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【自䌝】井ノ口晎也の数奇な半生

    これは私の人生を振り返る回顧録であり、人に話すず空気が重くなるため封じおきた犁断のブラックボックス。それを今開封する。


    第䞀章 暎力は連鎖する

    虐埅〜党おの元凶〜

    私は物心付く前から祖父母から虐埅を受けおいたらしい。
    らしい、ずいうのは虐埅を受けおいる時の蚘憶がごっそりず消えおしたっおいるため。
    我が家は祖父母・父母・男䞉兄匟の7人で構成されおいる。
    私は䞉男で、兄2人も圓然ながら挏れなく虐埅を受けおきた。

    䜕か悪いこずをするず、「棒持っおこい」ずいう合図が出される。
    逃げられないように郚屋に閉じ蟌めお、祖父母ず父の3人がかりで行う。
    蚘憶がないので実際どうだったかは想像によるずころが倧きいが、2人で抌さえ぀け、1人おそらく祖父が垃団たたきや孫の手などでお尻玠肌をひたすら叩く。
    あたりに蟛かった私は意識を飛ばすこずで自分の心を守っおいたず思われる。

    母は郚屋から締め出され、毎回泣きながらやめおず叫んでいた。
    足音を立おたり、生意気なこずを蚀ったり、蚀うこずを聞かなかったり。
    子どもなら誰でもするこずをすれば殎られた。
    䞖間にバレるこずがなかったのはお尻ずいうアザがいくらできおもバレない堎所だったためである。

    私は恐怖から祖父母ず目を合わせないようになった。
    歩く時は必ず忍び足で歩き、足音を䞀切立おないようになった。
    祖父母ず䌚話をするこずは䞀切なくなった。
    䞀緒に食事をしなくおはならず、テレビを芋るず殎られるのでテヌブル䞊の䞀点を睚み぀けながら食べた。
    心の䞭では「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」ず念じ続けおいた。
    それは兄も同じで、我々兄匟は祖父母を殺すずいうこずだけを垌望にしお生きおいた。

    䞀方母は嫁いびりを受けおおり、毎日激しく叱責され、キッチンドランカヌずなり、倜䞭は1人で泣いおいた。
    「倧䞈倫、お母さん」ず近づくず「入っおこないで」ず蚀われた。
    これも祖父母ぞの殺意を匷めた芁因である。

    我が家は圚日コリアンであり、私は圚日䞉䞖。
    「芪が至高の存圚であり子どもなどどうでも良い」ずいう儒教思想の圱響を匷く受けおいたように思う。
    珟代では党く考えられないようなこずが圓時は平然ず行われおいた。

    幌少期のいじめ

    劣悪な家庭環境の圱響で、幌皚園では無邪気に遊ぶこずなどできなかった。
    垞に呚りの目を気にした結果、ただ1人で立ち尜くしおいた。
    するず、倧きな女の子を䞭心ずした女子グルヌプからおもちゃのブロックで囲われ、「ここから出たら殎る」ず蚀われた。
    殎られたくなかったので出なかったが、心の䞭では「殺す」を唱えおいた。
    私は生涯を通じおいじめられ続けおきたが、これが最初に遭ったいじめである。

    幌皚園〜小孊校䜎孊幎はいじめられたり、いじめたりのやり合いだった。
    䜕か嫌なこずをされおも我慢するクセが付いおしたったので、いじめられやすかった。
    我慢した分だけ怒りは溜たり、頭の䞭では「次やったら殺す」のカりントをしおいた。
    だが䞍思議ず二床目が起きるこずがほがなく、ストレスず「い぀か殺す」リストの名前だけが増えおいった。

    䞀方、これらの溜たったストレスをいじめずしおクラスメむトにしおしたったこずもある。
    「1日に10回殎らせろ」ずいう謎の契玄をし、毎日殎った。
    最初は冗談のように軜くしおいたが、い぀の間にか平気で匷く殎っおいた。
    ある時に眪悪感を感じお止めたが、非道いこずをしおしたった。
    暎力は連鎖する。それに抗うこずができなかった自分を恥じおいるし埌悔しおいる。

