
昔、山奥に住んでいた 国道沿いの竹藪
昔、山奥に住んでいた。
神様の名前のついた大きい河と、
曇り空みたいな色をした寒村にしては、立派すぎる国道が通っていた。
山を河に沿って削って、無理矢理開拓したような土地だ。
山と河、道、田んぼ、30軒ほどある民家。
ーーそれだけしかない。
私は幼少期の、つまらない出来事をはっきりと覚えている方で。
そのせいで頭の容量を圧迫している……。
時々思い出すあの記憶をここに書き出し、頭をすっきりさせたいと思う。
4歳位だったと思う。晴れた日曜の昼下がりだった。
共働きだった親はいつも疲れ果てていて、
その日もぐうぐうといびきをかきながら昼寝していた。
私はひとりでつまらなかった。
手元にあった緑色のペンで顔いっぱいに「お化粧」し、
ディズニーランドで買ってもらったのかな、
赤地に白い水玉模様の、ミニーちゃんみたいなワンピースと、黒いポンポンがついた赤いミュール。
どちらも年上のいとこのお古だった。それを身につけ、黙って家を出た。
歩いて少しのところのお友達の家に行こう、と思った。
村の中を通る小さな道もあったけど、国道沿いの歩道を通ることにした。
せっかくおしゃれしたので、車の人に見てもらいたかった。
国道沿いの歩道の脇には、50メートルほど続く長い竹藪があった。
急な斜面に沿って竹が鬱蒼と生えており、
一日中陽が当たらず、おまけにぽつんと古い墓まであった。
その古い墓は誰も世話していないのだろうか。
急斜面に葬られたせいかな、土が流れ、骨があらわになっていた。
歩道から見えるよ。ほら、いちばん右上の方。
あの、小さい石が置いてあるお墓の下。そう、あそこ。白っぽいのが見える、
あれ骨なんだって。
前に、近所の2つ上のお姉さんに教えてもらった。
私達はその仏様を、
不謹慎だが子どもなので許して欲しい、
「ホネホネロックン」と呼び、通るたびに「あ、今日も見えた」などと言い合った。
ーーそんな竹藪の急斜面の下の方、竹の足もとの方。
見たことのない人が居た。
子どものようだ。小さい。赤茶色で裸だった。
国道を越えて、河を越えて、田んぼを越えたとこに広がる、山をじっと見つめていた。
気づいていないようなので呼んでみる。
「おーい、何してる❓ヤッホー」
「ヤッホー、ヤッホー、おーい」
その人はちらり、とこちらに一瞬目を向けたが、すぐにまた山をじっと見つめ始めた。
私は諦め、お友達の家に向かった。
赤いミュールのかかとはコツコツと鳴り、黒いポンポンはふわふわ揺れていた。
チャイムを鳴らすとお友達のお母さんが出てきた。
私を上から下まで不思議そうな顔で眺めた後、家の人に言って出てきたかどうか聞いた。
言ってない、というと
また今度遊ぼうね、お家の人に言ってから来てね、だって。
私は元きた道をとぼとぼ歩いて帰った。
ワンピースの赤いところは色褪せていて、白だと思っていた水玉は黄ばんでいた。
歩道の脇の国道を車が通りすぎて行く。
陽が落ち始めてきて風が少しひんやりしてきた。
竹藪はいつも通り薄暗くて、風が吹くたびサワサワと鳴った。
ホネホネロックンの前の辺に通りがかったら、まだ居た。
おーいおーい、ばいばいー、と手をぶんぶん振ったが、
今度はこちらをちらり、とも見ず対岸の山ばかり見つめていた。
しょうがないので帰ることにした。
車の人と、ミラー越しに目が合った。
帰ったらお母さんが起きていて、
勝手に出たら駄目だ、と怒った。
竹のとこに赤い人が居た、と言ったら
お母さんは、ふーんと言った。
ホネホネロックンの竹藪は通学路の脇だったから、小学生になった私は毎日のようにその前を通った。
通る度、赤い人を思い出したが、もう二度と見かけることはなかった。
あの山の、あのへん。あの子がじっと見ていた。
遠くからだと、植林された針葉樹の広がるごく普通の山に見える。
あの木々の下に、何かがあるのだろうか。
今でも時々思い出す。