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Noctis Blood Oath  第2話|特務②:港湾妨害網


    ※創作大賞応募用に再構成した特別版です。



    壊れた誓いが、
    静かに世界を狂わせ始める夜。


    『波は運ぶ。血もまた、運ばれる』


    潮の匂いは、鉄より重い。



    夜闇抑止局(NCB)の臨時検問線が走る第七埠頭では、

    白い呼気が作業灯の光へ溶け、
    停泊中の巨大貨装船〈ハルシオン〉の影が
    水面を凍らせていた。



    アレクシス・ヴァレンタインは、

    係留杭を越え、
    封印札の貼られた冷凍コンテナ列へ目を走らせる。


    《SEVERIN》の出力は最小。


    腰の二丁拳銃――《JUDGEMENT》《MERCY》には、
    銀弾と焼夷銀弾を交互装填。



    背後で起重機が軋み、
    偵察機の三角灯が暗い空を切った。



    『映像、入ってる。
    --心拍、平常。いいわね』


    セシリアの声は、
    港風のノイズにかき消されず、
    耳骨へ真っ直ぐ落ちてくる。



    「訓練用の深呼吸、覚えてたか?」


    『あなたの方こそ』



    わずかに笑ってから、
    彼女は任務を読み上げた。



    『アレクシス。
    目的は二つ。

    ひとつ、
    港湾妨害網の中核を特定して断つこと。

    ふたつ、
    冷凍コンテナ列に紛れ込んだ
    《人工血清》の出所と配布経路を突き止めること。』

    『それと、
    進化種の出現頻度が昨夜から急上昇中。
    ドック内でも遭遇は避けられないわ』


    「なら、遭う前提で動く」



    NCB港湾課の係官が走ってきた。


    頬は凍え、
    目だけが忙しく動いている。



    「特務、こちらです。
    封印タグを踏み荒らした形跡が……内側から」



    示された冷凍コンテナのロックプレートには、
    凍結の白の下から、
    朱を焼き込んだような線が覗いていた。


    アレクシスは手袋越しに霜を払う。


    浮かび上がったのは、
    以前H-13で見た“紅の環”と同種の結び。


    だが細い。


    細すぎる。



    『……毛細の書式ね』


    セシリアの声が低くなる。


    『血脈の分配を模している。

    コンテナ群全体で、
    巨大な毛細血管を描くつもりよ。

    都市の循環へ寄生させる儀礼』


    「運ぶのは人か、血か」


    『どちらでもない。
    ……その両方よ』



    彼女の声に、
    解析者の冷たさが戻る。



    『人工血清は“媒介”。
    人の血流と物流を重ねるための導線。

    この港は、
    “心臓”にされてる』



    アレクシスはロックへ楔釘を打ち込み、
    封印を破らずに隙間を作った。


    冷気が、
    白い蛇のように足元を這う。


    内部にはケースが整然と並び、
    一本だけ固定バンドが切断されていた。


    彼はナイフでケースを開き、
    内部のパックを光へかざす。


    透明な液体が、
    わずかに粘る。


    表面張力が不自然に高い。



    『マーカー反応あり』


    セシリアが即答する。


    『造血促進カクテルを改造した人工血清。
    人間に投与すれば短期的には治癒を促す。

    でも長期的には、
    夜への適応を進める。

    進化種の母数を底上げできるわ』


    「誰が、どこへ流す」


    『配送ラベルは偽装。
    でも血清の中に経路タグが溶けてる』


    一拍。


    『血流パターンで、
    都市内の通り道を選ぶつもりね。

    潮流、人の流れ、体温分布、干渉波……
    全部に相関が出てる。

    誰かが都市全体で、儀礼の下準備をしてる』



    そのとき、
    埠頭の遠方で悲鳴が上がった。


    警戒線がざわめき、
    非常灯が連鎖する。


    水面が盛り上がり、
    貨装船の影が崩れた。


    黒い水を裂いて現れたのは、
    甲板の高さまで伸びる“鰭”と、
    鱗の下を走る赤い糸。


    進化種――潮汐適応型。


    人型の四肢に、
    魚類の鰭膜と水棲呼吸孔。


    目は膜で覆われ、
    口腔には硬化した血晶の刃が並んでいる。



