
『10 Years after 〜LAM闘病妻との出会い〜』第二十章 ドナー、出る
4月29日(水)
浩美:
『A型のドナーさんでました。
情報きたそうです。
あとは、順番と肺の形とか色々で、あしたには連絡くるそうです。
まだ、決まっていないので』
哲哉:
『まじか』
浩美:
『どうか、きますように』
『さっきこっそり話していったよ。デブ先生』
『これで、違う人にいかれたら怖いねwww.』
移植、受けられる?
ついに、このときが!と大騒ぎしたくなるが、まだ決まってないという話。
慌てるな、慌てるなと落ち着けようとするが、期待で胸がパンパンになる。
4月30日(木)
哲哉 7:11
『まだ連絡なし?』
浩美:
『うるさくしない!
病院は、始まってないから!
そんな簡単にきまる事でもないし!』
『脳死も何回かするし、肺開けたら使えないとか色々あるから、』
哲哉:
『そうか、ごめん』
『過剰な期待は禁物ってことか』
浩美:
『そうね。
私がもういっぱい、いっぱい、
だからさ、二人でだまって連絡まとう。』
哲哉:
『うん』
そして、仕事中、胸ポケットに入れていたスマホに着信が入る。
発信者は仙台の病院。胸がバクバクする。
少し息を整えて、電話に出る。
しかし、聞きたい話は、聞けなかった。
哲哉 9:20
『H先生から電話きたよ
バイパップやるって?
ちょっとでも楽になるといいけどね。』
浩美:
『なんていってた』
哲哉:
『 あまり状態が良くない
これ以上悪くなると移植どころではないので少しでも良くなれば
みたいな』
浩美:
『ドナーの状態?良くないの
私は良くないのわかるが』
H先生の話では移植や今回のドナーの話には一切触れなかった。
肺がだめだったのか、適合しなかったのか。
哲哉:
『ドナーの話は出てない
浩美本人の話だけだよ』
浩美:
『いきやり電話きて、きたー!と
勘違いするよね!』
哲哉:
『めっちゃドキドキしながら話聞いたよ。』
浩美:
『H先生と デブ先生と話違うよね。
しょうじき私も移植出きるとおもったもん』
哲哉:
『そうね
てかデブ先生って言い方ひどいよね(笑)』
『切り替えて行くしかないね』
落胆が無いと言えば嘘になる。
だが私も浩美も、今まで色々見てきてよく知っているのだ。現実って、結構厳しい。と。
5月9日(土)
哲哉:
『帰ってきたら手洗い、うがい、コロナ感染者チェック!
今日は北海道11人
全国で97人です。
もっとどーんと減ってくれていいのに…なかなかうまく行かないね。
焦っても仕方無いけど!』
浩美:
『お疲れ様。
これを何年やればいいのか』
哲哉:
『やらないで済む日が来て欲しいねー』
浩美:
『本当にね。
てっちゃんは、長生きしてよーお金それなりに貯めて自分で生きていけるように。
ハー寝れるかなー?』
哲哉:
『浩美を看取ったらあとの人生はオマケだと思ってるけどね。
息子が結婚して孫でも見れたら嬉しいけど。
長く生きたいって程ではないけど死ぬ時は苦しまないで死にたい願望はあるかな。』
浩美:
『最近(line)で話してるのが実際部屋で話してる錯角になっって言葉は出してないけど、返事が帰ってこないって!探す現象がある!
頭いっちゃってるね』
哲哉:
『自覚してる分まだイケてるんじゃね?』
浩美:
『意識障害きてるでしょう!
先生も同じ事言ってたな(涙)』
6月頃から夜、時々浩美からビデオ通話がかかってくるようになった。
だいたいはなんてことない会話、今日は何した。なんのテレビ見たとか、何食べたとか。
そして話してる中で、浩美の口から「えりちゃん」という名前をよく聞くようになる。
担当の若い看護師さんで、とても浩美に懐いてくれてよくしてくれるのだそうだ。
えりちゃんのことを話す浩美の口調から、その子のおかげで随分と浩美が救われてるのだな。と感じた。スマホやiPadの設定でわからないことがあったらなんでも聞いてるとか。
8月23日(日)
浩美:
『えりちゃん、何でもできる。
今 昼だから明日夜勤だから明日かなーえりちゃん私にiPad必要かなーって思って実家からiPad持ってきてたんだっだって、貸してくれようとしてたんだね。
午前中は、シャワー入れてくれました。』
浩美:
『(スタンプ燃える熊)』
『愛してる』
哲哉:
『お』
浩美:
『バイ』
『えりちゃん』
『より』
『(笑)』
哲哉:
『なんだ(笑)』
浩美:
『うける』
『iPadに(line)入れてくれた。
他の映画見れるサイトも!
