思い出のあの味です
優しい声で、販売員のお姉さんはドロップを売っていた。
少し興味はある。ドロップだって世代じゃないけど、味は覚えている。
けれど、擦れた僕の心にふとひとつの言葉がよぎる。
バーナム効果。
思い出のあの味は、思い出にドロップを食べた自分の姿が現れる人に対して言っているのは明白だ。
でも、ドロップとは明言されていないから、解釈の幅は広い。
ドロップを食べたことがなかったら、僕はどう捉えるだろう。
思い出のあの味。食べきれないキャベツを皿に広げて誤魔化して母に怒られたあの日の、口に残った甘苦いキャベツの味だろうか。
砂わすらした時に舐めた、手についた砂の予想外のしょっぱさ、プレッシャーに追われながら終わりの見えない作業をしている時の、異様なうま味を含んだ唾液の味、ロイヤルホストのパフェの、パイ生地のいちご味、クリスマス会で食べたポテチの味。
思い出の数だけ味があるから、その種類は百味グミを超える。
はなくそ味はあるけど、鉛筆のけずりかすの味はないと思う。
ハンバーガーだってマックやモスなどのお店の数だけあるし、時間帯やコンディション、セットのドリンクによっても違う。逆に、エビバーガーを頼んだときのミルクティーの味なんてのもある。
いつもの食事、特別な食事、食べ物じゃないもの。
そんなすべての思い出のひとつひとつが、一つの缶に詰まっていたら、楽しいかもしれない。友達とシェアしたりなんかして。
「それはきっとバタフライをやろうとした時に失敗して思いっきり飲んだ、塩素のガンガンに効いた市民プールの水の味だよ」なんて。
とはいえ、苦い思い出の味が連続して出てきたら気絶してしまうから、やっぱりドロップはあのとき食べたドロップの、優しい甘味その一種類でいい。ドロップを食べたことのない人には、それが最初の美味しいドロップの思い出になりますように。