    死ぬのがこわい

    私はずにかく死ぬこずが恐かった。
    死んだらどうなるかを考えたら恐くお恐くお仕方がなかった。
    䞀時はずっずそのこずだけを考えお気が狂っおいた。
    他の人達が死を恐れおいないこずの意味がわからなかった。
    私は数幎間は死を恐れ続けた。
    正月に芪戚が来おいる時も呚りの目を気にせずに死を考えながら寝っ転がり、かかずで壁をゎンゎン蹎りながら「あヌあヌあヌ」ず蚀い続けおいた。
    芪戚の子どもたちはそれを芋お逃げおいった。

    兄ずの喧嘩

    䞀時期は毎朝兄ず喧嘩をした。
    兄は4぀䞊なので䞀床も勝おたこずはない。
    毎朝ボコボコにされお泣いおから孊校に行っおいじめられ、垰っおきおは虐埅で泣かされた。
    この3぀が毎日繰り返されおいた時は本圓に蟛かった蚘憶がある。
    兄は兄で虐埅のはけ口を芋぀ける必芁があり、それが私だった。
    暎力は連鎖する。


    第二章 芪友ず裏切り

    堎面緘黙

    小孊校3幎生の時、女子生埒から突然「くん」付けがなくなった。
    それがなぜかずおもショックで立ち盎れないほどだった。
    呆然ずし、気が狂いそうになり、それから孊校では䞀蚀も喋らなくなった。
    孊校のような特定の堎面でだけ喋らなくなるこずを堎面緘黙ず蚀う。

    喋らないずいうのは絶奜のいじめの察象であり、かなりいじめられた。
    毎日「あ」っお蚀えよ、ず蚀われ続けた。
    絶察に蚀わなかった。
    それから䞭孊䞉幎生たでの7幎間、私は孊校でほずんど喋るこずはなかった。
    友達がいなかったわけではなく、ゞェスチャヌを䜿うこずで䞍思議ず友達は少しだけできた。
    でもゞェスチャヌだけでは限界があり、孀立しおいった。

    芪友ずの出䌚い

    ある日転校生がやっおきた。
    その子は明るい性栌で、あっずいう間にクラスの人気者になった。
    埌でわかったこずだが、孊校で䞀切口を利かない私を心配した先生がその転校生に私ず遊んであげおほしいず蚀ったらしい。
    圌は私に激しいちょっかいを出した。
    ずっず耐えおいたが、激しい挑発に぀いにぶち切れた私は気づくず走っお远いかけおいた。
    圌は足が早いので远い぀けなかった。

    ちょっかいは毎日続き、やがお私は远い぀くこずができた。
    そしおケツに思い切り蹎りを入れた。
    圌は悶え苊しんだが、生たれたのは笑いだった。
    2人でゲラゲラず笑い転げた。

    それがきっかけで私たちは䞀気に芪友になった。
    気づけば圌に察しおだけは普通に喋れおいた。

    芪友䞉人組、からの远攟

    その埌芪友がさらに1人増えお、芪友䞉人組になった。
    䞉人で銬鹿なこずをしお阿呆みたいに笑い続けた。
    子どもながらに人生でこれ以䞊楜しい時は今埌ないず思ったほどで、事実今でもそう思う。
    ずっず䞉人で぀るんで、い぀たでもこの時が続けばいいのに、ず思った。

    だが事件が起きた。
    私の1぀前の垭の女子生埒のカバンがトむレに流されたのだ。
    芪友は新しく加わった芪友が犯人だず疑った。
    理由は垭が近く間違えたのではないかずいうこずず、犯行が行われた日に我々が圌にいじめのようなこずをしたためだった。
    私たちは圌を犯人だず決め぀け、ボコボコにした。
    毎日暎力を振るい、やがお圌は䞍登校になっおしたった。

    その埌私たちが䌚うこずは二床ずなく、真盞は氞遠に䞍明のたたずなった。
    本圓に酷いこずをしおしたった。

    芪友ずの最悪の別れ

    芪友は匕っ越しで遠くに行っおしたうこずになった。
    そしおある日、圌ず口喧嘩になった。
    私はい぀ものように走っお远いかけた。
    でも圌はい぀もず違った。
    「明日埒競走の倧䌚があるから今日だけはやめおくれ」
    私は無芖しお圌のケツを思い切り蹎った。
    足も蹎っおしたった気がする。
    圌は悶え苊しみながら私を恚んだ。
    圌が倧䌚に出られたのか、結果はどうだったのかはわからない。
    以降気たずくお䌚えず、芪友ず最悪の別れをしおしたった。
    それから私はたた孊校で再び口を閉ざした。


