
《昭和の思い出④》※おじいちゃんの死
おじいちゃんの死
私が初めて人の死に接したのは母方の祖父だった。
私と兄は夏休みに祖父の家で過ごしていた。
何があったのかもう覚えていないが、祖父は多分兄を軽い気持ちでからかったのだと思う。
妹の私は腹が立って腹が立って、持ってる絵本で力任せに何度も何度も祖父を叩いた。
泣きながら叩いた。
祖父はもうやめてくれとポーズしているのに、私は執拗に祖父を叩き続けた。
祖母が「もう辞めなさい!」っと割と語気荒く言って私はようやく叩くのをやめた。
家に帰ってから、あんなに祖父を叩いてしまった事を後悔した。
頭の所に手をかざし、やめてくれと懇願する姿勢の祖父に対して叩き続けた自分を反省した。
その1週間後1本の電話があった。
夜の8時過ぎだったと思う。
母が大きな声で
「えーっ」
と言った後身支度をして出掛けて行った。
私は、テレビなどから得た知識で、おじいちゃんが死んだのではないかと思った。
でもそんな事言ったり思ったりしてはいけない。
次の日、父親が
「おじいちゃんが病気で入院したからお見舞いに行こう」
と言った。
私はお気に入りのワンピースを着て車に乗った。
車で4時間程の距離だったか思い出せない。
私はこの時もう確信していた。
おじいちゃんは病気でお見舞いどころか死んでしまったのだろうと…
そうでなければ、あんな夜遅い時間に母が出かけるはずはない。
車はどんどん進んで行く。
父が意を決した様に言った。
「実はね…おじいちゃんが死んだの」
私は現実を受け止める事が出来なくて具合が悪くなった。予想していたクセにいざそれが本当になったら受け止めきれなかった。
「寝る」
と私は一言言った。
いつもなら母の膝の上に頭を乗せて、足は兄の腿に乗せる。
しかしその日は母がいない。
兄は何の躊躇もなく、いつもの腿に私の足を乗せた。
そして父と兄は会話をした。
兄が
「急に死んじゃったから、ぽっくりひょうたん島だね!」
父親は
「そうかそうか!ひょっこりじゃなくてぽっくりひょうたん島か!」
大爆笑する2人。
感受性の強い私が深く考えない様にと言う2人の配慮が痛い程分かって、私は寝た振りをした。
私は幼い頭で、私が絵本でおじいちゃんの頭を力任せに叩いたからおじいちゃんが死んだのではないかとすごく悩んだ。
お寺に着いた。行くところがお寺だから、父も説明せねばならなかったのだろう。
私はお気に入りのワンピースから紺色のワンピースに着替えさせられた。
8月12日
満開のひまわり
セミの鳴き声
夏休みの気分は一掃された。
久しぶりに会う中学生の従姉妹が棺桶の中のおじいちゃんを見て大げさに泣いていた。
それを見て私と兄は目を合わせて声を出さずに笑った。
従姉妹がドラマのワンシーンを演じてるかの様に感じたんだと思う。
棺桶の蓋を閉める前に、花を入れる様に指示された。勘弁してほしいと思った。
死んでるおじいちゃんなんか見たくない。
それでも無理矢理花を渡された。
死んでるおじいちゃんは、目をつぶっていた。
生きている時と変わらない様に思った。
私は渡された花を投げる様に置いた。
死んでるおじいちゃんに触りたくなかった。
とても怖かった。
火葬場に場所を移す。
待合室は外。
区切られた湿っぽい場所だった。
おじいちゃんが灰になるまで数時間かかった。大きな人だから時間が掛かると言われた。
粗末な待合室で、サキイカを食べた。
その白いサキイカはお骨を上げる時のおじいちゃんの骨の様な気がして、その後、サキイカが食べられなくなった。
後年伯母が、おじいちゃんが死んだ日頂き物の大福をおじいちゃんにあげてしまった。
その大福が喉に詰まって死んだのではないか?と悩んでいる。
と言った。
私は私でおじいちゃんを叩きまくったからおじいちゃんが死んだと思い込んでいた。
それだけ、おじいちゃんの死は突然のものだったのである。