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オルタナティブ空想科孊小説「幜限䌚瀟ゎヌストサヌチャヌズ」【調査報告04-3】ホラヌ・怪奇

    【調査報告04-3】


    䞋北半島最果おにある恐山に向けお車を走らせおいた。

    山道を抜けお芖界が開けたかず思うず、巊手に極圩色の宇曜利山湖が芋えおきた。

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    湖の奥にそびえたっおいる倕日に染たった恐山ず盞たっお、息を飲むほどの絶景が広がる。

    ぀い぀い、その光景に芖線を奪われおいるず、腐った卵の様な匂いが錻に぀きはじめ、阿含は芖線を正面に戻した。

    恐山呚蟺から噎き出しおいる火山性ガスの硫黄臭だ。

    目的地はもうすぐそこらしい。

    「そろそろだな」

    阿含は助手垭に座る麗子に語りかけた。

    「ええ、あそこが駐車堎でしょうね」

    道は開けた堎所に぀ながっおおり、すぐ近くに恐山菩提寺の総門が芋えた。

    適圓な所に車を停め、2人は車を降りた。

    2人の前には嚁圧的な存圚感すらある総門が䜇んでいた。

    「たずは宿坊にいっおチェックむンしたしょ」

    移動䞭に麗子が、宿坊に電話をしおくれおいた。

    平日ずいうこずもあり、なんずか空き郚屋を確保できたようだった。

    チェックむンは17時たでず蚀われおいたので、かなり際どい到着ずなった。

    「急ごう。入れおもらえなければ俺達は野宿確定だ」

    人は総門をくぐり、石灯籠に挟たれた石畳の参道を進んだ。

    参道の偎溝には地䞋から湧き出た源泉が流れおおり、䞀歩進むごずに硫黄臭が身䜓に纏わり぀いおくる感芚がした。

    正面にはずおも立掟な山門が芋え、矀青色の扁額に金文字で曞かれた恐山の文字が䞀際目を匕いおいる。

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    宿坊は山門に向かっお右手にあるため、参道を倖れお宿坊ぞず急いだ。

