
『終電ホームの会話』
放課後、塾帰りのことだった。
夏休みも終わりに近づいて、夜の風が少しずつ涼しくなってきていた。
その日、女子高生のユカは、いつもより遅くなってしまい、最寄りの私鉄の駅に着いたのはもう23時を過ぎていた。
駅のホームには、他に人影もなく、終電まであと一本。
静まり返った構内に、虫の声と時折吹き抜ける風の音だけが響いていた。
ユカがスマホをいじりながらベンチに座っていると、どこからともなく、「ねえ、今、何時?」と声をかけられた。
顔を上げると、同じ制服を着た少女が、隣に立っていた。
見覚えがない。
でも同じ学校の生徒のようだった。
「あ、えっと……23時10分くらい、かな」
「そう……間に合わなかったんだ」
その子はぽつりとそうつぶやくと、ゆっくりとホームの端のほうへ歩き出した。
ユカは何気なく目でその姿を追っていたーーが、その子が歩いて行った先にはフェンスも線路もない、ただの壁だった。
しかしその少女は、その壁の中へ、すうっと溶けるように消えていった。
一瞬、頭が混乱した。
何かの見間違い?夢?
でも、目の前で確かに会話をした。
声も聞いた。
制服の校章も見えた。
恐怖を感じながら駅員を呼ぼうと歩き出したその時、背後からまたあの声がした。
「ねえ、次の電車……どこまで行くの?」
振り向くと、誰もいない。
でも背中には、誰かに見つめられているような、いや、耳元で息を吹きかけられるような感覚があった。
家に帰ったユカは、母親に話そうとしたが、妙に喉がつかえて声が出なかった。
翌朝、学校に行って驚いた。
昨日、あの時間、路線に飛び込んだ女子生徒がいたと、朝の職員室がざわついていたのだ。
制服の校章は、確かに自分たちの学校のものだった。
でもその子の名前は、聞き覚えがない。
職員室の先生がボソッと言った。
「……あの子はね、10年前にもこの駅で……って、話があるのよ」
今も、終電間際のその駅で、制服の少女が確かに時刻を尋ねてくることがあるという。
「ねえ、今、何時?」