
心が苦しい人にとって「普通の暮らし」とは
私はかつて、うつ病で苦しんでいました。
朝、目が覚めても体が動かない。
何もしていないのに疲れている。
好きだったことにも興味が持てない。
そんな毎日を過ごしていました。
当時の私は、「早く普通に戻らなければ」と必死です。
周りの人は仕事に行き、友人と遊び、将来の話をしている。
それなのに私は、一日を過ごすだけで精一杯。
「みんなができることが、なぜ自分にはできないんだろう」
「こんな自分には価値がないのではないか」
そんなふうに自分を責め続けていました。
今振り返ると、私を一番苦しめていたのは、うつ病の症状そのものだけではありませんでした。
「普通でなければならない」という思い込みだったように思います。
精神保健福祉士として働く今、多くの当事者の方と出会います。
そして、その中で気づいたことがあります。
それは、「普通の暮らし」は一人ひとり違うということです。
今回は、私自身のうつ病の経験と精神保健福祉士としての視点を交えながら、「普通の暮らし」について考えてみたいと思います。
私が追いかけていた「普通」
うつ病だった頃の私は、いつも誰かと比べていました。
同年代の友人は仕事で活躍している。
結婚して家庭を築いている。
夢に向かって頑張っている。
そんな姿を見るたびに焦りを感じていました。
一方の私は、外出するだけで疲れ切ってしまう。
人と会うことも億劫になる。
将来のことを考える余裕もない。
その現実を受け入れられず、「もっと頑張らなければ」と自分を追い込み続けていました。
でも今なら分かります。
あの頃の私は、他人の基準で生きようとしていたのです。
本当は休むことが必要だったのに、「働けない自分はダメだ」と思っていました。
本当は十分頑張っていたのに、「まだ足りない」と思っていました。
うつ病になると、自分を評価する物差しまで歪んでしまうことがあります。
だからこそ、「普通」という言葉に苦しめられてしまうのです。
回復とは元に戻ることではない
うつ病から少しずつ回復してきた頃、私はずっと思っていました。
「早く元の自分に戻りたい」
病気になる前のように働けるようになりたい。
何事にも前向きだった自分を取り戻したい。
そんな気持ちでいっぱいでした。
でも、どれだけ頑張っても、病気になる前とまったく同じ自分には戻れませんでした。
少し無理をすると疲れやすい。
ストレスが重なると心が不安定になる。
人の顔色、声のトーンなど些細なことに反応してしまう。
そんな現実を前にして、「まだ回復できていない」と感じていた時期もありました。
しかし、専門職として学び、多くの当事者の方々と出会う中で、回復に対する考え方が少しずつ変わっていきました。
精神保健の分野には「リカバリー」という考え方があります。
リカバリーとは、症状が完全になくなることや、病気になる前の状態に戻ることだけを意味するものではありません。
病気や障害があっても、自分らしい人生を生きていくこと。
希望を持ちながら、自分なりの暮らしを築いていくこと。
それもまた、大切な回復の形なのです。
私はうつ病を経験したことで、自分の限界を知りました。
同時に、自分を大切にすることの意味も知りました。
以前の私は、無理をしてでも頑張ることが正しいと思っていました。
人に頼ることが苦手でした。
休むことには罪悪感がありました。
でも病気を経験したことで、「休むことも生きるための大切な力なのだ」と学びました。
もし、うつ病になる前の自分に戻っていたら、このことには気づけなかったかもしれません。
そう考えると、私は元の自分に戻ったのではなく、新しい自分になったのだと思います。
回復とは、過去を取り戻すことではありません。
病気という経験も含めて、自分自身を受け入れながら生きていくことです。
以前と同じようにできないことがあってもいい。
以前より時間がかかってもいい。
自分なりのペースで暮らせているなら、それは確かな回復です。
もし今、「病気になる前の自分に戻れない」と苦しんでいる人がいたら伝えたいことがあります。
戻れないことは失敗ではありません。
あなたは今、新しい人生をつくっている途中です。
回復とは、失ったものを数えることではなく、これからの自分にできることを少しずつ見つけていく旅なのだと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
sora