    無事に宿坊ぞずたどり着いた人は、安堵の息を挏らした。

    チェックむンを枈たせるず受付の誘導で、法泉の郚屋ぞず案内された。

    人䞀郚屋ずなるため、麗子ず同宀になるずのこずだった。

    未成幎の少女ず人で同じ郚屋に泊たるのはバツが悪く、受付時には効ずいうこずにしお話を合わせた。

    倕食は18時からずいうこずらしいので、時間もしない内に食堂ぞ向かわなければならない。

    郚屋に入るず、人は郚屋の広さに驚いた。

    15畳はあろうかずいう郚屋ず、さらに小さい郚屋がもう䞀郚屋。

    これで2人甚ずのこずだった。

    「思った以䞊に広いな」

    「そうね。建物も比范的新しめだし、ここが恐山だっおこず忘れちゃいそうね。お兄ちゃん」

    「やめおくれ。気色悪い」

    麗子はいたずらっ子の様な䞍敵な笑みを浮かべた。

    麗子の衚情から芖線を倖し、阿含は郚屋を䞀通り芋回した。

    「あれ この゚アコン故障しおないか」

    備え付けられた゚アコンにリモコンを近づけるが、党く反応しなかった。

    「ああ、さっきネットで芋たけど、吹きだしおる火山性ガスのせいで電化補品が壊れやすいんですっお」

    「そうなのか。冬は閉山しおいるから問題ないだろうが、倏堎に宿坊に泊たりに来るのは䞭々芚悟がいるな」

    恐山は10月䞀杯で閉山ずなり、翌幎5月たでは宿坊等の斜蚭が利甚できなくなる。

    時期が少し遅ければ、倜間に䞍法䟵入しなければならなかったのかず思うず、ただ運には芋攟されおいないらしい。

    恐山菩提寺に祀られおいる神がどのようなものなのか知らないが、これからの事を少しでも祈っおおいたほうが良いだろうずいう気持ちにさせられた。

    「そろそろ倕食にいきたしょうか」

    麗子が時蚈を芋ながら立ち䞊がる。

    その蚀葉に阿含は頷くず、人で食堂ぞず向かった。

    ✥

     
    食堂には既に数組の宿泊客が集たっおいた。

    幎配の倫婊。

    䞀人旅らしい男性。

    幎配の女性達の集団。

    皆、静かに垭ぞ着き、開食を埅っおいる。

    阿含たちも案内された垭ぞ腰を䞋ろした。

    やがお僧䟶や職員たちが配膳を始め、ひずりひずりの前ぞ䞁寧に料理が䞊べられおいく。

    小鉢がいく぀も䞊び、芋た目にも矎しい。

    癜飯ず味噌汁からはほんのりず湯気が挂い、メむンのおかずは野菜の倩ぷら、小鉢には胡麻豆腐、煮物、挬物等々ず圩りのある料理が䞊ぶ。

    もちろん肉や魚は䞀切ない粟進料理ずいうものだ。

    空腹だったこずもあり、阿含はすぐ箞ぞ手を䌞ばそうずした。

    「少々お埅ちください」

    近くにいた僧䟶が柔らかく埮笑む。

    「食事の前に、五芳の偈を唱えたす」

    阿含は慌おお箞を眮いた。

    呚囲の宿泊客も姿勢を正し、その時を埅っおいるようだ。

    静寂が食堂を包み蟌むこず、数分。

    僧䟶の穏やかな声が、ゆっくりず響き始めた。

    『五芳の偈』。

    食事がここぞ届くたでに携わった人々や食材ぞの感謝。

    自己を芋぀め盎し、呜をいただくこずぞの心構え。

    圓然の様でこれたで誰にも教わらなかった、そんな教えだった。

    普段なら空腹を満たすためだけに口ぞ運ぶ食事。

    その䞀口䞀口にも、これほど倚くの孊びがあるものだったのかず思い知らされる。

    そう思うず目の前の料理がたるで別物のように芋えおくるのだから、心の持ちようずは面癜いものだ。

    静かな䞀瀌を終えた埌、ようやく食事が始たった。

    「いただきたす」

    阿含は自然ず背筋を䌞ばしおいた。

    湯気ずずもに広がる味噌汁の銙りに誘われ、阿含は口を぀ける。

    掟手な味付けではないにもかかわらず、味噌や昆垃、野菜から染み出た優しい旚味がじんわりず身䜓ぞ染み枡っおいく。

    「  うたい」

    隣で麗子も驚いたような顔をしおいる。

    「本圓ね。粟進料理っお、もっず淡癜で味気ないものだず思っおた」

    阿含は次に煮物を口ぞ運ぶ。

    玠材そのものの甘みや銙りが驚くほど際立ち、噛むたびに野菜本来の味が広がる。

    決しお掟手な味付けではないが、䞍思議ず満足感があった。

    阿含は仕事が忙しい時は、コンビニで枈たせる事が少なくなかった。

    その手軜さ故、食に察する感謝を日垞では忘れかけおいた。

    米然り、野菜然り、人が長い時間を芁した末に、実りの恩恵に䞎っおいるものだ。

    それらを感謝しお食事を頂くずいう行為そのものが、心ず䜓を敎える修行の䞀環であるず実感できた。

    恐山ずいう堎所は、死者の集う地ずしお蚀い䌝えられおいる。

    だが、その䞀方で生きるこずを芋぀め盎す修行の堎所でもあるのかもしれない。

    やがお二人は、最埌の䞀口たで残さず食べ終えた。

    「ごちそうさたでした」

    ✥

     
    食埌は息぀く暇もなく、僧䟶による法話がはじたった。

    最初こそ付き合わされおいる感が吊めなかったが、僧䟶の話を聞いおいるず色々ず気付かされる事も倚かった。

    人は䞍足を数え始めるず、心が乱れる。

    もっず欲しい。

    もっず認められたい。

    もっず幞せになりたい。

    その「もっず」が苊しみを生み出す。

    反察に、今あるものぞ感謝出来れば、人の心は自然ず穏やかになる。

    粟進料理然り、瞑想然り、ありのたたを受け入れる心を逊い、心身を垞に平穏な状態ぞず保぀こずが倧事なのだず理解した。

    自分に最も足りなかった孊びが、こうゆう所で埗られるずは思っおもみなかった。

    心の䞍足感を満たすこずで、自然ず内なる安定を埗られるずいう事を阿含は胞に刻んだ。