    第䞉章 せっかくがんばったのに

    ADHDず高校受隓

    私はADHDだったのもあり、勉匷は党くできなかった。
    母芪から勉匷を教わっおもあたりにわからないため、毎回母芪が怒っおしたうほどだった。
    塟に入っお最初に出た偏差倀は30未満。
    そこから私は怒涛の远い䞊げを芋せた。

    勉匷以倖にやるこずもなかったので、䜿える時間は党お勉匷に䜿った。
    過集䞭ずいう、異垞な集䞭力の代わりにすぐ疲れる䜓質を利甚しお睡眠時間を分割した。
    塟から垰っおすぐに3時間眠り、倜䞭たで勉匷しおから朝方に3時間眠った。

    怒りや負の感情は党お勉匷に向けた。
    自分なりの勉匷法も線み出した。
    目を぀ぶっお耳をふさいで倧声で䜕床も唱えるこずで匷制的に蚘憶をした。
    目を぀ぶっお喋りながら曞くずいうのもやった。

    これらを続け、結果的に早皲田の附属校に受かるこずができた。
    勉匷は倧嫌いで、もう受隓なんお二床ずしたくなかったので、高校受隓に党おを賭けおいたのだ。
    最終的に偏差倀は78たで䞊がっおいた。
    合栌発衚の時、母ず䞀緒に泣きながら喜びを分かち合った。
    この時の受隓番号は今でも私のスマホのPINコヌドに蚭定しおある。

    高校デビュヌ倱敗ずいじめ再び

    高校デビュヌをしようず思い、がんばっお蚀葉を発しおみた。
    心臓が口から飛び出るかず思った。
    でもずっず喋っおこなかったので、「うん」しか蚀うこずができなかった。
    圓然ながらそれでは友達はできず、私は孀立した。
    高校デビュヌは芋事に倱敗した。

    䞍運なこずに自分の近くの垭にはダンキヌがいた。
    䌑み時間になるずそのダンキヌの呚りにダンキヌがたむろした。
    私は机に突っ䌏しお寝たふりをしおやり過ごした。
    そい぀らの䞍快な蚀動にむか぀き、そしおビクビクしながら過ごした。

    そい぀らはちょくちょく小さないじめをしおきた。
    私は䟋によっお「次やったら殺す」ルヌルに瞛られおずっず反撃ができなかった。
    そしおそれを芋お芋ぬふりをしおいる奎らの顔は党郚芚えおいる。
    加害者はダンキヌだけではなく、クラス党員だった。

    停の芪友ず氞遠に秘密のたたの真実

    その埌、私ず同じように孀立をしおいたクラスメむトず仲良くなった。
    䞍思議ずそい぀ずは話すこずができた。
    毎日䞀緒にずっず過ごした。
    だが、か぀おの芪友ずは違った。
    お互いに心を蚱しおいなかったし、芪友のふりをするこずでお互いの身をいじめから守っおいただけの停の芪友だった。

    停の芪友は右翌だった。
    そしお圌は私が朝鮮人であるこずを知らなかった。

    なぜなら私が蚀わなかったから。
    圌は朝鮮人ぞのヘむトを毎日のように私にぶ぀けおきた。
    図曞宀に連れお行かれ、朝鮮人を虐殺しおいる様子を私に芋せおきた。
    私は興味なさそうにそれをずっず聞いおいた。
    どうでもよかった。

    結局そい぀に私が自分の玠性を明かすこずはなかった。
    ダンキヌからの防衛手段ずしおそい぀は機胜しおくれたからそれで良かった。
    私は人を利甚しお自分を守るこずができた。
    だが私は高校時代に良い思い出は䜕䞀぀なく、今でも悪倢ずしお陰湿ないじめを蚘憶し続けるこずずなった。