    『アレクシス、接触。
    潮下に二、潮上に一。挟まれる』


    「前へ出る」



    彼は支柱を蹴り、
    起重機の台座へ飛び乗った。


    最短で降りてくる鰭膜の個体へ、
    左の《MERCY》を一度。


    銀弾が空中で塩のように弾け、
    飛沫へ銀の霧が混ざる。


    進化種の皮膚が縮み、
    動きが鈍った。


    その一瞬で、
    アレクシスは懐へ入る。


    刃を逆手に。


    腹膜を払う一閃。


    《SEVERIN》の高周波が
    水膜と鱗をほどき、
    血晶の刃が甲板へ散った。


    --背後。


    港風の向きを読むより早く、
    右の《JUDGEMENT》が唸る。


    焼夷銀弾。


    火は小さい。

    だが執拗に粘る。


    生臭い煙の向こうで、
    進化種がのたうつ。


    海へ逃れようとする体を、
    クレーンの梁が阻んだ。



    『左、跳ぶ!』


    セシリアの声と同時に、
    アレクシスは足場を捨てて横へ滑った。


    水柱を突き破り、
    三体目が現れる。


    彼のいた台座が、
    一撃で粉砕された。


    鉄が悲鳴を上げ、
    火花が夜空へ散る。


    着地と同時に膝を割る。


    刃を真上へ。


    喉元。

    鰓の起点。

    血晶の核。


    三点を一息で縫い、
    進化種を地面へ縫い付けるように倒した。


    水面が静まる。


    甲板へ残るのは、

    遠い汽笛と、
    セシリアの浅い呼吸だけだった。



    「セシリア。
    妨害網の中核は?」


    『--見えたわ』


    彼女の声が、
    少しだけ速くなる。


    『港湾電力の制御箱。
    列柱番号C-12の地下。

    偵察機の待機坑と繋がってる。

    血清を積んだ無人搬送車が、
    電力の脈に同調して動くよう仕掛けてある。

    止めるなら、そこ』


    「行く。
    港湾課、検問線は維持。

    船腹側は閉めろ。
    海からの流入を断て」



    C-12の地下は、
    潮の滲む石造庫の肺のようだった。


    脈動するケーブル。


    汗のように結露した制御盤。


    そして床一面へ描かれた、
    “毛細の環”。


    手書きの朱が、
    電磁の唸りに震えている。


    液体が細い溝を走っていた。


    人工血清だ。


    血のように振る舞うために
    調整された液。


    流路の中央には、
    簡易祭壇。


    その上に置かれた銀板には、
    見覚えのある刻印があった。


    ――〈ノア〉。


    喉の奥で、
    何かが固まる。



    『……また、ノア』


    セシリアの声が低く揺れる。


    『H-13だけじゃなかった』


    「名前は鍵だ」


    アレクシスは銀板を見据える。


    「港でも扉を開けるつもりか。
    ここは“心臓”じゃない。
    都市の血を、別の拍動へ変える装置だ」



    彼は銀弾を抜き、
    制御盤の偽の結びを辿った。



    見極めた三点へ、
    間を置かず撃ち込む。


    ひとつ、
    電磁の唸りが崩れた。


    ふたつ、
    毛細の環がゆっくり解ける。


    みっつ、
    血清の流れが止まった。


    床の朱は、
    ただの乾いた粉へ戻っていく。



    『中核ノード、遮断成功』


    セシリアが息を吐く。


    『……でも終わりじゃない。

    湾内の別埠頭に、
    同じ毛細がまだ六箇所ある。

    いずれもコンテナの並べ方で作る形。

    気づかれないよう、
    日中に組み替えられてる』


    「港湾課へ通達」


    アレクシスは即答した。


    「配置換え計画を逆手に取る。
    すべて壊れやすい並びへ崩せ。

    血清ケースは押収。

    セシリア、
    血流パターンの全体像を出せ」


    『解析中……』



    数秒の沈黙。


    そして彼女の声が、
    わずかに硬くなる。


    『見えたわ。
    潮汐の満ち引き、
    朝夕の人流、
    下層路線の乗降、
    治癒院の夜間循環……
    都市のあらゆる流れが、
    中心へ向かって“血”を送り込むよう設計されてる。』