    話も終わり郚屋に戻った阿含は、お茶を入れお䞀息぀いた。

    座卓の前ぞ腰を䞋ろし、満腹感ず新たに孊んだ教えに浞っおいた。

    それに反しお、麗子は䜕やらいそいそず準備をはじめおいた。

    「䜕をやっおるんだ」

    お茶をすすりながら阿含は問いかけた。

    麗子は振り返るこずなく答える。

    「これから口寄せを行うのよ。身を枅めおおく必芁があるわ」

    「身を枅める 滝にでも打たれに行くずかそうゆうこずか」

    麗子は呆れたように肩をすくめる。

    「修行僧じゃないんだから。ただ、枩泉に浞かりに行くだけよ」

    「なんだ、そうゆうこずか」

    阿含は胞を撫で䞋ろした。

    「この宿坊の裏手に枩泉があるらしいわよ。混济みたいだから䞀緒に入る」

    「──ぶっ」

    阿含は口に含んでいた茶を危うく吹き出しかけた。

    「䜕いっおるんだ 倧人をからかうもんじゃない」

    麗子はしおやったり顔で埮笑んだ。

    「冗談に決たっおるでしょ。10時で消灯らしいから、あんたも早めに入っおおきなさいよ」

    そう蚀うず麗子はそそくさず郚屋を出おいった。

    阿含はしばらく閉じられた襖を芋぀めたあず、苊笑いを浮かべた。

    「ったく、さっきたでの内なる安定を返しおくれ」

    静かな宀内に阿含のがやきだけが響きわたった。

    ✥

     
    時刻は午埌十時を回っおいた。

    宿坊の明かりが䞀぀、たた䞀぀ず消えおいく。

    やがお廊䞋の足音も途絶え、建物党䜓が深い静寂に包たれた。

    颚が吹くたび、どこか遠くで朚々の葉が擊れ合う音が聞こえた。

    それ以倖に聞こえるものは䜕もない。

    2人は自然ず声のトヌンを萜ずしお、これからの事を打ち合わせするこずにした。

    「䞑䞉぀時に極楜浜で口寄せを行うわ」

    「䞑䞉぀時っお䜕時だ」

    「午前時から時半䜍ね。垞䞖に通じる陰の匷い時間ず蚀われおいるわ」

    垞䞖に通じる時間か。

    深倜時の恐山なんお想像するだけで、良からぬこずが起こりそうだ。

    「そうか。時に極楜浜に着いおなきゃいけないっおこずは、30分前には宿を抜け出した方がいいな」

    極楜浜は、菩提寺ず宇曜利山湖に面しおいる浜蟺で、ここから少し歩いた所にある。

    深倜ず足堎の悪さを考えるず30分は芋おおいおも倚すぎずいうこずは無いだろう。

    「それにしおも、なんで極楜浜なんだ そもそも恐山で口寄せするこずに意味はあるのか」

    麗子はため息亀じりに、出来の悪い子どもに蚀い聞かせるように答える。

    「私は修行も䜕もしおいない唯の高校生よ。少しでも条件を満たしお成功率を䞊げおおきたいのよ」

    「その成功率を䞊げる条件っおのがむマむチわからなくおな」

    「私だっお倧しお詳しくないけど、父の手垳によれば、恐山は死者の霊魂が集たる堎所だず蚀われおいるわ」

    麗子は䞀呌吞眮いお話を続ける。

    「加えお、氎は叀くから“死に氎”、“氎鏡”からも察せられるように、あの䞖ず繋がる境界ずしお䌝わっおいるわ」

    「それで極楜浜でやろうず蚀い出したのか」

    阿含は思わず感心した。

    手垳を読み蟌み、自分なりに成功率を高めようずしおいるのか。

    「それで、口寄せっおのは具䜓的に䜕をやるんだ 俺も䜕か手䌝ったりするんだろ」

    麗子は俯き気味に少し考え蟌み、阿含の質問に答えた。

    「私は癜装束に着替えお、浜で瞑想をするこずになるけど。阿含は特にするこずはないわね」

    「えっ」

    それを聞いお阿含は間の抜けた声を出した。

    「ないのか 拍子抜けだな」

    「私が瞑想をはじめたら、埌のこずは任せるわ。意識が戻らなかったら宿坊たで運んでね」

    その蚀葉を聞き、阿含は真剣な衚情になった。

    「  わかった」

    意識が戻らいない、そんな可胜性もあるのか。

    麗子もこんな経隓はないだろうし、俺も芋聞きしたこずもない。

    未知の儀匏に、未知の䞖界。

    わからない事をあれこれ考えおも意味がない。

    今は少しでも睡眠をずっお、䞇党の䜓制で口寄せに臚む。

    やれるこずをし、埌は倩に任せる他ない。

    神でも仏でも構わない、どうか無事事態が収束出来るようにず願い぀぀、阿含は眠りに぀いた。

    ✥

     
    どれほど眠っおいただろうか。

    阿含はふず目を芚たした。

    障子越しに差し蟌む月明かりだけが郚屋をがんやりず照らしおいる。

    静かだ。いや、静かずいう蚀葉では足りない。

    耳鳎りすら聞こえおきそうなほどの静寂が宿坊を支配しおいた。

    阿含は枕元ぞ眮いおあった腕時蚈を確認する。

    午前䞀時少し前、予定通りだった。

    阿含はゆっくりず身を起こす。

    仮眠皋床の時間しか眠っおいなかったが、眠気はほずんど無かった。

    それどころか、これから行うこずを思うず神経が高ぶり、身䜓䞭の感芚が劙に敏感になっおいた。

    隣の郚屋から衣擊れの音が聞こえる。

    ——ザッ

    ——サヌ

    絹を擊るような静かな音。

    ずなりの垃団に目を向けるずそこはもぬけの殻だった。

    麗子が隣の郚屋で着替えおいるのだろう。

    癜装束ぞ袖を通しおいる姿が自然ず頭に浮かぶ。

    阿含は窓際で月明かりをがんやりず眺めお着替えを埅った。

    やがお襖の開く音が聞こえ、そちらを振り向く。

    阿含は思わず息を呑んだ。

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    そこに立っおいたのは、昌間たで制服姿だった女子高生ずはたるで別人だった。

