
わたしの王子様は白い自転車でやってきた
まだ幼かった頃、
周りの女の子たちは、
白馬の王子様が迎えに来る物語に
夢中だった。
私はその頃、
まだ見ぬ将来の旦那様について
なにもわからぬままぼんやりと考えた。
そして神様にこう祈った。
『神様、どうか…白いお馬さんでも、
白くて高い高いピカピカの
車じゃなくてもいいです。
う~ん、あ!白い自転車に乗って
私を迎えに来てくれるそんな
やさしい王子様に
会わせてくださいますようにっ』
何気ない心のつぶやきにも似た
その祈りは、
偉ぶる立派な王子様ではなく、
お金持ちでなくても、ただただ、
やさしい王子様に出会いたかった、
という気持ちだけで
語り掛けていたように思う。
時が過ぎ、
そんな願いをしたことなんて
たったの一度も思い出すことなく
大きくなった。
絵本を読むこともなくなり、
英語の歌を聞くようになり、
好みももちろん変わってしまったと
思っていた。
本当に、
ずっとずっと忘れていた祈りだった。
韓国の主人、ゆんくんと出会い、
結婚して一年が過ぎる前に
父が癌で亡くなった。
そしてわたしに残された家族は、
アルツハイマーの母だけになった。
ゆんくんは、そんな私や母を気遣って
韓国での仕事をやめて
飛行機で会いに来てくれた。
施設にいた母を連れ出して
母と2人でいると、
母が急に体調を崩し、
地べたから起き上がれなくなった。
どんなに頑張っても、
何度も抱えて起こそうとしても
私だけの力ではどうにもならなかった。
周りにも助けを求められそうな
環境ではなかった。
ひとしきり、格闘した私は
疲れきって絶望していた。
『そうだ!電話が通じる!
ゆんくん、日本に来てくれてたんだ!』
そう思い出し、連絡すると
彼は彼なりに忙しく
体調も悪そうだった。
あげくの果てに天気も悪い。
どうしよう。
でも、今の私には、
ゆんくんしかいない!
しばらく、経った。
母はくたびれてしまい、動けぬまま。
イライラする私をさておいて、
母はそんな中でも屈託のない笑顔で
私の名を呼ぶ。
はぁ~…。
世界が真っ白に包まれるほどの
大きくて長いため息をした私。
しばらくして、主人のことが気になり
電話した。
『ゆんくん、大丈夫?』
『うん!ダイジョブ。もう少しだから待ってて。今走ってるから』
え?ちょっと…待って。
車はここにある。
じゃ、家からこっちまで
走ってるってこと?
頭がごちゃごちゃした。
急に苦しくなった。
『着いたよ~!』
なんと、小雨に濡れながら
大きな自転車の車輪が目の前で
止まった。
え?
『…ゆんくん?』
彼は真っ白い我が家の自転車に
乗って長い道のりを猛ダッシュで
雨の中走ってきてくれたのだった。
目の奥が熱くなった。
『ありがとう…本当に、ありがとう』
くたびれきったそのときの私は、
昔々、神様に祈ったその祈りが
まさに今こうして叶っていることに
胸がキュンとなった。
愛してる。
私はこの人を愛してるんだ。
まさにわたしの、いや、
わたしだけの白い自転車の王子様。
その後無事に3人で
食卓を囲み、会話のおぼつかない
母とよい思い出をまたひとつ、
ゆんくんと一緒に作れた。
長い1日も
幸せな思いで閉じることができた。
忘れもしない1日となった。
きっと、あの幼い時の祈り。
もう2度と忘れ去ったりはしないだろう。