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隣室のヒーロー #3つのお題に空想のひらめきを

    でぶにゃん先生

    1400字・短編小説・コメディ


    隣室のタケシさんは、奇妙な人だった。

    毎朝七時。まるで儀式のように、彼は青いマフラーを首に巻き、ベランダに出る。

    生地の端が風になびく音が聞こえる。

    タケシさんは空に向かって両手を広げ、時には空手の型のように、時にはバレエのようなポーズをとる。

    「風を掴むんだ…!」

    「地球の息吹を感じろ!」

    現実から目を背けた残念な大人だと思った。

    ああはなりたくない、と僕は彼を哀れんだ。

    同時に、自分の中に彼のような純粋な熱が残っていないことに、微かな焦燥を感じていた。

    ある日、観測史上最大級の大型台風が接近した。

    窓ガラスがビリビリと振動し、ニュースキャスターの深刻な声が部屋に響く中、僕は隣のベランダを見た。

    タケシさんの青いマフラーが、嵐の狂気に晒された旗のように激しくはためいている。

    土砂降りの雨に濡れながら、彼は両の拳を固く握りしめていた。

    「台風よ、立ち去れ!!」

    風の咆哮に掻き消されそうになっている必死の叫び。

    その切迫した形相は、もはや滑稽ではなかった。

    まるで、本当に世界と一対一で戦っている孤独なヒーローに見えた。

    僕の胸の奥深くに何かが熱く弾けた。

    そうだ、彼が本物のヒーローなら、僕にも何かできるはずだ。

    「くっ、私一人では力が足りない…」

    その声が耳に届いた瞬間、理性を吹き飛ばす衝動で、僕はベランダのドアを叩き開け、タケシさんの隣に飛び出していた。

    冷たい雨が顔に叩きつけられ、全身の皮膚が粟立つ。

    驚きに見開かれたタケシさんの瞳をまっすぐに見つめ、僕は大声で叫んだ。

    「僕も一緒にやらせてください!」

    彼は一瞬、戸惑いの表情を見せた後、フッと笑い、力強く頷いた。

    「「立ち去れ、台風!!」」

    テンションはマックスだ!

    青いマフラーは、二つの熱狂を纏い、嵐の中で激しく踊った。

    その夜、台風は予測を裏切り、急速に進路を変えて勢力を弱め、大きな被害は免れた。

    僕たちは、日本を守ったのだ。

    翌朝。

    昨日の嵐が嘘のように太陽の光が眩しく注ぐ中、インターフォンが鳴った。

    ドアを開けると、タケシさんが立っていた。

    「あの、昨日のことなんですが……」

    僕は昨夜の熱気をそのままに力強く頷いた。

    「ええ!」

    タケシさんは、少し気まずそうに青いマフラーを指で触った。

    「ひょっとして、あなたも気象予報士ですか?」

    質問の意味がわからず、「んん?」と僕は首をひねった。

    「ああ、違いましたか。実は私、気象庁で働いていまして、台風の進路が危なそうだったんで、願掛けじゃないんですが、データを体で感じようと必死だったんです」

    僕は言葉を失った。

    「……あのポーズは?」

    「あれですか。風の流れを肌で感じるための、私なりのルーティンです。青いマフラーは、空気中のわずかな水蒸気や風の流れを可視化するための道具でして。あの格好が一番集中できるんですよね。てっきり、お隣さんも私と一緒の気象関係者かと……」

    ああ、はいはい。わかりました。わかりました。なるほど、そういうことですね。

    僕はタケシさんの言葉を遮るように、胸の前で大きく両手を広げた。

    「もう何も言わなくても大丈夫です」

    タケシさんが人知れず日本を守っているヒーローだということは誰にも言いません。

    僕はそんなタケシさんを応援するしがない一市民なんです。

    あの夜、びしょ濡れのタケシさんは確かに仮面ライダーだった。真のヒーローだった。

    そして僕は彼の秘密を知る協力者だ。

    あの青いマフラーは、僕たち二人の秘密の誓い。

    それでいいじゃないですか!

    ねえ!



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    ショートショートとか童話とか落語とか声劇台本とかジャンルにこだわらずいろいろ書いてる猫。

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