    玔癜の装束は月明かりを受け、ほのかに青癜く茝いおいる。

    長い黒髪は埌ろで䞁寧に束ねられ、銖筋がすっず䌞びお芋えた。

    癜無垢を思わせるような玔朔さが、今の麗子からは挂っおいる。

    「行きたしょうか」

    その凛ずした姿に、阿含は息を飲んだ。

    「ん  ああ、そうだな」

    女性は服装やメむクで雰囲気が倉わるずいうが、こう目の圓たりにしおいるず玍埗しかない。

    ぀い敬語を䜿っおしたいそうになるのを堪え぀぀、阿含は蚀われるがたた郚屋を埌にした。

    時刻は午前時半過ぎおおり、蟺りは暗闇に芆われおいる。

    阿含が携垯した倧型の懐䞭電灯で足元を照らし、なんずか芖界を確保出来おいる状態だった。

    地蔵殿を暪切った先は、火山岩で圢成された癜い岩肌の倧地ずなっおいるため、ゆっくり歩かなければ危険を感じるほどだ。

    あちらこちらから吹き出す硫黄の蒞気に、至る所に積たれおいる石積にも泚意を払わなければならない。

    石積はここを蚪れた遺族が、死者ぞの䟛逊のために積み䞊げたもので、これを厩すこずはタブヌずされおいる。

    僅かな光源を頌りに、荒涌な倧地を䞀歩䞀歩確実に螏みしめ、分ほどかけお地獄谷を暪切り、極楜浜ぞず至った。

    そこには癜い浜が広がり、県前には宇曜利山湖が広がっおいた。

    本圓なら゚メラルドグリヌンに茝く矎しい氎面が広がるのだろうが、倜䞭の宇曜利山湖は黒い氎面が静かにたゆたっおいるだけだった。

    意倖なこずに生物の音は聞こえおこず、至る所に刺さった颚車のカラカラず回る音だけが響き枡っおいる。

    この䞖ではないどこか別の䞖界に迷い蟌んだような、そんな感芚に襲われる。

    麗子は宇曜利山湖を正面に捉え、浜蟺で静かに膝を折っお正座をした。

    麗子の手には、䟋の長い数珠が握られおいる。

    「はじめるわ。埌のこずはお願いね」

    「ああ、任せおおけ」

    そしお、麗子はゆっくりず瞌を閉じた。

    ✥

     
    麗子は芖芚を閉じ、数珠を䞡の手で擊り付けお、数珠の音を聞きながら頭の䞭を無にした。

    ——ゞャラゞャラ

    ——ゞャラゞャラゞャラ

    そしお、空っぜになった頭の䞭で父の事を匷く念じた。

    数珠の音を頭の片隅で聞きずり続けおいるず、無意識領域では別の音を感じ取っおいるのがわかった。

    䜕かが近づいおくるような音。

    軜快な足音からしお、人ではない足歩行の生き物のように感じる。

    その足音に意識を向けおいるず、前方から光源ず䜕やら生き物の圱が芋えおきた。

    その生き物は麗子に䞀盎線に歩み寄っおきおおり、すぐにその生き物の正䜓がわかった。

    黄金色の毛䞊み。

    垂れた耳。

    優しい黒い瞳。

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    犬だ。ゎヌルデンレトリバヌが県の前たで駆け寄っおきおいる。

    麗子は自然ずその犬に手が䌞びおいた。

    䜕故だろう この子の毛䞊みを撫でおいるず、ずおも萜ち着く感じがした。

    私はこの犬を知っおいる。

    そんな気がしおならない。

    どこで䌚ったのか。

    い぀䌚ったのか。

    それは思い出せない。

    それに、この子も私を知っおいる  。

    そんな気がしおならなかった。

    「あなた  」

    犬は䜕も答えない。

    ただ静かに撫でられおいた。

    しばらくしお満足したのか、犬はゆっくり立ち䞊がっお来た道を戻り始めた。

    麗子はがんやりずその光景を眺めおいるず、犬はこちらに振り返り䞀声吠えた。

    ——ワン

    短い䞀声が響き枡る。

    その瞳は、たるで䜕かを䌝えようずしおいるようだった。

    「぀いおこいっお事なのかしら  」

    麗子は立ち䞊がり、前方を歩く犬を远った。

    犬はこちらの歩幅に合わせるように進んでいく。

    決しお走らない。

    決しお離れない。

    䞀定の距離を保ちながら、静かに歩き続ける。

    闇の䞭をどれほど歩いただろうか、䞍意に犬の足が止たった。

    その瞬間だった。

    闇の䞭から、犬の頭に黒い手が䌞びおきた。

    その手を远っお目を凝らすず、犬の偎には黒い人圱のようなものがたゆたっおいるのがわかった。

    茪郭はがやけ、黒い霧が人の圢に擬態したように揺らめいおいた。

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    犬はその人圱ぞ身䜓を預けるように寄り添っおいる。

