
『社労士Mの事件簿・外伝』「研究所長・江頭義一」/第一話:栗田純一ー札南の膿を出しきった男の「影」
所詮、会社という組織は「文系社会」だ。若い頃からずっとそう思ってきた。
たとえば議事録ひとつ取ってみても、文系の連中は無駄な長文や情緒的な説明をありがたがる。我々理系人間からすれば、要点だけを端的に押さえれば済む話なのだが。
思えば、そうした不満は日常茶飯事だった。
今回導入された「多面評価制度」のコメント欄を巡っても、事前の役員会で文系諸氏からは見当違いな意見が噴出していた。
「こんな小さな枠では対象者の評価を適切に行えない。400字程度じゃ何も書けないだろう」
……笑わせるなと言いたい。文章の長短など何の意味もない。要は言葉を選ばずに言わせてもらえば『如何にドスの効いた真実を記載できるか』なのだ。
この「文系vs理系」の不毛な押し問答を収束させたのは、やはり武藤だった。コメント欄を1,000字以内とすることで手を打たせた後、奴は得意げにこう言い放ったのだ。
「まず白紙に、被考課者個人の強みと弱み、そして期間中の具体的実績を思いつく限り書き出してください。要点を絞り、ドスを効かせてコメント欄に落とし込むのは、その後です」
……悔しいが、このやり方は実に的を射ていた。友か敵かは別として、労務のプロとしての知恵には一日の長があると認めざるを得ない。
手元の白紙にペンを走らせる。まずは営業管掌役員兼、札南食品社長・栗田純一の評価だ。
今期から札南の社長業を背負わされた栗田の心労には、素直に頭を下げたい。
強欲と傲慢を絵に描いたような大杉相談役、いい年をして厚化粧と香水を撒き散らすその愛人、人間としての常識すら欠いた娘婿、そしてゴマすりだけに長けた部長連中……。あの泥船のような会社に送り込まれた栗田の苦労は、傍から見ていても気の毒でならなかった。
だが、私は栗田の腹の底にある「強さ」に改めて舌を巻くことになった。
度重なる札南での醜聞から一切逃げることなく、すべて正面から泥をかぶって問題解決に奔走した。結果としてオヤジ(新島社長)の剛腕を完璧なタイミングで引き出し、悪しき組織の膿をすべて出し切ってみせたのだ。この功績こそ、栗田が残した最大の成果であると断言できる。
栗田は大学時代から決して敵を作らない男だった。どんな人間でも懐に抱き込む包容力があり、当然のように女子にもモテまくっていた。我々と同じ道場の端で、無駄のない合気道の演武を繰り広げる栗田先輩の姿は、素直にカッコよかった。
二つ上の先輩だったあの人は、当時の我々にとって間違いなく「理想の男」だったのだ。
……おっと、武藤の言った通り、弱みと短所も容赦なく吐き出さねば公平ではないな。
敢えて言えば、栗田のその開放的で明るい性格は、時に悪意ある人間に付け込まれるスキを生む。今回の札南でも、経理部長やあの吉田次男に随分とかき回されていた。
厳しい言い方をさせてもらえば、これまでの栗田には経営者としての「威厳」や「隙のなさ」が欠けていたと言わざるを得ない。
今後の栗田に必要なのは、部下からの「共感」や「スマートさ」に固執することではない。時には強引と批判されようとも、退路を断って組織を引っ張る凄みだ。
根っこにある人間としての強靭さに、覚悟の決まった「統率力」が加わった時、栗田純一は誰にも文句を言わせない真のトップになれる。私はそう信じて疑わない。
息をひとつ吐き出し、白紙に書き殴ったメモから言葉を削ぎ落としていく。
よし、この要点をそのまま多面評価シートの1,000字枠へ叩きつけるとしよう。