すごく、サクサク簡単にやってたわ。』
哲哉:
『よかったね』
何でも気軽に頼れる人が近くにいてくれるのは非常にありがたい。私は心からえりちゃんに感謝した。
9月1日(火)
浩美:
『こんばんは、調子は悪くなってませんか?
私は、まだまだ体調悪いです。
きっと このまま ごまかしながら耐えていかないと 駄目なのです。
辛い毎日になってきました。
でも、看護師さん達が 浩美さんは 頑張りやで我慢しすぎで何も言わない から きちんといってくださいね。
みんなで 応援してるんです。とか色々いってくれるから 助かってる。
H先生も 私みたいに悪い患者さん見たことないから、どんな症状がでてくるか 想像できない、色んな思い浮かぶ事でこうなるのかもとか話しして でも こんぼんてきに 苦しさとってあげるとか 今の症状なくしてあげるとか できなくて、ごめんなさい。
って感じて、ドナーでてくるまで大変だ(涙)
苦しくてながながはなせないからまずうった。
でんわかけるからなんかあったらはなして』
9月6日(日)
深夜、浩美は寝てるはずの時間にLINEの通知が鳴り、驚いてスマホを見る。
浩美 1:04
『どなーでだ』
ガバっと起き上がる。
一瞬で脳がフル活性する。
哲哉:
『マジか』
浩美:
『やっぱりこれないらしい。
病院からでんわ』
『いく』
『ひんかいに』
『でんわ』
『れんくするらしいよ』
哲哉:
『そっか』
『移植受けられるかはまだ確定してないんでしょ?』
浩美:
『寝てたのおこされたからビックリこいてあまりおぼえてない』
哲哉:
『でもわざわざ起こされたって事はそういう事だな』
『まずは連絡来るとしても明日だよね』
浩美:
『いやなんか見ていい肺だから、片方は 京都で もう片方は私だって、月曜日手術』
え?手術が、もう決まっているだと!?
哲哉:
『そこまで決まってるのか』
『今晩寝られるかな…』
浩美:
『どうしますか?うけますか?ってききにきた』
哲哉:
『うん』
浩美:
『そうやって返事した。
明日寝れるかだよ。
1日ドキドキ!
誕生日プレゼントだね』
哲哉:
『そうだね
誕生日おめでとう』
浩美:
『携帯はなみはなさないでね』
哲哉:
『うん』
浩美:
『ありがとう。』
『ねれるかね』
『寝よう(笑)』
哲哉:
『めっちゃ目冴えたわ(笑)』
『まあ練る努力はする』
浩美:
『おこしてごめん』
『我慢できない朝まで』
哲哉:
『いやなかなか寝れなくて起きてた』
浩美:
『(笑)』
『そっか』
『寝て体調ととのえてよ』
『いつよばれるか』
『わからないってことも あるんだから』
哲哉:
『うん』
浩美:
『大丈夫だろうけど。
それがないように頑張ります』
『うで、だるいからまたね』
哲哉:
『先生にまかせて寝てれば大丈夫だから』
浩美:
『(笑)そうね』
哲哉:
『全部うまくいく』
『おやすみ』
浩美:
『あい』
嬉しい涙が出たのはいつぶりか。
今までの辛かった日々がぐるぐると脳内を駆け巡る。ようやく報われるのだ。と思った。
——翌朝
浩美 8:39
『おはよー』
『電話は?』
哲哉:
『おはよー
ちょっと前に目覚めた』
『まだない』
浩美:
『入院きたりバタバタしてるからね』
哲哉:
『寝れたの4時過ぎだったよ』
浩美から着信、少し話す。
その後、コーディネーターさんから電話。
移植手術の決定を知らされる。
コロナ管理下で、仙台に行ってもほとんど接触できない。自宅待機でいいのでは?と提案される。
哲哉 11:13
『今コーディネーターさんから連絡あった』
『手術後に1回面会できるらしいけどこっちでおとなしくしてるね。』
『行きたい気持ちもあるけど』
浩美:
『連絡きたんだね。
一回だけのために、他の重患の人達不安にさせたくないから、家でおとなしくして残業バリバリしてくださいな(笑)』
哲哉:
『流石に明日は休む(笑)』
浩美:
『なんでやすむ』
哲哉:
『えー
落ち着いて仕事なんてしてらんない』
浩美:
『なんで!』
哲哉:
『心配じゃん』
浩美:
『心配しても、先生達信じて お仕事してください(笑)
終わるの 夕方くらいだから、ちょうどいいよー』
こういうとき浩美は結構厳しい。
日常を過ごさせようとする。現実主義?