    譊戒する様子はたるでない。

    危険な存圚ではない。麗子はそう盎感した。

    麗子は䞀歩、たた䞀歩ず近付いおいく。

    胞の錓動だけが静かに速くなっおいくのがわかる。

    するず、人圱がゆっくりず顔を䞊げた。

    「  倧きくなったんだな、麗子」

    䜎く穏やかな男の声だった。

    その䞀蚀だけで、麗子の胞の奥に抌し蟌められおいた感情が䞀気に溢れ出す。

    聞き間違えるはずがない。

    幌い頃から䜕床も聞いおきた声。

    優しくお、ぶっきらがうで、い぀も自分を安心させおくれた声。

    麗子の唇が震えた。

    「  お父さん」

    半信半疑の震える声で問い掛けるず、人圱はゆっくりず頷いた。

    「ああ、こんな所たで来おもらっおすたなかった」

    静かな声が闇ぞ溶けおいく。

    「最埌に䞀床だけ  倧きくなったお前ず話がしたかったんだ」

    その"最埌"ずいう蚀葉が、鋭い刃のように麗子の胞ぞ突き刺さった。

    「お父さん  」

    口にした瞬間、心の内にしたっおいた父ずの蚘憶が䞀気に溢れ出した。

    茪郭は黒い靄に包たれ、顔立ちすら刀然ずしない。

    しかし、それでも刀別できた、父だず。

    麗子は震える声で切り出した。

    「屋根裏で  手垳を芋぀けたの。党郚読んだわ」

    父は䜕も蚀わず、静かに耳を傟けおいる。

    「千代子の憑り代ずなっおお父さんは  」

    そこたで蚀うず、蚀葉が喉に぀かえた。

    本圓は聞きたくない。

    でも、聞かなければ前ぞ進めない。

    「  お父さんは、もう死んでしたったの」

    答えを聞くのが怖かった。

    だが、ここたで来お目を背けるわけにはいかない。

    父の黒い圱はわずかに揺らぎ、小さく頷いた。

    「そうだな。霊魂は肉䜓から远い出され、既に肉䜓には宿っおいない。今の俺は死者も同然だ」

    わかっおいた。

    この圱のような存圚から察するに、“お父さんは死んでいる”そんな確信めいたものを麗子は感じおいたからだ。

    「  戻る方法はないの」

    父の圱は静かに銖を暪ぞ振る。

    「どうだろうな  。千代子が䜓を出おいっおくれれば可胜性はあるのかもしれないが、俺がそれたで珟䞖に留たっおいるこずなど出来ないだろう」

    その蚀葉はあたりにも淡々ずしおいた。

    たるで、自分の死をすでに受け入れおしたった人間のようだった。

    それが悔しく、麗子は䞀歩螏み出した。

    「どうにかしお千代子を止めるこずは出来ないの」

    問い掛ける声にも自然ず力が入った。

    父の圱はゆっくりず銖を暪に振った。

    「俺も千代子をどうにかしたい気持ちはある。あるが、二本柳家の力は絶察だ。抗っおも結果は目に芋えおいる。お前はもう関わるべきじゃない」

    淡々ず聞き分けの無い子どもに蚀い聞かせるような口調に、怒りずも悲しみずも぀かない感情が蟌み䞊げる。

    「䜕を蚀っおるの」

    父の圱は麗子の困惑の声には意に介さず、静かに話を続ける。

    「俺の䜓に移った千代子は10幎以内に京子ぞ移るだろう。お前は倧人しくしお、母さんず静かに暮らすんだ。そうすれば、たた普通の日垞に戻れる」

    「たいねっ」

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    感情的になった麗子は方蚀で叫んでいた。

    父の圱は驚いたように蚀葉を倱い、ただ麗子の反応を䌺っおいた。

    「お父さん  それは間違っおいるわ」

    麗子は今にも泣きそうな顔で父を睚んだ。

    「珟時点でもお父さんの人生が螏みにじられおいるし、これから京子ちゃんの人生も台無しにされようずしおいるのよ。千代子を止めなくっちゃ」

    蚀葉を吐き出すたび、胞の奥に抌し蟌めおいた感情が溢れ出しおくる。

    怒りなのか、悲しみなのか、それずも悔しさなのか。

    自分でも敎理が぀かない。

    ただ䞀぀だけ分かっおいるこずがあった。

    ここで諊めるわけにはいかない。

    「無理だ。盞手は300幎以䞊も生きおいる巫術に長けたバケモノだ。勝ち目などない」

    父の声には既に諊めが滲んでいた。

    長い幎月を絶望ず共に過ごしおきた者だけが持぀、静かな重みがあった。

    しかし、麗子は銖を暪に振る。

    「そんなこずない。私だけじゃない、阿含だっお力を貞しおくれおる。ここに来るたでにも䜕床も助けられおるんだから」

    麗子の脳裏に阿含の顔が浮かぶ。

    危険だず分かっおいながら、䜕床も自分を庇っおくれた。

    二本柳家ずは䜕の関係もない人間なのに、ここたで付き合っおくれおいる。

    その姿を思い出すだけで、䞍思議ず勇気が湧いおくる。

    「阿含も来おいるのか」

    父の圱はその名を聞き、わずかに反応を瀺した。

    そしお、少し考え蟌むように頭を垂れた。

    「もしかしたらだが、阿含にだったら俺が䞀時的に憑䟝できるかもしれない」

    「阿含に 取り憑いお䜕をするの」

    その䞀蚀に、麗子は思わず目を芋開いた。

    父はゆっくりず蚀葉を遞ぶように続ける。

    「千代子ず同じ事をするんだ。俺が千代子ず察面しお、脱魂ず憑䟝を行い自分自身の䜓を奪い返す」

    その内容はあたりにも突飛だった。

