声なき声に、仕組みを。#47 エピローグ「翌朝」
エピローグ 翌朝
翌朝、いつもの時間に4階へ上がる。
階段の途中で、一度だけ息を整えた。
若い頃なら、こんなことで息は切れなかったと思った。
でも、急ぐ必要はない。
10時までに鍵を開ければいい。
廊下の突き当たりまで歩き、鞄から鍵を取り出す。
鍵穴に差し込む前に、扉の前を少し見た。
昨日の夜、大翔が立っていた場所だった。
何も言わずに鍵を回した。
部屋に入ると、少し空気がこもっていた。
窓を開ける。
朝の冷たい風が入ってきた。
机を拭く。
椅子を戻す。
昨日使った湯飲みを洗い、伏せて置く。
棚から出された漫画を、一冊ずつ戻した。
途中まで開かれたままの巻があった。
表紙を見て、少しだけ笑った。
「またこれか」
誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
窓際の席には、昨日の夜のまま、椅子が少しだけ引かれていた。
直そうとして、手を止めた。
そのままにしておいた。
鞄から小さなノートを出した。
今日来る予定の子どもの名前を確認する。
来るかどうかは分からない。
昨日まで来ていた子が、今日は来ないこともある。
連絡がないまま、何週間も来なくなる子もいる。
逆に、何も言わずに、急に扉を開ける子もいる。
ノートを閉じ、湯を沸かす。
机の端に、紙コップをいくつか置いた。
誰かが使うかもしれない。
使わないかもしれない。
十時になる少し前、廊下の向こうから足音がして、扉が開いた。
「おう、おはよう」
その子は、小さく頷いた。
部屋の中に入り、窓際の席へ向かった。
湯の沸く音を聞こえ、外では、車の音がしていた。
町は、昨日と同じように動き始めている。
鍵は、また開いている。