
奏 −two musical notes− 第44話
第三楽章 最終話
準備室に戻って、コンビニのケーキを食べた。
あの高3の時と同じように。
真咲が大人になって、大事な人から大切な人になった。…大人になるとは、決して忘れていくことだけではない。
と、俺は思っている。
真咲からのクリスマスプレゼントは、新しい手編みのマフラーだった。
自分にもおそろいで作っちゃった。と言いながら、もう一つ同じものを出した真咲に俺は驚いた。
「えぇっ、いつ作ってたの?!」と聞いてしまったくらい。
家にいる時は編み針を持っている姿を見たことなどなかった。
やっぱり、なわ編みのマフラーだ。アラン模様というらしい。
今度の色はチャコールグレーで、肌触りも良くなっている。
「刺繍、またしてみたの」
と、真咲が指さす先には、おなじみの音符のマークがあった。
「おー、音楽教師っぽいアイテム。増えていくなぁ」
同じ黒で音符の上に刺繍されているからわかりにくいが、こっそり小さく「H」「M」のイニシャルが入っている。
「結局、ケーキ食べてマフラーもらって、やってること変わらないな」
「そうねぇ」
「あ、クリスマスプレゼントさ、家だ。帰ったらね?」
「お、そこは4年前と違う点ですね先生」
「ははは」
音楽室と、グランドピアノと、準備室にありがとうを言うと。
俺たちは同じマフラーをして、警備の方に丁重に挨拶をして、学校を後にした。
帰宅後、俺からのクリスマスプレゼントは。
4月からの授業で使える、指揮用のタクトだった。
離れていても、同じ時間に、同じ教師をやることになる真咲。
同じように俺も頑張っているから、真咲も頑張れ。の意味を込めて。
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真咲の配属先は、拍子抜けすることに、隣の高校だった。
出勤も途中まで一緒だ。
隣の高校の先生方には知った顔も多くて、ちょっとその世界の狭さに改めて驚いた。
学年が変わって少し落ち着いた6月。
11歳差の俺たちは、33と22というゾロ目の年齢で入籍をした。
入籍は、去年の教育実習が終わった日付。
交際一年で、俺たちは夫婦になった。
でも、結婚式は一年後の夏休みにしよう、と話し合いで決まった。
真咲は新任だから、せめて1年間は仕事に専念したほうがいいんじゃないかというのは、俺の提案。結婚式の準備を並行して進めるのは負担が大きすぎると思ったから。
真咲も納得していた。
そういうことなら、理想の結婚式も準備する時間がありそうだから、いいプランだね、と。
新任教師の真咲が奮闘する1年間が、あっという間に経った。
真咲が教師になって2年目。
翌年の、4月。
俺は新しい校長先生に、夏休みに結婚式をするという報告をした。
その校長は伊林校長先生の友人だ。
今日の職員会議の最後に発表しますので、一言くださいと言われた。
「最後になりますが、櫻野先生がご結婚なさいます」
知らない人ばかりで、どよめきが起きる。
「えー、私事で恐縮ですが、夏休みに結婚式を挙げます。入籍は済ませました。
相手は…一昨年の教育実習生だった藍原です」
ええー!!と、驚きの声が上がった。
「藍原は昨年度より隣の高校に新任しています。実習時はご指導ありがとうございました。
私も所帯を持つ運びとなりましたが、まだまだ若輩者ですので、どうかご指導ご鞭撻を
よろしくお願い致します」
所帯を持つ運び。
…自分がそんな風に挨拶できる時が来たのか。
6年前、この学校に通っていた真咲が自由に選べるように、と。
あのとき精いっぱい護った『未来』に。
自分が、選ばれたのだ。
間違いなく真咲は、俺の人生を変えた。
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夏休み。
やはり学校に勤務している以上、一番時間を取りやすいのは夏休みだ。
8月の暑い日、結婚式を挙げた。
真咲は花のように、綺麗。間違いなく今日の主役だった。
俺はカレーに添えられた福神漬のようなものだ。
みんな集まってくれた。
伊林先生。心温まるスピーチをしていただいた。仲人と言っても過言ではない。今は図書館の館長さん。
現在の校長先生。乾杯の音頭をとっていただいた。伊林先生と楽しそうにお酒を酌み交わしていた。
小倉先生。私は最初から、先生は藍原の王子様だと思ってたんですよ!という話が止まらなかった。
坪島先生。実は偶然三年間通じて、真咲の国語の教科担任だった。いつも真咲の家庭環境のことを気にかけて下さっていて、今日はずっと目頭を押さえていらした。
俺の勤務先の他の先生。真咲の勤務先の先生。母校の大学の恩師の先生。同じく大学の共通の先生。
真咲のピアノの先生。俺のピアノの先生は、もうご高齢で体調が悪く来られなかった。
聡に篠崎、息子の太郎くん。もう走ったりしゃべったりしていて、成長の早さに本気でびっくりした。そして篠崎のお腹がまた大きかったことにはさらに驚いた!めでたい!