    『もしこのまま動けば、
    三日以内に“門”が開く』


    「……下準備か」


    『それも都市規模の儀礼よ』


    「“誰か”は都市まるごと使う気だ」


    背後で、
    軽い靴音がした。


    振り向けば、
    影。


    黒紅の外套。


    非常灯がフードの縁を撫で、
    唇だけが淡く光る。



    「また会ったわね」


    リリス。


    彼女は制御盤へ届く距離には入らず、
    朱の粉の端を指先で払った。


    触れた粉が、
    その場で灰へ変わる。


    「母を焼いてから考えたの。
    誰が、どこで、何のために毛細を描くのか」


    「何を見た」


    「まだ全てではないわ」


    リリスは微笑む。


    「けれど“心臓”はここじゃないわね」


    彼女は床の朱を見下ろえた。


    「ここは拍動を整える中継点だわ。

    真の“心臓”は、
    もっと内側……市の中心。

    そこで〈ノア〉の名が、
    扉を叩くわ」



    回線の向こうで、
    セシリアの息が揺れた。


    『アレクシス、
    彼女を信用しすぎないで。
    ……でも情報は有効。

    港湾妨害網は暫定停止。
    血清の拡散も止まった。

    地図を送る。
    あなたは北埠頭の再封印へ--』



    その時だった。


    警報。


    地鳴りのような低音が港を這い、
    倉庫群の屋根が波のように震える。


    海面が泡立ち、
    岸壁の下から何かが這い上がった。


    進化種。


    だが先ほどの個体とは違う。


    肋骨の間から薄膜が伸び、
    肩甲骨には黒い鰭。


    血晶の刃が、
    翼の骨に沿って増殖していく。



    『成長が速すぎる……!』


    セシリアの声が走る。


    『誰かが“拍動”を与えた』



    リリスが目を細めた。


    「鼓動を無理に合わせてる。
    ……粗雑ね。焼きましょう」


    「やれ」


    アレクシスは点火棒を抜き、
    彼女が払った灰の端へ投げる。


    青白い火が細く走り、
    床の溝へ残った血清へ火脈が生まれた。


    進化種の足が火を踏み、
    一瞬、体勢を崩す。


    その瞬間、
    アレクシスは前へ出た。


    一歩。

    喉元。


    二歩。

    肩の鰭膜。


    三歩。

    心臓の裏――血晶核。


    刃が歌い、
    銀弾が踊り、
    青い火が風を運ぶ。


    リリスも遅れない。


    影のように背後を取り、
    爪先で血晶の芽を叩き折る。


    指先へ走らせた微光が、
    それを蒸発させた。


    進化種は一体、
    また一体と崩れ、
    倉庫の影へ沈んでいく。


    静寂。


    遠い波音だけが残った。


    『港湾妨害網--遮断成功。
    人工血清--押収率七割。
    残りは追跡中』


    セシリアが続ける。


    『結論を言うわ。
    誰かが都市規模で
    《儀礼の下準備》をしている。

    今夜の港は、
    その毛細の一本。

    三日以内に、
    市の中心で拍動が揃う。
    そこに……』


    「〈ノア〉がいる」


    言葉は硬い。


    だがアレクシスの胸は、
    妙に静かだった。


    恐怖ではない。


    選ばされている。


    誰かが順番を並べ、
    扉を順に叩かせている。


    「セシリア。
    港湾課、衛兵隊、医療局、
    電力、交通、通信。

    全部の“脈”をこちらへ揃える。
    拍動は、こっちで決める」


    『了解』



    わずかに笑う声。


    『ほんとにあなた、
    現場で戦うだけじゃないのね』


    「やるしかない」



    リリスが外套の裾を揺らした。


    「あなた、
    やっぱり選ぶのが上手いわ。
    拍を取る手の形が、昔と同じ」


    昔……誰の、どの夜か。


    アレクシスは答えず、
    海を見た。


    波は満ち、
    そして引く。


    けれど今夜、
    その流れを遮ったのは自分たちだ。


    やがてNCBの搬送車列が埠頭へ入り、
    押収ケースが番号順に積み替えられていく。


    港湾課の係官が礼を言い、
    夜は少しだけ軽くなった。



    アレクシスは最後にC-12の地下へ戻る。


    銀板へ刻まれた〈ノア〉の文字へ、
    薄い封を掛けた。


    指先へ、
    冷たい震えが走る。


    H-13の柱へ触れた時と同じ、
    遠い鼓動だった。



    『……帰還して。
    ブリーフィングは一時間後。
    市の中心候補を絞るわ』


    「ああ……。セシリア」


    『なに?』


    「さっきの深呼吸、
    まだ覚えてるの、助かる」


    短い沈黙。


    それから、
    柔らかな笑い声。


    『こちらこそ。
    あなたの間に、いつも助けられてる。

    ……戻ってらっしゃい、アレクシス』



    リリスは去り際、
    肩越しに囁いた。


    「三日。
    扉を叩く音は、もう聞こえてるわ。

    だから今夜は眠って。
    朝は厳しいのだから」



    彼は頷き、
    港の光を背に歩き出す。


    潮は満ち、
    そして引く。


    その間に、
    選ぶべき手順が
    夜の地図へ静かに並んでいた。


    だが夜は終わらない。


    海の底では、
    誰かがもう、次の扉を叩いていた。


    ―― 第2話 了 ――

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    夜明け前の静けさ。影と光が交わる境界で、 ダークファンタジー『Noctis Blood Oath ―銀の刃と紅の影―』連載中。 毎週日曜21時更新。結衣とともに黎影ナギが、静かな余韻をあなたへ。

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