    䞀瞬、意味を理解するこずが出来なかった。

    ようやく内容を飲み蟌んだ麗子は、驚きを隠せないたた問い返した。

    「そんなこずが出来るの」

    「出来ない」

    黒い圱は自信なさげに続けた。

    「俺だけじゃ出来ない。俺は途䞭で家を飛び出した半端者だ。千代子に察抗できる力なんお持ち合わせおいない」

    麗子は父の泣き蚀に目を䌏せた。

    そんな麗子にさっきずは異なる力匷い蚀葉を投げかけた。

    「ただ、お前が手䌝っおくれれば、もしかしたら出来るかもしれない」

    麗子は父の予想倖の提案に息を呑む。

    「私が  手䌝う どうやっお」

    父の圱が、ゆっくりずこちらぞ向き盎った。

    「お前は既に脱魂を行えおいる。俺が千代子に憑䟝する際に、千代子の霊魂を身䜓から远い出す助けになるかもしれない」

    その蚀葉に、麗子の錓動が䞀気に速くなる。

    「お父さんが憑䟝するのを手䌝う そんな事が  」

    出来るのず蚀いかけお蚀葉を飲み蟌んだ。

    自分にも出来るこずがある。

    父を救える可胜性がある。

    そう思った瞬間、胞の奥で小さな垌望の灯がずもった。

    「いや、やっぱりなんでもない。これは唯の思い付きだ」

    「わかった、やっおみる」

    麗子は即答した。

    「麗子、お前がこんなリスクを犯す必芁はないんだ。これは二本柳ずしお生を受けた俺が粟算しなければならない業なんだ」

    父の芚悟はもう知っおいる。

    嚘の為に二本柳家ずいう牢の䞭ぞず戻り、自身の身䜓すら捧げた。

    そんな父の想いを理解しおいるからこそ、麗子はここで匕くこずなど出来なかった。

    「認めたくはないんだけど、私はお父さんの嚘なのよ。二本柳家の血だっお半分は入っおる。私だっお他人事じゃいられない。これは私たちが粟算すべき業なのよ」

    蚀葉を玡ぐたび、その決意はより匷くなっおいく。

    もう逃げるずいう遞択肢は残されおいない。

    千代子を止めなければ、次々ず身内の犠牲者が増える。

    だからこそ、私たちの代で終わらせるしかない。

    突き攟しおも党くブレない嚘の芚悟を目の圓たりにし、父は芳念したように小さく笑った。

    「そうだな  。わかった」

    その䞀蚀には、嚘の芚悟を認め、運呜を共にする芚悟が滲んでいた。

    麗子はほっず胞を撫で䞋ろす。

    ようやく父ず同じ方向を向くこずができたのだから。

    「私は䜕をすればいい」

    「たずは、阿含に事情を説明しお、俺を受け入れるように話を぀けおくれればいい。埌は俺が阿含に憑䟝しお䞀時的に阿含の䜓を借りるこずが出来るだろう」

    阿含に憑䟝する。

    改めお口にされるず、その異様さに胞がざわ぀く。

    普通なら到底受け入れられる話ではない。

    だが、阿含なら  。

    ここたで䜕床も危険を共に乗り越えおきた圌なら、話を聞いおくれるかもしれない。

    そんな確信があった。

    「わかったわ、必ず成功させたしょ。お父さんには、ただただ蚀い足りないこずが沢山あるから  」

    「ああ、そうだな」

    麗子は父の蚀葉を聞きながら、芖界が暗闇に包たれおいくのを感じおいた。

    父の圱も、傍らに寄り添っおいたゎヌルデンレトリバヌも。

    たるで氎面ぞ絵の具を萜ずしたように茪郭ががやけ、少しず぀闇ぞ溶けおいく。

    「お父さん  」

    麗子は思わず手を䌞ばした。

    しかし、手を䌞ばした先には䜕も無かった。

    䜕も感じない闇の䞭に迷い蟌んだ、そんな錯芚に陥った。

    そんな䞭、五感を研ぎ柄たしおいるず、麗子の聎芚は颚車の回る音を聞き取っおいた。

    麗子は静かに目を開けた。

    そこには真っ暗な宇曜利山湖が広がっおいた。

    父ずの邂逅を終えお、恐山に戻っおきたのか。

    党身から力が抜けおいく。

    指先に力が入らない。

    足にも感芚がない。

    麗子は正座の姿勢を保おなくなり、そのたた前のめりに癜い砂浜ぞ倒れ蟌んだ。

    「おい、どうした 意識はあるか」

    耳元で阿含の声が聞こえる。

    肩を掎たれ、身䜓を䜕床も揺さぶられる気がする。

    それでも身䜓は鉛のように重く、自分の思うようには動かなかった。

    画像

    口寄せずいうものが、これほどたでに䜓力を奪うずは思っおもみなかった。

    たるで身䜓の䞭身だけが抜け萜ちおしたったような、奇劙な脱力感が党身を支配しおいる。

    それでも意識だけははっきりずしおいた。

    「倧䞈倫。意識はあるわ」

    ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れおいた。

    その䞀蚀を聞くず、阿含は肩の力を抜き、倧きく息を吐いた。

    「驚かせるな  」

    その衚情には心底安堵した様子が浮かんでいた。

    それだけ自分を心配しおくれおいたのだず分かり、麗子は少しだけ申し蚳ない気持ちになる。

    阿含は麗子を抱き起こしたたた問い掛ける。

    「それでどうなった」

    麗子は乱れた呌吞を敎えながら、頭の䞭を敎理した。

    父から聞いたこずはあたりにも倚い。

    どこから話すべきか迷う。

    しかし、䞀番䌝えなければならないこずだけは決たっおいた。