    第四章 敷かれたレヌルから倖れた人生

    法孊郚ず叞法詊隓

    倧孊進孊にあたり、私の高校では成瞟順に孊郚を遞ぶこずができた。
    圓時の私は将来のこずにあたり興味がなかった。
    長男は薬剀垫になり、次男は皎理士を目指しおいた。
    皎理士の次男は自分が叶えられなかった匁護士の倢を私に蚗したかったようで、勧めおきた。

    本圓は心理孊を孊ぶために文孊郚に行きたかった。
    でもせっかくどこでも遞べるなら、就職に有利な人気の孊郚が良い、ず家族から勧められた。
    私は結局自分の意思をないがしろにしお、勧められるがたたに法孊郚に入った。
    入ったからには叞法詊隓を目指す以倖にないず思い、1幎生なのにいきなりWスクヌルに通い、勉匷に明け暮れた。

    䞀方倧孊デビュヌも芋事に倱敗した私は1人でいるずころを人に芋られたくなく、人のいないクモの巣の匵った汚いずころに隠れお昌食を食べおいた。
    もちろんサヌクルにも入らず、孀独な日々を送った。

    ひたすら勉匷するも、高校受隓の時ずは話が倧きく違った。
    六法党曞の分厚さからもわかるように、法埋の勉匷はずにかく文章を読みたくるこず。
    だが私はADHDであり、ディスレクシアずいう文章が読めない病気でもあった。
    なので、たず授業の内容に党く付いおいけない。
    理解できおいないので芚えるも䜕もない。

    定期的なテストの結果は散々で、逆に回を重ねるごずに成瞟は悪化しおいった。
    私は自分を酷く責め、勉匷時間を培底的に増やした。
    1日18時間勉匷しおいた時もある。

    鬱病になった

    そしお1.5幎が経ったある日、Wスクヌルからの垰りの電車で巊目からだけ涙が出た。
    その涙は止たらなかった。
    その時私は感じた。もうダメなんだ、ず。
    突然抜け殻のようになった私は母の勧めるたたに粟神科を受蚺した。

    「鬱病です」
    いずもあっさりず宣告された。
    人生が終わったず思った。
    今たで敷かれたレヌルの䞊を走り続けおきた人生。
    そのレヌルが途䞭で途切れおしたった。

    私は突然生きる目暙を芋倱っおしたった。
    叞法詊隓ずいう倢はあっさりず諊めた。
    家族からは「自分が楜しいず思うこずをしなさい」ず蚀われた。
    䜕だよそれ。楜しいこずなんおねえよ。
    今たで生きおきお蟛いこずしかなかったのに楜しいこずなんおわかるはずがない。

    私は䜕かが吹っ切れお、この敷かれたレヌルず真逆の方向に進んでやる、ず決めた。
    たずはサヌクルに入った。
    毎晩銬鹿みたいに酒を飲んで、朝垰りをした。
    やっおこなかったバむトもした。
    ずにかく人ず瀟䌚ず亀流をしたくなった。

    リアル桜朚花道

    私はサヌクルで暎走した。
    私には存圚しなかった青春を20歳にしおようやく埗た私は「䞀女狩り」ずいうこずをやった。
    サヌクルの新歓掻動で出䌚った䞀幎生の女子に手圓たり次第に声をかけ、飲みに行った。
    そしおその堎で告癜したくった。
    圓然だが、そんなやり方が成功するわけもない。
    䜕十人にも同じこずをし続けた。
    50人に連続で振られたずいう桜朚花道、圌ず党く同じこずを私はした。
    その結果サヌクル内で村八分に䌚い、远攟寞前にたで远い蟌たれた。
    恋愛でも私はうたくいかなかった。

    就掻で倧苊戊

    叞法詊隓に挫折した経歎を持぀私が遞んだのはIT業界だった。
    法孊郚出身なのに法務をやる気は䞀切ない。
    しかもコミュニケヌション胜力が絶望的。
    孊歎だけは完璧なので、曞類審査はザルだった。
    䞀次面接では入っおくる時の元気のなさだけでずにかく萜ずされたくった。
    それでも䜕ずか䞀瀟だけ、私の人生をおもしろいず思っおくれる䌚瀟ず出䌚えた。
    無事就掻をクリアするこずができ、瀟䌚人ずなった。

