変貌する小ネタ
これ・・・・・・

ノートパソコンの 裏っかわ 四隅にくっついている クッションみたいな ちっちゃいゴム。
こいつを本体にくっつけている接着部分が、暑さで溶けて 外れてしまうのよ、ポロポロポロポロ。ボンドの種類を見直す等 工夫してみたものの、イマイチ。4個の内 1個は 既に紛失済。空いてる所が 気になってしょうがない。
パーツを購入し 装着し直しても、いずれまた紛失するに違いない。パソコンの寿命まで ずーっと、着けては外れ 着けては外れ・・・ するんだろう。かと言って 取れてしまった物を そのままに出来ない性格のワタシ。いっそ 全部いっぺんに 無くなってくれたら良かったのに トホホ。
と、この位の軽~い話をいくつか書いて「小ネタ祭」でも 開催しようと思っていた。が、祭と言える程 ストックが 多かった訳ではない。
先ず パソコンのゴム(写真付き) なんてぇ 笑えもしない噺を どうしよう? 持て余している内に、2度 剥がれて 貼り直したし。
と その時、天から舞い降りたよ 神宮 綾 さんが ♡♡♡
なんかもう、普段隠れている 肩こりのツボを、
ぎゅうぅーーーーーー と押される感じやったわ。
「自分の内部で成立しているものを、相手の中にも成立させようとする」
という状態というか 構造というか、ここらへんの所に、変な具合に 反応してしまったワタシ。
嗚呼・・・・・・ ツボを、ぎゅ~~されてるよ~~~~。
アルベール・カミュ・・・
コロナ渦で 「ペスト」を読んだ人が多かったらしいが、ワタシは 学生の頃 いく作品か読んだきりで、忘れかけておった。老眼が酷くなってからは、文庫本も 売却してしまった。
この文豪を大叔父に持つという セイン・カミュが出てた特撮「牙狼シリーズ」を もう一度観たいな~ とか、そういう余談も 無くはなかったけれども、そちらはさておき、パソコンのゴムみたいな ちまちましたパーツの斜め上に、訳のわからぬ扉が開いてしまった。ワタシの脳内に唐突に
お稲荷さんの鳥居
映像が、赤く明滅・展開しはじめたのだよ。まさに なんでやねん。
ワタシは特別信心深い訳でもなく、かと言って 神仏なんて〇〇くらえなどという バチあたりな発想も 無い為、京都 伏見稲荷の 千本鳥居に代表される あのビジュアルに関して、求められがちになるであろう オカルトやスピリチュアルは、とりあえず自動的にシャットダウンの姿勢をとっている。
一方 ムラムラしてかなわんのは、その
「入れ子構造」
の方である。メインプログラムの中に サブルーチンが、その又中にもサブルーチンが入っとるヤツさ。マトリョーシカみたいに。
神宮 綾さんの記事を読み ツボを押されているワタシは、この「鳥居」というか マトリョーシカの 割と外側に居て 奥を覗いている気がするけれども、そういうワタシよりも 更に外側の鳥居から 見られているかもよ。真っ当なツボを 刺激されているかどうかは、わからんけど。みたいな感じがする訳やね。
そもそも、あの鳥居に 人が引き付けられるのは、
入ったはいいけど 出口の先の先の先は異界ですか?
という感覚が 何とも堪らぬからだ。元の所に帰ることが出来るのかどうかも 気になるし。
シャバから神域に入ったと思ったのに、あれ?違ったっけ?みたいな。えーと えーと、何でしたっけ?
「ドロステ効果」
・・・・・・(調べました)
そう、それ! 合わせ鏡の中に発見する、無限に続く映像。オランダの ドロステ社が販売した ココアのパッケージ由来の言葉らしい。
「パッケージに描かれた女性の持ってる ココアパッケージには 彼女が描かれている」
という 無限ループ。
ガラパゴス諸島から来た日本語教師 tamadoca さんの記事に 写真が色々載ってます
ココアパッケージの印刷は 実際にどこまでプリントされるかなど たかが知れているし、マトリョーシカなども 小さく 或いは大きく作るのに 限界がある。しかし、巻き貝の様な ループの概念そのものが そこはかとなく怖い。無限という事が判り易すぎて、気が遠くなる感じだ。覗いてはならぬ所まで 見えるのでは? みたいな…。しかも 鏡が2枚あるだけで ある程度 視認できてしまうのが、又 怖い。
実は子供の頃、母の三面鏡で ワタシは よく そうして遊んでいた。
高校生くらいの頃、同人誌でマンガを描いていて、「たまご」
かなんかいうタイトルの作品を描いたことがある。
※ 主人公が料理をしようと 卵を割ると、中から 何故かカラのある卵が出て来る。驚いてもう一度割ると 又カラ付き卵が出て来る。無限に割り続けるのに あのヌルヌルの中身は 出て来ず、しかし卵は 元の大きさのまま。
実は割ってる主人公の方が 小さくなってましたとさ。
という、まぁ・・・・・・ オチみたいなのが つけてある。
実家断捨離をしていたら、亡き母の引き出しから 件の同人誌が出て来て、恥しいったらありゃしない。
ともかく あの頃から、ワタシは それっぽい構造に こだわりを持っていたのかもしれない。しかも 卵って、ニワトリと どっちが先なのか という問題もあって、多重に面倒くさいね。
入れ子構造というのは、マトリョーシカレベルで「可愛い」と面白がっていられる範囲なら良いけれども、人どうしの関わり合いや 社会問題に そういった形を見出す事になると、次第に しんどい話になる。
現実社会に近付けば近づく程、ワタシは この構造の なるべく「外側」に出たいと思い、真っ只中に身を置くのを避けようとする。実際は 他を褒めても 批判しても、それらは 鳥居のあっちとこっちだけの事ではなくて、更なる内側や 外側に人が居る。それらのどこが 先で 後なのかも 判らないし、好ましいのかどうか、美しいのかどうかも、解らない。実生活に近付けは近付く程 しんどい、面倒くさい、でも、とても魅かれる。
そういえば、ロシアや旧ソ連の指導者が 次々出て来るマトリョーシカって、なんか笑えるよね。
澁澤龍彦著「唐草物語」の中に、
結構苦労して手に入れた とても綺麗な女と
「いたす♡」
段階になって、彼女の大事な所を見たらば、
アソコが入れ子構造みたいになっていた!
という、何ともアホで 気の毒な話がある。女性の アソコについて、「朱門」と表記されて、もう既に「鳥居」そのものだ。
しんどい・面倒くさい事柄を、女体というか 下ネタに変換するあたり、実際には 男女等で 解釈や 心づもりが違ってくるにしても、落としどころというのか、ちょっと うまいこと言ってるやーん と思う。「下ネタと笑い」は、日本文化において 密接につながっておるらしいし。おお、小ネタ祭が、下ネタ祭に変貌しかけているぞ!
しんどい事柄を 「笑い」の方向へ持って行くのは、たぶんワタシにとっては、上手いこと生きていく為の方便なのだろうと思う。実は「入れ子構造」についてあれこれ考え出すと、最終的に 澁澤龍彦の この話に 到達するルーチンが、ワタシの中では出来上がっている。
今回も 無事 この辺りに到達できたので、ひとまず安心しておきます。
