「今を楽しむ」とおっさん
「今、この瞬間を楽しもう」
最近、そんなことをよく考えている。
テレビのインタビューや自己啓発本で、眩しい若者や成功者がよく口にしているアレだ。
若い頃の私なら、「何当たり前のこと言ってんだ」と聞き流していただろう。
そもそも10代や20代の頃なんて、「今を楽しむ」なんて言葉をわざわざ意識したことすら一度もなかった。
意識せずとも、勝手に楽しんでいたからだ。
深夜に友達の車で宛てもなくドライブしたり、大好きなロックバンドのライブで揉みくちゃになったり、自分の部屋にこもって時間を忘れて趣味に没頭したり。
あの頃は、息をするのと同じくらい自然に、その瞬間を全力で生きていた。……気がする。
だけど、30代も半ばを過ぎた「おっさん」になった今、どうだ。
気がつけば、私の脳内は常に「次のタスク」の予定で満席になっている。
平日の夜、自分の部屋の机の前に座っていても、頭の中では「明日のあの仕事、上司への説明どうしよう」と考えている。
休日に家族のために料理を作っている最中でさえ、「あ、そういえば庭のあの片付けもやらなきゃな」と、次の予定に心を追いかけ回されている。
体は「今、ここ」にあるのに、心はいつも「明日」や「次」の場所に先回りして、勝手に一人で疲れているのだ。
おっさんになると、日々の責任やルーティンが多すぎて、脳のシステムが「効率よくタスクをこなすモード」に固定されてしまうらしい。
だから、意識して「よし、今から楽しむぞ!」とスイッチを切り替えないと、一瞬で日常の義務に脳内をジャックされてしまうのだ。
楽しむことすら、意識しないと忘れてしまう。
なんだかちょっと、情けないけれどこれが現実だ。
だから最近の私は、あえて意識的に「今を楽しむ時間」を自分に課すようにした。
例えば、お気に入りのロックバンドの曲を聴く時。スマホをいじりながらの「ながら聴き」をやめて、イヤホンを耳の奥に押し込み、目を閉じて集中する。
あるいは、休日に庭の隅で、ただボーッと空を眺めるだけの時間を作る。
「おい、お前は今、完全に自分のために時間を使っているぞ」
そうやって自分に言い聞かせるようにして、ようやく「今」という瞬間に心のアンカーを下ろすことができる。
若い頃には自然にできていたことが、今ではちょっとした技術と努力が必要な「義務」になってしまった。
でも、そうやって手に入れた「意識的な1分間」は、若い頃のそれよりも、なんだか少しだけ味わい深い。
相変わらず、明日への憂鬱や終わらないタスクは目の前に山積みだ。
だけど、おっさんになったからこそ、そのノイズをあえて無視して手に入れる「今この瞬間」の贅沢さが、身に染みてよく分かる。
若い頃みたいに24時間ずっと無敵ではいられない。
だけど、1日のうちのほんの数分、自分が聴きたいと決めた曲を聴きながら「あぁ、今最高だな」とニヤリと笑える心の余白があれば、おっさんの日常も捨てたもんじゃないな、と思うのだ。
あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
若い頃はあんなに自然にできていた「今を楽しむ」が、今や意識的なミッションのようになっていることに気づき、我ながら苦笑いしてしまいました。おっさんになるって、面倒くさくて面白いですね。
今夜もこのあと、意識的に「ただ好きな音楽を聴く時間」を自分にプレゼントして、そのまま布団に逃げ込もうと思います。
もしよければ、また私ののらりくらりとした時間割を、覗きに来てください。