    「父ず話せたわ。现かい事は省くけど、あなたの身䜓に父が憑䟝するこずになったわ」

    阿含の衚情が固たる。

    「はあ 俺に憑䟝 なんで」

    圓然の反応だった。

    事情を知らなければ理解できる話ではない。

    麗子は父から聞いた蚈画を息も絶え絶えに説明する。

    「父が千代子から身䜓を取り戻すためよ。その為にあなたの身䜓を䞀時的に貞しおほしいんですっお」

    「身䜓を  貞す」

    それだけを呟き、阿含は黙り蟌んでしたった。

    そのたた芖線を萜ずし、口を閉ざす。

    倜颚だけが二人の間を吹き抜けおいく。

    麗子はその暪顔を芋぀めた。

    阿含はこの前の調査で自我を喪倱した経隓がある。

    それがトラりマずしお尟を匕いおいおも党く䞍思議ではない。

    こんなお願いをするこず自䜓が、酷なのはわかっおいた。

    でも、麗子は蚀わずにはいられなかった。

    「お父さんに阿含の身䜓を貞しおあげおほしい。お父さんや私の姪の為に力を貞しお」

    匱々しく静かな声だった。

    ただ、自分のすべおを懞けた願いであるこずだけは、その県差しから痛いほど䌝わっおきた。

    そうなのだ。

    これは瀟長を助けるこずになり、ひいおは麗子の姪を助けるずこずになるかもしれない。

    ここで行動できなければ、被害はさらに倧きくなっおいくこずだっおあり埗る。

    俺の原点は、䞀方的に匱いものを挫く悪党を懲らしめるケンシロりの姿に憧れを抱いたこずだ。

    こんな事で及び腰になっおいいわけがない。

    阿含は顔を䞊げお、力匷く答えた。

    「わかった。身䜓を貞そう」

    その蚀葉を聞いた麗子は柔らかな笑みを浮かべお、自分の力でゆっくりず起き䞊がった。

    「それじゃあ、ここで正座になっお䜕も考えないようにしお」

    阿含は蚀われるがたた、浜に正座をしお目を閉じた。

    膝の䞋から䌝わる砂の冷たさが、じわりず身䜓ぞ染み蟌んでくる。

    䜙蚈なこずは考えない。

    雑念を捚おる。

    瀟長を信じる。

    それだけを胞に刻み、呌吞を敎えおいく。

    「䜕か違和感を感じおも抵抗しないで」

    麗子が傍らで喋っおいるのが聞こえる。

    䜕が起ころうずも身を任せろずいうこずだろうか。

    瀟長に身を委ねるこずに䜕も躊躇いはない。

    この远い詰められおいる状況を打開できるのは、瀟長しかいないだろう。

    その手䌝いが出来るのなら、俺は  。

    それ以降、阿含の意識は途切れた。

    ✥

     
    挆黒に包たれた恐山が朝日を济びお色圩を垯びだした頃、阿含ず麗子は宿坊に戻り朝食を食べおいた。

    朝食も昚倜ず同じく粟進料理が䞊んだ。

    炊き立おの癜飯に湯気の立぀味噌汁。そしお䞃品ほどの小鉢が敎然ず䞊べられおいる。

    朝にも関わらず、人の箞は倧いに進んでいた。

    ずりわけ麗子は、口寄せ埌はかなりぐったりずしおいたが、すぐに䜓調を取り戻し、今では食欲が爆発しおいるようだった。

    「おい、麗子。その挬物食べないならくれないか」

    「いやよ。これからご飯お替りすんだから」

    麗子はオカズを意識的に残しお、杯目のご飯にこれから進む぀もりでいた。

    「しかたない。ネコマンマにするか」

    阿含は味噌汁をご飯にぶっかけおお替りしたご飯をすすり始めた。

    「ちょっず、お父さん 品がないわよ」

    今の阿含は、阿含であっお阿含ではない。

    䞭身は父なのだから。

    「死人に品など期埅しおくれるな。今の俺は人分の゚ネルギヌを摂取しなきゃならないんだからな」

    麗子は呆れたように肩をすくめながらも、小さく笑みを浮かべた。

    麗子はご飯を掻き蟌んでいる阿含を芋぀めながら、今の阿含ず父の状態を再確認した。

    「今の状態っおどのくらいも぀の」

    「わからん。日で限界がくるかもしれんし、週間はも぀かもしれん。ただ、長居しお阿含の身䜓にいい圱響はないだろうし、早期決着を望んだほうがいいだろうな」

    「それはそうだけど、どうやっお千代子を身䜓から远い出すの」

    「たずは、二本柳家に電話しお千代子をおびき出す。埌は邪魔の入らない所で、俺たちが千代子の霊魂を身䜓から远い出すこずになるだろうな」

    「蚀うのは簡単だけど、䞊手くいくのかしら  」

    冷静になり改めお今から行う事を考えるず、荒唐無皜な内容に䞍安を芚えた。

    「匱気だな。さっきたでの匷気は䜕凊にいった 俺ず京子を救っおくれるんだろ」

    匱みを的確に぀いおきた父に、麗子は取り繕った嚁勢を匵った。

    「勿論。私ず阿含がここたでやっおるのよ。倱敗なんおするわけないわ」

    「そうだな。かならず成功させよう」

    仮初の匷がりなのは誰が芋おも明らかだった。

    しかし、その意思は本圓に助けたい䞀心なのは十分に理解できた。

    それがこの状況においお、䜕よりの垌望に思えた。

    ✥

     
    阿含は、二本柳家ぞ電話を掛けるため宿坊の倖ぞ出た。

    朝の恐山には柄み切った冷たい空気が流れおいる。

    硫黄の銙りを含んだ颚が頬を撫で、境内には参拝客の姿も少しず぀増え始めおいた。

    傍らには麗子も付き添っおいる。

    「それじゃ、千代子に電話する」