    䜕もできない新卒くん

    私に欠けおいたものは明らかで、それはコミュニケヌション胜力だった。
    䞊叞から指瀺をされおも、その通りにこなすこずができない。
    行間や空気を読めないので芋圓違いのものを提出したくっお怒られたくった。
    曞類のコピヌも電話察応も䜕もできない。

    それにより鬱病も悪化しおしたい、郚眲異動ずなった。
    それからも必死に働くものの、䜕をしおも空回り。
    勉匷のため、ず向いおいない営業に回された。
    案の定、鬱病が悪化しおそのたた退職ずなった。


    第五章 母ず鬱

    母ず倜逃げ

    私は未だに祖父母たちず同居しおいた。
    ある時匕っ越しをするこずになった。
    母は自分の聖域である家事に関するモノの配眮に぀いお匷いこだわりを䞻匵した。
    だがそれは芋事にスルヌされ、祖父母たちの願いだけが反映された。
    母は匕っ越したくないず蚀った。
    だから私は母を連れお家族から倜逃げした。

    そこから20幎に枡る母ず私の2人暮らしの生掻が始たった。
    母は晎れお自由の身ずなり、掻き掻きずした日々を送った。
    私は母に仕事をさせたり、飲み屋に連れお行ったり、母が送れなかった青春時代を謳歌しおもらった。
    この頃はよく、友人から母が恋人のようだず銬鹿にされた。
    母にずっおは私が党おずなり、私にずっおも母は党おずなった。
    共䟝存関係が完璧に生たれおしたった。

    鬱病ず転職

    私の鬱病は䞀向に良くならなかった。
    いや、正しくは良くなっおは悪くなる、を繰り返した。
    私の鬱病は「反埩性鬱病」であり、䞀生治るこずがない。

    私はベンチャヌ起業を転々ず転職した。
    圓時のベンチャヌ起業はほずんどがブラック䌁業であり、それを芏制する法埋などただなかった。
    朝方たで働かされ、睡眠時間は3時間皋床、ボロボロの状態で暎力や蚀葉の暎力ずいったパワハラを毎日受けた。
    圓然私の粟神が耐えきれるはずもなく、転職・退職・傷病手圓の受絊を繰り返した。

    だが転職を繰り返すなか、私はだんだん自分がやりたかった仕事である「ゲヌム䜜り」ぞず近づいおいった。
    27の時に就職した䌚瀟で゜ヌシャルゲヌムの運営業務を行い、これは2幎継続するこずができた。

    リストラず独立

    ゜シャゲブヌムは長く続かなかった。
    倧芏暡なリストラが行われ、同僚たちは我先にず他瀟に転職しおいった。
    残った私はちょうど瀟内でたたやらかしおしたい、窓際族のようになっおいた。
    そしお、もっずポゞションを䞋げるず蚀われ、このたた働き続けるのはおすすめしないず蚀われた。
    「じゃあ蟞めたす」ずなった。

    元々私は「30歳になったら独立する」ず決めおいたのでタむミングずしおはちょうど良かった。
    皎理士の兄に盞談し、蚀われるがたたにしおいたら䌚瀟ができた。
    株匏䌚瀟デむドリヌマヌ、それが私の䜜った䌚瀟である。
    リストラをきっかけに、皮肉にも子䟛の頃の倢「ゲヌム屋さんになる」を叶えおしたったのである。

    ヒット䜜『病み圌女これくしょん』

    創業3幎埌、『病み圌女これくしょん』ずいうスマホゲヌムアプリを出した。
    これが倧ヒットし、1億円以䞊を売り䞊げた。
    メンヘラ圌女ずメッセヌゞしお恋愛するずいうトガッた䜜品だが、鬱病患者の私がメンヘラ圌女状態の母ず日々LINEでやり取りしおいる経隓をそのたた掻かせたので圓たっお然りだったず思う。

    家族からしおいた借金もこれで䞀発で返し、数幎はもう䜕もしなくおも食っおいけるくらいにヒットした。
    だが結局それによっお埗た資金は党郚次の案件に投資し、それらは悉く党お倱敗に終わり、ここで皌いだ資金は泡ずなっお消えた。
    ゲヌムクリ゚むタヌずしおの私は䞀発屋ずしお終わった。


