メインコンテンツへスキップ
見出し画像

帰らない光 #3つのお題に空想のひらめきを

    でぶにゃん先生

    約900字・ショートショート


    ​祖父の部屋の電球が寿命を迎えたとき、祖父は僕の肩を抱いてこう言った。

    「光が旅に出たんだよ。新しい場所を見つけにね」

    幼い僕はその言葉をひたむきに信じ、何晩も窓の外を眺めていた。

    家を飛び出した光は、一体どこまで駆けていくのだろう。

    ​​そして大人になった今。

    僕は四畳半の薄暗いワンルームでペンライトを握りしめている。

    重低音がスピーカーから唸りを上げた瞬間、僕の意識は現実を切り離した。

    「うおおおおおッ!」

    叫びと共に振り下ろされる光の剣は、湿った空気を鋭く切り裂き、残像となって網膜に焼き付く。

    シュッ、ドスッ、という空気を打つ音が、狭い部屋に激しく木霊した。

    ​滴り落ちる汗が目に入り、視界が滲む。

    心臓の鼓動はBPM200を超えていた。

    上司の嫌味も、期限切れ間近のタスクも、全てはこの激しい閃光の渦の中に放り込み、粉々に粉砕してやる。

    僕の生み出す光の刃が窓を突き抜け、帰らない光となって夜空に舞う。

    ​曲が終わると同時に僕は床に崩れ落ちた。

    肺が焼けるように熱い。

    カチッ、とペンライトのスイッチを切ると、世界は瞬時にして無機質な暗闇へと引き戻された。

    静寂の中で、自分の荒い呼吸音だけが耳障りに響いた。

    ​その時だった。

    暗闇の中で、デスクに置いたスマートフォンの画面が、ピコンと音を立てて爆ぜるように発光した。

    それは、地獄の底まで届く福音。

    待ち焦がれた配信開始の通知だった。

    ​「お待たせ! みんな、起きてる?」

    ​スピーカーから溢れ出す光を帯びた声。

    「うひっ…」

    喉の奥で、情けないほど歓喜の声が漏れた。

    さっきまで鉛のように重かった体が、嘘のように跳ね上がる。僕は震える指先で、再びペンライトのスイッチを叩き込んだ。

    ​カチッ!

    ​闇を切り裂いて再点灯したオレンジ色の光は、先ほどよりも一層激しく、太陽のような熱量を持って僕の顔を照らし出す。

    画面の向こう側から降り注ぐ光の粒子が、部屋に充満した汗の匂いさえも黄金色に染め上げていく。

    ​おやすみ、これまでの僕。

    おはよう、最高の今日。

    ​「世界で一番愛してるッ!」

    画面の向こう側の太陽に向かって、再び狂ったように光の束を叩きつけ始めた。

    一筋の流れ星が窓の外を走った。

    あれもきっと、どこかの誰かが手放した、大切な一日の帰らない光なのかもしれない。



    画像
    この光が届くといいにゃん


     
     
     
    ショートショートとか童話とか落語とか声劇台本とかジャンルにこだわらずいろいろ書いてる猫。

    あなたへのおすすめ