耕太と、重田くん(!)。2人は仲良しになったらしい。重田くんは初対面だった。
はじめましての挨拶の握手に力がこもってしまって、俺って大人げないなぁと反省した。
耕太のパイプオルガンは、耕太オリジナルアレンジバージョンになっており、そのサウンドが超絶技巧っぽくて、一同が度肝を抜かれた。これは伝説に残るだろう。DVD化希望。
…そして、松本先生。ご主人と来てくれた。地元に帰ってから、幼なじみと結婚したらしい。
一見年上に見える、すごく優しそうなご主人だった。他の先生方との再会も嬉しそうだった。
俺の両親。両親とも元教師。
二人とも定年を過ぎている。真咲の若さに恐縮していた。二人とも飄々としたところがあり、真咲とも仲良くやって行けそうな気がする。
俺の弟妹。弟はいま海外に住んでいるが、帰国してくれた。久しぶりに会えて安心した。
妹は年下の義姉ができることが不思議と言っていた。真咲とは一緒に編み物したり遊びに行ったり、すでに仲良しだ。
俺の親戚と、真咲の親戚。地方から来てくださる方も多かった。
真咲のお母さんと義理のお父さん。心から喜んでくれた。義理のお父さんは一級建築士として開業されている人格者で、真咲が家を出る時、最後まで同居を希望していたらしい。
お母さんは嬉しそうに、ずっと泣いていた。
真咲と血のつながったお父さんは、ここには呼べなかった。
真咲と3人で顔を合わせた後、先日俺とお父さんの2人で会って、飲んだ。
予想通り、真咲とは仲の良い親子だったそうだ。真咲のことをよくよく頼まれた。
ふっと出る淋しそうな顔が、真咲とそっくりだった。
真咲の友達。俺の友達。
みなさんに愛されて、俺たちは幸せです。
結婚式は、感謝を伝える場所だと実感した。
ありがとうございます。
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夕方から始まった二次会には、生徒たちも呼んだ。
式からの人たちも含め、200人以上が集まった。本当に驚いた。
幹事が、耕太と聡と…笹倉たち。全部任せたらこうなった。
笹倉が、ひとこと言った。
「藍原先生が、高校3年生の時に片思いの人に編んだマフラーをあげたと言っていて、わたしは最初からそれがさくせんだと気がついていましたが言いませんでした」
で、会場に大笑いが起きた。
先生たちが、結婚すると思ってた?アンケートでは、実に8割の人が「思ってた!」と答えた。「理由」がマイクで発表されたのだが、ほんとに笑ってしまった。
「当時から放課後あやしかったから」「実習中仲良し過ぎた」「お似合い」…ありがとう!
「藍原先生がさくせんを追いかけてるようにしか見えなかった」…そうか?…そうかもな。
「まさき、って呼んでたから」「同じピアノ時計がついてたから」…これは鋭い。
中には「ふたりとも出会いが少なそうだから」「櫻野真咲が芸能人っぽいから」などもあった。
発表された時、言うまでもないがいちいち場内は爆笑だった。
…もちろん、交際開始は実習後ということは強調して伝えてもらった。
嘘じゃないのになかなか信じてもらえないのがもどかしかった。
まぁ…高校生の時は特別な生徒だったし、大学も一緒だし、3年後に教育実習生と教官じゃ、もうしょうがない。今は県立高校の教員同士。交わる人生だ。
でも、嘘じゃないから胸を張って言おう。我々交際開始は実習後からです!!
ピアノ演奏、ゲーム、ビンゴ大会。さながらパブリックなイベントだった。
何度も何度もみんなの前でキスさせられて、職業柄心が痛かったのは真咲も同じだったという。
俺たちはどれだけ真面目なんだろう。
本当に楽しくて、みんなの「おめでとう」という気持ちがありがたくて、泣けて仕方なかった。
真咲にも、よく涙が見えたし、普通の時もずっと涙目だった。
その晩。
真咲が言った。
「先生…幸せになる、って言葉のね。本当の意味が、今日でわかったよ」
…俺の奥さんは、世界一の奥さんだと思っている。
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新しい自宅のリビングには、グランドピアノが二台ある。
その上にある寄せ書きの一枚には、俺の字で「ではまた。櫻野」。
もう一枚には、こう書いてある。
真咲なら、いい教師になる。
同じ景色を、一緒に見よう。
おわり
長いお話でしたが、読んでいただいてありがとうございました。
大東 美央里
【前のお話】第43話…https://note.com/daito_miori/n/nd6d33d11bceb