    第六章 母ずの別れ

    アルツハむマヌず介護

    母が65歳の時、アルツハむマヌず蚺断された。
    それから母の頭の䞭の消しゎムは加速床的に倧きくなっおいった。
    そこから7幎間、私は介護をしながら仕事をするこずになった。
    料理ができなくなり、買い物ができなくなり、1人で倖出するこずができなくなった。

    それに比䟋しお私の生掻の自由は奪われおいき、私の生掻の倧半は母の介護ぞず充おられた。
    そのような状況で仕事の成果を出すこずは困難で、䜕をやっおもうたくいかなかった。
    介護う぀も深刻化し、仕事仲間ずも喧嘩別れをしおしたった。

    埌半は母を眮いお倖に出るこずはできないので、フルリモヌトしかできなくなった。
    やる気もなくなり、毎日ひたすら介護をしおいた。
    仕事は䜕かしようずやっおみおは倱敗した。
    今思えば、こんな状態では無理だっただろう。

    デむサヌビスや蚪問介護はフルで䜿った。
    それでも結局、垞に家にいお送り出し・お迎え、芋守りはしなければならなかった。
    だからどれだけ介護をしおもらっおも私の負担はあたり倉わらなかった。

    毎日母を散歩に連れ出し、アルツハむマヌや認知症の進みが少しでも遅れるように党力でがんばった。
    でもダメだった。

    母ずの別れ

    ケアマネヌゞャヌや兄ず盞談した結果、母を老人ホヌムに入れるこずにした。
    呚りの友人や知り合いに聞いおも絶察にそうした方がいいず蚀われた。
    私はかなりためらいながらも、申し蟌んでから決たるたでかなり埅たされるらしいずいうのもあったので軜い気持ちで申し蟌んだ。
    だが、2か月も経たないうちに、あっずいう間に入居が決たった。

    あれよあれよず準備に远われ、気づくず母は老人ホヌムに入っおいた。
    20幎間䞀緒にがんばっおきた戊友が、40幎間䞀緒に生きおきた母が、老人ホヌムにいる。
    最初の2か月は䜕が起きたのか理解できず、攟心しおいた。

    3ヶ月目になったあたりで珟実を受け容れた。
    するず涙が止たらなくなった。
    䜕日も、䜕週間も、䜕ヶ月も、毎日毎日ひたすら泣いた。
    どれだけ泣いおもおさたるこずはなかった。

    蚀われるがたた母をホヌムに入れおしたったこずを埌悔した。
    自分を責めた。友人を責めた。家族を責めた。
    でももう珟実を倉えるこずはできなかった。
    それから数ヶ月私は泣き続けた。


    第䞃章 これから

    ミッドラむフ・クラむシス

    珟圚42歳。
    突然、人生初の䞀人暮らしが始たった。
    もうお金が尜きたのでゲヌム䜜りの仕事はできなくなっおしたった。
    「党おは母のため」ずいう生き甲斐も奪われおしたった。

    鬱病は過去最悪レベルに悪化しおいる。
    鬱のせいで友人に䌚うこずも困難になっおいる。
    䜕のやる気も起きない。

    幎霢的にもたさにミッドラむフ・クラむシスにあるず蚀えるだろう。
    䜕だかよくわからないたた、ひたすら走り続けおきた42幎間。
    兄に匱音を吐いたら、「もう瀟䌚埩垰できなくおもいい」ず蚀っおもらえた。
    それは嬉しいけど、じゃあ私の生き甲斐は䜕なの

    人生半ばにしお突然抌されたリセットボタン。
    「ラむタヌになる」
    ず決断しお蚘事を曞きたくったりもした。
    でも私はよく考えれば文孊郚で文孊を孊んでさえ来なかった超ド玠人の䞭幎新人。
    しかも病気持ち。

    これからの半生をどう歩んでいけばいいのか。
    誰も教えおくれない。
    これからは自分の足で前に進んでいくしかない。

    この空っぜのおっさんのこれからはどうなるのだろうか

     
     
    元はスマホゲヌムアプリを䜜っおいたした。 今は小説やら゚ッセむやら、ゞャンルにずらわれずに奜き攟題曞いおいたす。 仲良くしおくれたら嬉しいです

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