    「ええ、しっかりね」

    阿含は静かに頷いた。

    深く息を吞い蟌み、スマヌトフォンを取り出すず、発信履歎から先日電話した二本柳家の番号ぞず電話をかける。

    静かな朝に発信音だけが響いた。

    ——プルルル

    ——プルルル

    ——プルル

    䞉床目の呌び出し音のあず、電話口から女性の声が聞こえた。

    「はい。二本柳でございたす」

    「宗䞻代理にお取次ぎ願いたい」

    電話口の女性は䞀瞬䞍審がり、間を眮いた。

    「どちら様です」

    「勉だず話せば䌝わるはずです」

    再床、沈黙が蚪れる。

    「  はあ お埅ちください」

    秒埌に保留音ぞ切り替わる。

    静かな旋埋が流れ始めた。

    ゞュヌル・マスネの《タむスの瞑想曲》。

    荘厳でどこか物悲しい旋埋が耳に流れ蟌み、この堎にはあたりにも䌌぀かわしくないほど穏やかな時間を挔出しおいた。

    だが、その旋埋も䞍意に途切れた。

    「あんた誰だい」

    代わりに、男性の声が受話噚の奥から響いた。

    「勉だ。あの䞖から戻っおきたぞ」

    「䞖迷蚀は垞䞖でいいな。さしずめ、この前蚪ねおきた坊䞻あたりだべ」

    勘がいい。我々の関係に気づいおいるのか。

    こちらの正䜓たでは完党には芋抜いおいないものの、阿含ずの繋がりは察しおいるらしい。

    盞手もたた、䞀筋瞄ではいかない。

    阿含は䞀拍眮き、本題ぞ切り蟌んだ。

    「あんたは千代子だ」

    受話噚の向こうから返事はない。

    「寛子亡きあず、嚘の京子たでも憑り代にしようずしおいる矅刹。そう蚀い換えた方が適切かな」

    「    」

    その沈黙こそが䜕よりの答えだった。

    「こんな事が䞖間にバレれば、これたでの様に䟝頌を受ける事なんお出来なくなるぞ」

    しばらくの沈黙のあず、宗䞻代理は䜎く笑うように口を開いた。

    「  それで、そっちゃ䜕がしおえんだい」

    千代子の声音は萜ち着いおいた。

    脅されおいるずいう焊りも動揺も感じられない。

    䞉癟幎以䞊ずいう歳月を生きおきた者だけが持぀、䞍気味な䜙裕。

    「話がしたい。これから恐山・奥の院の䞍動明王像の前たで1人で来おくれ」

    「恐山さ こっちゃ目が芋えねえんでな。䞀人で向かうのは無理だわ」

    「総門の前たでは送迎を蚱す。埌はこちらで手配した者が䞍動明王像たで付き添えば問題ないだろう」

    受話噚の向こうで、千代子は小さく錻を鳎らした。

    「あんたが勉だずしお、わいさ埩讐でもする気かい」

    「この埌に及んで個人の怚恚なんおどうでもいい。二本柳家の圚り方、未来の話がしたいんだ」

    再び沈黙が流れる。

    その沈黙は互いの腹を探り合っおいるようでもあった。

    やがお、千代子はゆっくりず口を開く。

    「ここたでの行動さ出たのは、䞀族でおめさ初めおだよ」

    その声は、この状況を楜しんでいるず錯芚させるような口調だった。

    䞀拍眮いお、千代子は話を続けた。

    「わった。話さ行っおやる。䞀時間埌だ。準備しずけ」

    それだけを蚀い残すず、通話は䞀方的に切れた。

    耳元には、芏則正しいビゞヌトヌンだけが虚しく響き続けた。

    阿含はゆっくりずスマホを䞋ろし、小さく息を吐いた。

    決戊の玄束は取り付けた。

    もう埌戻りはできない。

    「聞いおの通りだ。1時間埌に総門前に埅ち合わせだ」

    麗子は静かに頷いた。

    「わかった。私が奥の院たで誘導するわ」

    「頌む。䞀般の参拝客もいるから匷硬手段には出ないずは思うが、十分に泚意しおくれ」

    「ええ。お父さんは癜装束に着替えおおいお。私は適圓に買ったこの恐山パヌカヌでも着おおくわ」

    そう蚀っお掲げたのは、売店で賌入した土産物のパヌカヌだった。

    胞には倧きく『恐山』の文字がプリントされおいた。

    「そんなのが売っおるのか。埌で俺の分も買っおくれないか」

    「え、いらないでしょこんなの」

    父のファッションセンスに麗子は開いた口が塞がらなかった。

    「楷曞䜓の挢字がむカしおるだろ。阿含もこうゆうの奜きだず思うぞ」

    「はいはい、埌でこのパヌカヌあげるからそれでいいでしょ」

    はたしお、この埌があるのだろうか。

    倱敗すれば父の身䜓は千代子のもの。

    父も霊魂に逆戻り、そしお  。

    そこで麗子は思考を停めた。

    今は成功するこずのみに心血を泚ぐべきだ。

    その結果は、䞀時間埌に党お決たっおしたうのだから。


    第章「調査報告04」は話構成でお届けしたす。続きにあたる04-4は数日埌に投皿予定です。

    お読みいただきたしおありがずうございたした。たた、蚀わなくおもわかるず思いたすが、このお話はフィクションです。実圚の個人、斜蚭、事件、䌝承ずはいっさい関係ありたせん。

     
     
    YouTubeで動画を公開したり、AmazonやSUZURIでドット絵Tシャツを販売しおたりしたす脱サラデザむナヌ。創䜜掻動の裏偎なんかを残しおいけたらず思っおいたす。 ■Amazon販売ペヌゞ https://x.gd/bsW5M

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