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Photo byyamaakko4

【せりふ三題噺】暁の薔薇


    この屋敷に仕え始めたのは、十五の時だった。

    最初は屋敷中のトイレ掃除とゴミの焼却が私の仕事だった。真面目な仕事ぶりを見て、先代の旦那様は私に屋敷内の薔薇園を任せてくださるようになった。大出世であった。

    その頃、年頃になられたお嬢様が、はなれの私の小屋に頻繁に顔を出されるようになった。私もまだ若く、お嬢様は非常に積極的であったこともあり、私たちはそういう関係になった。

    お嬢様が十七になった頃、妊娠が発覚した。

    私は屋敷を追い出され、路頭に迷うことを覚悟したが、そうはならなかった。
    どうやらお嬢様は学友の複数の男と関係を持っていたようで、誰の子か分からず、身分の違う私は、関係を持ったことさえなかったことにされた。

    私にとっては初恋だったので、複雑であった。

    お嬢様は旦那様の逆鱗に触れ、屋敷を追い出され、そのまま音信不通となった。

    数年後、怒りの落ち着いた旦那様のご命令を受け、私は秘密裏にお嬢様の行方を探し始めた。薔薇園を手入れする傍ら、あらゆる伝手を辿り、方々の都市を探した。

    やがて、東北地方のある温泉街を当たるよう情報を得た。

    ⸻

    私がその温泉街に着いたのが、雪の降り始めた夕刻であった。
    山あいの街は、湯の匂いと煤けた木の匂いが混ざり、どこか懐かしく、どこか寂しかった。

    教えられた川沿いの小さな旅館。裏手の離れ。
    戸を叩くと、静かに引き戸が開いた。

    そこに立っていたのは、かつて薔薇園を駆け抜けていた少女ではなかった。頬は痩せ、瞳の奥に、かつての力はなかった。
    だが、私を見た瞬間に浮かんだ微笑みは、間違いなくお嬢様であった。

    「……久しぶりね」

    その傍らに、パジャマ姿の男児が立っていた。
    特徴的な頬骨。
    毎朝鏡で見てきた、私自身の輪郭であった。
    お嬢様は何も言わなかった。

    私は翌朝、屋敷へ書状を送った。
    先代様は暫くの沈黙の末、許しを与えられた。
    「連れて戻れ。過去は問わぬ」

    ⸻

    屋敷へ戻って間もない頃。

    私は新種の薔薇を育てていた。
    深い紅に、わずかに青みを帯びた色。強く、決して退かぬ色であった。

    品評会へ出品するつもりであることを申し上げると、お嬢様は庭へ出たいと仰せになった。

    薔薇の前に立たれ、花弁に触れる。

    「……綺麗ね」

    「名前は?」

    私は一礼した。

    「お嬢様のお名前より一文字、頂戴いたしたく」

    彼女は一瞬驚き、そして笑った。
    あの頃の笑い方だった。

    「暁、ね」

    薔薇を見つめ、顎を少し上げる。

    「はい、この色とも合っておりますゆえ」

    すると、お嬢様はあの奔放な口調で、
    「いいわね」
    少し顎を上げて、
    「品評会は……これしか勝たんのよ」

    その瞬間だけ、十七の少女がそこにいた。


    その年の終わりを待たずして、
    お嬢様は静かに息を引き取られた。
    その薔薇が、最も美しく咲いている頃であった。

    私は、品評会で賞をいただいた薔薇「暁」を棺に添えた。


    ⸻

    あれから三十年の歳月が流れようとしている。

    私は今朝も薔薇園に立つ。
    深い紅。わずかに青を滲ませた花。

    背後から声がした。
    「立派な薔薇ですね」

    振り返ると、今の旦那様が立っておられた。
    頬骨が意志の強さを語っている。
    先代の後を継ぎ、立派に屋敷を支えておられる。

    「ええ。母上様も、この薔薇が大好きでございました」

    旦那様は花を見つめる。

    「……私も、好きです。この色」

    私は一礼する。

    朝露が花弁を伝い、土へ落ちる。

    薔薇は今年も咲いている。

    私は、今日も水をやる。

     
     
    港町で、普通の人の日常を通して、 かつて見過ごしていた風景を書いています。

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