エッセイ『サンドイッチは読書に向かない。』
「失敗した。」
サンドイッチを持ち上げた瞬間にそう思った。たまごのたっぷり挟まったサンドイッチを持ち上げた途端、自重に耐えかねたサンドイッチは、その豊満なボディから中身をボトボトと落とし、私の指とお皿をたまごまみれにしてしまった。左手で文庫本を持っていた私は、急いでその本を机に伏せ、両手でサンドイッチをしっかりと掴んで一口頬張った。味は良くも悪くも見た通りのもので、そこには新鮮さも驚きもなかった。その体の半分を失ったサンドイッチは、先ほどまでの醜態が嘘かのように自らの力で体を支えていた。できるなら最初からそうしろよと思いながら、汚れた手をティッシュで拭き上げると、私は再び伏せてあった文庫本を持ち上げて読み始めた。
友人との待ち合わせまではまだ随分時間があったので、私は暇つぶしに本でも読もうかと思い、近くにあった逆写真詐欺で有名な某喫茶店に足を運んだ。少し小腹が空いていた私は、この後の飲みに備えて、あらかじめ腹を満たしておくことにした。飲みの前にあらかじめ腹を満たしておくことで、つまみを頼まずに安く飲める。貧乏大学生として、初めて覚えた大学生のライフハックだ。
何を食べようかとメニューをながめて、片手で食べられるものはないかと探していた。しばらく迷ったのちに選んだのが、ミックスサンドという名の、たまごとハムのサンドイッチだった。いくらデカかろうとたかがサンドイッチ。どこぞの貴族さまが、片手にティーカップを持ちながら食べられるように発明したものであるはずだとそんな妄想をしながら、私はそのサンドイッチを注文した。
結果はご存知の通りである。
少し食べて、読んで、また食べて、読む。思ったよりも量が多いことが気になったが、この後の飲みの為だと思い口に詰め込んだ。
そんなことをしていると、そろそろ約束の時間であることに気がついた。店に入ってから2時間が経とうとしていた。私はようやくかと思いながら、友人に店をどこにするかという旨のラインを送った。なるべく安く済めばいいなと思いながら彼からの返信を待った。
携帯のバイブ音が鳴ってラインを開くと、「え、今日飲まないよ」という文字が目に飛び込んだ。意味が分からなかった。飲まないなら今俺が800円も払って腹に詰め込んだこれは一体なんだったのだ。ただ金を糞に変えただけじゃないか。そんなことが頭を駆け巡りながら、私は必死に理由を問うた。帰ってきた返事は、「だって今日火曜じゃん」という文字だった。その通りだ。今日は火曜なのだ。明日は水曜で、すでに社会人である彼は仕事なのだ。しかも明日は朝から運転をするらしい。大変立派だと思った。と同時に腹も立ってきた。「もっと早く言えや」と思った。自分ももっと早く気づけよとも思った。
私は目の前に残った最後の一切れのサンドイッチを見つめた。それはもはや私の愚かさを象徴するだけのものになっていた。何とか持ち上げて一口齧る。
「失敗した。」
私はゆっくりとグラスを置き、マヨネーズの油分でむかつく胃を労りながら、この後行くであろう店で出てくる食事を思い浮かべた。
欠けたサンドイッチはやけに重たかった。