哲哉:
『えーまじで』
浩美:
『すきにしなー
私は 検査に人がいっぱいきて疲れた。
ごごから、シャワーだし少し横になるわ』
哲哉:
『そうな』
『今手術受けたら頑張れば今年中に帰ってこれるね。
頑張ろうね。』
夜、浩美とビデオ通話。
「いざ、手術受けるとなるとやっぱりちょっと怖い気持ちもある。不安」
「そうだね、でもまかせるしかないから!」
「うん」
「寝てたら終わるよ」
「リハビリも頑張らないとね」
「ちゃんと、歩いて北海道に帰ってきてね」
「うん、頑張る」
「手術頑張るためにもしっかり寝ないと」
「そうだね、おやすみ」
「おやすみ」
手術後の生活を考える。
免疫抑制剤を飲み続けるからあまり菌の多い場所には行けないなとか、酸素いらなくなったら遠慮なく遠出できるとか。
なかなか寝付けなかったが、部屋をウロウロ、焼き肉パーティのときに余った缶チューハイを飲んだりして、なんとか眠りについた。
9月7日(月)
アラームもかけていたが、鳴る前の4時にはぱっちり目が覚めた。
手術室に入るのは5時と聞いていた。
ソワソワしながら時計とにらめっこ。
5時を過ぎた。
後は祈るのみ——
と、思っていたのだが?
浩美から?LINE通知。
浩美 5:38
『移植中止』
え?
思考が固まる。
いまだかつて、これほどまでに人を絶望させる四文字が存在しただろうか。
血の気が引く。
何かの間違いであってほしいと脳をフル回転させるが、どう読んでも、これは、移植が中止になった事実を告げているという答えから逃れられない。
哲哉:
『な』
『何が』
浩美:
『肺が悪かったらしい』
哲哉:
『そんな』
浩美:
『いまでんわいく』
電話が鳴り、受ける。
レントゲンでは普通の肺に見えていたこと、取り出したら浩美に行く予定だった肺には水が溜まっており、使える状態になかった。
もう片方の肺は京都に運ばれた。
哲哉:
『電話きた』
『右の人は出来たんだね』
浩美:
『らしいね』
哲哉:
『決まったものは仕方無い
次、いい肺が来る事を祈ろう』
そう、言うしかない。
泣いて暴れたって、駄目なものはどうにもならない。また、待つ日々に逆戻りだ。
浩美 11:40
『お疲れ様です。
もしかして休みかな?
さっき教授がいらしてくださり残念だったが、始めレントゲンでいい肺に見えて実際実物を見ないとわからず、今回は背中の方で下の肺が悪いと、私の手術のシュミレーションバッチリなので、確実に順位は上がったので次きたら右、左では無く、あくまでも良い肺を重視で選びたい。と話してました。
私はずっと寝てました。』
『肺を取りに行かれた先生も来られて、実物見たがこれは使えないと判断し使うとは言えず断りました。
と悪そうに来られて、婦長さんは涙流して、えりちゃんは5時前に手術室の前で待っていてこなすぎなので部屋に来て中止知り何処かで泣く。
これからまた寝ます。』
浩美の落胆ぶりが文章からも伝わる。
哲哉:
『仕事してるよ
大変だったね。
でもせっかくだから右欲しいよね。
順位は上がったし今度こそって思って待とう。
きっとそんなに遠くないよ。』
期待が空振りするたび、つらいことがあるたび、
「生きて帰るために」と自分に言い聞かせるように毎回励ます。
無理やり希望に目を向けることで、絶望から目を逸らす。
北海道で普通の日常を過ごしている私ですらこんなにつらいのに、ずっと病院から出られず、苦しい、痛いが日常となってしまっている浩美のつらさは、到底計り知れない。
そんな浩美の身体が、更に悲鳴をあげる——