の貧しさが作曲の枠を決めていた時代だ。3音のうち、ふたつは矩形波(ファミコンらしい角ばったピコピコ音)、ひとつは三角波(ベース向きの丸めの音色)。さらに音程をもたないノイズ(ハイハットや爆発音の代用)が添えられる。メロディ、ベース、和音の伴奏——基本的にこの構成で組み立てなければならなかった。
その制約の中で、近藤たちは「短く強く印象に残るフレーズ」「無駄のないオクターブ配置」「ループに耐える展開」を磨いた。引き算の結果としての密度。
例えば『スーパーマリオブラザーズ』のテーマ。矩形波で主旋律と対旋律を編み、三角波で強靭なベースを刻み、ノイズでスネアやハイハットを代用する。それぞれの波形が一人の演奏者のように振る舞って、耳には本物のバンドのように聞こえる。
時代が下って、メモリは安く、トラックは無限になった。映画のフルオーケストラと同じ規模のサウンドが、スマホゲームの中で鳴る。豊穣の時代——のはずだった。
しかし、現代の音楽はまた、別の制約に縛られている。
ほとんどの音楽はもうAirPodsの中か、スマホ内蔵スピーカーから流れている。10cmにも満たないコーンで世界に届かなければ、その曲は届かない。低音は出ない、定位は曖昧、ダイナミックレンジは食われる——それでも刺さるミックスを作ることが、制作上の重要条件になっている。
通勤電車の中。料理しながらの片耳イヤホン。仕事の合間に流すBGMアプリ。聴く側がじっくり座って音響を浴びる時間は、激減している。聴き手の集中力をすり減らさないこと、邪魔をしないこと——それが新しい優しさになっている。
TikTokのフィードでは、最初の数秒で耳をつかめなければスキップされる。サビは前出し、イントロは短く、フックは早く——短尺前提の作曲が現代ポップスでも色濃く意識される時代だ。
容量ではなく、注意力。チャンネル数ではなく、視聴環境。制約の中身は完全に変わったが、「制約に応答して洗練される作曲」という構造は同じだ。
ファミコンの3音から始まった「短い・強い・耳に残る」設計思想は、40年経って別の名前で同じ仕事をしている。
私たちはもう、ゲーム音楽の世界の住人
行動や状況に応える音、永遠に流せるループ、制約から生まれる密度——私たちはもう、80年代のゲーム音楽の作曲家たちが見つけた三つの作法に、静かに取り囲まれて生きている。
スマホの通知ひとつにも、「あなたが置かれた状況に応える」という設計思想がある。これは『時のオカリナ』で戦闘BGMが滑らかに変身する仕組みと、根は同じだ。
仕事中に流す作業BGMは、「永遠に景色に溶けるループ」を前提に作られている。これは古代祐三がPC-88で、田中宏和がファミコンで、それぞれ制約の中で磨いた語法と、同じ遺伝子を継いでいる。
TikTokのフィードで流れてくる15秒のフックは、「制約に応答して洗練される作曲」の現代版だ。15秒の尺と3音の音源——制約の中身は違っても、限られた枠の中で耳に届くものを磨くという発想は、近藤浩治が「ファミコンで使えたのは3音だけ」と振り返った時代と、根は同じだ。
40年前、ピコピコと鳴っていたカートリッジの中の音は、いま、私たちの一日の輪郭そのものになっている。
明日の朝、スマホが鳴ったら、その音を一度だけちゃんと聴いてみてほしい。短く、こちらの状況に応答するように設計されたあの一音。気づいてしまえば、もう、あなたの一日のあちこちで——通知音、作業BGM、TikTokのフック——同じ遺伝子が静かに働いている音が、聴こえてくるはずだ。
それは、80年代の作曲家たちが、限られた音源から世界を作ろうと試行錯誤した果てに、思いがけず私たちに手渡した贈り物だ。
今日できる行動
仕事に戻る前に、お気に入りのゲーム音楽を1曲だけ聴いてみてほしい。思い当たらなければ、『スーパーマリオブラザーズ』の地上BGMでいい。1980年代の制約から生まれた密度が、いまも耳に新しいはずだ。